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狂喜

私は服を着替えて、先程着用していた服を全てこまめに洗濯した。

赤みが混ざった泡が流れて、吸い込まれた。

その後に風呂に入り、自らの身体についた血液も洗い落とした。

祭具殿の入り口…婆っちゃを殺した証拠は水で何度も流した。

ビール瓶も穴に放り込んだ。

遺体を運ぶ際に垂れた血液も全て洗い取った。


…これでいい。

大丈夫だ。

よし、気分を切り替えてレナにお菓子とお茶を持っていこう。

夕方ももう近いけれど構わない。

誰もここには居ない。

誰も止めない、誰も見ない。

「これとこれと…これなんかはレナが好きそうだね。…あとはお茶…」

ジリリリリリーン…

喧しい電話の音が響く。

こういう時の電話は本当に迷惑だ。だが面倒でも取っておかないと更に面倒になる。

大丈夫、婆っちゃは寝込んでる。

婆っちゃも年だから最近は頻繁に寝込んで、機嫌悪くて、誰とも話したがらない。

そう。それがまた今日から暫く続くってだけ。

「もしもし、園崎です」

それは公由のおじいちゃんからの電話だった。婆っちゃは風邪か何かで寝込んでる。おまけに機嫌も悪くていつもより酷い。今度の会合にも行けそうに無いと、綿流しの前日の打ち合わせには私が行くと伝えた。
それに加えて打ち合わせのメンバーにも会ったら伝えておいてくれとだけ言っておいた。

何も問題はなく電話は済んだ。

これで面倒な会合も自然に行かずに済む。打ち合わせにだけ出れば問題なし。
第一、綿流しの出し物も既に大半が決まっている。
祭のことに関しても問題なし。

都合の良いものだ。園崎家頭首というものは。

電話の邪魔も無くなったところで早速水筒にお茶を入れた。

ジリリリリリーン…

またか。

「もしもし、園崎です」
「…お姉…」

詩音だ…!うーん…レナにお菓子持ってかないといけないんだけど詩音とも話したい…!

「詩音…急にどうしたの?」

「あの…先週…約束したのに…連絡も無かったから…」

あ…忘れてた。
忙し過ぎて…本当に申し訳ない。

「ごっ…ごめん!忘れてた…!」

「本当…ですか…?」

「うん…ホンットごめん!」

「捨てられるかと、思いました」

「そんな…馬鹿なこと言うんじゃないよ!私が詩音を捨てるわけ無いじゃん!」

「信じてます…から…」

「だって詩音は私のものだし」

電話の向こうの詩音はどことなく元気が無くて。…そっか、私が壊したんだっけ。

「お姉…今から行ったら怒られますか…?」

「…多分、構わない。でも…危ないよ?」

ちょっと困るけど…断れない。

「それは大丈夫です。どうしても会いたいんです。今すぐ。」

…詩音も私のことこんなに愛してくれてる。

えへっ。嬉しい。

「…おいで。気をつけなよ?」

「本当にいいんですか?」

「いいって。あまり騒げないと思うけど。」

「良かった…それじゃあ今から行きます!待ってて下さい!」

「あ…うん、待って…る…」

言葉の途中で電話を切られた。詩音ったらあんなにはしゃいで…可愛いね。

喜んでくれて良かった。最初は元気が無かったから。

…詩音が来る前にレナにお菓子とお茶を渡してこよう。

これで少しはお腹の足しになるだろう。




―――レナ。

「レナー…お菓子持ってきたよー」

お菓子をまた、詰め込んで牢の中へ入れては水筒は直ぐ側に置く。
鉄格子を両手で握ってレナの顔をよーく見る。

「レナ?どうしたの?」

力無くうなだれて、何かを呟いてる。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

何を謝ってるのやら。もう逃げられないんだから黙って私を愛せ。私が姿を現したら歓喜しろ。

まぁそれもそのうち自然と身につくだろう。

レナは私を愛しているのだから。

「レナぁ…ごめんね、お話したいんだけど今から詩音と遊ぶんだ…また明日会いに来るからね。」

「詩ぃ…ちゃん…?」

「そう。詩音。」

「あ…魅ぃちゃん…」

「ん?なぁに?」

思い出したように私の名を呼ぶので返事をすると

「枕…枕があればどうにか寝れそうなの。あと…漫画貸してくれないかな?…かな?だめ…?」

そっか。ここに1人で居ても退屈だもんね。

睡眠と漫画があれば少しは退屈も紛れる。

ここに居るという事に対する苦痛も僅かながらに減るだろう。

「…いいよ。待ってて。」

「あっ…あと…濡れたタオル…1枚でいいから…」

注文の多いお姫様だね。…身体を拭くくらい許してやってもいいか。

「わかった。急ぐよ。」

早足で地下祭具殿を出てそのまま家に入り、枕と漫画数冊をとりあえず玄関に置いた。

そして湯を沸かし始め、タオルを取り、やかんを見つめる。

暫くするとピィーッと音がし出したので火を止め、洗面器を用意する。

それにタオルを入れてからお湯を注ぐ。

左手で洗面器を掴み右手で漫画を持ったまま洗面器の下部を支え、枕を脇に挟んで持っていくことにした。

奇妙な体勢のまま歩かなければならないので少し辛いが気にはならない。

そのままレナの元へ向かう。


「よいしょっ…ほら、持ってきたよ」

「ありがと魅ぃちゃん…ごめんね?」

「いいのいいの。じゃあ私は…」

枕を押し込んで、漫画を一冊ずつ渡して、洗面器からタオルを取ってある程度搾ってから渡す。

それからすぐに立ち上がった刹那

「待って…魅ぃちゃん…」

レナが手招きする。

「今度は何?」

ちょっと鬱陶しい。

「ほっぺ…」

一言だけ言って黙りこんだのでとりあえず頬を牢に押しつけると

ちゅっ

と口づけをされた。

前言撤回。鬱陶しくなんか無い、かわいい。

「…ありがとレナ。」

「お礼なんだよ…だよ…」

レナは無理に笑顔を作った。
日常を演じることで気を紛らわしているのだろうか。

「じゃあ本当に行くよ」

私が足を進めだすとレナは私の背に

「いってらっしゃい…待ってるね」
とだけ告げた。





―――家に戻った途端にインターフォンが鳴った。

「詩音です。」

すぐに門まで迎えに行った。

門の閂を抜いて、詩音を迎え入れるとすぐにまた閂を刺した。

「こんな遅くにごめんなさい。どうしてもお姉に会いたくて…」

「構わないよ。私も詩音に会いたかったしさ。」

暗くて詩音の顔がよく見えない。

詩音の顔が見えないまま話すのも面白くない。

私は少しだけ歩くスピードを早める。

それに気付いて詩音も慌てて早歩きでついてくる。

家に着けば私は電気をつけて詩音にどうぞ、だけ行って先に部屋へ入る。

詩音も次いで私の部屋に入る。

「お姉…何か付いてますよ?」

「え?何?」

詩音はくすくすと笑いながら私の顔に手を伸ばす。

が、その手は私の頬に触れる前に不意にピタッと停止する。

「…なんですか、これ」

えっと…見てみないと分からない。

適当に手鏡を取り出して自分の頬を映す。



キス…マーク…

それは近くで見なければただのストロベリーチョコだったが手鏡に映るそれはチョコで象られた濃いピンク色のキスマークだった。

詩音は…やはり気付いているらしい。

厳しい目つきで私に返事を求めてる。

さっきのレナのキス。

レナが好きそうだからと言う理由で私がレナにあげたストロベリーチョコ。

わざと…?

何と言えばいいんだ。

どう言い訳をしようか。

いや、その前に言い訳なんかでごまかせるものか?

頬にキスマークがあるって時点でもう、どうしようも無いのではないのだろうか。

「レナさんですか?」

…当てられたが驚きはしなかった。詩音なら簡単に予想がつく。

「うん。悪い?」

開き直ってやる。詩音もレナも手に入れたんだから。
レナにキスされる権利も詩音にキスされる権利も持っている私なのだからこれは決して罪じゃない。

「いつ会ったんですか?」

「昼頃。」

適当な嘘でごまかせ。

「へぇ…それならお姉の体温は異常に低いんですね。」

…そっか。思わず自分で苦笑した。

昼頃に頬についたチョコが今、ほとんど溶け落ちずにはっきりとキスマークを象っているのは不自然。

「お姉、嘘は止めて下さい。ついさっきまでレナさんと居たんですよね?」

険しい表情で私に詰め寄る詩音。

…無理だ。詩音はごまかせない。聞かれたことだけに答えよう。…墓穴を掘らないように。

「そうだよ?だから何?」

「私がここに来る途中にレナさんは居ませんでした。勿論お姉も居ませんでした。だからついさっきまでお姉とレナさんはここに、少なくとも園崎本家の領地内に居たはずです。」

…答える必要もなくなったみたいだ。

…絶体絶命って奴だろうか。

「そしてレナさんはまだ帰っていない。レナさんの家に寄ってきましたから確認済みです。そして帰る途中でもない。私がレナさんの家からここまで来る途中にレナさんは居ませんでした。」

「…レナの家に寄ったのは何の為?」

ただ、気になった。
何故?

「確認したかったからですよ」

「…何を?」










「まだ失踪中なのかを。」









…あ。
あはは…ダメだね私ってやつは。

そうだよ。レナは失踪中。きっとレナの父親が昨夜か遅くても今朝、警察に通報したんだろう。

さっきまでレナと居たもんだから忘れてたよ。あはは。


「失踪した人にキスされるなんてお姉は本当に凄いんですね。」

…詩音、裏切らないよね?

「警察やレナさんの父親の電話には珍しく鬼婆が対応したらしいじゃないですか。さっき捜索中の大石に会ったから色々と聞いてきました。お姉はレナさんと遊んでて忙しかったんですかね?」

「レナさんが居なくなったと知った時から怪しいとは思ってました。だからこんな時間に会いたいだなんて言ったんです。」

うるさいなぁ。

「お姉、何のつもりですか?レナさんはどこですか?やっぱり地下祭具殿ですか?」

質問責めがうざったい。

やっぱりキスマークを見られた時点で終わってたんだ。

他の人からのキスマークだとか、偶然こんな形になったんじゃないかとか、言えば良かった?

…そんなのでは詩音はごまかせない。

結局、詩音は既にわかってる。

…あ。そうだ。詩音はまだ私のものじゃない。

相思相愛だけど、まだものにしてないんだ。

そうだよ…そうなんだよ…!

「お姉!答えて下さい!今のお姉…何を考えてるのか全く分かりません!」

うるさい!

咄嗟に詩音の身体を両手で突き飛ばす。

あぁ、今だ。チャンスだぁ!

引き出しから銃を取り出す。
コルト・ガバメントM1911A1…と言ってもそれは見た目だけで、実際はエアガンだけど。

詩音は攻撃的な目で私をキッと睨むけれどそんなのは全く怖くない。むしろ反抗的で可愛いよ。

「知ってるだろうけどこれ、凄い改造しちゃってるんだよね。おじさん、銃の構造なんかは分かってるからこんなのも簡単に改造出来ちゃうわけ。詩音の想像以上だと思うよ。」

「撃てるんですか?私を。」

馬鹿だね、詩音。

私、鬼なんだよ?

パンッ!

特に狙いはせず詩音の腕を撃つ。

「………いぃッ…!?」

詩音の悲鳴と共に鮮血が散り、畳が血しぶきで汚れる。

「いやぁぁぁッ!いたいぃぃぃッ!!」

本能のまま詩音は腕を抑えながら当たり前の感覚をそのまま口にした。

「鬼婆ぁぁッ!お婆さんッ!ちょっと…なんで来ないのッ!?お姉を止めてぇぇぇッ!!」

「来るわけ無いよ。居ないもん。」

「ッ…は…どういう…意味ですか…それ…」

「殺した」

だから来る訳の無い婆っちゃを呼んだって何も意味無いよ。

「…嘘…なんで…!?」

「邪魔だったし、殺されかけたし。正当防衛だよ。」

「意味わかりません…!!」

「あいつも何故かレナのことを知ってた。だから私を消そうとした。でも返り討ちにあった。それだけ。」

「鬼婆が直々に殺しに来たって言うんですか…!?」

「うん。」

事実だから仕方ない。それより。

「誉めてよ。」

「…は…何を…」

「詩音を苦しめた婆っちゃが死んで…嬉しいでしょ」


「…どんなに嫌いな人でも、人が死んだのに嬉しい訳ないじゃないですか!!おかしいですよ!!お姉ぇぇぇッ!!」

あぁうるさい。鬼はそんな感情知らないんだよ。
そろそろ面倒になってきたかな。

「…次は逆の腕でも撃とうか?」

「…え」

私は再び詩音に銃を向ける。その銃口は出血していない方の腕を狙う。

「ごっ…ごめんなさい…!!ごめんなさい…!!」

…よしよし。それでいいよ詩音。分かればいい。

「レナに会いたいんでしょ。会わせてあげるよ。」

早く私のものにしなければ。えへっ…詩音もレナも私のものになる…。

その瞬間が待ち遠しいけどここで浮かれてはいけない。

詩音は無言で悲痛の表情のまま私を見つめる。

「腕を後ろに組んで。そのまま風呂場に向かって。」

詩音は私の命令に忠実に行動してくれた。

銃を向けたまま目を反らさずタオルを取って詩音の肩口に乗せる。

「止血処理。強めに巻きなよ。」

呻き声をあげながらも言われた通りに肩口を強く締めたようなので次いで

「うつ伏せに寝て」

命令に従った詩音の腰に座り、動けぬように体重を乗せる。

銃を自らの腰に差して、詩音の傷口を両側からギュッと圧迫する。

「いたいッ…!!」

我慢して。すぐに取れるから。

溢れる血と共に現れたのは小さな鉄球。
改造が施されているとはいえこのエアガンには貫通能力は無い。
だから傷口に挟まった鉄球を取っておいた。

念のためタオルの締まり具合を確認し、大丈夫そうだったので私は再び銃を抜いてから詩音から下り、立てと命令した。


「…地下祭具殿に向かって」







―――レナが傷口を押さえながら歩く詩音を視界に入れた瞬間

「詩ぃちゃん…!?大丈夫…!?」

と心配したのが意外だった。

でもレナは優しい子だ。自分に暴行を振るった者に対してもそれは変わらないらしい。

「レナ、詩音を見ればわかるよね?出ようとしたらレナも撃つから。」

そう忠告しておいて、詩音に鍵を渡し、牢屋を開けさせる。

私が手を差し出すと詩音はすぐに鍵を私に返して、牢屋の中へ入った。

私はすぐに鍵をかけた。

ガチャリ。

その音が
詩音と
レナは園崎魅音のものになりましたと
ちゃんと教えてくれた。

「ふふっ…えへへへ…」

嬉しいぃぃぃッ!!


「きゃぁッはッはッはッははははぁぁッ!!レナも!!詩音も!!私のものぉぉぉぉッ!!やった!!私は遂に手に入れたぞぉぉぉッ!!欲しいもの全部!!手に入れたぁぁッ!!きゃはははッ!!あぁぁぁッははははぁぁッ!!」

「お…姉ぇ…」

詩音は私を哀れそうな目で、今にも泣きそうになりながら見る。

「しっかり…して下さい…お姉ぇぇ…」

私のもの私のもの…!!

「そうだ!!二人でキスしてよ!!」

いいね!!私の詩音と私のレナがキス!!仲直り!!

「そんな…私はお姉のものなんですよね…?なのに…」

「私のものなら命令に従うんだよ、早くしな」

つべこべうるさい。従え。

「詩ぃちゃん…キスだけだから我慢しよう?」

レナはそろそろ慣れてきたかな?いい子だね…詩音もすぐにいい子になる。

詩音はレナの言い方に少し悩んだが、そっと目を閉じた。

レナはどう唇を重ねようかちょっと迷って、顔を斜めに向けながら…

二人の唇の距離は縮まっていき…そして。

ふわりと唇が重なり合った。

詩音は正座して腕を押さえつつも黙ってそのキスを受け入れる。

レナは唇を重ねると同時に詩音の肩に手を優しく添え、両膝をついた状態でちょっぴり強引にされど優しく…キス。

その唇がゆっくり離れると詩音は恥じらいと困惑の表情でレナから目を反らし下に目線をやった。

「レナのキス、気持ちいいでしょ…?」

「お姉のキスの方が…気持ちいいです。」

…じゃあ私にもさせてよ。

「詩音、おいで」

犬でも呼ぶような声のかけかたで呼べば詩音はすぐにこっちに寄って可愛くそっと唇を突き出した。

「いい子だね」

私は鉄格子を掴んでそっと詩音に口づけした。
時折口を開けたり閉じたりして唇を擦り合わせる。
…詩音の唇…。

暫くそれを楽しんだら唇を離す。

詩音は名残惜しそうにしながらも私の唇をずっと見つめながら鉄格子から少し離れた。

「…お姉と毎日こうやってキスできるなら…ずっとここに居たっていいです。」

…可愛いよ詩音。

凄く可愛い。

愛してる。

「そう言ってくれると嬉しいよ。…さっきはごめんね、痛い思いさせたね。」
「…大丈夫です。痛みは少しずつ引いてきました。」

良かった。早く治りますように。

「私はお姉からは逃げませんから。…ずっとお姉の側に居ます。それが叶うのならずっとここに居たって構いません。」

「…ありがとう。」

分かってくれて嬉しいよ。詩音は私のもの。

どこにも逃がさない。

「レナも…同じだよ…魅ぃちゃん。」

「ふふっ、嬉しいよ。」

レナも私のもの。
二度と手放さない。

「二人ともいい子だね。愛してるよ。」

あぁ、抱き締めたい。

でも、まだダメ。

もう少し我慢しな、私。

今日はもう寝よう。身体も心も疲れきってる。

「それじゃあレナ、詩音。私は疲れたからそろそろ寝るよ。また明日ね。…仲良くするんだよ?」

「そっか…おやすみなさい魅ぃちゃん…」

「良い夢を、お姉。」

本当にキツい。

階段をあがるのも苦しい。

明日になればこの疲労は取れているだろうか。

そしてレナと詩音は仲良くやってくれるだろうか。

やっとのことで家につき自室へ戻っては私の意識はプツンと切れるのだった。

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