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崩壊

―――鳥のさえずりが心地良い。

暗闇を膜の外から照らす朝日はとても力強い光を放ち私の視覚に起床を促す。

「ふあーっ…」

欠伸をすると目頭から一粒の涙が零れた。

…昨日は会合に行った後おっちゃん達と暫く談話してから婆っちゃの乗る車に私も乗せて貰って帰ったんだった。

テレビを見る事も無く風呂と飯と歯磨きを済ませてすぐに寝床についたんだ。

早めに寝たのもあって今朝は久しぶりに熟睡できたと私の身体が実感してた。

「…おはよう。」

とりあえず挨拶だけはしておいたが返事は無かった。

今日は忙しくなる。大事な日だ。

私は気合いを入れて元気よく登校する。

少し早めに家を出たのに待ち合わせ場所には既に圭ちゃんが居た。

「圭ちゃんおはよ!今日はやけに早いじゃーん」

「レナが…待ってるかもしれないだろ?」

「え?普段はレナは圭ちゃん家に寄ってから圭ちゃんと一緒に来るんでしょ?」

「先に…待ってるかもしれないだろ」

よく分からない。圭ちゃんが何を言いたいのかが分からない。

とりあえず私が歩き始めると圭ちゃんも同時に歩き始めた。

「俺…レナに何かしたっけ」

…あはは!まだ気にしてるんだ!

圭ちゃんが少し可愛く見えた。

「大丈夫だって!レナは何も気にしてないよ」

「…そう…だよな」

元気無いなぁー…せっかく私が元気良くやってきたってのに。

調子狂うよ。

「レナは誰が好きなんだ?」




…!?

何…?気付いてるの…?

自分の身体がビクッと反応してしまうのが分かった。

「…レナは誰かのことで悩んでるみたいだった。多分…俺じゃない他の誰かが好きなんだろうな。」

…安心した。

そういうワケか。

圭ちゃんは…何も知らない方がいい。そのまま、ただの淡い恋のまま、終わらせればいい。

「私もレナの好きな人が誰なのかは知らないけど…相当入れ込んでるみたいだね」

私は苦笑して見せる。わざと。

「…はぁー。ごめんな魅音。朝からこんな風じゃ調子狂うよな。」

あ…うん。その通り。

「大丈夫だよ。…元気だしな。」

圭ちゃんは可哀想だね。
でもレナはこんな私なんかに奪われちゃうんだから。
だから…もう諦めて。

ここで圭ちゃんにレナを譲ろうとしない私の思考回路が、意志の強さを物語っていた。

もう…戻れないって、改めて認識させてくれた。

その後は普段通りのくだらない会話で言葉を繋いだ。

学校に着くと久しぶりに沙都子のトラップが圭ちゃんを待ち受けていたが圭ちゃんはドアを開けるなりすぐにその場から離れ、トラップに挑もうとしなかった。

「ほら、知恵先生が来る前に片付けないとヤバい事になるぞー?俺はトイレに行ってくる」

圭ちゃんの悪戯な笑みに沙都子は暫く悩んでいたが、本当にトイレに向かった圭ちゃんを見るとやがて私達に助けを求めてきたので私もとりあえずトラップの処理を手伝ってあげた。

あんな圭ちゃんは多分初めてだ。

消極的な対処法を選び、沙都子に構ってあげようとしない。

普段なら自らトラップに挑み、その全てを回避してやろうとするのに。

…レナのことでいっぱいいっぱいなのだろうか…。

沙都子は罰の悪そうな表情で

「失敗でしたわね…」

とだけ呟いた。

沙都子も沙都子なりに圭ちゃんを元気づけたかったのだろう。

日常が少しずつ色を失っていく。

それでも私は…もう鬼だから。






―――校長先生の鳴らすベルの音が響く。

今日の学校は退屈だった。

圭ちゃんは元気なくて、沙都子はそんな圭ちゃんを気遣い、梨花ちゃんはその沙都子の気遣いを誉める。
圭ちゃんがその梨花ちゃんを見て、誉める。

私は蚊帳の外。

いや、輪の中に入りはしていたけれど何故か感じた孤独感。

それが少し、邪魔だった。




「魅音?」

「へ?何?」

頭の中は色々な文字でいっぱいになってて、圭ちゃんの放つ言葉を取り込めていなかったみたいだ。

「話、聞いてたか?」

圭ちゃんは呆れたように溜め息をついて私に問いかける。

「ごっ…ごめん…ぼーっとしてた…」

「はぁー…魅音も最近元気無いよな。」

「お互い、思春期だからね」

苦笑しながらもどことなく圭ちゃんに共感を得て、今度は二人で溜め息をついた。

「今日は…どうするんだ?」

「えっと…レナのこと?」

一段とレナの話題を出す圭ちゃんは…黙って頷いた。

「おじさん、親戚の店の手伝いに行かなくちゃいけなくてさ…今日は無理そうだよ」

「そっか。わかった。俺は帰ったら電話でもしてみる。」

「うん…ごめん。」

「いいって」

さぁ、別れ道。
ほとんどレナの話だけでここまで来ちゃったね。

「それじゃあ圭ちゃん、また今度。」

また明日と言おうとしたが今日は金曜日だった。明日は確か、休み。
「あぁ、またな魅音。」

別れを告げれば私は直ぐに帰路を急いだ。

背中の鬼はまだ喋ろうとはしない。緊張しているのだろうか…

「大丈夫、上手くやってみせる」

自分に言い聞かせるように小さく唱えた。



―――プルルルルル…ガチャッ

「もしもし、竜宮です。」

レナ本人が出てくれたので面倒が省けたな、と漠然と思いながら…伝えるべき事を頭の中で数回繰り返す。

「あ…レナ?園崎…魅音だけど。」

「魅ぃちゃん…?どうしたの?」

「あのさ…こんな時間で申し訳ないんだけど…今から会えないかな…?」

夕方なのに申し訳ないけれど来て貰わないと困る。

「えっと…怒られないかな…どうしよう」

「こっそり抜けてきなよ。…短めに済ませるからさ。」

よし。いい流れだ。

「あと1時間くらいでお父さんが帰ってくるんだよ…だよ。」

「間に合わせるからさ…だめ?」

レナは電話の向こうでうーん…と悩んだがやがて

「分かったよ魅ぃちゃん。今回だけだからねっ?」

と了承してくれた。

「すまないねレナ。もし間に合わなかったらハッタリに協力するからさ。」

「…その時はお願いしようかな?…かなっ?」

「任せときなっ。それじゃあ早速…来て貰っていい?場所はとりあえずいつもの待ち合わせ場所で。」

「おっけーだよ?急いでいくから魅ぃちゃんも急いでね?」

「分かってますって。じゃあ後でねっ!ばいばーい。」

ガチャン!


あんな事があった後なのに…いや、だからだろうか。
レナはあえていつも通りを演じたのだろう。

あの時と同じに。

でもあの時と違うのはレナの心境。

遂に私を諦めようとしてる。

さぁ…始まる。

私はこれから再び鬼にならなきゃいけない。

欲しいものを手に入れる為に。

己の欲に忠実になる為に。




―――私はあれから急いで家を出たが先に着いていたのはやはりレナだった。

「ごめん!待った?」

「…ちょっとだけど…だよっ。」

最近、圭ちゃんとも似たようなやり取りをしたっけ。
レナと圭ちゃんとでは返答が少し違うけれど。

「ここじゃ話し難いからさ…家、来なよ」

「………怒られない?そのっ…魅ぃちゃんのお婆ちゃんに…」

「大丈夫、まだまだ帰って来ないよ」

そう、婆っちゃは村の会合でまだまだ帰って来ないから大丈夫。安心しな。

余程婆っちゃが怖いのかレナは不安そうにだが小さく頷いたので私はレナの手を強引に握って引っ張って連れていく。

レナは…少し気まずそうな表情で見つめ返してきたが、すぐに目を反らした。

「圭ちゃんから連絡あった?」

「あ…うん。体調はどうだ…って。あと、お大事に…って。」

アプローチが足りないね。…まぁレナはもう私のものだからいくらアプローチしても仕方ないんだけど。

「圭ちゃんも心配してるんだよ。早く治さないとね。」

正直、痣なんかは体調にあまり関係なく治るので早くも遅くもコントロールしにくいのだが一応そう言っておいた。



「さ、着いたよ。」

時折気まずくなりながらも我が家に着いたのでレナを招き入れては玄関には向かわずに…あちらへ歩を進めた。

「魅ぃちゃん…?」

「こっちの方が落ち着けるんだ。もう少し頑張って。」

レナの手を握る力を強くして、更に進む。

…そこは地下祭具殿。

「魅ぃちゃん…ここ…何」

バリン!

ビール瓶の破片が飛び散り、鮮血が地面に滴り落ちる。

レナの身体は無造作にドサッと地面に叩きつけられる。

それは、意識を失ったから。
「ごめんねレナ。こうするしか無いんだ。」

聞こえはしないだろうけどレナの耳元で謝り、次いで直ぐ様鍵を解いて扉を開き、レナの身体を引っ張って中へ侵入する。

レナの身体が想像より軽くて、比較的楽に事は進んだ。
恐ろしく簡単に。

更に進んだところにある牢を開けて、レナの身体を放りこむ。

隙は出来る限り作りたくないので早々に牢の扉を閉め、鍵をかけた。

レナはまだ目を覚ましそうに無いね。

…これでいいんだよね?

ねぇ。

「ねぇってば」

「うん」

ようやく問いかけに答えた鬼は元気無さそうにただ一言だけ漏らした。

はぁ、調子狂うよ全く。

まぁこれでレナは私のものになった訳だし。

レナはもう私から逃げられない。

…気にすべき点は他にある。

まずは警察。

この前のレナの失踪の際には私が通報したとはいえ大石が不信感を抱いた可能性は少なくない。

それは今回も同じはず。

それでも地下祭具殿にレナが監禁されていると推測する人間はまず居ないだろう。

証拠はない。

だがこちらの落ち度もまだ無い。

婆っちゃもお手伝いさんも家に居ない状態で、待ち合わせ場所からここまで一切の目撃者は居ない。

問題はレナの家。

本当にレナの父親が居なかったか、書き置きなんかが無いかチェックしておく必要がある。

まずは再度レナの家に電話して父親がまだ帰っていないかをとりあえず確認しなければならない。

先程レナの身体を検査したが鍵は無かったので扉は開けたままだと思われる。
まぁ…雛見沢では珍しいことでは無い。

私は祭具殿の鍵を閉めてすぐに廊下へ向かい、電話を取ればレナの家に電話をかけた。




―――よかった。まだレナの父親は帰ってないらしい。

明かりが全くついていない。周りには人影や車の気配も無い。いける。

物音を立てぬように、だが素早く扉を開けて中へ忍び込む。

鍵はやはりかかっていなかった。

全ての部屋のカーテンが閉まっていることを確認できたので手持ちの懐中電灯を点けてテーブル、あらゆる棚や机の引き出し、念のため床も見渡す。

ある程度隅まで見たが目立つものは何もない。

ゴム手袋をしているので指紋なんかは大丈夫。

髪もいつも通り結んでいる。毛髪が抜け落ちることは考えにくい。
自転車は目立たぬところに停めた。

よし、大丈夫。

…いや…念のため。

二階のレナの部屋をもう少しだけ調べておきたい。

まだ五分ほどしか経っていないし、レナの家には何回も来たことがあるからどこから外へ出られるかも分かってる。

もしもの時も慎重に…それだけでどうにかなるはず。

1つ1つの行動に痕跡を残さなければ大丈夫。

私は二階へ早足、忍び足で急いだ。

床、ベッド、棚、特に何も無し。

タンス、特に…
…こんな時だが下着が目についた。

………とっさに周りを気にしたが誰も居ないのはここに忍び込んだ時から分かっている。

…レナの着替え…少しでもあった方がいいよね。

うん。レナの為に。

決して帰ってから匂いを嗅いでみたり自ら着用してみようだなどとは思わない。

そっとレナのブラを一枚だけ貰って、タンスを閉めた。

お年頃の煩悩には倫理も道徳も自尊心も叶わないのだと感じた。

…そんなの今更だね。

くすっ、と思わず笑みを漏らしたが直ぐ様に気持ちを切り替えて机の方に目をやった。

この机を調べたらすぐに引き上げよう。
もう充分過ぎるくらいに調べた。

痕跡を残してない今のうちに引き上げた方がいい。

私はとにかく机を満面なく見渡し、やはり大したものは無かったので引き出しを開けた。

…日記帳?

シンプルなデザインの赤い日記帳がそこにあった。

…読んでみたい。

しかし時間は限られている。

一秒でも長くなる度に危険は増してくる。


私はその日記帳を雑に丸めてポーチに詰めた。

さぁ、もう何もやることは無い。

痕跡を残していないかサッと見渡すが問題なかった。

早いとこ立ち去ろう。

すぐに階段を下りて玄関へ向かい、扉を少し開いて周りを見渡す。

誰も居ない、私の地獄耳も車や人の気配を感じない。

急げ。静かに。

さっと外に出て扉を閉め、自転車に跨ればもう一度辺りを見渡して全速力で自転車をこいだ。


「完璧だよ…凄いよあんた!」


背中の鬼は私を褒め称えた。

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