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あれは彼等が組織を裏切る少し前だったか。
少女アマーロは、任務が終わり一息ついている兄プロシュートに向かって、最近覚えたシェイクスピアの気に入ったフレーズを聞かせていた。

その大きな瞳を夢見るように輝かせ、祈るように指を組み合わせた手を胸の前に乗せて、ふっくらとした愛らしい唇にのせて。
その声は、童話に出てくる中国の皇帝を魅了した小夜鳴鳥(ナイチンゲール)のように美しかった。




『…恋の思いは、音楽を食って生きるという。
なら、続けてくれ、聴き飽きるまで。
やがてこの恋の焦がれも胸がつかえて、病み衰え、死に絶えてくれもしよう』





プロシュートは目を細めて、アマーロの様子を眺めていた。
あんなに内気で、泣いたり驚いた時以外は小さな声でしか話さなかったアマーロが、こんなに堂々として声を出すようになって良かった、そう思って。

(随分と大きくなりやがったな。
あっという間に…)

背も大分伸びて、並んで歩けば、以前よりずっと目の位置が近くなった。
顔もまだあどけなさが残るものの、その瞳には強い光がある。

あんなに日の当たる場所に行きたがらなかったのに、今は大きな帽子をかぶってペッシやギアッチョ、リゾットと買い出しに行くのも喜ぶようになった。

(オレはここまで生きてこれた…
これも奇跡に近えな)


プロシュートは感慨深く思う。
彼女がここまで成長した姿を見れるまで、自分が生きていけた事に。
少し寂しく思いながらも。

アマーロはプロシュートの血を分けた肉親だ。
生まれつき色彩欠乏症によるアルビノで、流れ落ちたばかりの血液の鮮やかな真紅の瞳。
大粒の瞳は扇を思わせる長い睫毛に囲まれていて、背中に届くまでの髪の毛も雪のようだった。

プロシュートは16歳の頃から彼女を引き取り、共に暮らしてきた。
マフィアである自分からいつか独立して欲しいと厳しくも愛情を込めて教育をして。
プロシュートと彼女は二人で並べば、何となく肉親だと血の繋がりを感じる雰囲気があった。だが、彼に13歳年下の妹がいることを知る者は少ない。
プロシュートを教育した老幹部の親友であったペリーコロと、金を握らされ、弱みを握られて上層部に嘘の報告を強制された情報チームのような一部の人間をのぞいて。
そもそも、カトリックの信者が多いイタリアのこの地で人殺しは忌むべきものとされており、更に彼等が組織の命ずるままに粛清した者達の成れの果てを見てきたパッショーネの構成員達の間で、彼等には関わってはいけない、怒りを買ってはならない、姿を見ただけで死が早まるのだと恐れられてきたからだ。




彼女の存在は知られていなかった。
街中でパッショーネの関係者は暗殺チームのメンバーが連れた人間は誰であろうと見ても見ぬふりをしていた。





そして、それはあの男にも…。
















『何故だ…、何故か引っかかっている。
二年前のあの日から。
俺には何か、俺の破滅を導く何かがある…

だが何なんだ!!
何故だ、俺はそれを知らなくちゃあならないのに!』



頂点に立つボスにさえも。
あの自分の秘密を知る者を皆殺しにした彼にも。
何故ならば、彼の状態は普通ではなかった。
それはまるで癌細胞が少しずつ侵食していくように彼の体内には。










ーーテメエは誰だ?!
僕は見過ごしてはならないんだ。
僕の守るあの人の為にッ!
僕は直属の部下なのだから!!

ーーやめてやめて!!
来ないで!!近づかないでッ!
そんなつもりじゃなかったの!
あたし、ただ人を探してただけなの!!

来ないで!
何だか分からない!ただ貴方が怖い!



二年前、秘密を嗅ぎまわった暗殺チームの二人の男を始末した直後から。
ボスは気づいていなかった、いや忘れるように強要されていた。






ーーいやぁあああ!
助けてェ!!












ーー死ねッ!!小娘ッ!
我が秘密に辿り着く者に平等に与えられるもの。
それは死だ!!!




ーーいやぁああああーーーッ!!!











ーー『2×4Cyanide』ー




少女をただの無力な人間だと思っていたのが、彼の最初に犯した間違いだった。
振り上げた拳が少女の心臓を抉り出す寸前、少女の背後から現れた銀の十字は少年の頭を貫いた。



少女は恐怖とスタンドパワーの放出で力を使い果たし、涙を流したままで気を失う。
頭をおさえて、その様子を見た、体が半分成人になりかけて瞳に残虐な色を浮かべた少年は少女の頭に手をやり、髪の毛を鷲掴みにする。


ーーコイツは…スタンド使いかッ。
ますます見逃せるか!


殺せば、この謎の能力もなくなるだろうと少年はキングクリムゾンを発動させようと、その名を呼ぼうとした、その瞬間に。







ーCyanideー






脳内にほとばしる電撃が走り抜けるような激痛。少年は目、耳、口から大量の血を吐く。




ーーなんだ、なんだ、コレは…この能力は…ッ!?


悲鳴を上げてのたうち回り、少しずつ視界がぼやけてきた彼の目の前に現れたもの。
それは宙に浮かぶ目を潰された手足のない女。
ソレは冷たい笑みを浮かべて、少年…ディアボロを見下ろしていた。






『サイアナイド…拒否。


深紅王(クリムゾンキング)よ、
お前の宮廷に我々を招待するならば、炎の魔女がお前の築き上げた物を無に帰すだろう。

深紅王の墓碑銘(エピタフ)よ、
お前は無意識に我々から目をそらす。
それがお前の主人を守る唯一の方法なのだ…



裁きの天秤が一方に傾くまで』


彼は帝王と自負している。
だが己の傲慢さゆえに自分がそうだと知らなかった。
かつてこの地を支配した帝王や覇者たる者達は巫女が告げる神々の託宣にその運命を委ね、翻弄されて、ある者達は滅びていった事に。
魔物、黒の羊、獣の刻印。
今はすでに血筋が絶えてしまった、中世の時代から続く一族から蔑みをもって呼ばれていた少女に。
古代の神の顕現と邪教徒が盲信してその血と肉を食らおうとした、白い髪と赤い瞳の、関わってはならない存在があることに。
銀色に輝くオリオン座の宿る運命の天秤をかかげた彼女のことを。


そして彼女もボスのことも、彼の脳内に彼女のスタンド2×4(ツーバイフォー)が潜んでいる記憶を封印してしまった。




『その時が来るまで。
私自身よ。

運命の天秤が満たされるまで…』


ツーバイフォーがそうさせた。

そして、それ以降、今に至るまで、ディアボロの脳の記憶と認知領域には、銀色に輝く十字架が突き刺さって並々と光り輝いている。

















『今の調べを、もう一度。
消えいるような響きだった。この耳に、それはさながら、スミレ咲く堤の上に、フッと吐息を吹きかける、甘いそよ風。
花の香りを奪いつつ、花に香りを与えるかのよう…。





ね、この言葉ってすごくロマンチックだと思わない?お兄ちゃん』

息をついてアマーロはニコリと笑う。
彼女はロマンチックなものが大好きなのだ。
自分が好きなものを大好きなプロシュートにも知って欲しい、この暗唱は彼女が時々兄の隣でしている日常の風景だった。
ソファーに足を組んで座っていたプロシュートは、彼の前にいた彼女の頭を撫でて、頬にキスを落とす。アマーロはくすぐったいと笑う、これも日常だった。


『…十二夜か。
ったく、オメーは本当にベタベタに駄々甘いもんが大好きだよな。
オレは胸焼けしちまってダメだ、脂っこい肉も食えなくなっちまう。
そんな言葉をかけられたらよ。

だが、

Un'attrice ウナ・アットリーチェ(大女優さん)。


たった今オレの目の前にいるソイツに、言われたら話は別だがよ』

アマーロの笑顔はさらに輝く。
いつもは厳しく、猫背になるなと背中をビシバシ叩かれて、風呂上がりにリゾットやギアッチョのところに行こうと生乾きの髪のまま飛び出せば首根っこを捕まえられ説教と共に髪を乾かす。
ものを出しっぱなしにしたら、出したらしまえと怒り、時には尻を叩いてくる、そんな兄だが、褒めてくれる時は本当に嬉しかった。
小さい頃おどおどしていたアマーロが少しずつ自分の行動に自信を持てるようになったのは、兄のおかげだった。

『ふふっ!嬉しい、ありがと!そう言われると自信持っちゃうなぁ。

じゃあね、もしもあたしが、お兄ちゃんに褒めてもらったのが忘れられなくて、今日の事がきっかけで女優を目指して大人になった日に、大きな劇場…たとえばスカラ座とかに出られるような大女優になれたら、お兄ちゃんを招待するね。
とびっきりの最上級の一等席を用意して。
楽しみにしててねッ。
あたしが失敗しないように見守っててね。
約束だよ』

それは仮の物語。彼女は将来の為に一生懸命に勉強はしていて、何になりたいか考えていた。

アマーロはロマンチックなものが大好きで、演劇や映画も音楽を聴けば、普通の人よりも強く感動する感受性の強い少女だった。
それも彼女が幼い頃に、プロシュートが時間があれば、最初は絵本から少しずつ文字の多い本へと時間があれば読み聞かせをしていて、兄が仕事でいなくて寂しくても、アマーロは本の世界から得た知識で空想の世界へ想像の翼を広げていた。


『ああ、そいつァ、今から楽しみだな。
だが、オレはオメーが小劇場での通行人役だろうとも必ず観に行く。
オレがオメーの最初のファンになってやるよ』

『ありがとう…っ、いつもお兄ちゃんは嬉しいことばかり言うね。

あの、そしたらね、あたしお願いがあるの』

『いいぜ、何だ言ってみろ』

それは金銭でも派手な洋服や流行の化粧品のおねだりでもない。
ただのささやかな願い。

『花が欲しい!
その時には、お兄ちゃんはあたしに胸いっぱいに抱える程の花を持ってきて欲しいの。

あ、でもね、今のもしも話じゃなくても、あたしのここ一番に大事な場面に立った時に。
出来たら綺麗なマグノリアの花を入れて!
あたしの大好きな花!
あたしの友達ッ。
そしたら、あたし、きっと勇気が出て、緊張なんて吹き飛んで、とても上手に演じられると思うのッ』

アマーロはマグノリアの花を好んだ。
兄が彼女にシュガーマグノリアの愛称で呼びだした3歳の頃からずっと。
春になれば、兄にお願いしてマグノリアの咲き乱れる場所に一緒に花を見にいった。

『お前の為なら、マグノリアでも薔薇の花でもオレは胸一杯に抱きしめきれないくらいの花を持ってきてやるよ』

片目をパチリと閉じてニッと笑うプロシュート。それは色男と呼ばれる彼にはとても様になっていて。


『ありがとう!大好きッ!

お兄ちゃん、いつもありがとう』

感極まってアマーロはプロシュートにそういう。



『お兄ちゃん、あたし、お兄ちゃんを愛してるよ』

それは彼女がいつも口にする言葉だった。
そう言えば、プロシュートはいつもはアマーロ
の頭を撫でてくれる。

それが今日は違った。





『…tesoro mio テソロ・ミオ(オレの宝物)
オレも愛してるぜ。



オレは知らなかったんだ、その言葉を
オメーに会うまでは…』



それは急に腕を引かれて、強い抱擁。
抱き締められて薫る兄の香り。
きつく、痛みさえ感じるまでの腕の力に少女は戸惑いを隠せなかった。



『お兄ちゃっ、どうしたの…』

『アマーロ』



顔を彼の胸に強く押し付けられて。
まるで兄が兄自身の表情を彼女に知られまいとして。
その奥底の溢れ出そうな感情を極力出さずに抑え込み、プロシュートは彼女にこう言ったのだ。



『アマーロ。
忘れちゃあダメなんだ。

そうだ、オメーにはそういう風に好きに将来を思い描ける。
オメーにはその自由がある。

…オレ達とは違う』

プロシュートの瞳が揺らぐ。
強く光るサファイアは水の滴る月を思わせるウォーターサファイアの色彩に変化して。
彼はなるべくゆっくり、彼女に理解できるように語りかけていく。



『…まだ16歳なんだ。
オメーの正体は誰にも知られていない。
オメーはいつでもオレ達から、パッショーネから逃げられるんだ。
そしたら、これからオメーは何だって好きなものに、なりたいもんになれる。
この国じゃ駄目なら、他の場所に行くんだ。
世界は広い。
オメーの知る狭い場所だけが、全てじゃあねえ。

オメーが望む限り、
いくらでも道はある。

他人の目を気にして流されるな。
そうなりたいとテメエ自身で決めろ。
覚悟を決めて、
後悔しないように。



オレのシュガーマグノリア(愛しい白木蓮)。


これからなんだ。

これからが、
とびきり美しく花が咲くんだ…』

プロシュートはアマーロを虐待した彼女と自分の親類縁者すべてを根絶やしにした。
一族があれほど自慢にしていた青い血は、ただの赤い血だった。
地下の墓石に刻まれた一族の名を根こそぎ破壊をした、以来彼はその苗字、一族の名を捨てた。
名を捨てたのには理由がある。

マフィアである自分とアマーロとの結びつきを消そうとしたからだ。
彼女はプロシュートに関わりがない存在になって、一人でも彼女が生きていけるように。

彼は薄々理解していた。
自分は遅かれ早かれ、歳を取るまでもなく命を落とすのだと。
この飼い殺しにされた状況では。
だから、せめてアマーロだけは好きなように生きていて欲しかった。

『うん…うん、お兄ちゃん…っ。

そうだよね


でもお兄ちゃん達もそうなんだよ?』

兄の様子にアマーロは首を振って抱き締め返す。
兄の言ってる事を認めたくなかった。

『あたしだけじゃあないの。
お兄ちゃんもリーダーさんも、ペッシ君も、ホルさんも、イルーゾォ君も、ギアッチョに、メローネにだって…!

皆に未来が…っ』

『アマーロ。

オレからオメーに言葉を贈ってやる。
忘れるな。
心に刻み付けるんだ』

『え…?』

プロシュートはソファーから立ち上がると、ガラスの観音開きになっている本棚から一冊の皮の装丁の本を取り出して、表紙をゆっくりと開いてページをめくりだす。

『同じシェイクスピアの『マクベス』だ』

そして、ゆっくりと低く美しい、重みのある声を出して読み出した。
その姿は、まるで俳優が朗読するかのよう。
それだけで少女には兄の姿が生ける絵画にも思えた。



プロシュートは声を出して読む。
その言葉をこれまでの自分達自身に重ね合わせて、今までの自分を思い出しながら、感情を込めて。



『…明日、また明日
そしてまた明日と
記録される人生最後の瞬間を目指して
時はとぼとぼと毎日歩みを刻んで行く』

死の舞踏は手招く。
自分はもう若くない。
これから、少しずつ彼が戦場で生き残ってきた命綱である身体能力は衰えていくだろう。

『そして昨日という日々は…
阿呆共が死に至る塵の道を
照らし出したに過ぎぬ』

彼自身を含めてチームが生きる為に進む道。
通り過ぎた後ろには死体の山が築かれて。


『消えろ
消えろ
束の間の灯火(ともしび)』

虚しく感じることがある。
あの二年前にソルベとジェラートが殺された時から。

『人生は歩く影法師
哀れな役者だ
出番の間は大見得切って騒ぎ立てるが
そのあとはぱったり沙汰止み音もない』

いつまで続くのだと。彼等の暗殺チーム全員の人生は。

『白痴の語る物語…
何やら喚きたててはいるが
何の意味もありはしない…



…わかるか?
この意味が。
お前は盲目のマクベスになるんじゃない。
なっちゃあ駄目なんだ』

本を閉じてローテーブルに置く。
プロシュートは、妹の顔を上げさせて、額と額をそっと重ねて、そう言った。



『お兄ちゃん…っ』

ーそんな事ない…っ、そうじゃないよ!

だって、お兄ちゃん達、あんなに苦しい思いして、ずっと緊張ばかりの環境で、何とか生きようと頑張っているじゃないっ!

だからいつか認められる!!



『……っ』

そう言葉にしたかったのに、本を閉じて、じっと自分を見つめるプロシュートの強い瞳が語るものに、何も言えなくて、唇を噛み締めるしか出来なかった。
慰めも、同情も、兄にとって、否チームの誰にとっても、蔑みよりも残酷な言葉だ。
兄等は悟っている。

ベッドの上で家族に見守られて息をひきとる事は出来ず、やがて衰える自分達の力に日々死に行く、その日までを刻一刻と苦しみながら数えて、その果てに自分達はいつかは殺されるのが最期だと。


報われはしない。
彼等は組織にとっての恐怖の対象であり、消耗品なのだと。
彼女の大好きな彼等が。
たとえ無慈悲な人殺しだと言われても。




あのほのか香る甘い煙草と見知らぬ異国の花の混じった大好きな兄の匂い。
その彼女へ与えたその言葉と共に、今はアマーロの胸に鈍く痛みを与えている。



「行かないで、お兄ちゃん…!」


悲しみの涙で思い出す度に。























H.31.1.24


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