ピース・オブ・マインド
「あなたが…ホルマジオさん…?」
ホルマジオが初めて会った少女アマーロ。
彼女は、その小さな身体を何かがはち切れそうになるのを必死に耐えているようだった。
それは数十分前。
任務に目処がつき、自宅で休んでいた時にかかった電話。
一瞬、彼は自分でも緊張してしまった。
何故ならその番号は、今のところリゾットしか知らない筈だからだ。
「…プロント(もしもし)」
リゾットに何と言ってやればいいかと頭を急速に働かせ、手に取った時。
聞こえたのは予想と違い、震える少女の声だった。
それは以前プロシュートの服に隠れていた時に聞いた、まだ直接話したことのない少女のもので。
「…ホルマジオさん……ですか?
お兄ちゃんのお仕事仲間の…。
あたし、アマーロ・セラーノと言います。
お兄ちゃんの…プロシュート・クルードの妹です」
(偽物…じゃねえようだな)
ホルマジオはこれは本当にプロシュートの妹からだと確信した。
以前プロシュートから聞いていたのだ。
プロシュートとアマーロの二人の名字は敢えて違うのだと。
プロシュートの今の名字も本来の名字ではない。
プロシュートは言った、それは8年前に捨ててしまったと。
アマーロを売ろうとした親を拷問の末焼き殺した時に。
またこう言った。
自分の生まれた場所を捨ててやったと。
両親と同様
『生まれぞこない』と罵り、痩せ細り傷ついたアマーロを目にしても
『そんな子じゃ当然だろう。そんな不気味なモノを。
そんなモノ、憂さ晴らしのペット以下にもならない』
とせせら笑い、集まりにも人間以下の扱いをし、ある出来事によって彼女の身体も心も手酷く傷付けた親族の諸行を知るや否や、その一族郎党まとめて葬り去り、地獄に叩き落とした時に。
『よくも………、よくも…やりやがったなッ!
オレの家族を!!!!あんな小さい子を!!!!』
黒い怒りの炎を精神に渦巻き狂わせ、何千回殺してもお前達は殺し足りないと死体の前で叫んだ時に。
『オレは認めねぇ!!!!こんな場所、いらねぇ!
何が血脈だ…ッ、何が尊い血だ!!!
こんな泥臭いゲロ以下の血がオレに、あの子に流れてるのすら忌々しい!!!!』
今の名字は、適当に目についた墓石から拾って付けたと、以前彼が皮肉混じりに語っていたが、それが事実かは分からない。
彼は全て真実を語らない事もあるからだ。
そしてアマーロがプロシュートの偽名である『セラーノ』の名字を名乗っているのは、プロシュートが自分と彼女の繋がりを知らせない為。
なるべく妹をマフィアの世界に関わらせないようにする方法なのだと。
8年前彼が両親を火をかけて殺害した時に、あの幹部の老人の手を借り、実の妹であるアマーロは火事で両親と共に死んだと事実を捏造した事も。
「ああ、そうだ、嬢ちゃん。
オレは確かにホルマジオという男だ。
そりゃ間違いねぇ。
なぁ。
…リーダーに、何かあったんだな?
お嬢ちゃんが、オレにかけてくるって事はよ。
話してみな?」
そう言えばヒグッと一瞬泣き出しそうになった声がした。
「うん………うんっ…そうなの……ッッ。あたしだけじゃ、どうしようもなくて…
…だから、あなたにも、助けて欲しくて…」
だがそれを、押し殺したように、すぐ掠れながらも、はっきりと少女は己の意思を伝える。
「ここじゃとても……、うまく話せなくて。
いきなりで、ごめんなさい。
お願いします、お仕事つかれてるのに申し訳ないんですけど………っ。
あたしに今から会ってくれませんか?」
何がどうなのかはまだ分からないながらも、ホルマジオはアマーロのただならない必死な様子を理解した。
(強い子だな、旦那と同じで)
ホルマジオはそう思った。
あの同僚になった、眼光の強い男の確かに妹なのだと。
プロシュートが時々
「泣き虫ですぐワアワア騒ぐんだが、泣いて自分の中の悪いモンを全て洗い流すんだ。
芯は強え女なんだよ」
と言ったのは確かなんだと。
「いいぜ。
オレはお嬢ちゃんの兄ちゃんには世話になってるんだ。
仲間の身内は、オレの身内ってやつだ」
「ほんと…っ、ホントに!」
「あぁ、ホントだぜ。まして、女の子にお願いされちまったらなァ。
今すぐクルマぶっ飛ばして行く」
「ありがとう!
ありがとうございますっ。
あの、あたしのいる場所は○○ー××ー△△のバールです…。
ギリシャの建物みたいな店の隣のバール。
あたし、赤いコートを着て、髪の毛…白い色をした頭に、黒いサングラスをかけてます…すぐ分かります……」
「わかった。
もう少し我慢してな」
そうして、彼はアマーロが武器を持ってきてと言うのに従って必要な装備をすぐ手にすると、彼女の待つバールへ向かった。
小さな後ろ姿。
ふるふると震えながら、それでも、平静になろうとしてるようだった。
言っていた通り、一目で分かった。
その眼をひく白い髪とサングラス。
何よりも、サングラスごしに見える長い睫毛と大きな瞳に、確かにプロシュートの身内だと分かるものだった。
「あなたが…ホルマジオさん…?」
電話で聞いた時より、か弱く頼りない声。
だが、切れそうに細く見えながらも、その芯は…『やらねばならない』という意思を感じ取った。
「ああ、そうだ。
アマーロちゃん。
やっぱりなぁ、電話のオメエの声聞いて思ったが、やっぱ可愛い嬢ちゃんだなァ。
すぐ来た甲斐があるもんだ」
そう簡単に自分を可愛いと言いながら、自分の白い髪をフワフワして気持ちいいなと撫でるホルマジオに、まだ自分の見た目を気にしてたアマーロは、強ばらせていた肩が少し軽くなったのが分かって、また以前リゾットが彼を『いいヤツ』だと言ってた事を本当だと実感した。
「まぁ怖がらないでくれや。
オレはオメエの華やかな兄ちゃんと違って、ガラも見た目も相当悪いが、義理は通すし、やる事はきっちりやる男だ。
何より、オレは一目でオメエを気に入ったからな。
さあ、話してみろ」
そう言って、アマーロの右隣の椅子にかけると、少しうつ向いていた彼女は弾かれたように顔をあげる。
「…ホルマジオさんッ。ホルマジオさん……っ。
おねが、い……ッ。
リゾットさんを、たすけて……!
あたし『視えた』の!
リゾットさんが死んじゃうッッ」
アマーロはそう言って、ホルマジオの胸に飛び込み、ワアワア泣きじゃくる。
「そりゃ…どういう事だ?」
座る位置があまり目立たない場所でよかったと思い、アマーロが泣くのを落ち着かせる。アマーロは自分でもなんとか泣くまいとしゃくりあげながら、ぽつぽつとこれまでの事を話し出した。
自分のスタンド『2×4』の能力の一つ、死の未来予知のこと。
予知は、場所とその瞬間が断片的にしか見えない事。
リゾットが、病院で胸を貫かれ死ぬ瞬間を見た事。
自分の能力に逆らえないまま、病院にリゾットと行ってしまって、そこで襲われた事。
敵の能力。
人間を操り誰彼構わず襲いかかり、スタンド『サイコパシー・レッド』の吐き出す肉片を飲み込むと仲間にされてしまう事。
生きる死者は、実質あの時病院にいた人々であり、あまりに大勢いる事。
リゾットは、敵の指示に従い、アマーロを逃がした後、たった一人で病院に戻って戦っている事を。
予知に一部分だけ見えた瞬間。
黄昏の暗くなる寸前の空の下、リゾットが倒れたのを。
予知通りの死の運命は、あまり時間が残されてない事を。
「だから、お願い……。
あたし、リゾットさん助けたい……ッ。あたし一人じゃ、できない。
無茶なお願いだって…わかってます。
すごく怖いことだって。
でも、お願い、一緒にリゾットさんを助けに行ってッッ」
アマーロはそう訴える。
リゾットを死なせたくない一心で。
あの死に際の心が引き裂かれ、悲しみに染まりながらも、アマーロを思い、笑いかけたあの表情を………見たくなかったから。
ホルマジオが引き受けてくれない不安もあった。
現に、自分もあの恐ろしい場所に戻るのを嫌がる部分もあったのだから。
それでも、自分はリゾットを思えば戻らねばという気持ちが勝ったけれど、ホルマジオは違うのだ。
「……けど……………ダメだったら、せめて……、ひとつだけ…お願い…」
なにも関わらなければ、彼は危険に身をさらさずに済む。
普通の人間ならば、死にたくないと思うのが当たり前だと。
「お兄ちゃんのいる場所に……電話して…………。
この近くの支部の集会をやってるって聞いたけど……あたし、番号知らないの」
それで彼が断るのならば、せめてプロシュートに連絡を取るだけをお願いしようと思っていた。
「……そうか」
しばらくホルマジオは黙り込んだまま、何を思うのか顔を横を向かせ往来を眺めていた。
アマーロは、その静かさを重く感じながら、ただ黙って答えを待つ。
(やっぱり………やっぱり、ダメなのかな……………っ)
そう思った時。
ーぽふっ。
「いいよ。行ってやるぜ」
軽い音をさせアマーロは、自分の頭にホルマジオが手を乗せたのに、
「…!?」
パァアッと瞳を輝かせ、膝に握った自分の拳から再び顔をあげた。
「なんたって、リゾットはオレらの『リーダー』だもんなァ………」
そこには、ホルマジオの朗らかな笑顔があった。
「リーダー……………?
それってリゾットさんの事?」
「ああ、そうだぜ。
リゾットは、オレの、オメェの兄ちゃんも認める男………、オレ達のリーダーなんだ。
アイツがそう思ってなくても、少なくともオレはそう思ってんだぜ」
少し前の話だと、ホルマジオは語る。
暗殺者になれと言い渡された時、もう自分はダメだと感じた事。
それは事実上の死刑。
その場にいるリゾットは死の化身と呼ばれ、恐れられていたのも彼の絶望に拍車をかけた。
そして自分の死は間近だと自棄になり、襲いかかったのに、なのに、そのリゾット本人は自分を殺さなかった。
ただ、許した。
そんな事で覚悟を使うなと強い眼光で吠えて。
殴られた頬の痛みと口に広がる血の味と共にホルマジオは理解した。
リゾットが人を殺して傷付くのは自分だけでいいと思っているのを。
恐れられて、仮の同僚に罵られても、彼らを1日でも生き延びさせる為に、自分の身を磨り減らしながら任務に向かっていた事を。
愚かで、どうしようもなく優しい人間なのだと。
「だからなぁ…………、オレァ、コイツになら命を預けていいと、いや、たとえ死んじまっても構わねぇと思ったんだよ。
悪党ばかりのマフィアの掃き溜めの中でも、こんなヤツがいるんだってな。
…まぁ、要は人間として好きになったって訳さ。
野郎が野郎に好きって思うのは、ちょっと気持ち悪いかもしれねぇけどよ」
頭をぽりぽり掻きながら、ニシシと笑うホルマジオの顔。
柄が悪いと本人は言っていたが、アマーロはそう思わなかった。
彼はいい人だと。
美しい顔、優しい顔で、笑顔で、その裏腹の中身を持つ人間より、ずっといい人なんだと。
(リゾットさん……リゾットさん……。
貴方を好きだって人は、あたし以外にもいたよ…!)
そうリゾットを思ったアマーロは嬉しくなりながら、頭をブンブン振った。
「ううん………。
ううん!そんな事ないっ。
だって、あたしもリゾットさん大好きだもんッ。
あの人、優しいもの!
ホルマジオさんの気持ち、すっごく分かる」
「そうかぁ…、嬢ちゃんはいい子だなァ。
まぁ、そんな訳で、猫の手にもならねぇが、オレも手を貸す。
とりあえず、旦那に電話かけねぇとな。ちょっとこれ飲んで待ってろ」
そうして彼が差し出したのは、先ほど注文したクリーム入りのコーヒー。
「コレ、クリームがいっぱいだね。
ホルマジオさん、甘いもの好きなの?」
「んにゃ、違ぇ。
つい、うっかりな。いつもの習慣だ。
オレァ、いつもクリーム部分だけすくいとってなめさせるんだよ、道端の猫によ。
オレァ、猫が大好きでな。
で、オレにゃ、ちっとクリームが甘えからオメエが飲んでくれねーか?」
そう片眼をパチッとウィンクしながら、立ち上がり背中を向けて電話へと向かおうとする。
アマーロは自分が注文した、中身の全く減ってない冷めきったカプチーノをチラッと見ると、ぽつりと感謝した。
「(…いい人)
うん、ありがと…。ホルマジオさん」
「あぁ、それとな。他人行儀みてぇだから、さん付けしなくていい。
呼び捨てにしてくれ」
「そうなの……?
じゃあ…、あの…。
『ホルさん』って呼んでも、いい?
何か、そう呼びたいの」
「『ホルさん』か…………ヘへッ、初めて呼ばれたなァ。
こんなゴロツキのオレになぁ…、嬢ちゃんは面白いな。
ああ、いいよ。
んじゃ、待ってな」
「うん、お願いします」
そうしてチビチビとカップに口をつけたのを眼にすると、ホルマジオは店の外へ出て自身の車に入ると電話を取り出した。
「…プロント。
旦那、オレだ」
「『どうした?休んでるかと思ったが』」
「ああ、ちょっとな。
…早急な、事態だ。
すまねえ、早くそこから抜け出てくれねえか」
「…………………………
アイツの、事だな。」
そのたっぷり降りた沈黙後。
ホルマジオは、受話器ごしのプロシュートの声色がガラリと変わるのが分かった。
そしてアマーロの話を手早く説明するうちに、更に濃くなる獣の緊張感を肌身で感じ、刹那、空気が弾けた。
「『…ッ。
シュガーマグノリア……!
マジオさん!
アイツは今どうしてる!?』」
「あの子は、今、中に…………!?」
そう電話で話ながらも、ホルマジオはアマーロから眼を離さずにいたのだ。
何も変わらない、普通に大人しくしてるように見えた。
だが、
「『あたし……。
あたし、行かなきゃ………』」
虚ろな眼で立ち上がるアマーロ。
正気を失ったかのように。
「アマーロちゃん!!!?」
ハッと立ち上がり、ホルマジオはアマーロの元へ駆け寄った。
ホルマジオはリトルフィートを出し、アマーロの背後にいた血まみれの男を殴りかかろうとした。
それは簡単に避けられ、口から血泡を噴きながら赤い男は言う。
「『…オ前ノ役目ハ、仲間ヲ呼ぶ役目ハ終エタ。
ナラバ今、オ前ノイルベキ場所ハ、ココデハナイ』」
その瞬間、背中が割れて現れた白と赤にまみれた肋骨。
それを翼のように広げると男はアマーロを抱き抱えたまま、一瞬にして姿を消してしまった。
「しまった…!
あの子は、憑かれてたのかッ!!!!」
そう悔しがっても仕方ない。
今出来る事をやらねばならない。
そう思い、ホルマジオは車に飛び乗り、目的の場所へ早くせねばと走り出した。
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