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プリンセス・オブ・フォーリン 2
プロシュートにお姫様抱っこをされ、何故か大勢のホテルマンにパチパチと拍手されながら帝国ホテルを後にした桃子。
(は…恥ずかしい……っ!もう行けない)
かつてない恥ずかしさ。
あんな大勢の人の前で。
しかも、気が進まなかったとは言え、大変失礼な形であのお見合いを蹴ってしまった。

お見合い相手の自分が、突然別の男に連れてかれて、多分、おそらく、いや確実に男と逃げたと、先方は誤解したに違いない。

相手の面目は確実につぶれただろう。


代議士の息子。
睨まれていい相手じゃない。

(ああ、どうしよう、どうしよう)

そう思って、彼女はホテル前から乗ったタクシーの中で、白いハンカチに顔を埋めていた。


「うっうっう……………」

今だって、タクシーの運転手からしたら目立つ客だと思われてるだろう。

なにせ、あからさまに目立つ真っ赤な振袖の自分は、俳優のような見た目の外国人と並んで座ってるのだ。

まあ、この座ってるだけで場が無駄に華やかな雰囲気になる男は、初対面の彼女に顔面パンチをしかけた上、親指四本ぶっちぎろうとした凶暴な男なのだが。

先程このタクシーに乗る際、ようやく桃子を下ろした時に彼はこう自分にしか聞こえないように言ったのだ。

「『いいか。助けを求めて騒いでみな。

…トウキョウワンに沈める、だったか。ついでにコンクリートのドレスを着せてやる。


オレは優しいからなァ。
郷に入ったら郷に従えって言葉に従って、オメーの始末の仕方も日本式にしてやるよ…』」

(…発想がいちいちバイオレンス!!?
ううんっ、むしろ何でそんなマニアックな事知ってるの!!?
もう!何なのこの人!)

青ざめる桃子の頬を両手で包み、耳元で身の凍りつく…この男ならやりかねない…言葉を、甘い甘い声色で囁かれる。

通りすがりのマダムからもニコニコしながら好奇心の目で見られ、傍目からしたら、その様子は絶世の美青年が恋人に愛の囁きをしてるようにしか見えないものだった。

乗ったタクシーの運ちゃんからさえも
「仲がいいねぇ〜!」
と満面の笑みで親指をグッと向けられる始末。

もう恥ずかしさと恐怖で死ねると思った。

しかも、この男。

桃子があからさまに、彼が近寄るとビビる様子に、大変美しく悪い笑みを浮かべていた。きっとロクな事を考えてない。

一体自分はどうなるのか。

そう思うと、桃子は狭い車内に関わらず、隣に座る彼から極力触れないように、身を縮こまらせて座っていた。


そして、彼女が今こうして涙目になってる理由。

あの気に乗らない見合いで、たった一つだけ、むやみやたらに楽しみにしてた物。

(私の和牛頬肉のシチュー…。

とろっとろに煮込んだ…あの帝国ホテルの…っ。

あれだけを、楽しみにしてたのに………)」



そう、普段は敬語で話し、所作も祖父との教育で大和撫子のように振る舞えるが、美味しいものが大好きな桃子。
ハーゲンダッツは新作を必ずチェックし、季節の生和菓子は必ず毎日ストックする。

そんな彼女は恥ずかしさと恐怖に入り交じった気持ちの中で、何より頬肉シチューを食べ損ねた悲しみに暮れていたのだ。









「……『おい泣くなよ。
突然連れ出して悪かったな』」


理由がしょうもないとはいえ、流石に桃子がいつまでもエグエグと泣く姿にプロシュートもいい気分ではなかった。

彼はフーリガンの乱闘に喜んで参加し、喧嘩を売った相手はボロ雑巾の如くボコボコにするような男だったが、基本的に別に理由がなければ女にやたら手を上げない。
(妹を叱るのに拳骨をしたり、女が色仕掛けをしてくれば別の意味で返り討ちにしたり、殺意を持って襲ってきたら容赦なく倒していたが)


「『何か言いたい事があるみてえだな。
言ってみろ』」

片手を頬杖をつき無駄に偉そうな様子のプロシュートは、チラッと桃子を見てそう言うと、その態度に苛ついた桃子は弾かれたように顔を上げる。


そうして飛び出した桃子の怒りは、プロシュートの、またタクシーの運ちゃんの前田さん(通称:男前の前田さん)の斜め上を行くものだった。

「んだと…上等だァ!コラッッ!!!
このクソ外国人が!!!!?

こんの!
鬼畜米兵!!!!!
メリケン野郎ーーーーーーーーーーーッ!!
テメエ!よくも!よくも偉そうにしたもんだ!ああ!テメエはお殿様か!!!!?こんの野郎ーーッッ!!!!
恥かかされたのも腹が立つがなぁ!私の怒りはただ一つ!

食い物の恨みは重いんだ!
一生許さねぇ重さだっつーのを分からねぇのか!万国共通だろうが!
それだけショックだっつーてんだぁ!
この前の黄身しぐれも返しやがれ!

…うっ!
私の!
私の!
…帝国ホテルの和牛頬肉シチュー……、食べたかったのにぃ!
楽しみにしてたのにィィィーーッ!」


桃子は怒鳴る。
恥をかいたのよりも何よりも一番に食い物の恨みで。

(………ブッ!!?)

その『鬼畜米兵メリケン野郎』という発言に前田さんは吹き出しそうになった。
必死で我慢した。一体いつの戦時下の日本人だよと、彼は笑いをこらえるのに大変苦労した。


桃子は普段敬語で話すが腐っても任侠の孫娘。
特に怒りで興奮すると、その口調はべらんめえに変わり激しくなるのだ。

そんな日本語でまくしたてた彼女は、
「『これは私の怒りと悲しみの叫びだッッ!
内容はお気になさらないよう!非ッッ常にしょうもないですから!聞いても不愉快でしょうから!
今叫んでそこそこスッキリしました!』」
と言った。

その罵りに、プロシュートはハァ?と呆れ顔をしながらも、メリケン=アメリカ人と聞き取り、それに
「『おい、言っておくがオレはアメリカ人じゃねえよ、イタリア人だ』」
と返す。


(…イタリア人!!?)

だが、それが彼女にとって良くなかった。

ハッと顔を上げ、一気に青ざめた彼女の脳内は勝手なイメージが浮き上がっていく。

『イタリア人→スパゲティ→ピザ→何か太ったオバサンがフライパンを持って旦那に怒鳴る→ルーズ→ナンパ→女好き→お持ち帰り→ヤったら一発ポイ』
とシャキンシャキンと猛スピードで繰り出される脳内変換。

(の……、ノーーーーーーーッ!!!!?)

それが弾き出された瞬間に彼女は激しく動揺し、プロシュートに近寄るなと両手を前に出した。

「『……貴方イタリア人なんですか!
最悪じゃないですか!
イタリア人って女の人と見ればナンパしまくりなんですよね!
だから私を連れ出したんですねッ!
嫌です!!

ノー現地妻!!

私みたいなチンチクリンより、もっとグラマラス美人でッ、お付き合いに積極的な女の子はザクザクッ!夢の島の生ゴミ並みに!諸手数多に!スーパーのシラス並みに沢山いますから!そちらにお声がけを!
私は無理!
近寄らないで!
ドンッ!タッチミー!!』」

その長い拒否の、要は
『私の側に近寄るなァーーーーーーッ!!』
という言葉をプロシュートに浴びせかけた桃子は、プロシュートが目を白黒して自分を見るのを構わず、自分の手提げからおもむろに学生手帳を取り出す。

「『大体!外国人だからって女の子がホイホイひっかかるって思うんじゃないですよッッ!
日本の女ナメンじゃねぇ!
限界まで!そのただでさえ無駄にデッケー目ェ見開いて、見やがれコレを!!!

これが!私の憧れの人だァーーーーーーッ!』」

そう言って、プロシュートに見せたのは数枚の写真。
いわゆるブロマイドというもの。

これが某イケメンアイドル事務所メンバーや、今流行りの恋愛映画の世の女性を虜にするハリウッドスターのものならば持つ女性もいるだろう。

桃子は違った。

バーンと差し出される写真の男達!

きつく睨む頬に傷のついた男!
黒サングラスに派手な柄シャツ!ちらりと胸からのぞく金鎖のネックレスにサラシ!
背中の後光射す仏の刺青を見せつける虎の眼光をした男!某ミナミの帝王!
某Vシネマの帝王!


「『お分かりになりましたか!
私はこういう人達がタイプなんです!
貴方みたいな細腕キラキラの王子様タイプは、ちっとも全く!興味ございませんから!
だから下ろしてください!
私、一人で帰れます!!!!』

運転手さん!私だけ下りますから!
お会計お願いします!おいくらでしょうか!!!!」

はぁはぁ息を切らしながら、中腰になり前田さんに向き直る桃子。

その激しい勢いと気迫に前田さんは一瞬け落とされそうになりながらも宥めようとする。
「落ち着いて!お客さん!
この兄さんも悪気はないっぽいじゃない!ほら深呼吸しな!
それに急に立ち上がっちゃ危な、


…………おわっ!!?」

「キャああッ!!!!」

その時、急に方向転換したトラックに前田さんはハンドルを回し、何とか衝突をさける。
急ブレーキでワンバウンドする車内。

微妙に立ち上がった姿勢だった桃子はバランスを崩し、身体をぐらつかせる。


(あいたァアっ!)


左頭部をドアガラスにゴンとぶつける。

そう思って、固く目をつぶるが、


「『…ったく。
とんだじゃじゃ馬お嬢ちゃんだ…』」
と言う声と、強く引かれる自分の左腕。








「……え?」

桃子の予想してた頭の衝撃がない。

ただしっかりと支えられてる感覚がするだけ。


「『騒ぐなよ。
別に悪意はねぇからな』」



恐る恐るゆっくりと閉じた瞼を開けると、あまりに近い位置にある男らしい表情の美しい顔。

(ま…まさか…)
と青ざめ、目を完全に開いて理解する。


体制を崩した桃子がぶつからないように、プロシュートが両腕でしっかりと彼女を抱き締めていた事に。



淡く薫る香水。
呆れたように見つめる青い眼。

自分を包む力強さに満ちた腕。
抱き締められた体越しにつたわる体温。
…ひどくホッとするような。



「『ククッ…、面白いな、オメェは。
オメェみたいな女、26年生きてこの方会った事ねえよ。

すまなかった、オレの勝手で連れ出して。何だか分からねぇが怒らせたようだしよ。
落とし前はつける。オメェの希望は何だ?出来るだけ応える』」

桃子を見下ろし、そう子供のように笑うプロシュートに、
「あ、『…はい…………、謝ってくださるんなら…、もう、いいです……、ありがとうございます…』」
としか言えなかった。

全く自分の好みの顔じゃないのに。


(…何で、心臓がうるさいの…?)
それを理解した直後桃子は、自分の顔の中央に熱が集中するのを感じた。









これまで会った事のないタイプの美しさを持つ日本人の彼女。

彼女が豹変して怒鳴り付ける様子に、プロシュートは一瞬驚いた。

だがその時の彼女の目付きが、夢で自分に切りかかった時の眼光を思い出させて、凄く面白い女だとまず思った。



そして、たった今タクシーの急ブレーキで、咄嗟に彼女を抱き抱えた時。

彼の腕の中におさまる彼女。

プロシュートの思った通り腕にスッポリと抱き締められて、やわらかく心地好い感触。

桃子の髪から薫りがする。
甘い花の薫り。
緑なす黒髪から。

「あ…いや……、…恥ずかしい…っ、あの…『ごめんなさい、あと庇って下さり感謝します』…あ、あの…『もう大丈夫ですから…』」

しなだれかかり、媚を売る女達とは違う。
顔を真っ赤にして、控えめにプロシュートの胸を押す桃子に、再び見惚れた。

「『別に、構わねぇ』」
飛び抜けた美人ではないのに。
彼女より美しい顔の女は多くいるのに。
彼には彼女が世界で一番美しい女性に見えたのだ。

彼女をずっと抱き締めていたいと思うまでに。


「…あっ」

「『取れかけてるな。着けてやるよ』」

彼は衝撃で外れかけた真珠の髪飾りを一回外すと、髪を直しながら再び綺麗に挿してやる。

触れる艶やかな黒髪。
サラサラと流れる気持ちのよい感触。

「あの…『すみません…』」
という彼女の白い肌、染まる薔薇色の頬、黒髪の対比。

髪を直すとプロシュートは先程桃子が言った
『自分みたいなチンチクリンより、美人な女性はいる』
という言葉を思い出し、顔をしかめた。


「あ…『あの、どうしました?』

そんなプロシュートの様子に桃子は何とか顔を上げて聞く。



…ふわり。


男にしては繊細な美しい右手が、桃子の頬に触れる。


「『いいか。自分を侮辱するな』」

「…え?」

何を侮辱?と桃子が言うのに、プロシュートが皮肉な様子で笑う。
先程脅した時より、ずっと甘く音楽のように響く本気を込めた声色で、
「『…お前は美人だ。
キモノも似合って綺麗だ。誇りにしていいじゃねえか』」
と何でもない様子で言ってきたのだ。


(……う、ナンパの常套句…!)
と桃子は思い、離れようとするが、
「『待てよ』」
とプロシュートは離れようとする彼女を抑えると、ふわりと優しく抱きしめる。


彼は強く抱き締めた中の彼女の髪の薫りに息をつく。


この前と同じ花だった。

自分の国にはない花の薫り。
少しクセのある…、だが気持ちのいい薫り。


胸がジンと痺れるのを感じながら、
(…ああ、何かが埋まったようだな…………)
そう思う。


「『あの…離して下さい。
もう大丈夫ですから』」

「『悪いな…、もう少し付き合ってくれ。こうしていてえんだ…、何もしねぇよ』」


数年間彼が強く感じていた喪失感が…。
『リーダーさん!』

虚しく心に閉めていた自分一人では解決しようのないものが消えていき、

『ごめんね…お兄ちゃん。
あたし行ってくるね…』

心地好さに満たされるのに。

会ったばかりの桃子といて感じるそれを、心地よく思いながら瞳を閉じて。


「『答えろ…桃子。オレは何をすればいい?』」

そう彼女に聞く自分の声がひどく穏やかになってるのにも、妙な気分になりながら。


「『あの…、いいです…。もう…なんか…どうでもよくなりました。

どうしても、というなら、私の家まで送ってくださ、る…というので…ッ』


って、あー!もう!離して下さいって!!!」


一体急に抱き締めて離さなかったり、凶悪な顔で脅すかと思えば、あどけない様子で笑ったり、不思議な人だと桃子は思った。

まだ油断も出来ないと彼女は警戒していた。

だが、彼が自分を抱きしめる寸前に見せた顔。

それが一瞬、あの夢で見た時の凄く寂しそうな顔に似ていたのが妙に心に残る。

だからこそ、本当にギリギリの限界がくるまで、桃子は我慢してあげたのだ。




(…何だかとんでもない性格だけど、どことなく憎めない人だなぁ…)

それが桃子の二度目に会った彼に対する気持ちだった。










「『あー、よかったねーっ、お客さん』」

そして前田さんが、プロシュートにニコニコしながら
「『ねえ、お兄さん。
このお嬢さん、頬肉シチューが食べたいって言ってましたから、それを食べさせてやればいいと思いますねぇ。

なんなら、美味しいレストランが銀座にありますから連れてきますよ。

あ、お代はここまでで結構ですから!
その代わり、ちゃんと仲直りするんですよ』」
と言った。


「『(頬肉シチュー…………ハッ!!?)

あ、いいです!いいですから!
それに貴方、せっかくですからお寿司とか食べれば!』」
そう慌てる桃子。

「『別に日本食に興味ねえよ。
オメェの食いたいヤツでいい。

悪いなオッサン。
すまないが、頼む。
だが金は払うからな』」



そうして、桃子は念願の和牛頬肉シチューを食べる事が出来た。

心底幸せそうにシチューを頬張る彼女に、プロシュートは呆れながらも美しく笑う。

いくつかの心配はあるものの、食べたかった物も食べてお腹が満たされた桃子。

ホクホク顔になった彼女とプロシュートは再び前田さんのタクシーに乗り、桃子の自宅へ行く。

そうしてプロシュートは彼女を送ったら、すぐ滞在先のホテルに戻り(偶然にも近場にあった)、アジトへ連絡して妹と少し話をしようかとうっすらと考えていた。





だが、それだけで終わらなかった。




「「「お嬢ーーーーーーッ!!!!?」」」

と叫んで、大きく『草壁組』と古びた木の看板が書かれた玄関から、大勢の組の若衆がバタバタと現れた事で。


若衆が桃子の隣に立つプロシュートを見て
「テメエが誘拐犯かーーーーーーッ!!!!?」
と叔母から聞いた話からドンドン勝手に勘違いして、怒り狂った強面の彼等がプロシュートに襲いかかるまで………あと十秒。



そして、プロシュートが売られた喧嘩は必ず買う男だというのも、間もなく桃子は理解する事になる。




























→To be continued,




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予告より遅れてしまってすみませんでした!

つたないですが、こんな感じで、次回はおそらく兄貴がまた相変わらずって感じの話になると思います。

前田さんは何となく運ちゃんって名前だけじゃ寂しかったので、ノリで出した人です。
浅草ののんべえ町でモツ煮をつついてるような陽気なオッサンな感じで。




2013.12.13(金)

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