マン・イン・ザ・ボックス 2※微裏表現
「さあ…知ってる事を全部話しな……、まだ足りないだろう?」
男は問いかけ、女の腰をさらりと撫で擦り、わざとらしく優しい声で囁いた。
きつく睨み付けられても、片方の柳眉を上げて知らない顔をする。
淫らな香りのこもった暗い部屋。
天蓋付き寝台。
華美な装飾の柱には獅子と薔薇と悪魔が住む。
女のダイアモンドの散りばめられた髪は、深紅のベッドに豊かに広がり、さらけ出された熟した裸体は薔薇色に染まって、白蛇のようにうねる。
触れるだけでやわらかく吸い付く豊満な胸には金の蛇のネックレス。
蛇の目を象るエメラルドの魔性の光が暗く照らすも、男の青い闇を彩る虹彩の妖しい輝きには霞んでしまう。
限界まで開かされた女神のごとき足はしとどに濡れ、体の奥を叩き付けられる身体も、特有の弾ける水音も、どれもが女には痺れる程刺激となり、白い爪先はひくついて、そのジェットと真珠の繊細なアンクレットが空しく揺れる。
女は願う、彼が欲しいと。
これまで普通の男なら、息を荒げて彼女の体に食付き、思いのままに操って欲しいものを手に入れてきた。
金も、豪華なドレスも、輝くアクセサリーも、権力者の寵愛の地位も、人の命さえも、全てをその肉体だけで手に入れてきた。
だが、『彼』にはまるで通用しなかった。
逆に身体の隅々まで支配され、絶頂の苦しみを味わわされる。様々な技を尽くしても、通じず、彼の触れる箇所全てが感じる場所と化す。
女の深紅の唇がわななく。
熱に浮かされた表情と熱い吐息に揺れる腰は、早く、早くと求めていたが、男は決して許さなかった。
張り詰めた絶頂の間際に止められ、我慢出来ずに女は泣きながら悲鳴を上げる。
楽にして欲しいと、いかせて欲しいのだと。
「っ…、…何を言って…………いやぁああああ…ッ!死んじゃう!!」
自分が優位に立とうとしても、言葉を発した瞬間に意識が白い閃光に刺激され一層苦みが襲う。
その鳴き声に男は笑いながら、顔を近付け残酷に囁く。
「いいんだぜ、このままでも…。快楽でくたばるなんて、いい死に方じゃねぇか?好きなんだろう。
オレは構わねえよ。充分楽しんでるからな…テメエの薄汚れたいやらしいメス犬面を拝んでるだけでな…」
女が腕にすがりつき、身体に舌を這わせても、彼はその手を取り口付けながら責めの手を緩めない。
甘い地獄。
最初は蛇が鼠をゆっくりと飲み込むように、己の肉壁を巧みに使いくわえ込み、骨の芯から抜こうとしたのに…気付けば、何十回もこれまでない程はしたなく悲鳴を上げるのは、女自身だった。
汗ひとつかかずに、彼はその女の甘く苦い吐息を吸い、いい場所を何度も穿ち、サディスティックな笑みで見下ろす。
「いやぁァッ。
わかっ……分かった、分かったからァ!だから……お願いッ」
最初から女の負けだったのだ。
彼に狙われた時点で。
「…いい子だ。美しい人。
なら、御褒美をやらなきゃあな」
「……ぐすっ、ああっ………………、そ、う……貴方の勝ち、よ……」
そして、全てを聞き出した彼は女をその後も満足するまで、徹底的に、骨の髄まで味わい尽くした。
ふうと息を吐いて、彼はニヤリと笑う。
その乱れた前髪から覗く切れ長の瞳はあまりに官能的で、目の前の失神しかけている美女よりも遥かに淫猥である。
(…他愛ねぇな)
陥落した女が甘えた顔つきで彼に手を伸ばすのを抱き返してやりながらも、プロシュートは女の見えない所で極悪に笑った。
女なんて、ましてマフィアの世界に関わる女はこんなものだと。
プロシュートは絶世の美男である。
彼に声をかけられただけで大抵の女は一瞬で蕩けた顔をする。
彼はその美貌と女が魅了される研究しつくした物腰を使い、標的の女そのもの、もしくは情報収集をする為に、標的の情婦や娘や部下の女に目をつけては彼女達を短期間で虜にしてきた。
気が向けばする行為の絶妙なテクニックにより、女の喘ぐ唇から欲しい言葉を引き出す術は、誰よりも長けていた。
そうして彼の女よりも美しい顔の苦味を帯びた表情と、唇を舐めながら口付けた時の偽りの甘い眼差しに、どんな女さえ身も心も溶かされる。
芸術品のように爪先から髪の一つ一つまでが完璧に整い、最高級の快楽を惜し気もなく与える男。
その魅惑的な声で、彼が意識を込めて囁くだけで誰もが彼の思うがままに従った。
彼に愛されてると騙された女は、甘い毒薬を精神に浸透させられ、彼の思うがまま、なすがままにされていく。
そんな女性に一時の夢を見せ、時には甘やかな死を与える男。
自分自身に絶対的な自信は持ち、目的を達成する為ならば、プロシュートは自分の容姿も最大限に活用した。
「貴方は極上の男……、私、こんなに最高の思いをした事はない。
ねえ、その心に今は何人住んでいるの?」
情事後、女はプロシュートの裸の胸に身体を預け、サイドデスクに置いていたアブサンの緑の宝石のような液体を喉にすべらせると、煙草に火をつける。
「いいや、今は誰もいねえな。オレは器が狭いからな、息が詰まっちまうらしい」
彼は女のくわえていた煙草を取り上げると、その苦みを帯びた薫りの煙を自分も楽しむかのように、肉厚の唇を奪い、舌を絡めて女の心を更に溶かす。
「ァ……ッ。ねぇ…嘘つきさん。それでもいいわ。
私、貴方に一目で恋しちゃったみたい。愛してしまったの…。
ねえ貴方は?…どうなの……、貴方の、言葉が欲しいの…っ。今だけでも、私のものになって。そう言って」
恋や愛を女は容易く行為の間も、何度も口にする。
なんて女は愚かなのだろうと思いながらも、彼自身も目的を果たす為、男としての欲を発散する為ならば、容易く言葉にした。
馬鹿馬鹿しく感じながらも。
「いいだろう…。
愛しているぜ」
と。
そうと言いながらも、彼は内心ひどく笑いだしたい気持ちでいた。
(何が愛しているだ、一体お前は何人その言葉を吐いた?
この雌犬が、尻軽女め…テメエが愛してるのはテメエ自身だろう?)
享楽と引き換えに己の吐き出した情報に…日々のスケジュール、人脈、無防備になる時間帯、移動は何か、何を好むか、何を嫌うか…によって、彼女を女神のように崇めていた男…標的は、明日にでも命を落とすというのに。
そしてお前も標的の一人だと、知りすぎた故に始末されるのに気付かないのか、と。
…こうもいとも簡単に裏切るのか。愛していると言った唇で、また日が変われば違う男を惑わすのだろう。馬鹿な女めと。
常にそんな女ばかりを目にしてきた彼は、数多くの女が彼を知りたいと様々な質問をしてもはぐらかし、骨抜きにする為ならば嘘の言葉を吐き、恨みを残さないように、実に巧妙に渡り合ってきた。
任務で女を抱くのも、それが、任務から生きて帰る確率を上げる手段の一つに過ぎなかった。
彼を自分のものにしようと、絡み付く手足にも、女の巡らされた言葉も、歯にもかけやしなかった。
任務以外でも、自分が欲しいと思った時は、ショーウィンドウに並ぶ様々な色の髪、目の色、姿をしたマネキンを無造作に選ぶように、後腐れのない女を贅沢に抱いてきた。
そして彼女達にも、彼は何も自身を語りはしなかった。
特定の恋人を作ろうとは微塵も思わなかった。
女に自分から愛情を求めた事も注ぐ事も無かった。
無駄だと思ったからだ。
暗殺者の自分はまともに老う事もなく、その前に死ぬのが約束されてる、と。
…何より、
『お兄ちゃん!』
彼には精一杯だった。
彼が唯一愛している妹が一人前になるまで見守り、戦いの中で生きていくだけで。
恋人がいれば、守らねばならない。
その両方を守りきれるなんて、無責任な事を考えてなかった。
情があるのは身内だけ。
妹とチームの仲間以外に、彼は今まで決して他人に心を開いた事がなかったのだ。
「え?お見合い、ですか?」
プロシュートと会ってから数週間後、桃子は突然やって来た叔母の話に、目を丸くしていた。
「そうよ。いい所の方なの」
ニコニコと満面の笑みで、写真を差し出す叔母。
写真には30代程の男性が神経質そうな顔をして、見つめかえしてきた。
どうも気の合うようには思えなかった。
「悪くない話なの。ほら、そこの大きなお屋敷の代議士の息子さん。
桃子ちゃん、素敵なお嬢さんになったし、きっと気に入ってくれるわ。
叔母さん心配なのよ。
お祖父ちゃん亡くなったら、桃子ちゃん一人になるじゃない。
ね、ちょっと会ってみて。
何も会って即結婚って訳じゃないんだから」
「………はぁ」
マシンガンのように矢継ぎ早に出る叔母の言葉に、桃子はお茶をすすり、曖昧に笑った。
(正直…まだ結婚なんて考えてないんだけどな………)
そう思って。
男の人と向かい合って話すのは、高校、大学と女子ばかりの学部にいた彼女は苦手だったし、過去にちょっと嫌な思い出もあった。
それは中学生の時、好きな男子が出来て勇気を出して告白したものの、大玉砕したのだ。
「やだよ、お前ん家ヤクザだって母ちゃん言ってたし。
オレ、刺青やりたくねーよ」と。
その事に少なからずショックを受け、また祖父からいつの時代だという貞操観念を教えこまれた彼女は、異性にはなるべく関わりたくないと思っていた。
祖父がいなくなった後も、桃子は、どうしようか自分なりに考えていた。
高校生の頃からアルバイトをしている神社の宮司が、彼女によかったら卒業したら、巫女を今まで通りやりながら、事務員として働かないかという話をしてくれてるのだ。
祖父はこの草壁組を、もう時代に取り残された仁義だと言い捨て、死後は組を畳むと既に遺言書にもしたためていた。
桃子に跡はつがなくていいと言っていたので、そうしようかと思っていたのだ。
だから、正直、この叔母はお節介で親族の間でも有名だったし、桃子には、このお見合いはありがた迷惑でしかなかったのだ。
だが、叔母はにこやかな見た目に反して、趣味は『他人を幸せにすること』で、非常にしつこく、根をもつといつまでもネチネチ
「やっぱりあの時私の言う通りにすればよかったのよ」
と言うタチなのだ。
プライドもなかなか富士山並みに高く、きっとこの彼とのお見合いを断れば、苦労してセッティングしただろう彼女のメンツが潰れるのだろう。
ニコニコしながらも、瞳の奥のギラギラした光に桃子は冷や汗をたらした。
もうすぐ年末が来る。
年末がきて、年が明ければお正月だ。
親族が一斉に集まるその時に、お節料理を出したり、お酌をして回る時にまたこの話をされ、付きまとわれる事を想像したら、ウンザリした気分になってしまった。
…とりあえず、一回会えば、叔母のメンツは潰れず済むだろう。
そう思って、桃子は仕方なくそう結論づけた。
「分かりました………。会うだけ会ってみます」
そう返事する桃子。
やや青ざめた顔の彼女に反して、ぱあぁっと華やぐ叔母の顔。
「よかったぁ!
きっと引き受けてくれると思ったわー。
じゃあ彼方さんに連絡しておくからね」
そう言いながら、着物はあれで、食べ物は、待ち合わせは……etc.と、早速勝手に決めていく叔母に、再び大きなため息。
そして、食いしん坊の桃子は食事会はどこでするのか気になった。
「…あの叔母さん。
場所はどこで行うんですか?」
それに叔母はフフンと笑いながら、こう言った。
「帝国ホテルよ。
お坊っちゃんだから、それなりの所じゃあないとね」
(帝国ホテル………………。洋食だといいな)
面倒だけれど、おかげで桃子は少しだけ、ほんの少しだけお見合いが楽しみになった。
さて、何を話せばいいのだろう。
「後は若いお二人で……」
なんて言われたら、本気でパニックになってしまう。
30代の人と話が合うのかとも、ちょっとした心配事に悩む。
とはいえ、このお見合いが、あの外国人の彼によって安々とブッ壊される事になるなんて、その時の桃子も、全く、ちっとも、そんな事を想像出来なかった。
出来る訳がなかった。
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うちの兄貴にはこの時は彼女がいません。というより、彼女作ったら妹が寂しい思いをするだろうと、妹がいない時に女遊びをする感じなんです。
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