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マン・イン・ザ・ボックス 1
「…………はぁ……、…何なんだありゃ………」

深夜12時。
桃子が朝日の下で目覚めた頃に、全く同じタイミングでプロシュートもパチッと瞼を開くと、顔をしかめながら眠りから目を覚ました。
(ちなみにイタリアと日本の時差は八時間である)



(変な…夢だったな…………。
リゾットがオレを
『プロシュート義兄さん』
と呼んだあの夢くらい、地味に腹が立つ夢だったぜ)

暗闇の中ゆっくりと身体を起こし、床に落ちていた衣服を身に付けながら、顔にかかった前髪をかきあげて息をつく。









『…こぉのハレンチ男がぁアあああああああ!!!』

真っ赤な顔をしながら、ギラリと光る異国の刃を引き締まった太刀筋で降り下ろした彼女の姿。

ある意味強烈な記憶。
だが、なかなか殺気がこめられて、悪くない一撃だったと彼は今更ながら感心する。


(すげぇな日本人は。
女でも軽々刀を振り回すなんてな…。
ニンジャはいねえっつーのは分かってるが、サムライ…は、いやがるのか?もしや)

そして、あの女はなんだったのかとも考える。
全く見覚えがない。

テレビでも本でもメローネの話でも、チラリとも、あの赤い袴に白い上衣の姿さえ見た覚えがないのだから。

自分自身が夢の中で、適当な記憶が混じって作り出したものだろうか。

いや、それにしては、妙にあの夢の会話の一つ一つもはっきり覚えている。

スタンドについての会話はとても自分の頭の中で作ったものと思えなかったし、彼女の姿もまるで現実に会ったかのように、やたら生々しく感じた。


あの勝手に摘まんで食べた黄色のお菓子の味も。
和菓子はおろか、餡子なんて彼は食べた事がないのに、あの柔らかくほどけた食感と優しい甘さが今も口の中で残っているのだ。

特別な美人でもなかった。すっきりした顔で可愛らしいとは思ったが。

あんなに大人しい様子で、おびえまくってたのに、一旦ブチ切れた時の鋭い目付きが妙に印象に残る。

唇が触れ合いそうな程近づいて脅しをかけた時に、触れた彼女の様子も全て覚えている。

髪から漂った少し癖のある気持ちのいい花の薫り。

鴉の濡れ羽色の艶やかに輝く髪。

黒真珠を思わせる瞳。

自分の腕にすっぽり包まれそうな、華奢でやわらかな身体。



眠りにつく前に纏わりついた血の匂いも死臭も、昂りささくれだった感情も、平和ボケした彼女と話しているうちに、きれいに消え去る程に。


今も全て覚えている。


少し近付いただけで、あんなに怒り出す初な反応。
きっと男も知らないのだろう。

初な彼女。
だが、何も裏もなく駆け引きも巡らさず、馬鹿に素直な、変に素直に、女と会話をしたのは、いつ以来だったろうか?










(…あの時、ついでにキスしちまえばよかったな)



なぜか急に脈絡もなく沸いた考え。
それにハッと笑いが込み上げ、おかしくて声を出さず笑ってしまう。

「何アホな事、考えてんだオレは。

だが、おもしれぇなアイツは………っ」

ただの好奇心からだろう、おそらく。
そうに違いないと。








「…ねえ、今誰のこと考えてたの?」

ベランダの手摺に寄りかかり、煙草を吸うプロシュートの背中に垂れかかる女の身体。
胸焼けしそうな程、甘い香水の香りと、丸く熟れた豊満な身体に、彼の首に口付ける真っ赤なルージュをひかれた唇。

「…ああ、悪戯好きの淫魔の女だ。

今、オレに甘えてる金髪の美女とそっくりな、男の身も心も蕩けさせる淫魔のな。
オレの夢にまで出てきやがって、可愛らしいヤツだ」

「クスッ。そんなに頭がいっぱいなのね。私の美しい人」

「…まあな」



そう言って、プロシュートは煙草を口にくわえたまま繊細に微笑う。

女は彼が自分に夢中だと思い、機嫌を更に良くしてクスクスと笑う。

警戒心の全くない……いつものようにあっさりと…彼の色香に…、死への罠に、嵌まった、調子に乗り過ぎた馬鹿な女、…愚かな女の一人。


女がプロシュートの美しい顔を見たくて、こっちを向いてと手を伸ばす。


「なぁ、一つ頼みがある」

「なぁに?愛しい人……」

「何、大した事じゃねえ」



そのピジョン・ブラッドの色をした艶めく爪と化粧の香る白い指に、彼は己の指を絡めると…、









「…お前の死に顔を、見せてくれねえか?」





全ての生き物を朽ち果てさせる、偉大なる死の腕を出現させた。

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