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ヴィヴァ・ラ・ヴィーダ
桃子が彼に出逢ったのは夢の中だった。


…貴方に逢ったのは初めてじゃない。
以前、お逢いしてました。
夢の中で。


そんな在り来たりな言葉をどこかで聞いた気がしたが、それはロマンチックさを盛り上げる為の言葉でもない。

事実だ。
桃子は、自分以外の夢の中を旅する事が出来たのだから。

彼女の側に飛び回り、夢の中を導く対の紫の蝶。

両親を小さな頃に突然の事故で失い、悲しみに暮れ枕に顔を埋めた彼女は、二人に逢いたいと毎夜願ううちに、彼女の夢に、その蝶が現れるようになっていた。




『バイオレット・ヒル(菫の丘)』。
死者を埋める場所を意味する名。
それを蝶の、自分自身の魂の分身をそう呼ぼうと思ったのは、無意識からか。


夢枕に亡くなった人が会いに来る。

かつて祖父が語った。
事故の夜に、彼の夢枕に桃子の両親が立って、桃子が心配だ桃子をよろしく頼むと言っていたと。

祖父が嘘をつくはずがないから、その話を桃子は信じて、また心配してたと聞いて胸を痛めた。

そして桃子は思った。

死者が夢に現れるのは、死後の世界は夢と近い場所にあるのではないのかと。

ならば夢の中を探せば、亡くなった人に会えるのではないのか、と。

それ以来、彼女は毎夜毎夜両親を探して、夢の中をさ迷った。
心配しなくていい自分は大丈夫だと、最後にちゃんと話が出来なかったから、話がしたくて。

長い間、探した。
両親はきっとどこかにいる筈だと探して歩きに歩いた。
これまでの10年近く、色々な肌や髪の色、思想や、女性や男性、小さな子供から、100歳近いお年寄りまで、大勢の様々な人々の夢を目にした。

だが、彼女は未だに両親に会えていない。








とはいえ、それ以外彼女は『ごく普通』の一般人だ。

その日も、桃子の日常はごくごく普通に過ぎていくばかりで。

朝9時から大学の講義を受ける。

近所の神社で巫女のアルバイトをして、御守りや札の数を数えてから整える。

参道を掃いて冷たくなった手に息をはいてわずかに暖まろうとするのも、いつもと大して変わりなくて。



「「「お嬢!!!お迎えにあがりましたぜ!」」」
きっかり5時。
黒塗りベンツで彼女を迎えに来た、パンチパーマ、角刈り、丸坊主に、龍や牡丹の刺繍をした着物姿の屈強な三人の男にズラリと一斉にお辞儀されたのも。


「あの…、いつも申し訳ないし、いいんですよ…。わざわざ来て下さらなくて。
私、もう大学生でいい大人なんですから。
皆さんお忙しいから、私心苦しいんです…むしろ恥ずかしい!目立つんですから!正直な所ッ!!」

桃子は通りすがりの視線を気にしながら、男達…組の若衆に怒って小声で(宮司が睨んできたので)主張する。


「何を仰ってるんですか!!!
お嬢は組長の孫娘!組長の孫娘は俺らの命!!!お嬢に何かあったら!
守らねえと男が廃るってェんだッ!!!

さぁ!さあさあ帰りましょう!組長も首を長くしてお待ちですよ!!」

「う………、わかりました……ッ。
わかりましたから!そんな騒がないで!ううっ、もうッ全然話聞かないんだから…………っ」

そんな彼女を、強面の男達は素知らぬ顔で
「顔が赤いですぜ、お嬢。風邪ですかい?」
と言って、それぞれ両脇を片方ずつロズウェル事件の宇宙人さながらの姿で、顔を覆ってしゃがみこんでいた桃子を立ち上がらせる。白と紅の巫女の服を着た女性が、ヤ○ザに黒ベンツに押し込まれる姿は非常に目立ちまくりだ。
とはいっても、地元ではすでにありきたりな光景だったので、実際誰も騒いではいないのだが。

車の中で頬をふくらませて
「…言われても、大学までは来なくていいですからねッ、目立ちたくないですから」
と言うのを、パンチパーマの運転手は気にせず
「いやー、おやっさんに命じられたら俺達は逆らえませんからッ。
ほら、これ飲んで機嫌直して下せえ!」
と差し出された魔法瓶の甘酒を受け取り、
「……おじいちゃんは過保護なんですよ」
と渋々呟きながら、麹のとろりとした甘さにうっとりする、冬の間は当たり前の事も。
(私って流されやす過ぎ………っ)
とガクッとうなだれて、軽く自己嫌悪するのも。


その夜に
「ではお先に休ませて頂きます、おじいちゃん」
と日本刀の手入れをする紺の羽織姿の祖父に桃子が声かけをする日常も。


「…おう『良い夢』をな。

……桃子。まだ探しているのか?」

「ええ。

…だって、私、しつこくて、諦め悪いですから」

「そうか、無理をするんじゃねえぞ」

振り返らずに言う祖父の手にした、人間の皮で(許可を取って、大学病院で譲って貰ってるらしい)磨かれる刀の鈍い光が、祖父の目付きと似てるなと思い、三つ指をつき礼をし、部屋に戻るのも。
いつものように綿入れを着て、枕元に好きな和の香を漂わせ眠りに就くのも。
いつもと同じだった。




漂う波間の中、桃子は夢の中で『目を覚まし』、軽く伸びをすると布団から身体を起こす。

夢の旅路の始まりの地点は、彼女の夢の中だ。
その夢の様子は、彼女のその日の気分次第でクルクル変わる。

枕元で桜の薫りを焚いたからか、今まで寝てた布団の回りは、埋もれる程の花びら。
目覚めた顔の真上には垂れ桜が、やさしい花の雨を降り注ぐ。


「『バイオレットヒル』、いますよね?」

上下白の袴姿に、少し乱れた黒髪を手櫛でとかし、自分の肩を目にやる。

いつものとおり、ひらひらと硝子のように薄く透き通った紫の蝶が二羽現れ、きちんとここにいますよと、羽をぱたりと閉じて開き、彼女の目の前にふわふわと羽ばたいた。


「では、今日もご案内お願いします」
頭を下げると、淡く光りだす蝶二羽。
その光で空間の隅が、幕をひくように開き、彼女はそこへ翔ぶ後ろをゆっくり歩く。バイオレットヒルの行く場所がどこなのかは彼女は知らない。
彼等の進むのを任せながらも、時々通り過ぎようとする他人の夢で、これかと気になる夢を見つけると呼び止め、そこへ連れてってもらう。
他人の夢の入口は様々だ。

人懐こく素直な人間の夢は、開かれた状態の窓から中が見える。
その景色も明るく広々とした空が多い。
逆に他人にあまり心を許さない人間の夢は鍵がかかった扉で、幾重にも鎖にかかった鍵が巻き付く事もある。
このようにだ。

あまり鍵のかかった部屋に入る事は避けていたが、死んだばかりの血の香りがした時は話が別だ。
夢から死後へ繋がってるのではと思うからで、実際死んでいく人間の最後の光景を目にする事も少なくなかった。
ただ、その夢から道を探すのも危険なので、今までで見つかった試しはないのだが。


その日、歩き回った彼女が気にしたのは、鍵のかかった扉。
鉄製で出来ていて重く見えて、開けるのも苦労するだろうと思った。

だが、その扉のたった今死んだような血の匂いと、触れたら何故かあっさりと開いた扉に、彼女は不思議に思いながらも
「…お邪魔します」
と中へ足を踏み込んだ。




そこは、たくさんの白木蓮の咲き誇る暖かな場所だった。

あの時感じた血の匂いも死さえも、一切感じない。
一体どうしてか首をかしげたが、そんな危険な場所ではなさそうなので、桃子はただただ花々の見事さに目を見張っていた。



(はぁあ……綺麗っ。素敵な所ですねッ)


夜闇に木蓮の花だけが柔らかな光を放つ、その不思議な光景は夢特有のものだ。


見惚れるものの、すぐ訪れる落胆。


(…ああ、ここでもなかった。

私が探してるのは…
『菫の花』だから……。



…まぁ、いつもの事ですけどね。
ノヴァーリスの青い花を探すのと同じくらい無茶な探し物ですから。


せっかくですから楽しみましょう。

こんな綺麗な白木蓮、現実の外は寒くて見れないから………)

いつもどおり少しがっかりしたものの、また探せばいいと楽天家の彼女は気を取り直し、この夢を楽しむ事にした。


(さて、この夢でお茶しましょ。
今日はかなり歩いたし…)

そう思い、バイオレットヒルを招き寄せ、掌の上に乗せる。

ひらひらと、手の内におさまるか否かで、桃子の手に淡い桜の花吹雪の描かれた風呂敷包みがフッと現れる。

(ここは春っぽい、ですからね)

そうニコッと笑い、もう少し歩いて、花がもっと咲く場所に座ろうと、包みを胸に抱えるように持って歩き出す。


足元に落ちる花びらを拾い、夢の中でも伝わるやわらかく滑らかな感触に、微笑みが浮かぶ。

この夢を見ている人物はどこか近くにいる筈だ。
どんな人だろう。

頬をかすめる春風に心地よく感じながら、木蓮の木々を通り抜ける。

(確か白木蓮の花言葉は……『自然愛』『尊厳』。
…きっと、この夢のひとは気高い方なのね)


桃子が花言葉が好きなのは、彼女が花を育てるのが大好きでもあり、他人の夢の意味を知ろうと、覚えたものだった。

花々の光と、バイオレットヒルの白い導きの光で、進む道の先はよく見えた。

少し、その夢の中ではわずかな時間後、桃子は目にする。





(……………いた!)














…木蓮の木に背を預けて片足を曲げて座り、甘い香りの煙草をくわえながら、遠くを見る男性を。




(外人さん………………。
そっか、今日はずいぶん遠くまで来てしまったのね…)


肩まで下ろされた金の髪はゆるやかに波を描き、風に吹かれ、さらさらと音を立てて揺れる。
青い瞳。
毎年桃子の家の庭先で咲く菫と、忘れな草の花の青さが混じった、深い色。

金の扇を思わせる長い睫毛が特徴的な、華やかな美しい横顔。

(……綺麗な人………、王子様みたい……いえ、古事記の月読尊(つくよみのみこと)様みたい…、何となくですが)

これ程までに美しい男性に出逢った事がなかった。


(けど………どうして)


その憂いに満ちた表情が気になった。
伏せられたような睫毛からのぞく瞳は、誰かを見ているようだった。

それがわずかに揺らぎ、諦めの色をにじませ、かすかに息をほうとはき、皮肉な様子で声もなく微笑う。

こんなに寂しそうな顔を見たことがなかった。

見ていて、ひどく胸が締め付けられるようで……。

(この人は……誰かを想っているんだわ………おそらく)

その表情を見て、彼女は他人事のように思えなかった。











だが、間もなく桃子は別の意味で驚く事になる。
ひどく肝を冷やす。泣きたくなる。
心によぎった彼への泣きそうになった同情心が、あっという間に粉々にブッ潰される程に。


(そうだ!お邪魔してるから、ご挨拶しなければ)

そう思ってそろそろと男性に近寄り、その真後ろにまで来た瞬間。


その瞬間に………ッ、












「『ブン殴るッ!』と心の中で思ったのならッ!」


いきなり拳がブッ飛んできたのだから!!


「……きゃあああああああ!!!助けておじいちゃあーーーん!!」


ピタッ。
顔面スレスレで止まる拳。
よく見れば、固く握った指の間にさっきの煙草が挟まったままだった。火がついたままで!


「……んだよ、女か。
ったく紛らわしいな…。襲撃かと思ったぜ。おい、嬢ちゃん。今度、人に用がある時には背後に立つのをやめとくんだな」

その女性より美しい顔立ちに反して、恐ろしく乱暴でべらんめえな口調にも桃子は目を見開く。
こんなモデルみたいな顔をして、こんな口調で
『おい、スポニチとホームラン(←タバコ名)!』
と煙草を買いにコンビニに現れたら、きっと店員は死ぬほどびっくりする、そう思った。


「しっ…………ししししししししししししっ襲撃なんて、そんなッとんでもない!!!!!!
(襲撃って、そんな随分物騒な!)

あの…ッ、私はただの一般人!武器もありません!貴方に何も!一切!ちっとも危害を加える気は!毛頭ありませんッ!ただ、貴方の夢にお邪魔してしまったので断りの挨拶を……と!」

両手をあげて降参をアピールすると、男は納得したか解らないが、胡散臭い様子ながらも拳を下ろしてくれた。

とはいえ、

「………そうかよ。
とはいえ、人様のプライベートにズカズカやってくるたぁ、本来なら顔面ブッ潰してからの生き埋めコースなんだが………女ブン殴っても後味悪ぃしな」

指をバキバキ鳴らしながら、睨み付ける男に、その繊細で華やかな容姿と真逆の性格を垣間見る。

(えっ、えええええー!!!何この人すっごい暴力的!!!)

どう考えても、一般人には見えない男に桃子は嫌な予感がし、そっと後退したがあっさり腕をつかまれ、樹の幹に身体をおさえつけられ、顔をのぞきこまれる。

「あいたぁッ!!!」

「…逃げるんじゃねぇぞ」


その、睫毛の一本一本が数えられる程に近付いた美麗な顔に狼狽えるよりも、彼のただ者でない…むしろ絶対一般人ではない殺気に逃げたら殺されると凍りつく。桃子は激しく何度も頷き、なんで私はこんな危険人物に出くわしたんだと後悔しまくった。そんなおとなしくした彼女の様子に満足した男は、更に唇が触れそうな程に顔を近づけ低く呻くように言う。

「とりあえず、テメエが、何者か、何をしにきたか吐いてもらわねぇとな。
どうやら、見る限りじゃあ堅気のようだが………人種はアジア系か。名前は?目的は何だ?
三つ数える間に答えろ。
ちなみにダンマリと拒否の選択肢はねえ、破ったらどうなるか……知りてえなら教えてやってもいいが?

…代わりにテメエの親指四本とお別れしねぇとな…。
知ってるか?足の親指が無くなると、人間ってヤツは立てなくなるらしいぜ?」

キッときつくなる目付き。眉間に刻まれる皺に、凶悪な顔つき。
正直、組の強面のみんながサイコロ勝負で殺気だってる時より遥かにドスが利いていて、祖父と睨み合っても対等に渡り合えるんじゃあないかと思った。

敵ではない。言うことを聞かねばと頭を強く振って、抵抗しませんからとアピールしながら答える。
「こっ…怖い!!!あ、貴方!いちいち言う事が怖いですよ!!!

そんな凶悪な顔しなくても!
ちゃあんと名乗ります!名乗りますからッ!

草薙桃子と申します!!!
日本人で大学生やってて、専攻は日本文学の特に平安の和歌です!貴方の夢に来たのは、私の特技みたいなものです。
探してる人がここにいるかと思って、たまたま参っただけなんですッ!」

「探してる人だと?それは誰だ?」

「事故で亡くなった両親です!
私は元気だから心配しないでって言いたくって!…というより、単に逢いたいだけなんですけどね………」

「…夢から死人を探すなんてアホくせえが…、嘘は言ってねえようだな」

そう言って緩む腕に解放され、さっとわずかに彼と距離をとる。
怖い云々もあったが、嫁入り前の自分がこんな接近したらよくないと思ったからだ。


「えらくビビらせちまったようだな」

「そりゃ顔面パンチされかけたら誰だってそうなります!
私だってそうなる!!!」

男の癖のある笑みにまたヒエッと言って、オーバーに飛び上がる桃子に、すっかりコイツはただの一般人だと警戒心も解けてしまった。
そして改めて、フムと人差し指を唇にあてシゲシゲと桃子を見る。

「…日本か…。
言われてみりゃ、そのテメエの着てるそれはキモノっつーヤツか……。オレの同僚……ってもムカッ腹の立つ変態男が一時期ハマっていたな…。

テメエの背後のその妙な蝶みてえなモンを見る限りだと、テメエもスタンド使いのようだが………
まぁ悪意はねぇようだ。信じてやるよ」

「スタンド使い、ですか?」

「オメエのそれだよ。守護霊みたいなもんだと考えりゃいい。オレもこういうのがいるからな」

ドンッ!

「ぎゃあっ!!!妖怪百目ーーーッ」

「おい、逃げんな。
それにコイツは妖怪(モンスター)じゃねえ。スタンドだ。(大体『ヒャクメ』って何だそりゃ)」

「いいからしまって下さーい!腕も離して下さい!
心臓に悪いっ!!」

「…ほらよ。
(全く老化しねえな。って事は、夢の中ではスタンド能力が効かねえって事か…)」

さりげなく外道な事を試しながらも、それは桃子は知るよしもなく。


また彼は攻撃されたら返り討ちにしようと考えてたせいで、さっきまで桃子自身をよく見てなかったが、今は興味が沸いてくる。

そもそも全く赤面せず彼に普通に話す事から意外なのだ。

普通、女性は彼の顔をみて気絶するか、ギャーギャー騒いでまともに会話出来ないのに、全くそんな様子を見せない。

そんな桃子に、男…イタリアンマフィア・プロシュートは面白いと思い、にやりと笑う。

(なっ、何が面白いの!何が面白いのーーーッ)

桃子と名乗った彼女を改めて観察する。

一重瞼にあっさりした顔立ち。

だが黒髪は長く艶やかで美しく、異国の白と赤の衣服がとてもよく似合う。

彼女が自分をろくに見ず恥ずかしそうに目をそらし(実際は恐怖してただけ)、控え目に遠慮しながら話す姿は、自国の女性には見ないタイプで、とても新鮮だった。
なので、彼は桃子ともう少し話をしてみたいと考えていた。

「あ…ありがとうございます……、信じて頂けたようで…、幸いです。
(疲れた………この九死に一生って感じは……すっごく…疲れた………)」
そんな考えとは裏腹に桃子は、これ以上この男に関わってもろくな事にならない、そう判断した。
なので早々に場を後にしようと、先程驚いて落としてしまった包みを取ろうと手を伸ばす。

だが、それより先に長い指がひょいと包みを取り、指の持ち主プロシュートが片手で摘まむように持ったそれを見るのに、あわててしまう。

「何だこの包み?」

「あっ!ちょっ!ちょっと!勝手に開けないで下さい!!!

お母さんに教わらなかったんですか!人のもの勝手に見たらダメだって!」

「あいにくだが、オレの親は揃って放任主義だったんでな。
好き勝手にしてたら、こうなっちまったんだ。


ん?菓子か。
。食えるのか?」

と言って、プロシュートが風呂敷の中の漆塗りの小箱から、すぐ目についたヒヨコ色の菓子を躊躇わずに口に放り込む。

「あっ!!!あああああっ私の黄身しぐれーーーッ!!!」

「…あんま甘くねえ。だが、これくらいのが美味ぇんだな。知らなかった」

「…えっ。
外人さんでもアンコ大丈夫なんですね?
ね!美味しいでしょ!黄身しぐれ!!!
アンコ平気なら、こっちも食べてみて下さい!

羊羮っていうんですっ。アンコ…お豆を潰して甘くしたものをゼリーみたいなもので固めたお菓子なんですッ。
これ『夜の梅』って名前がついてるんですが、ほら切れ目に小豆が見えるでしょ?これを夜に咲く花って例えてるんですよ………。

って、あ!すみません…………。
つい、私の友達みんなケーキ派だから、嬉しくて……」

この食べた事のない食べ物の味が正確に分かるというのは、バイオレットヒルの能力の一部だ。
桃子の記憶にあるものが正確に夢の中でも再現され、自分でもその時の感覚をちゃんと味わえるし、夢の中の他人も同じ感覚を共有する。
これは以前、祖父の夢の中、満月の下で晩酌に付き合った時に実証済みだった。

「…いや、構わないが。食い意地張ってるなオメエは」

あんなにびっくりしたかと思えば、ころっと様子が変わる桃子に、彼は妹を思い出し、呆れながらも笑みをこぼす。

「え…………っ、あ、それは……あの。性分…ですから………」

自分の好きな和菓子を美味しいと言った事につい嬉しくなり、ほんの少し警戒心を解いていた桃子だったが、今更思った。







「あ、あのー」

「何だよ」











「…近すぎ…じゃ、ないですか?」

やたら彼と自分の距離の近さに、今更、混乱してきたことに。
何しろ気づけば額と額が触れ合いそうな程の位置にいたのだ。

「そうか?オレの国じゃ普通だと思うがな」

そう意地悪く答えるプロシュートの低く甘い声に、ナチュラル・ボーン・女性キラーの普通の女性なら、失神する威力の声にも。


「な………なっ……………なっ」

プロシュートが、あまり視力のよくない妹と目を合わせて話す習慣で、やたら顔を近付けて話す、その距離の近さも。

「はあ?なんだよ、今度は。随分忙しい野郎だな」

さっき脅された時には命の危機を感じて気づく余裕がなかったが、やたら胸元の開いたシャツにも目が行き…、そして、先程の唇が触れそうに近かった距離も、無駄に溢れる彼の色香も色々思い出して。

急に頭に浮かぶ祖父の言葉。







『いいかぁ桃子。これと決めた男以外には、そう簡単に唇を許すな。
接吻をする時は生涯添い遂げるつもりだと思え』


『もし、危ねえと思ったなら殺っちまいな』


『無理ならテメエの命を断て。
誇りと操を守る為ならな』













そうして、あっという間に、彼女の脳内キャパシティは一気にパーンとなった。







「こ…………、こ………………ッ、




このっ!」

「あ?」

プロシュートの目の前で、桃子はバッと両手を振り上げる。

その何も持ってない筈の両手。
そこにいきなり巨大な日本刀が現れて、がしっと掴むと、














「…こぉのハレンチ男がァあああああああーーーーーーーーーーーーーーー胸元開きすぎなんだよぉおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」


「何ィッ!!?」


そんな叫びと共に、突然プロシュートの頭を狙って烈風の如く、鋭い刀が降り下ろされたのだ!




…ガキッ!!!

それを間一髪抑える両手。

ちょうど真剣白羽取りをするかのように上手いこと決まったが、下手したら脳天真っ二つにされてたと即座に彼は感じ取った。








「…………おい」


「!!?」


我に帰る桃子。

自分の手には、祖父愛用の江戸時代に罪人の首をはねるのに大活躍した曰く付きの日本刀が。
(夢の中なので記憶で作られたものだが)

そんな彼女は剣道四段。
稽古は週に二回、日曜と木曜日に近所の道場で行っている。
(四段は相当取るのが難しい)

居合いも祖父が師匠になり『ほんの少し』だけ、たしなんでいる。
得意技は真剣なら内臓がでろっと飛び出す逆胴だ。

彼女が防具を装着して試合中相手をボコボコにするその姿を目にした友人たちは
『竹刀を持ったアイツは、別人だったぜ…』(By某格闘技漫画)
と噂するまでだ。




「いい太刀筋してんじゃねぇか………、すっかり油断しちまったぜ…………」

そして、それをあり得ない反射神経で受け止めながら、どんどん険しくなる男の表情と、怒りのにじんだ声に一気に顔が青ざめる。



ー逃げるんだよォーーーーーーッ!


何か幻聴が聞こえた気がするが、確かにそうだと桃子の生存本能は真っ先に同意した。





「ご…………………………ごめんなさぁああああああい!!!!!!お邪魔しましたーーーーーーッ」

刀を放り投げながら走り出し、あっという間に見えなくなる桃子。

「!!?
おいッ待ちやがれ!!!」

受け止めた日本刀を放り出し、プロシュートは彼女を追いかけた。

だが、彼女はあっという間に紫の蝶と共に姿を消してしまい、結局見つける事は出来なかった。






















チュンチュン………………。
眩しい光と雀の鳴き声に桃子は目を覚ます。



「……あっ、危なかった……………っ」
胸に手を押さえ、冷や汗をかき、無事に起きられてよかったと安心した。

「はあ………人は見かけによらないとは……この事ですか………………。

はぁああ………びっくりした………」

初対面に切りかかった彼女も相当だが、突っ込む者は誰もいない。


とはいえ、桃子は今回の事に懲りて、しばらく夢を潜るのを止めることにした。




































…だが、桃子は知らない。

あの、口を開けば乱暴者なのに寂しそうな表情が妙に印象的だった、外国人の彼と、

間もなく、現実で再会する事を。
































→To be continued?






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一万ヒットありがとうございます!
カオスな夢ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。これからも当サイトをよろしくお願いします。


では、兄貴夢のヒロインを簡単に紹介。
デフォルト名は桃子さん。
弥生、葵、菫、千鶴、吉乃とか色々悩みましたが、響きがよさげなこれにしました。

日本人ヒロインなので日本っぽく日本っぽく……と思ったら、なんだかおかしな事に。

基本、大学行く以外は着物か巫女スタイルで黒髪ロングの見た目をしてます。

で、彼女は古き時代のヤクザの組長の教育のせいで、色々ずれてて、特に異性に対しては、手を繋ぐのも破廉恥と大騒ぎする子なんです。

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