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『ツー・バイ・フォー オリオン』道標・解体・再構築
あれから散々泣いた後、アマーロはそのままプロシュートの腕の中で意識を失ってしまった。
プロシュートはアマーロの涙で濡れた頬を拭い、そっと横抱きにすると己の寝室へ連れていく。


「…言ったのか」

「ああ」

途中から黙って様子を見ていたリゾットに、彼は振り返らず答える。

「…泣かせちまった。…泣かせたんだがな…。

優しいんだよ、コイツは…。
自分の事でしょっちゅう泣きやがるが、一番悲しむのは…、自分以外の誰かの時だ。
…ああ、悪いな」

扉を気づかって開けたリゾットに礼を言って、アマーロをベッドに寝かせる。

その小さな身体を毛布で包んで、やわらかな頬に慈愛を込めてキスを落とす。
『…オレの愛しい娘(こ)。
良い夢を。
美しき目覚めを』
その言葉を共に。






「大切なんだな………その子が…」

アマーロを見つめる彼の表情を見て、リゾットは思う。

彼女がいる事で、彼女と出来るだけ傍にいようとした彼は、これまでもマフィアとして上手く生きていけなかっただろうと。
それでも、彼がアマーロを命懸けで守ろうとする生き方は、それが彼の底知れない精神力の源になっているのだと、彼と戦った時に理解していた。


「当たり前だ。



…ってオメエの肋骨へし折ったオレが言っても、説得力ねぇか」

リゾットを横目でちらっと目にし、右唇の端を上げる癖で笑うプロシュート。

視線をすぐ眠るアマーロに戻して、頬杖をつき、彼女を見守りながら呟くように語る。


「…家族なんてな、ろくでもねえもんだと思ってた。

ガキなんてやりてぇ奴等がやった挙げ句の、うっかりできちまったオマケみてぇなもんだとな。
弱っちくて、一人じゃ何も出来ねぇ…どうしようもねえもんだと。
オレ自身、毎日毎日早く大人になりてえとガキの頃から思ってたからな。

家族は愛に包まれてる、子供は天使だという言葉を聞いただけでムカッ腹がたってた……………、今思えば…羨ましかったのかもしれねぇが。

…オレ達の親…あの畜生以下の下衆共は、テメエのことばかり可愛がっていたからな。
奴等の目付きも、かける言葉も嘘ばかりで、利用しようとするのが見え見えだったんだ。何も期待しちゃいなかったよ。
血の繋がりなんてクソ忌々しかった。

人間なんて家畜と大して変わらねえと思っていた。


…だが、違うんだよな。

一目だ。

コイツに出逢って、確かに血の繋がりを感じて………、この世にはオレだけじゃねえんだなと、柄にもなく思っちまった……」

引き付けあった血の繋がり。

妹と出逢って失う恐怖を覚えた。
女と肌を重ねた時とは違う。
それより遥かに、あの小さな頼りない小さな女の子は、その小さな手は、握りしめると何よりも暖かく、心地好かった。

妹への想いが、組織の上へ行く階段から引きずり落とす盲目の鎖となっても、彼はアマーロを離す気はなかった。



「8年前の12月、雪の降った夜だったか。
…初めてコイツが、オレを、お兄ちゃんが大好きだって言ってくれた時な…………嬉しかったんだ…。
嬉しくてよ。
どんな最高の女に愛を囁かれた時にも、使いきれねえ金を手にした時を想像しても、ちっとも比べ物にならなかった。


他のヤツが、オメエが聞いても笑っちまうかもしれねえが、…オレがこれから生きていく理由はコイツだ……ってよ、思っちまったんだ。


可愛いんだ。
可愛くて可愛くてなァ…。
理由なんてねぇ。
ただ、ひたすら愛しいんだ」

一人でも生きていける強さを持っていた彼が知った失う恐怖は弱さを呼んだ。

だが、二人で過ごす時間を確かに幸福だと感じて、一人で生きるのを彼はやめた。

大切な家族。
それを以前の彼が聞けば鼻で笑った言葉は、アマーロの笑顔を見て、心に重くのしかかった。



マフィアの自分。
自分がいなくなれば、本当に一人になってしまうアマーロ。

将来は暗い。
先が見えるように思えない。

だが、それでも、出来るだけ長く…せめて彼女が一人でも生きていけるように……彼女が自分がいなくても幸せで生きていく姿を目にするまでは…生きていたい。

それが、彼の何よりの願いだった。


くだらねえ話を悪かったなと微かに笑い、プロシュートは話を切り上げると、アマーロの赤くなった額に彼は自身の額をあて、その熱さに眉をひそめる。


「リゾット。

…すまねえが、明日コイツを病院に連れ
てってくれねえか?

本当はオレが行きたいが、行けねえんだ。本部に必ず来いと言われた。

配属されてからこれまでの経過を報告しろと、だ。
まぁ難癖つけて吊し上げする気だろうな……このオレが、みすみすやられはしねぇが」
彼の最愛の妹を任せるという言葉に、リゾットは信じられない気持ちでいた。


「…お前は信用するのか、この俺を…」

声色に変わりはないものの、彼が戸惑っているのをプロシュートは感じとり、首だけリゾットに向けるとフッと笑いかける。


「そうだ。
何たってオメエは『いいヤツ』だからな。オメエがここにいる間に確信した。

オレは人を見る目は確かだと自負してるんだ、間違いねぇ。

…なにより感謝してんだぜ、これでも。
オレのいない間、コイツの相手をしてくれたのを。

ずっと寂しい思いをさせてたんだ…。
オレは長年それだけが気がかりだった…。







…だから任せるぜ。

お前に、
『お前だからこそ』だ」

その視線と笑みに混ざるのは確かな『信頼』。



それに、コイツは頭がイカれている、そう思いながらも、





「……そうか。


分かった…」


その気持ちに答えようと思った。

なぜならば、リゾットもそうだったからだ。

プロシュートが、あの抜け目のない傍若無人ながらも、やる時は確かな覚悟を持つ彼を、
『いいヤツ』だと思っていた事に。






「おに…い…ちゃん…………………」


ふいに聞こえる眠りながら兄の名を呼ぶ声。

「…ああ、何処にも行かねえよ。


今は」

そのぽろりと零れた涙を指ですくいとり、額をさらりと撫でてやる。
少し表情が安らかになったように見えた。

しかし、プロシュートの彼女を見つめる視線は憂いに満ちている。


(お前の能力…は強い。

だが今のお前じゃ、弱くてただ優しいままのお前じゃ、スタンドに身体がついてこれねえんだろうな………)

そのアマーロを見つめる目は、しばらく離れることがなかった。














その頃、アマーロはいくつもの夢を、記憶の海の中をさ迷っていた。
どれも怖かった。

断片的にだが、過去の、忘れていた光景を呼び起こす夢ばかりだった。








3歳の頃のアマーロ。
薄汚れた服の彼女の周囲に散らばる大量のぬいぐるみ。
薄汚れぼろぼろになったそれは、40体以上あり、そのどれもが、全く同じ場所に傷があり、目玉のボタンは全て片方がとれかけていた。

白うさぎのぬいぐるみ。
赤い目の。
両親が他人に嘘をつく為だけに買い与えた、たった一つだけの、彼女の大切なもの。



『さみしくない…………、みんな、あたしの……ともだち………いっぱい…………』

小さなその手に銀の十字が現れる。

『もっと…、

ともだち……』

傍らにあったぬいぐるみを手にとり、彼女はそれに十字をかざすと、引き寄せられ中に消える。

その後すぐに像が何重にもぶれて、彼女の手の中で4つのぬいぐるみが現れた。



『…………お前がやったのか……それは』

その声に、小さな彼女は驚いた様子で振り返り、弱々しく、だが嬉しそうに無邪気に笑う。
…自分をみてくれたのが、嬉しくて。



『うんパパ、あのね、こうやってあたしの手のこれをね、くっ付けると、いっぱい出てくるの』

手から現れる十字。
それを再びぬいぐるみに植え付け、増やす。

2×4(ツー・バイ・フォー)。

その能力は『倍増』が基となっていた。



『……ああ、アマーロ。可愛い子よ』

彼女の父親…厭らしい笑顔の猿の仮面をかぶっている……が、彼女を見下ろす。


『いい子だなぁ…………お前は可愛いなぁ………、なぁこっちへおいで』

猫なで声を出し、頭をなでる手。


いつもは、
わざとでなくても、わずかな食事で服を汚したからと、夜がこわいと、さびしいと泣きじゃくる彼女を煩い黙れと言って、
頬を叩く、同じ手で。

『なんでも……、




たとえばお金も増やせるのかい?』
恐ろしく優しい声で。

それでも幼い彼女は、父親が自分を可愛いと言って、必要としてくれるのが嬉しかった。
ちゃんとやれば誉めてくれる、そして頭を撫でてくれる。
また可愛いと言ってくれる、そう思っていた…。
だが彼女の小さな望みは叶わなかった。








『なんで…………ッ、………なん、で……?』


『おい、

…どういう事だ。
…どうだ、って言ってんだよ!!!』



彼女があまりに小さかったのか、この醜い男の薄汚い欲望に神は反発を抱いたのか。

だんだん変わる父親の顔に泣きそうになり、アマーロがいくら願っても力が現れなかったのだ。



『期待させやがって!!!この役立たずのグズが!!!』

『……ッ、ごめんなさい!ごめんなさい!!!パパぁ!
いやだぁ!
たたかないでぇ!』

『うっとおしい!
パパと呼ぶな!穢らわしい!
お前に親などいるわけないだろうがッ!!!
その薄気味悪い目で俺を見るな!!!この掃き溜めまみれの蛆虫めがッ、穀潰しの糞以下めッ』



何も出来なかった。
小さな身体で、ただ許しを乞うしか出来なかった。

あの宝物だった、ぬいぐるみは目の前で踏みにじられ、焼き捨てると言い放たれた。
お願い捨てないでとすがりついたら、頬を強く張り倒され、床に身体を叩きつけられた。


触るのも穢らわしいと言われながら、髪を鷲掴みにされ、罰だと放り込まれ、閉じ込められた暗い部屋。




『だして………、だして………っ』
最初は鍵のかかった扉を叩いて、爪でがりがり引っ掻いたが、身体の痛みと飢えと疲れに、うずくまってしまった。


『………っ……………パパァ……………ママ………。

こわいよ…………ひとりにしないでェ…………』

血の味と叫びからからになった口で、腹部を押さえて名を呼ぶ。

…誰も来てくれなかった。


その半日後、疲れはてた彼女が動けず、トイレもないその場で粗相をするのを、見つけた母親に殴られることになる。




死んだ方がマシだったのかもしれない。
だが、命の糸は、熱に苦しむ中でも、ぎりぎりで途切れる事はなかった………………。




自分から死のうと考えた事はなかった。
親が、家族が、恋したかったから。

死にたくない…、どうか自分を見て欲しい。

そのアマーロの無意識に芽生えた想い。

投げ付けられた小さなパン。


それは幼い少女の空腹を満たすにはあまりにも足りなかった。

『…おなか…すいた………』
だが彼女は震えながら、必死に十字を産んだ。
それを貼り付け、増えたパンを渇いた喉に無理矢理押し込み、飢えをしのいだ。彼女は、自分自身を無意識に守っていた。
たった一人で…さびしくて…悲しくて。


きっと、いつか、両親はちゃんと自分に振り向いてくれると、だから生きなくちゃと、愚かにも信じて、ただ毎日こらえていた。






場は切り変わる。
薄暗い教会、暗い塔の中を怯えるアマーロ。

耳を押さえて、下から聞こえる不気味な歌声と、時折聞こえる子供や女の悲鳴に恐怖のあまりに、声も出せなくなっていた。



…次は自分の番だ。
さっきまで互いに抱き合ってた双子の兄弟が連れていかれて、大分たっていたのだから。
たった今、断末魔が聞こえたばかりなのだから。



『お前は最後だ…。
その…その白い髪………赤い瞳は…………特別な力を持つ印なのだから』

連れてこられた時に、泣く彼女を嘗め回すように身体を触れた老人。
臓物の生臭さを漂わせ、張り付いた笑みを浮かべていた。


『白い体毛と赤い瞳をもつ生物は、神の使いとも、悪魔の化身とも言われてる……。
…黒と白、聖と邪、悪と善は表裏一体、正反対でいて、全く同じものだ…………。


だが共通して言える…それは強大な影響力を持つ事を。
神から授かりし霊感をも。

存在感。
革命への、闘いの引き金。

神の御名を借り、魔に膝まづき、お前のように、他の子たちのように、他人とは違う姿の者は、恐怖を撒き散らしながらも、光が照らし吹く風が変われば人民の象徴となる!我等が意志の目指す先に立ちそびえる偉大な存在なのだ!



その力を、私達に………授けておくれ。
お前はその為に生まれたんだ。その命を……必要としている………お前が…欲しい』



禍々しい笑みを浮かべ呪詛をはくのを、小さな彼女は、ただ震えるしか出来なかった。


(………あたしは、

わるい、子なんだ…………パパ………。


ごめんなさい…、





でも、

もうひとめ、





あいたい…………)





涙はもう枯れ果てた。
何も見るのも聞くのも、彼女の小さな世界は限界となった。



アマーロを見張っていた黒スーツの女が、しきりに下を気にして、扉を閉める。

何かを罵りながら、女はアマーロの腕をつかみ無理矢理立たせようとする。
その右手には血のこびりついた山羊の彫刻の刻まれたナイフがあった。

振り上げる腕。


(やだ………っ


)

怖くて、でも何も出来なくて目をつぶるしか出来なかった。





(いやっ!


しにたくない!!!)










…気がつけば、女は口から血を吐いて死んでいた。

背後に感じる気配。何が起こったかわからないで、後ろを向き目を潰された女性を目にし、再び死体に目をやる。




(あたしが………………あたしが、やったの……………?)

受け入れるのにも、彼女の心は壊れかけていた。


















『……おいッ、しっかりしろ!!』



急に開かれる扉。


息を切らして現れた人物。
初めて見た時、天使みたいだと思った。

金色の髪を乱し、意志の強い青い瞳でアマーロを見つめる若い男。
本気で心配してくれた。…自分のために。

あの時、
兄が、扉を開けて自分を助けに来てくれた………それが始まりで、彼女は少しずつその傷ついた心を救われていったのだ。

もう一人じゃなかった。
一人で泣いてても、兄がすぐ駆けつけて抱き締めてくれるだけで。ずっと欲しかったものが、手に入ったようだった。















『どうした?そんな隅にいねえでこっちに来いよ』

『…いい、の?
おにいちゃん、じゃま、じゃない?
うっとおしく…ない?』

『…ったく。うっとおしいって、何で、チビがそんな言葉を知ってんだよ…。
子供が遠慮するんじゃねぇ。そんな訳ないだろうが。

ほら、抱っこしてやる。来な。
そうだ、甘いもんでも食うか?』

『………うん、

うんっ』












(おにいちゃん………………)













気付けば、再び違う場所にいた。
そこは今までさ迷った記憶とは違う場所だった。


『…その道を…歩いていくか』



突然聞こえる声。





(誰………?)



そこは彼女の意識、彼女のみの世界。
暗く揺らめく闇と紫の光の中、アマーロは座り込んでいた。



『行く末を、求めよ………………………』
闇の波を掻き分けるようにして、目の前に現れたのは彼女の分身。



(2×4…………、なんだか……姿がちがうわ……)

目の潰れた女性の姿のそれは、今は健全な四肢を生やし、その背後には幾つもの星が光り輝いていた。

その形、その星座には見覚えがある。

上下に二つ、腹部は明々と輝く三つの星のベルト。周囲を細かく輝く星々。それは獅子の毛皮と剣を形作る。

永劫の狩人。
月の女神の恋人。
太陽の神の憎悪を浴び、神々の蠍によって命を落とした者。





(オリオン……………?

…オリオン座だ………)



『ツー・バイ・フォー オリオン。
それが今の形。
お前に問う為に、現れた。


オリオンは旅人の道標(みちしるべ)。
夜空を照らし、向かうべき…正しき道へと指し示す星。



ただし、正しき道、成功への道は、苦しみを伴うもの。

正しき道は、試練への道。
試練の道は、冬の凍える道。
辛く厳しい旅路を我々は越えねばならない。
…私自身よ。

もしお前自身が望むのなら、我々はその道を共に目指そう』



(正しい道……?

…………どういう事)


『今のままでは、道は徐々に下っていく………崩壊への道に。

お前の愛する者達の破滅の道へと。

見ろ……、これがその行く先の一つだ……………』




2×4は漆黒の唇を歪める。



(………!!!)


















『………


グレイトフル………







…デッド…………………』





アマーロの目を捉えたのは電車の車輪に巻き込まれ、血に濡れた兄の姿。
空間に広がる赤と黒。
血だまりはゆっくりと広がり、彼女の足元を濡らす。

手足は滅茶苦茶に潰れ、千切れかけた足は虚しく空を描く。
強靭な意志を宿す視線。それが目の前にいるアマーロではなく、彼女の背後のどこかを見つめる。


ひゅうひゅうと潰れかけた喉から零れる苦渋の息。
いつも綺麗に整えた前髪は乱れ、その顔は真っ赤に染まっている。
それでも彼は、その強い瞳の輝きを消す事なく見つめる。



(おにいちゃん!!)


走り寄って、触れようとしても、アマーロの身体は固定され、動く事が出来ない。




『………シュガー………マグノリア……………っ』
乱れた呼吸からもれたのは、自分の名。

強い瞳が優しい光を宿し、苦しみに堪えながらも、彼女を見つめる。




(『…お前が、幸せであるように』)

その言葉にもならない言葉を紡ぐ。
別れの哀しみとこれまでの愛情を含ませた瞳。

(いや………いやだぁっ!!!)


そして唇の端を上げ、胸を締め付ける微笑みをアマーロに向けてふっと浮かべると、彼は力尽きて瞳を閉じた。

最後までその曇りゆく青い瞳でアマーロを見つめながら。




何も出来ない。ただ見つめるしか出来なかった。


(………っく、おにいちゃん…………ッ!!

嫌だ!!!
嫌だぁああああ!!!)

目にみえない何かから解放された手足。
座り込み、両手を強く顔に押し付け、泣きじゃくる。



『…目を反らすな。

見ろ。
受け入れろ』


空間は波間となり、白から一転して、明るい陽射しと海の風の吹くアマーロの知らない場所へと変わる。







銃弾に貫かれ致命傷を負い、地に横たわる男。

風にたなびく淡い金色の髪と、苦痛と絶望に染まった緑の瞳で虚ろに空を見るその男は…。







(リゾット、さん!?)
夢とは思えないその生々しさ。
漂う硝煙と血の混じった臭いさえ、固く現実のものとなっている。


彼はその血まみれの顔を強く上げ、彼を見下ろす黒い人物を掴み、
『ひとりでは……………死なねぇ……………と言ったんだッ』

と叫ぶ。


だが、影は像をぶらせて姿を消す。

叩き付ける弾丸の雨。
頭蓋を破壊し顔を潰し、四肢を傷つけ、衝撃で身体はガクガクと動く。

(……ああっ!!!

ぁああああッ!!!)






撃ち尽くした残骸の煙。漆黒のコートは赤に変わる。

顔も分からない程破壊され、グチャグチャに血と肉と骨のかき混ぜられた肉体。

志は叶わず、敗れた者の末路。

その死体は、やがて現れた組織の掃除屋に頭を蹴りつけられ、唾をはきかけられて、ゴミを捨てるかのように雑に扱われ、彼を…彼らを嘲笑う大勢の人影に包まれ……闇の中へ消えていった。






(リゾットさん…………ッ、しんじゃった………………ッ!!どうして!)



戻る夢の中。
嗚咽をこぼしながら白の床を涙で濡らす。

ーあんな姿、見たくなかった。怖かった。
怖かった。
泣く彼女を2×4は無理矢理立ち上がらせ、その潰れた目から血を滴らせ語りかける。





『…これが、彼等の未来だ。
今の光景は、最も難攻不落の死の道、死の運命だ。

そして、これより弱くとも死の運命は数多く彼らにはまとわりついている。


多くは彼等自身が、己の強さで弾き飛ばすだろう。
だが…死への道はあまりにも多すぎる。

そのいくつかに、彼らは避けきれない時もあるのだ。





どの末路も変わらない。
戦いに敗れ、犬死にし、死体さえ当然のように唾をはきかけ侮辱され、すぐに名を忘れられる………どの死も。






…このままならば』

顔をあげる。


(このまま…………?『このまま』って、どういうこと)


『対価を払い、呼び寄せる。
…道を作り上げ、その先を…だ』

ツー・バイ・フォーのオリオンの星が一層輝く。


『お前は望むか?
救いを。

固く約束された死の奴隷の解放の道を。

許されざる者の、
裏切者達への祝福を』


(……っ、望まない訳がないよっ!

だって……だって…………二人とも大好きなんだもん!!!)


立ち上がり叫べば、その意志を忘れるなと2×4は頷く。



『ならば、戦え。

運命は複雑なのだ。小さな事から変わる。蝶の羽ばたきが世界の果てで嵐を呼ぶように。
揺らぐ運命を、死の奴隷を繋ぐ鎖を再構築し…正しき道へ、彼等を連れていけ』

迫る分身。
アマーロは、己自身の筈のそれに、初めて恐怖を覚える。

『お前が道標の星…オリオンになれ。

だが明るい導きの光は、神々の蠍…あるべき苦難をも呼び寄せる。
蛾が灯りに群がるように。
それを排除するのだ。

苦痛と幸福は交互に現れる。
幸福の先には苦痛が、苦痛の先には必ず幸福が待ち受けるのだ。

お前が死の運命から彼等を助けるのならば、

お前がその大きな幸福を望むのならば、

お前は訪れる苦しみ、恐怖、悲哀、屈辱、全てを受け入れて、己自身とも戦わねばならない。

救いの道は、お前が苦難を乗り越えた先でようやく見えるものなのだ。


己の魂、脳の『視る』領域を『倍増』し、人間の魂、第六感を…どう進むべきかを研ぎ澄ます。
それが、
『ツーバイフォー・オリオン』
その力。



予知の悪夢と闘え。
恐怖に打ち勝て。


サイアナイド(憎悪、恐怖、拒否)。

ジューダス・キス(それは善か偽善か)。

セイント・アンガー(尊敬を得ない怒り)。

それらの武器をもて、彼らを助け、導き、生きていくのだ……』





目を覆い隠していた包帯を分身はゆっくり解く。

血と膿にまみれた涙を流しながら、現れた瞳、その顔は………………















『…どうか、私と同じ道を歩まないで』


成長した彼女自身だった。






『この夢を忘れないで。

貴方は、何をすべきかわかる…本能で。

組み上がった運命を、少しずつ壊して………、壊した破片は組み直して……、導きの星の光を頼りにそうして道を作るの。

愛する人たちと一緒に。

これから会う友達や仲間の為に怒って、泣いてあげて………、運命を作り直して……歪んだ道を真っ直ぐに…。

小さな事から始めれば、運命は変えられる…』




その声と共に、彼女は言う。

『私は行くわ……。
あの人が一人にならないように。

…あの人は寂しがり屋だから…』


彼女の背後に現れたのは断崖と、広がる紺碧の海。

そこへ自らその身を投げ、瞬く間に姿を消してしまった。







(待って!!

…………待って!!!)

呼んでも返らない答え。
だが、アマーロの足元には一つの道が光輝いていた。


(なに………これ………………)



道は鈍く光り、その果ては見えない。

だが、その道の果てから風が吹いた。







腐った臭い。
血の臭い。
呻き声、悲鳴。


その総てをまとった何かが、闇の中から凄まじい早さで、押し寄せてくる。

大勢で。








(………いやぁ怖いっ!!!)






『…逃げるな!!!

お前がまず進むのは、その道だ!!!』



消える世界の向こうで、再び自分の声がアマーロ自身を強く叱りつけた。







そして、そこで、
夢はテレビの電源が突然切れるように、ぶっつりと消えた。


音をたてて、消えてしまった。





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あきゅろす。
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