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レイン・オブ・テラー『望むな、美しき死を』
外に眼をやれば、空は澄みきっていた。
老いた暗い星さえ眼に見える程に。

瞳を閉じて精神を平静にし、手にした銃身にさらりと指を添える。

ひどく、落ち着いた気分だった。

いや、基本的に彼は人を殺める時も傷付ける時も、どこまでも冷静に冷酷になれるのだ。



プロシュートは、ターゲットの持っていたブザーを躊躇いもせず押す。

けたたましい警告音が屋敷中に響き渡り、間も無いうちにガチャガチャと銃器のぶつかる音と大勢の足音が迫ってきた。

それに応えるかのように彼は扉を開くと、廊下へ足を向け、恐れる様子もなく真正面を睨み付ける。

目の前には一気に武装した男達が押し寄せてきた。
その手には銃器、刃物等をそれぞれ携え、一斉にそれらを向けて激しく罵ってくるが、彼は口に軽く拳をあて、クツクツと笑うだけである。



「解らねぇよな。
オレが此処に来た理由が。
あえてテメエらを、わざわざ呼んだ理由が。

………皆殺しだ。
一人残らず。
蟻の子一匹逃さずに。

この場、ここの空気を吸う者全員……、逃がさねぇ……………生きて帰れると思うな…。

あ?どうした?信じられねぇようだな。
いい間抜け面だなぁオイ。
そうだよな、そりゃあ解る。
まぁオメエ等ごときオレだけで、こんな細腕の若造一人で充分って意味だ。

組織が総力使って手を下すまでもねぇって、オメエ等はナメられてるんだぜ?
その程度の、そんな価値がねえと…な。

…さぁ、かかってこい。

『刃を向けろ』。
『撃鉄を起こせ』。
そんな大人数で群れねぇと寒くて怖いのか?」


金髪と青い眼に白い肌の、少女が言ったように天使の美貌は、放たれた殺気と共に眼光を鋭くすると、誰もが背筋を凍らす迫力をもたらす。


多数対一人では通常なら避けるべき状況だ。
だが、プロシュートにとってはそんな状況は全く問題ない。
スタンドのない人間ごとき、彼の敵ではないのだから。




「『ザ・グレイトフル・デッド』!!!」

スーツに手を突っ込んだままそう叫ぶと、前列の男達の頭が横一直線に薙ぎ倒された。

プロシュートがグレイトフルデッドを操り、スタンドの姿が見えない事を利用して、敵を思いきり殴りつけたのだ。

壁に叩きつけられ、不自然に首がねじまがって動かない者、気絶する者、痛みにうめく者、その様子は様々だ。
スタームルガーが激しく火を噴き、一人二人三人四人五人六人と、頭から血をほとぼらせて次々に男たちは倒れていく。

プロシュートの銃弾が尽きた時。

倒れ行く者達の背後から新たな男達が現れて、引き金に手をかけた瞬間に、プロシュートは足元の男二人をグレイトフルデッドで掴みあげ、自分自身の前に盾にして持ち上げた。

見えない何かに捕まれ、宙に浮かぶ成人男性二人。
止まらない銃撃の雨。
髪のへばりついた皮膚や目玉が指がばらばらに吹き飛ばされ、ボロ切れと化した2体の死体を投げつける。

その後ろを追うように走る。

体制を崩した男一人の肩を掴み、顔面に膝蹴りを決め、鼻の骨を潰す。
男の右手首を狙い繰り出した鋭い下方蹴り。

痛みと衝撃で男が放りだされたリボルバーを空中で掴んだ瞬間に、顔面に一発銃弾を発射する。



すかさず側に出したグレイトフルデッドで、先程と同じように男数人を壁に叩き付ける。

床に倒されたうちの、まだ意識を失ってなかった一人の男。
(い……今の隙に………ヤツは気付いてない…ッ)
と落とした銃器にジリジリと手を伸ばそうとした。

今のうちだ早くせねばと気が急いた。



あと数センチで届くはずの手。

だが叶わなかった。
鋭い金属音と共に男の掌に衝撃が走ったかと思えば、目の前に銀色に光る刃が一直線に貫通している。

地面にしっかりと縫い付けられたそれが、その一瞬何だか分からなかった。






「…小僧、オイタはよくねぇな」

刃の持ち主は男に目もくれず、背を向けたまま言う。

それがプロシュート愛用のソード・ケイン(仕込み杖)『聖人(セント)ステファン』が姿を現した瞬間だった。

『聖人ステファン』。
キリスト教最初の殉教者を意味するこの剣は、皮肉を込めてその名をつけられたのかもしれない。


普段この剣は、彼が老人に変装した時、持ってて違和感がないように持ち歩く武器で、本来の若い姿より非力になる自分をカバーする為にも使用している。

また今回のように、多数を相手にした狭まれた乱戦と限定されれば、素手で戦うのみでは相手が再び起き上がり襲うので、一撃で仕留める為に使用するのだ。


男は自分の手が信じられない思いでいながら、その貫く細く鋭利な刃の先を上へ上へと視線を移す。

月の光にそれは輝く。

細く尖った刀身には緋色の文字で
『Memento Mori(死を想え)』
『Aoxomoxoa(アオクソモクソア・巡り巡る言葉)』
という言葉が刻まれている。

その文字から辿れば、なめらかな光沢を放つ丁寧に手入れされた木製の握り手。
それに施された精密な彫刻。
…マグノリアの花と薔薇。
時の翁…死を意味する砂時計と大鎌。
欠けた月、ミヤコグサ。
鐘の吊るされた井戸。
蔓と葉に絡む死者。

その彫刻を辿り、上へ上へと眼をやれば、銀色に光る刃に対して金色に暗く光る髪と青い目を対比してしまう。

その女性よりも艶かしく美しい男は唇に笑みを浮かべ自分を見下ろす。
その姿は、男なのに天使のようだと見惚れてしまった。
…流血と死を纏う、死の天使のようだと。


刹那その現実から少し逃避した後、流れ行く血、皮・骨・神経を熱く走り抜ける己の手の痛みに現実にあっという間に帰り、男は悲鳴を甲高く上げた。





『プロシュート。
お前は来月より暗殺チームへの配属が決定された』



叫ぶその喉を男の額まで切りつける。
男は屠殺された豚さながらの声をあげ、血を噴き出しながらあっけなく事切れた。



『…思い知ったか…生意気な若造が。
あの方が亡くなった今、お前に後ろ楯はない。

今のお前は、頭を下げて豚のように付き従うしか能がないのだ』





刃を鋭く振り、血を振り落とすと叩き付ける音を響かせて倒れた男たちの脊髄を狙い刃を突き刺し、確実に命を奪う。

それに間も無く、銃器を構える小さな音を耳にすると、銃声が響くと同時に地面にしゃがみこんだ。


『…すみませんプロシュートさん。
その、今までお世話になったんですが……………その、口をきくな、もう死んだ人間だと思えって………逆らえば同じ場所に送るって………脅されて……』

落ちていた先程薙ぎ落とした死体の腕を掴み、敵に向かって投げ付けると、そのすぐ後ろから走りながら身体をかがめて滑り込み、すれ違い様に男たちの足首を切り落とす。


『オレら………貴方と違って、強くないんです』



足首をおさえて転がる男たちへ首を切りつけると、身体を反転させ、背後の男の首を真一文字に刃を滑らせる。

首から血を噴き出した男が倒れるのを確認すると、汗ひとつかかずに刃に手を添え、押し寄せる新たな敵へ駆け抜ける。



『すみません………………っ、すみません!いつも貴方に助けられたのに…貴方がかばってくれたのに…オレ達のせいで………こんな…死刑宣告……を…ッッ!』



ある者は心臓を突き刺し、ある者は右目を貫き壁に頭蓋骨ごと縫い付ける。

敵が倒れて自分の姿が現れれば、即座に相手より先に銃身を抜き、頭を確実に撃ち抜く。

また切りかかった敵のナイフを片手にもった剣で受けながら、一気に間合いを詰め、その喉に手を伸ばし、直触りで一瞬で老化させ、その様子をわざと見せつけるようにして恐怖を煽る。


プロシュートの老化能力は近距離パワー型にしては、広域の射程距離の強みだけではない。

相手に彼が少しでも触れられれば、即戦闘不能に陥る。
直触りさえ決めてしまえば、プロシュートの勝ちなのだ。

故に彼は、一度掴んだら相手を離さないよう己の腕力を鍛え、常に相手の動きのパターンを読む為、体術や関節技も研究していた。








『…仕方ねぇよ。オレが好きでやったんだ』



どれだけの人数が現れても、彼はそれを無駄のない動作であっけなく倒す。
相手の拳をネックレスのワイヤー製の紐で絡めとると引き寄せて、首をかっ切り、撃ち殺そうとしても、彼は男達の視線から軌道を読み避けてしまう。

彼が素早く出す腕に気付けば、頭に風穴が空き、倒れる仲間を目にする。

逃げ出そうと背を向ければ、背中を狙いナイフが見事に刺さり、叶わなくなる。






『賢い生き方だ。
そうするしかねぇよ。気にやむんじゃねぇ。オレがオメー等の立場なら同じようにしたさ。

まぁオレはそう簡単に死なねえよ……、上手くやれ…元気でな』




聖ステファンから繰り出される突きや斬撃は、必ず致命傷を追わせる。

とはいえ、ここまで動いた彼の体力も消耗する。

だが、その為の『広域老化攻撃』なのだ。

彼に掴まれて老人と化した仲間の姿にパニックを起こし、逃げ出そうとする者も続出した。


すでに遅い。
そもそも最初から逃げていればよかったのだ。

広域老化効果の紫煙は既にその階の隅々まで満ちてしまった。

故に、直接プロシュートに手をかけられなくても混乱して金切り声をあげる男たちは、自分の身体がぼろぼろと朽ちていくのに恐怖しながら、やがて、老いて、死んでいった。






























『…上等だクソ野郎。
生きてやるよ………………どんな手を使っても……。
何人何百人ブッ殺しても、生きて生きて生き抜いてやる…。








そして、
いつか、テメエ等をその高みから引きずり落としてやる………必ずなッ』




























「…任務完了」

やがてその場に誰も生きる者がいなくなり、彼はそう呟いた。




「…おいおい、これ全部始末したのかよ」

急に聞こえた、場にそぐわない妙に明るい声。

プロシュートはふぅと息をはきながら聖人ステファンを鞘に収めると、歩み寄る彼…ホルマジオに目を向けた。


「オメエ、スッゲー強ぇんだなぁ…。
そんな色男の面してな。プロシュートの旦那よォ」

おお怖いとふざけて肩をすくめながら、ちっともそんな顔をしてないホルマジオ。

それに、プロシュートは緊張感が解けたように笑う。

ここ数週間、このホルマジオと、リゾット不在の間にいくつも任務をこなしてきたが、プロシュートはホルマジオの人懐こい所と底抜けに明るく笑う性格を気に入っていた。
またホルマジオも、プロシュートの長年の経験に裏打ちされた絶対的自身と、鋼の強靭さを持った精神力を素直に尊敬していた。
二人はすっかり
『プロシュートの旦那』
『マジオさん』
と互いを呼び、時間がある時には酒を酌み交わすまでになっていた。


「随分長い事この世界にいるからな…、それなりじゃねえと今まで生きちゃいけねえよ。それより、そっちの首尾はどうだ?マジオさんよ」

首をくいと彼に向けて問うと、ホルマジオは懐からボイスレコーダーと書類を数枚取り出す。

「完璧に聞き出したぜぇ。

しっかし情けねぇなぁ、ちょっと『捻ってやった』だけで、泣いてポンポン吐き出しやがったわ。


…見てみな、このメンツ。奴さん、随分お友達が多いこって」

「…凄いな。
民主党広報部長…憲兵大佐……検察官……首相の親族までいるぜ……。

だが、これで芋づる式に一気に叩けるな」

「これが終われば大分任務もキリがつくな。

はぁああ…やっとだな。疲れたぜぇえ………!」

首をコキコキ鳴らして、腕を伸ばし、リラックスした様子になりながらも、すぐにホルマジオは思い詰めたような表情に変え、プロシュートに不安げな視線を送る。


「…なぁ、旦那。
オレは役に立ててるかね?

リゾットが…、

オレ達のリーダーがいつ帰っても、オレは胸を張ってもいいよな…」

彼は不安だった。


「何かよ、リーダーがいないと妙な気分なんだよな……………。
あの人はいると、コイツがいれば自分は大丈夫だって不思議と思ってよ………。いないと、ポッカリと穴が空いたような気分になるんだよな……」


自分が、リゾットの負担を、見えない荷物を少しでも背負えているのかを。

先日こっそりプロシュートの胸ポケットに入り聞いた、リゾットからの自分は有能だと信頼すればよかったと聞けて嬉しかった。

ならば自分もそれに値しようと、彼は身の危険も省みず、実際何度も危機に陥りそうになりながらも、任務に取りかかっていた。

帰ってきたリゾットは自分をどう評価するか、それが気になっていたのだ。


「ハン!らしくねぇなマジオさんよ!

当たり前だろうか。何弱気になってんだ?
オレァ、オメエには随分助けられたんだ。オレは適当な所があるからなッ。

…覚えとけ。オレは、お前が仲間でよかったと思ってるのを」


肩をすくめ、キッと睨み付けると、バンバン背中を叩き、そう言ってやる。

「へへ……っ、ありがとよ」
照れ臭そうに笑うホルマジオ。
彼もまたプロシュートがこのチームに配属されて、仲間になってくれてよかったと心底思った瞬間だった。



「よし、旦那。
報告が終わったら、オレん家で飯でも食ってくか?」

「…ああ、悪いな。今日は帰らせてもらう。

まだまだ、図体のでかい居候と、泣き虫のお子様の世話をしなきゃならねぇからな」


ホルマジオの後を追おうと足を進めようとしたその時、ふと目にした足元の死体。

それらの屍を見つめながら、プロシュートは先程のターゲットの醜い死に顔と、あの少女の清らかな死に顔が頭をよぎってきて、いったん足を止める。


美しくない死に様。

人は老いた時、その生き様が表情に現れるという。

老いて死んだあの男は、その生き方を表すような醜悪な死に顔をしていた。


美しい死に顔。
あの死を望んだ少女の、その死に顔は老いて尚美しく見えた。

だが、彼にはその美しさは空しいものだとも思えた。






妹の事を思い出す。

引き取った頃から彼女は身体が弱くて、急に熱を出し、その度に彼は夜も徹して看病する事も珍しくなかった。

『苦しいよな…………、オレが代わってやれればいいのによ……』

悔しそうに呟く彼に彼女は苦しそうに息を吐きながらも、真っ赤になった顔でプロシュートの手を強く握ってきた。


『……う、うん……くるしくないよ…。

だって…さみしく、ないんだもん…、おにいちゃんがいるもん……』
その小さな熱い手が必死に握る様子は、彼に自分は生きたいのだと語ってるように思えた。


『おにい、ちゃん………ありがと……』
そう熱にうかされながらも、彼に向かってにこっと笑う妹が愛しくて仕方なかった。














(シュガーマグノリア…………。

早く、オメエに会いてえなぁ………)

無性に妹が恋しくなり、抱き締めたいと強く思った。


「どうした、旦那。早く行こうぜ」

「ああ、すまねぇな」


そうして二人はその場を後にした。

ホルマジオと別れてから、自宅へ向かう車の中、妹を思い、思考を重ねる。



醜く自分の手を汚してまで生きたくないとあの少女は言った。

だが彼は、もしあの彼女のように、自分の妹が自分を殺してくれと願ったならばと思うと、その考えをすぐに否定した。


(駄目だ………。
お前は生きなくちゃならない。

オレは絶対に許さない。

…お前はお人好しだからなぁ。

お前は空腹の極限でも自分のパンを他人の嘘の涙で、あっさりくれてやって飢え死を選ぶような、バカで優しい子だ。


だがな、どんなに醜い他人から指をさされる生き方でゲスと呼ばれても、餓えた赤ん坊の肉を食っても、恩人を裏切ってブッ殺しても、踏みにじってもいいんだ……それしかないなら。

………死んじまったら、終わりなんだよ………。

美しく死ぬんじゃない。

醜くても、死んだ顔が醜くても、辛くても、最後まで足掻かねえといけねぇんだ…。やらなくちゃならねぇと決めたんなら、やらねぇといけねぇんだ…。そうした時の死に顔はどんな醜くても、オレは美しいと思う。

お前はあの子とは違う。
似ていたが、全然違うんだ。
何故なら、お前はオレと同じ血が流れている。

お前は簡単には崩壊しねぇ、強いんだ。しぶといんだ、傷付いても、自分の痛みと戦いながら立ち上がれるんだぜ……そうだろ?

何よりオレはお前を見捨てやしねぇ。
お前を救う為なら、オレは地べたに這いつくばって、拷問でも屈辱でも喜んで受けてやるよ)



わずかに右腕から滲む血を手で押さえ、彼は息をつく。


(もう、言わねえとな……………)




妹に伝えねばならない。

自分は、暗殺チームの一員として、暗殺者として、これから生きねばならないのだと。

時の衣と運命の鎖をたずさえた『死』、その絶対的存在が、手招きをする時。
死者の踊り狂う、死の舞踏に加わる日。
その、いつか彼が惨たらしく命を落とす、その日まで。







扉を開ける。


すぐにパタパタと走る足音がする。

彼を待っていた、大切な家族がやってくる。




「お兄ちゃあああん!遅かったね!
おかえりなさい!!」

「…よぉ、ただいま。
いい子にしてたか?」

「うん!ちゃんと宿題もやったし、部屋の掃除も、洗濯物もたたんだよ!

あのね、リゾットさんに教えてもらってね、晩御飯作ってみたの!
今リゾットさん、お風呂に入ってるから、出たらみんなで一緒に食べようよ!」

そう嬉しそうにまくしたてる妹に、プロシュートは目を細めて
「そうか……………オメェは…えらいなァ」
と言って、ぎゅっとアマーロを抱きしめる。


普段なら笑いながらハグをするのと様子が違う。

おかしい、アマーロはそう思った。
その時、わずかに彼女の鼻を血の匂いが漂ってきた。


「お兄ちゃん………………。


その怪我、


どうしたの………………?」

抱き締めた状態から、プロシュートは強くアマーロの肩に両手を置く。

「調子にのった悪ガキに軽くやられたんだよ」

上げた表情は先程の声と反して、強い眼光が再び蘇っていた。

「話がある。

泣いてもいい。

だが、受け入れろ」


「…………え?」




「…オレは、リゾットと同じチームになった。

暗殺チームの一員に。

リゾットと戦ったあの日から決まっていた。

リゾットと同じ事をしている。暗殺を。
たった今も、大勢殺してきた所だ」


「うそ………、



嘘っ!?」

「嘘じゃねぇ……………オレはお前を悲しませる嘘をつかねぇよ…知ってんだろ?


オメエはマフィアの妹なんだ……こういう事も覚悟しなくちゃならねぇ。


…本当はな、何度も何度も考えてきた。お前がオレの元から離れて暮らした方が幸せなのかもしれねぇなって。

オレはいつ死ぬか分からないからな。
何よりお前が危険な目にあうかもしれねぇ」

引き取った頃、今以上に泣いていた妹。
パパはどこ?ママに会いたいと叫んでいた。
あんなに顔を青アザや擦り傷を作るまで叩かれ、腹を殴られ、見た目を蔑む罵りで心をズタズタに傷つけられても、親を恋しがる姿を悲しく思った。

何も言えず、抱き締めながら思った。

自分では、彼等の代わりになれないのかと。

彼女の側にいるのに、自分は充分にしてやれない。
普通の両親に囲まれた幸せな家の子のように、ずっといてやれない。

ならば、養護施設に連れていけば、友達も出来て、自分が育てるより彼女の為になるんじゃないかとも思った。



「だが…、





オレの我が侭なんだ。たったひとつの…」


それでも出来なかった。


彼女が仕事から帰った自分に、
『…おにいちゃん!!!あいたかったよぉっ』
と泣きながら自分に笑顔をむけて、
『おいてかないよね………っ、あたし、ひとりじゃないよね……』
と彼の足に抱きつきながら震える姿に、
『…おにいちゃん、だいすき、』
と小さな声で言う姿が可愛くてたまらなかった。

『ああ、置いてく訳ないだろ………。

もう一人ぼっちにさせねえよ』
そうして、この出来たばかりの小さな家族を離したくないと願ってしまった。







「オレはお前が大好きなんだ。

まだまだお前と一緒にいてぇんだ。







頼む、

受け入れろ………」




あの笑顔。
お化けの話を読んで、怖がってトイレについてきてと裾をひっぱる手。
茂みから鳥が飛びだしたのを驚いて、すぐニコニコしながらパンくずを探したり。
自分自身に無条件に向ける大好きと言う好意。
泣き虫なところ。
好きな食べ物を慌てて食べて、喉をつまらせて、水をたくさん飲む所。
小さな短い足で一生懸命に自分についていくところ。


そんな小さなこと、全てを、彼は愛してやまなかった。





「………ッ」




やはりそうだ。

思ったようにだ。

一気に顔を真っ赤にして、大きな瞳から大粒の涙が激しく零れる。
おそらく数秒後にはアマーロは、わあわあ大声をはりあげて泣くだろう。
そう思っていた。







だが、プロシュートの予想は少し外れた。






泣きながらも、アマーロは唇をつよく噛み締めると、涙をガシガシ強くぬぐって…………抱き締めてきたのだ。

ぎゅっとか弱い筈の力。
それが、そうとは思えなかった。





「…珍しいな、オメエが自分から泣き止むなんてよ」

内心彼女の変化に驚きながら、極力表情を変えずに抱きつく彼女を見下ろす。


だが、次に紡いだアマーロの言葉に、彼は絶句した。




「だって……………………だって……………




あたしじゃない。
あたしが泣いてる場合じゃない。


お兄ちゃんが、一番辛いんだもん………………っ」

何より先に感情が高ぶれば激しく発散していたのに、そうじゃなくなっていた。

アマーロはプロシュートの傷付いた腕に手を伸ばし
「『ジューダス・キス(蔑まれる者に祝福を)』」
と小さく呟くと腕を治し、プロシュートを見上げる。


アマーロには、触れた瞬間に一瞬だけ兄の頭の中が見えたからだ。


彼が少年の頃から、彼に人間味を与えてくれた老人が病床で息を引き取った場面。

『お前は…一直線だからなァ…。
…私とおなじ…で、あっさり情に左右されて……それで、機会を、逃して…変に、不器用なところが……、だが、それがお前だ。

それを……これからも…貫いて…いけ…』
と、今際の際にかけられた言葉。


嫉妬の醜い目を向けた彼の上司。
暗殺者になるよう言われた時、真っ先にアマーロの事を想った事。

可愛がっていた自分の部下達が、謝りながらも、卑屈な笑いを浮かべ、彼をあっさり見捨てた場面。

悔しくて、それでも死ぬかと誓った強い眼光。


…だから泣いて、困らせたらいけないと思った。




プロシュートは、そんな妹の背が少し伸びたように見えた。

それでも、彼女はまだほんの小さい子供だった。


「あたしだって…………、

……お兄ちゃんと、一緒に、いた、い…………いやだっ、ひとりはいやだ、一人に、しないでっ」


その圧し殺した声でわかる。
必死に我慢をしているだけだった。


だから、プロシュートはアマーロの頭を撫でてやりながら、同じように抱きかえし囁く。



「いいんだよ。

泣きな。



我慢しなくていいんだぜ。


…むしろ、カッコつけで意地っ張りの、オレの代わりに泣いてくれねえか?」
と。


「……………ッッ!!!」


その言葉で、彼女は兄の為にこらえていた気持ちを、我慢出来なくなってしまった。














「お兄ちゃん………おにいちゃあああん!!!
ひどい………ひどいよッ!!!
リゾットさんみたいに………お兄ちゃんも辛い目にあうの!!?死んじゃう……かもしれないよね!!!前よりずっと危ない目に会うんだよね!?
そんなの嫌だっ、嫌だぁあああああ!!!」


「ああ、そうだ。
それでいい……。



アマーロ。
大丈夫だ。オメエが心配する事なんか何もない。

オレはオメエが思ってるより弱くねぇんだぜ。

一人にはしねぇよ………。
まだオメェを置いて、オレは死なねぇよ……」


そうして、アマーロはしばらくプロシュートに抱きついて、大声で泣きじゃくった。

その間、プロシュートは彼女をずっと離すまいと、強く強く抱き締めていた。







(そうだ……………………死ぬものか……………。

オレは、死んでたまるか……!

お前が強くなるまではッ)



そう改めて誓いながら。

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