お前はオレを置いていけ-セイル・アウェイ・スイート・シスター(プロシュート)※死ネタ
『これからはずっと一緒だ』
…初めて会った時、泣きじゃくる妹を抱き締めた時、プロシュートはそう言った。
理不尽に叩かれ、残酷な言葉にひどく傷つけられ、一人ぼっちで泣く彼女の姿をプロシュートは放っておけなかった。
初めて目にした時の涙のこぼれる赤い瞳と、闇の中孤独に浮く白い髪を、一目目にして、自分が助けなくてはならない…強くそう思った。
一人ぼっちにしたくなかった。泣いてる顔を見たくなかった。
愛情を注いで、ただひたすら幸せになれるよう出来るだけ側にいた。
それでも、別れる日はやって来る。
彼女をどれだけ愛していても、いつかは別れなければならないと覚悟していた。
だから、その前に出来ることは全て行おうと思っていた。
(…痛ぇな………)
恐ろしい程の身体中の熱さと痛みに、意識を取り戻す。
組織に反旗を翻し、ボスの正体を探る為に挑んだ戦いだが、自分は敗れてしまった。
それを理解する。
あまりにひどい痛みと思うようにならない呼吸の中、プロシュートはどこか冷えた頭で、自分がどうなっているか何とか把握する。
車輪に巻き込まれて潰された手足と、失われた右腕、滲む視界…おびただしい血の海…、霞む思考…。
(…助からないな………オレは…)
こうして向き合うと、死が怖いと思わなかった。
もっと恐ろしいものだと思っていたのに。己の老化は、死を間近に感じた、決して自分が老いるその時まで生きられないと悟り、そこにいくまで早く、早く、強くならねばと思い、生まれた能力だったのに。
いざ、死が側に佇むと、不思議と心は恐ろしく静かなものだった。
…だが、今は、死ぬ前にまだやらねばならない事がある。
まだ使える左手で、なんとか胸から電話を出し、かける。
数回のコール音のあと、出る相手。
「…プロント………………、
リゾット、オレだ………」
リゾットの受話器ごしに伝わる淡々とした声。
だが、自分がなぜ電話をかけたか分かったようだった。
「悪いな、オレはもう駄目だ………、やられちまった……………、聞こえるだろ…電車だ…車輪に巻き込まれちまってなァ、この出血じゃ…助からねえ…………」
たっぷりの沈黙を経て、自分のリーダーの声が聞こえる。
よくやった、と。
「もっと………………役に立ちたかったぜ………」
へっと笑うと、プロシュートは、電話をかけた目的を果たそうとする。
「なぁリゾット……………頼みがあるんだ………最後、に……。聞いてくれ……。
…アイツを…連れて…逃げろ………………、
どこか遠くへ二人で暮らすんだ………」
相手の答えがかえってくる……。
自分の感謝と拒否の言葉、このまま一人だけ逃げられないと、
その拒否の理由を、受話器からの掠れた声に、
「…お前は馬鹿だな……………、馬鹿だ…………っ、本当に……」
と口の端を上げて笑みを溢す。
それが駄目ならばと、プロシュートは言う。
「……なら生き抜くんだ。必ず掴め……栄光を。
オレたちがいなくても、お前一人でも、食らい付け。
そして全てが終わったら、
お前が、アイツの家族に…なってくれ…………。
ぐだぐだ考えるんじゃねえ………!
もうオレはダメなんだ………、オメェまでいなくなったらダメなんだ…!
アイツを泣かせたくねぇ…………!悲しませたくない……!
なぁ、頼む…、オレは……アイツの事だけが……心配なんだ…………。
それから…、
アイツに会ったら、すぐ愛してると言え…。言ってやるんだ。今のお前なら言える…。
いっぱい抱き締めて二度と離すな。
うんざりするくらいキスをしてやれ……………」
強い眼光を宿しながら、懇願する。
長い時間の後、漸く返る答え。
その満足のいく答えに、これで大丈夫だとプロシュートは安心し、リゾットに別れを告げると電話を切る。
そして最後の力を振り絞る。
彼の、弟分を奮い立たせる為に。
孤独に闘う彼を助ける為に。
「『グレイト…フル……デッド……』」
力が尽きるまで、意識をぎりぎり保ち、スタンドを呼び出す。命の灯火が消える寸前まで。
今まで少年の頃から多くの人間を殺めてきた。
そんな自分は、ろくな死に方をしないと覚悟はしていた。
弟分を見守りながら、ふと浮かぶのは妹の姿。
笑顔を輝かせて、幸せそうに……。
それは死に際の幻。
彼の心にいつまでも灯る小さな光。
(…シュガーマグノリア…)
その表情を思い、妹へ想いを馳せる。
(そうだ、そうやっていつも笑ってくれればいい。
お前はオレの命だ…………。
アマーロ。
ただ一人の家族。
大切な、オレの妹…………。
ちっちゃくて可愛い娘……………。
泣き虫で、いつも泣いてばかりだったなぁ。
ちょっとしたことも驚いて、からかうと怒って、正直で、他人の事ばかり考えて………。
そんなお前を愛していた。
オレは馬鹿みたいに幸せだったんだ……、お前と一緒に暮らした時間は……、楽しかった……。
何もいらねぇんだ………、オレの幸福はお前の未来だ…………。
もう、お前は一人でも大丈夫だ………。
お前は強くなった。
オレの死ねない理由はなくなった。
お前に、オレはもう必要ない………。
少し、寂しいが……仕方ないな。
アイツを幸せにしてやれ…。
アイツの幸せがお前の幸せになるなら、オレは喜んで見守る。
…愛している。
初めてお前を見た時から、小さな頃から今までお前をずっと愛していたんだ…。
………お前は…、幸せにならなくちゃいけない……、オレの為にも…。
幸せになれ。
幸せになれるんだ、お前なら……)
…限界の思考の中、思い出したのは数年前の光景。
笑顔でいっぱいの…………妹が、急に抱きついてきた時の、大切な記憶。
『…お兄ちゃん、私!お兄ちゃんを愛してる!愛してるよ!』
いつか言ってくれた、あの愛の言葉。
あの時、どれだけ嬉しかったのか言葉に表せない。
本当は身体が震えて泣き出したいくらい嬉しかった…。
生きていてよかったと思った。
何もいらない。
愛してると言ってくれさえすれば。たとえ………、それが一番の愛情でなくても……充分、いい、それで、報われる。
それだけでいい。
もう満足だった。
「…シュガー…マグノリア…」
掠れた声で、血で溢れた喉の奥から、愛しい名前を口にする。
愛しい、無垢の、木蓮。
自分だけが呼んだ彼女の名前。
引き取って間もない頃、春のあたたかい風に吹かれ彼女を連れて散歩した日。
木蓮の樹の下、飽きることなく見つめる妹をみて、ふとそう呼ぼうと思った。
同じだと思って。
淡く光る白の花びらは美しくて、彼女の純白の髪とそっくりで、気高く清らかに見えた。
『あたしを…よんだの?』
振り返る妹。
戸惑いながら、おそるおそる見上げる顔に苦笑する。
『…たった今付けた。
お前の、もう一つの名前だ。
お前の髪は、この花と同じ色をしてるだろ?』
スタンドを使って枝から一つ花をとり、彼女に持たせてやる。
その滑らかな花びらを小さな指でふれて
『同じ……、なの……?』
と彼女は言う。
だから、しゃがんで視界を合わせて、笑いかけてやった。
『ああ、そうだ。
いや、これよりずっと綺麗なんだぜ。
自慢にしていいんだ。
おら、こっちへ来い。
その綺麗な髪を撫でさせてくれ』
抱き上げて、髪にキスをする。
『ふふっ、くすぐったいよぉ……!』
『ああ、いい色だ……すごく、オレは好きだ………。
お前の眼も大好きだ……、お前は綺麗だなぁ』
嬉しそうな様子に満足する。
これから、彼女が自分の姿を嫌って悲しむとしても、信じてくれないとしても、自分だけは肉親の自分だけは、彼女の姿が綺麗だと言い続けようと思った。その名前を呼びながら。
ああ、あの時の恥ずかしそうに笑う顔はどれだけ愛しかっただろう。
あの時、木蓮の花の咲き誇る中、そう呼んだ時見せてくれた、心から笑ってくれたあの顔。
芽生えた小さな幸福のひとつ。
自分だけを頼った時間…。
それから今まで成長しても、彼の中ではアマーロはいつまでも小さな娘だった。
いつだって側にいたかった。
だんだん、彼女が一人で生きていけるように、時に厳しく叱咤しながら、手を貸していた。
泣きながらも、彼女は自分で涙をぬぐって、真っ直ぐ自分の信じた道を歩けるようになって、安堵した。
愛する人間が出来て、口にはしなくても、アマーロが、自分よりも彼を愛していくようになって、そうして少しずつ距離が遠くなっても、良かった。
いつまでも、自分に頼ってばかりでは駄目だと知っていたからだ。
だから彼女の一番になれなくても、幸せな姿を見れたらよかった。
だが、もう叶わない。
それでも、願う。
ただ笑顔が途絶えないように。
初めて会った時のように、悲しくて泣かないように、決して一人きりにならないように。
それだけが、今の出来ること。
最後に紡ぐ言葉。
殆ど崩れた呼吸だけでそれが形にならなくても。
いつまでも、いつまでも愛している心が彼女に届くように。
「…Ti Voglio Vene
(お前が幸せであるように)
可愛い…オレの…愛する娘…」
そう祈って、
彼女の幸せを願って。
血に濡れて、
孤独に、
死を受け入れて…、
(…悪くない生き方だった………。
無駄なんかじゃない……。
オレは……幸せ…………だった………)
…そうして、小さな笑みを浮かべると、彼は静かに瞳を閉じた…。
確かな、幸せを感じながら…。
(お前に……
…会え…てよかった………)
【ミニあとがき】
今回はクイーンの『ザ・ゲーム』に収録の同名の曲が元ネタ。
出来るならそれを聴きながら読んで頂けたらと思います。
最近、夢主がリゾットと近づくほど、兄貴がだんだん悲しい事になると分かってきて、なんだか書いてて凄く悲しくなってきます。
それと、今回の話に書いたように、兄貴は原作時にいったら死にます、一人で。
まだ書き足りないので、何回か書き直す予定です。
2013.10.8
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!