[携帯モード] [URL送信]
ウォーク・ベター・デイズ-穏やかな日々、つかの間の
「う………っ、グス…………ッ」

その翌日。
学校から帰ってきたアマーロはまた泣いていた。
膝を抱えて、玄関で泣きじゃくっていた。

今日も虐められてたのだ。
言う内容は変わらない。
ただ誰かを下に置いて優越感にひたり、己のくだらなさから眼を反らし、自らが優れてるのだと思い込む、最も下劣で最低な慰めの手段。
そこから生まれる残酷な言葉を向けられた者は、決してそれに慣れる事は、ない。


『こっち見るなよ!サングラスして気持ち悪いんだよ!!』

『ねぇ何でそんな色してるの?
病気なんでしょ!
こっち来ないでよ、うつっちゃう!』

辛かった。


(あたしだって…………………好きでこんな姿してるんじゃないのに……………。
お兄ちゃんは好きだって言ってくれるけど、お兄ちゃんは肉親だもん。
けど、みんな…お兄ちゃん以外の人は……変だって思っているんだ…………っ。


こんな髪の毛も…眼も……あたし…あたし、大嫌いッ!!)

自分の嫌いな点を責めれば責める程に、自分を更に傷付ける。
それが意味をなさない事だというのに、人はそれをやめる事が出来ない。

「う…………っ、嫌だ…………嫌だぁっ…………」

白い髪を染めないのは兄の意向だ。
染めても意味がないのだと言って。

『だって…………目立つよ、恥ずかしいよ…………っ。』

『アマーロ……、髪を染めて何が変わる?眼の色を誤魔化して、何になる?
全部は誤魔化しきれねえ。
何でつまらない他人の為に自分に無理しなくちゃならねえんだ。
全員がそうだって言ってるんじゃねえんだぜ。



それに分からないか?
見た目を変えてもな、根っ子の部分が変わらなくちゃ意味がねえんだぜ。
誤魔化しても……………終わらねえんだ。
精神(テメエ)を変えない限りに。

ああ、そう簡単に変えられないさ。難しいなァ。
だが、オレはオメェなら出来ると思ってるんだ…いくら時間がかかっても…』


(分からない!
そんなの分からないよっ。だってお兄ちゃんは普通の姿してるじゃないっ)

そうして怒りの矛先を自分から兄へと向ける、そして益々自分が嫌になる。

髪の毛につけられたゴミをたたく、その白い髪を見て、唇を噛み締める。

髪を思いきり切って短い髪ならば自分でも染められるかもしれない。

…こんな髪。
全然綺麗じゃない。
綺麗じゃない、普通の人になりたい。


キッと睨み付け、髪の房を掴んで、電話の横のペン立てにさしてあった鋏に手を取った………その時だった。

鋏が後ろから引っ張る力で手から離れ、パシッと軽い受け取る音が聞こえた。


「…何をしてる」



右手に鋏を持ったリゾットが立っていた。
その姿は黒いシャツ、黒いスラックスの簡素なもので、銀色の髪からのぞくその表情からは何を考えてるか分からない。

ただ、感情のないように見える彼の瞳が、今のアマーロには、彼女を軽蔑しているように見えた。




「…………なんでもない」

「鋏を持って…か?」

近寄ろうとしたリゾットに、頭を強く振って拒否する。
自分の顔を真っ直ぐな視線で見る彼に恐怖する。
バッと自分の眼を手の平で覆い隠し、しゃがみこむ。

「嫌っ!見ないで……っ!…あたしの眼見ないでぇ!!」

リゾットにこんなみっともない自分を見て欲しくなかった。
特に自分の眼を見てほしくなかった。

悪魔のようだ、気持ち悪い、不気味だと言われた自分の眼を。

プロシュートに引き取られる前の記憶を忘れているが、幼い頃に毎日のように浴びせかけられた言葉がアマーロの心を傷つけたままなのだ。

肉親に愛されず傷つけられた…こんな姿だからと。

深く痛々しい記憶。
それが己の見た目を気にする彼女の最大の理由。


「うっ……………………みっともないもん………っ。気持ち悪いもん………化け物みたいって……悪魔みたいだって、怪物みたいだって………みんな言うもん…っ。
あたし、嫌われたくない………、貴方に………見てほしくないっ」

ぐすぐす泣きながら、うっとおしい涙も、自分のしゃくりあげる声も憎くなる。
自分が大嫌い、それが支配する。

















「……嫌いなものか」


アマーロの正面に影が落りた。
自分に。
そして、押さえつけていた自分の手を強く引き剥がされる。

バッと飛ぶ涙の雫。

無理矢理開かれた視界には、自分に眼を合わせた彼がいた。

緑の瞳に宿る、正面からの強い視線。
何もかも見透かされるような。
眼が離せなくなる。





「アマーロ」

「な、に…………」

「何が、嫌なんだ?
俺は好きだ」

「うそ言わな……」

「嘘はつかない…。
綺麗だ………すごく、綺麗だ。

その紅い眼も、その白い髪も…」


そっと髪を撫でる手。
やわらかい手付き。

彼の低く綺麗な声が、彼女の高ぶった気持ちを落ち着かせていく。
その内容に信じられないと思いながらも。


「特に眼が好きだ。

懐かしい気分になるんだ……、故郷の夕空を思い出す……。
俺は好きだ……………。



何が恥ずかしいんだ。
恥ずかしくない。


すごく、綺麗だ…、
とても、とても綺麗だ…」





…ただ泣いてる顔が見たくなかった。

悲しむ少女を何とかしたかった。

彼女が髪を、瞳をそんなに気にしてるとは知らなかった。

初めて殺そうと彼女を観察した時、その白い髪は彼女も精神的に苦しんでそうなったのかと思っていたが、気持ち悪いとは思わなかった。

リゾットは、彼自身は純粋に…、



あの聖域の夢に現れた美しく成長した少女の、

自分を見つめる紅い瞳は穢れを知らず澄んでいた、

抱き締めて顔を埋めた彼女の白い髪はやわらかな光を集めたかのようで、

…………美しかった。
ただひたすら美しかった。

夢から目覚めた時に自分の手を握る彼女を、美しいと思った。

悪魔でも化け物でも怪物でもない。
それは数多く殺めた自分自身だ。

命を奪おうとした自分をかばい、笑いながら許してくれて、死なないでと言った、彼女こそは彼にとって現実の天使だった。



だから、もう、悲しまないで欲しかった。





「ほ、んと………?」

「…俺の眼を、見ろ…。
嘘を言ってるように…見えるか?」

「う、ううん………、ちっとも……、そう、見えない……っ」



気が付いたら涙は止まっていた、劇的に。

その代わりに、また高鳴っていた。
リゾットが特に気にしていた自分の瞳を
「好きだ」
と言ってくれた事に。
その言葉が、淡い緑の双眸に走る強い意思と共に胸に焼き付く。

玄関にある鏡に眼をみやる。おそるおそる、いつもは見ないようにしてたそれに近寄り、初めて鏡の中の自分に視線を合わせる。

紅い光。
黄昏の光の一番美しい部分を凝縮した色、身体を流れる血潮の色、夏の薔薇の色、気高い紅玉(ルビー)の色、そのどれと例えても足りない。





「キレイ…………」

「…ああ。だから、泣かなくていい……、お前には理由がない……」

アマーロの涙を後ろからそっと拭ったリゾットは、そう静かに、再び確信をこめて、言った。

「綺麗だ」
と。


嬉しかった。

この時、初めて、自分の眼が好きになれた気がした……。

兄のいつもの
「自信を持て」
の意味が重く心に響いた。




「あ、ありがと…………っ」

「いいんだ……」





…小さく笑う彼女。泣き止んでくれて、よかった。
安堵する自分に自嘲する。

窓から夕日が見える。
赤い、色。
彼女の紅とは少し違う。

赤、朱、緋。
混ざり合う夜の闇と同時に存るその色。



…血の色。
失われる、喪われる、


自分が奪ってきた、色…………。








死なないでくれ、そう言われた。

だが、自嘲する。
自分はあまりに罪深過ぎると。


(……俺が生きていていい理由は、無い……)










…リゾットがそう思ったその瞬間に、アマーロは気付いた。
優しい声でアマーロに答えたリゾットが、ふと視線を窓から射す夕陽に向けた時。

彼のあの瞳に、再び死を見つめる色が影を濃くして落ちたのを。


バッと顔をあげる。


(何やってんだろう…………!

今、慰めるべき人は、あたしじゃない………………この人なのに!)

涙のあとを強く拭いながらそう思った。

何とかしなくては、この悲しい人の気持ちを少しでも楽にしたい、元気になって欲しい、
そう焦った。















その翌日。

「あの………っ!
教えて……くれませんかっ!!」

それは兄と二人で、いつもより荷物の多い買い出しに出た時の事。

「ん?アマーロちゃん。
どうしたの?」

「あの…その………、
お、
落ち込んでる人を、励ますのって……どうすればいいのっ!?」

ありったけの勇気を出して、顔を真っ赤にしたアマーロは馴染みの果物屋の中年女性にそう尋ねた。

先ほど兄がその女性としてた会話の中で、彼女が虐められて泣いた自分の子供を慰めたという話を聞いていたアマーロは、帰ろうとしたプロシュートの背中からバッと飛び出すと、声を少し裏返しながらそう聞いたのだ。


基本的に引っ込み思案で、ひどい人見知り。
いつもプロシュートの後ろにくっついていて、話しかけられても真っ青になってすぐ隠れる。

そんな彼女が、どうしても必要な用事以外で、自分から他人に話しかけたのは11年生きて初めてかもしれない。

自分の見た目を気にして、何を思われてるか分からなくて、兄以外の人と接するのが怖くてたまらなかったからだ。
今だって本当はそうである。足が震えて止まらない。

でも、聞かずにはいられなかった。


…リゾットの為に。

自分の白い髪を、赤い瞳を綺麗だと、初めて嘘偽りなく言ってくれた……彼の為に。



不眠不休で動き回り、食事もあまり取らず、スタンドパワーも尽きかけていた彼は酷く疲れていた。
休息をとった事で今までの疲労が津波のように押し寄せてきたのだ。

あの後、長い事眠っていた。

精神的にも疲れているようだった。

わずかに眼が覚めてる間も、ただ風に揺れるカーテンから外の様子を眺めながら、遠い眼をしている事が多かった。
その姿が、ひどく悲しそうに見えてしまった。
アマーロに若干心を開きながらも、元々あまり自分の思いを話さない彼に不安を覚えた。


『リゾットさん…………』

心配になって近寄ると、首を降る彼。

『……お前は気にしなくていい…。
大丈夫だ…、何処にも行かない』


優しい眼差し。
けど悲しかった。


大丈夫な訳がない。まだ自分がこのまま暗殺者として生きていく理由が分からないで、考えているに違いないのだ。

本来は争いを好まず、穏やかな彼。
その心を獣に変えて、彼は自分を抑えながら人を殺めて生きてきた。

その凍りつかせた心が中途半端に溶けた今、今まで抑えていた罪悪感や後悔が彼を襲っているのだ。
まだあの考えに堂々巡りに陥っているのだ。


マフィアの世界に、最も血濡れた濃い部分に浸かって生きていた彼。
この世界から抜け出す事はもはや不可能である。

全くの一般人のアマーロがどうこう出来るものではない。根本的な解決など、何も、ない。




だが、せめて、アマーロは今暗殺から一端距離を置いてる今だけでも、リゾットに何も考えないでゆっくり休んで欲しかった。

アマーロはリゾットに元気を出して欲しかったのだ。

思い出す。
あの変わらない表情から、静かに零れた涙を。

心が洗われる様で、とても綺麗だった。

にじんだ濃い翠の眼を僅かに細め、口の端を微かに上げて見せた、やわらかな笑顔も忘れられない。

もう一度アマーロはそれが見たかった。







(アマーロ……お前……、アイツの為に…)

真っ赤になりながらも震えながらも、アマーロは真っ直ぐ女性を見つめ、答えを待っていた。
ちゃんと女性の瞳をみて…自分のサングラスごしの、自分のコンプレックスの瞳でしっかり眼を合わせて。
それに彼女の隣にさりげなく立ち、肩に手を添えていたプロシュートは驚きを内心で感じていた。
今までの彼女なら、ありえないことだからだ。

今までいくら言っても、自分以外の他人と眼をみて話す事が出来なかったのに。

…他人の為に。
それが、きっかけとなったのかと。



そんなアマーロを見て少し驚いた様子だった女性はほがらかな笑顔になると、商品の林檎を綺麗に並べ直しながら快く答えてくれた。



「そうねぇ………………、


ふふっ。


愛の言葉よ。

ひたすら『あなたが大好き』『愛してる』って言ってあげるの。
沢山、たーくさんね。
どんな外で悲しい事があっても、誰かに自分が好きだって言われれば、自分が大切にされてるって、ここにいていいって分かるの。

辛い気持ちも悲しい気持ちも、いつの間にか無くなっちゃうのよ。
愛にいっぱい包まれれば、心は自ずと暖かくなれるの。
抱き締めてあげると、もっといいわ。
ぎゅっとね。


アマーロちゃん………、アナタ誰か大好きな人が出来たのねぇ。
そんな一生懸命にアナタを動かす、その人は幸せよ。
大丈夫、ちゃあんとその通りにすれば、その人は必ず元気になるわぁ。
はい、コレ。
よかったら、またお話しましょ」
女性は一番綺麗なおおぶりの蜜たっぷりの林檎をアマーロにあげると、頭をそっと撫でた。

それが恥ずかしかったけど、アマーロには嬉しかった。

なんだ、思ったより大丈夫じゃないかと思ったら、自然とお礼も言えてきた。

「あ……ありがとうっ。




うん………っ、あたし、言ってみる。……、あたし、いっぱい言う……っ!」


今分かった。

まだ知らない部分が沢山あるが、


「そうなの、あたし、


……大好きな人が出来たのっ!」


アマーロはリゾットが、
不器用で本当は優しい彼が大好きなのだと。
何もいらない。
ただ元気を出して欲しい、そう思うようになったのを。

















早速、実行してみた。



扉をあけて、おそるおそる入り、一つ深呼吸してリゾットと向き合う。

リゾットは何があるとばかりに首をわずかに傾げて、黙っている。



「リゾットさん………………、大好き!!私あなたが大好きだよ!」


真っ正面で、彼の瞳をしっかり見つめながら放つその余計な飾りのない言葉が、真っ直ぐ響く、彼の心に。

渇ききった心に。





「…………どうしたんだ?急に…」



リゾットに、大好きな彼に伝える。
言葉にして。

だんだん恥ずかしくなって、声は小さくなるけれど、でもちゃんと目を合わせて、綺麗だと言ってくれた目で、伝える。




「言いたくなっただけ。
だって言葉にしないと気持ちって分からないでしょ?
あたしの気持ちは、今、そうなの」


「………」


どうしていいか彼には分からなかった。

ただ心臓が酷く痛くなっていった。





「……大好き。
大好きだよ…」


そう言って、ためらいながらも小さな手を伸ばし、そっと抱き締めてくる少女。




「…………!」


「ね、元気になって…………。
お願い…。


あたし、貴方の笑った顔、すごく好き……………。もう一度見たい………」



世界が停止した。
思考が停止した。

初めて会って、あんなに沢山泣いて、自分を怖がっていた少女が、今は自分を元気付けようとしているその姿に。




「…アマーロ」


己の胸に顔を埋めて、ぎゅっと抱き締める姿。そして微かに震えていた。拒否されたらどうしようと、今までの引っ込み思案な彼女が出した精一杯の勇気、それが感じられた。



何故だ?分からない、どうしてそう言う?

どうして気にかける?

大切に、想ってくれるのか…………。






だが、


嬉しかった。























「優しいな………お前は」



さらりと髪の揺れる音。
背中に回る大きな手。

彼が、抱き締め返してくれた…。
その体温の低い腕で。
少し遠慮するように。






「…充分だ……………、俺には、勿体無いな……とても……」

耳元で囁く彼の声に胸が痛くなる。
それは穏やかで、低く心地がよくて、ひどく甘みを帯びていて…。

また彼に近付けたと思うのは、うぬぼれだろうか?



(拒まない、で、くれたの…………)


「もったいなくないよ………、もっと、もっと、貴方に言いたい………………。

ありがと…っ、嫌がらないでくれて……………。





大好き………、あたし、そんな貴方が大好き、だよ………」

子猫のように頭をすりよせるアマーロを抱く手に知らないうちに力が入る。

離したくないと。





「嫌なものか………………。



…………嫌じゃ、ない………………………………………」


髪を撫でる。
その手にうっとりとする小さな少女。
にこっと笑って見上げてくる。
胸の内があたたかくなる。



「ありがと……っ、うれしい」


花咲く笑顔。


…気付いた。
苦手だと思った。



そうじゃなかった。


本当は、好きだったのだ、笑った顔が。

アマーロの笑顔が…………雪の間から顔をのぞかせる花のように、恥ずかしげに、可愛らしく笑った顔が。


リゾットは、それが好きだという事に。
もっと笑ってほしいと思うまでに。





「…なら…笑ってて、くれないか………?」
「え?」


「笑ってて欲しい。俺は、お前の笑顔がすごく好きなんだ…」


「……うんっ。
うん………うんっ、リゾットさん……………!じゃあ、貴方が元気になれるよう、ずっと笑ってる!
ううんっ、あたしね、いつだって笑えるよっ。
貴方がそばにいたら!
貴方が大好きだから!


あ………っ!」

「…どうした?」


「何でもない、よ。

(やった。ちょっと、笑ってくれた……………)」



あの店のおばさんにお礼を言わなくては。

確かにそうだったと、おこづかいをはたいて、一番高い果物を買って、それをリゾットに食べさせてあげようと、アマーロはそう思った。










(やれやれ、ゴツい男がちっちぇ女の子に慰められるとはな…………。

まぁ、これでアイツも大丈夫だろう)


その様子をドアの向こうから聞いていたプロシュートは、ふぅと息をつくと、さっさと夕食を作りにきびすを返した。
アマーロの好きなものを褒美に作ってやろうと思いつつ。










それからアマーロは、それまでより長くリゾットの側にもっといるようになった。
彼は物静かであまり多くを話さなかったが、その沈黙が何故か心地よかった。

ただ彼の隣にくっついて本を読んでるだけでも、よかった。
伏し目がちに新聞の文字を追う彼の、銀色の睫毛と緑の眼が綺麗だと思った。

ちょっと勇気を出して、彼の腕に頭をポスンと乗せれば、いつも彼はやわらかく髪を撫でてくれて、つい笑顔になってしまった。

学校の宿題を持っていって聞けば、とても分かりやすく教えてくれた。

彼は何でもよく知っていて、仮にアマーロが少し分からない様子になると、すぐ気付いて根気強く説明してくれた。

一緒に家事をしてる時の、彼の丁寧な仕事ぶりに見とれるばかりだった。

学校から走って帰って、リゾットに真っ先に
「ただいま!」
と言って抱き締めると、しっかり抱き締めて返してくれるのが、最近のアマーロの楽しみになっていた。





ある夜、兄が
『野暮用が出来た。
すまねえ。アイツを頼んだぜ』
と出かける時に言われ、ちょっと、もうちょっと勇気を出してみた。

彼の右手に、また新しい傷が出来たのに気付いたから。


「…あの、…………………いっ、…一緒に寝ていい?一人が…怖いの……。


……あ、でも……………嫌だったら……やっぱり…………」

小さな少女。
他の少女よりも成長が遅く実際の年齢より幼く見え、言動も幼い少女。
不安げに揺れる瞳をされると、リゾットは拒めなかった。




「…………おいで」

「うん……っ」


布団に潜り込み、肩にまでタオルケットをかけ直してくれた彼に、もう少し頼んでみる。


「あの………もうちょっと近寄っていい…?
ちょっと寒い………手、にぎっても……………っ」

言い終わる前に、優しく包まれた。
背中に回る腕、怖くないよう撫でてくれる。
もう片方の手は、そっと自分の手を包む。




(…………どうしようっ。
あたし、今、すごく……幸せかも。
世界で一番……っ)

リゾットに抱き締めてもらって心が満たされていく。

全くの他人なのに、なんで、一緒にいて、こんなに安心出来るのかと思った。





「リゾットさん…、ごめんなさい無理言っちゃって………」

「構わない。


だがお前は……変なヤツだ…………。
進んで近寄ってくるなんて…」

「…ううん。
リゾットさんだから………だよ。
なんかあったかい気分になるの…、すごく安心するの……」

「……………………………そうか……。

もう寝るといい……、明日も早いんだろう?」

「うん……おやすみなさい」

眠りにつく前にアマーロは、目的を果たそうとした。





握ってもらった手の中で作る淡い色の十字。


(…『ツーバイフォー・サイアナイド』



リゾットさんの……悲しみ…悪夢を、今だけ拒否して)


ぎゅっと力を少し籠める。

あの彼を傷付けた力は、アマーロが彼を助けたいと思った時に成長したのだ。

傷付けはしない。
ただ短い時間だけだが、選んだ意思を封じるだけ。




それでも無意識だが、そう出来るとアマーロは確信していた。


(これで、多分、大丈夫)


そして今度こそ眠りについた。





…その夜、リゾットは悪夢を見る事はなかった。
こんな事は初めてだった。

そして、その朝、眼を覚まして、自分の腕の中にいる少女に戸惑った。

何も警戒心もなく、信頼しきって、頬を緩めて幸せそうに眠る少女。
不思議な気分になった。





(……信じているのか………?

おかしいヤツだ………。

愚かだな…………




だが………)









側にいると胸があたたかくなると彼女は言った。


それは自分も同じだった。
こんな人間に会った事がなかった。
ひどく…心地好かった。
彼女がいるだけで。
理由は分からない。

ただ、同じ気持ちだった。
この感情は、何というのだろうか?
親愛に近く、それでいて少し違うような……、ただひどく安らかな気分になる…。




そう思いながら、自然と顔を近付け、アマーロの額にやわらかく口付けていた。
頬にも落とすキス。

無意識に。


「アマーロ………、起きろ……」
と声をかけて。



誰も知らないが、髪を撫でてアマーロを見つめる彼の視線は、何処までも優しかった。


そして自分の声に眼を覚ましたアマーロが、揺らめく美しい紅の瞳で彼を映して、その自分の好きだと知った花の咲く笑顔になったのを見て、


「おはようっ、リゾットさん……!」




…幸せだと思った。


こんな些細な事さえ…、リゾットにはひどく、嬉しかったのだ。


ずっとこのまま、静かで穏やかな時間が流れていけたら…、そう思う程に。


自分を大好きだと言ってくれるアマーロを、この数週間のうちに気付けば彼は…。






[*前へ][次へ#]

5/17ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!