ウィリン(ホルマジオ)
「ホルさんっ!」
「あいよーぉお、どうした?」
その声にクルリと振り返る。
パタパタ走る少女の姿を目にして、ホルマジオはニヤリと笑った。
「ダメでしょ!
また猫しまっちゃって!」
アマーロが顔を真っ赤にしてプンプン怒りながら、差し出す一つの瓶。
普通なら野菜の酢漬けを入れるそれ。
中にいるのは、しっかり詰まった一匹の猫。灰色の毛にお腹は白い猫。
開けてくれと、どうしようもなくて肉きゅうをペタペタ押し付け、にゃあにゃあ鳴くばかり。
「しょうがねぇえなあ〜。頑張ってしまったんだがなぁああ。
オメェに言われたら、しょうがねぇなぁ〜」
ホルさんという呼び方にもくすぐったい気持ちになるが、もう慣れた。
なんだか、響きがいいからそう呼んでるらしい。
「ダメだよ!動物いじめちゃ!!」
「わーった、わぁーった。お優しいなチビ姫は。
まぁ機嫌直せや、これやるから」
この可愛らしい少女のご機嫌直し。
それはワシワシ撫でてから、公園のケーキワゴンで売ってるピンクとペパーミントグリーンの棒つきキャンディーをくわえさせる事。
(今日きっとアマーロはいると思って、わざわざ買ったものだ)
「……ちゃんと瓶から出すまで見張ってるからねっ」
頬をふくらませたその上目遣いの表情のなんて可愛い事か。
なんだか自分が父親になった気持ちになる。
ちゃんと確認すると言ってわざわざ彼の仮眠部屋についていく。ズンズンと怒ったのをわざわざアピールするかのような歩き方に、おかしくておかしくて笑いがこみあげそうになる。
数瓶分の猫を外へ持っていき出してやると、フギャーと声を出しながら猫たちはあっという間に走り去っていった。
アマーロはホッとした顔で逃げる彼らに向かって
「今度はつかまらないんだよーー」
と声をかけていた。
「どうして猫しまうの?」
「そりゃあ、チビ姫が相手してくれねぇからに決まってるだろ?」
「じゃあ、遊びましょ。猫しまっちゃわないように」
「そんじゃ、おままごとでもするかい?
チビ姫は可愛い女の子だからなぁ。
いい花嫁修行になるぜぇ」
ーボンッ
「へっへっへ、しょうがねぇな〜!
それくらいで赤くなっちゃやってけないぜぇ」
なんだか意地悪もしたいし、可愛がってもやりたくなるのだ。
反応も面白い。
喜んだ顔も見てみたい、同時にそう思う。
猫には好かれないが、ホルマジオはアマーロにはとても好かれていた。
それだからだろうか。
「チビ姫はかわいこちゃんだなぁ。
もっとかわいらしくなってみるか?」
「へ?」
…という訳で、一つささやかなイタズラを仕掛けてやることにした。
「『リトル・フィーート』!
安心しな!傷はほんの1ミリだけだぜぇえ〜」
「あっ!アレ!あたしに!?」
「おうよ。オメェ〜は小さいから、ますます小さくなっちまったら米粒にでもなるかもなぁ〜〜。ほれ、そのまんま動くなよ。
だーいじょぶだ。
悪いようにはしねぇから」
「うわぁああ!面白いねぇ!
こんなに小さくなっちゃうんだ!
不思議の国のアリスみたいっ」
ホルマジオの肩に座らせてもらって、普段見慣れてる筈のアジトを歩いてみた。
キョロキョロと見回すアマーロ。
大きな瞳を精一杯広げて。
ククッと笑うと、落ちちゃう!とアマァーロが騒ぐので、すまねぇなと言って、じっくり歩き回る。
小さくなると、普段なんとも思わない景色が別物だった。
箪笥がそびえ立つ大きな山のように見えた。
イルーゾォの愛用の鏡の鳥と蝶の装飾がきらきら光って、綺麗だった。
蜘蛛の巣が大きくて捕まったら大変だとゾクッとした。
洗面所にたまった水が湖に見えて、それこそバスタブは海そのものだった。
よいしょよいしょと、普段枕にしてるクッションを昇るのにも一苦労した。
そんな一連がまるで冒険をしてるみたいで、とても楽しく思った。
「な、悪くはないだろ?普段とは違う景色が見えるって。
さて、そんなおチビさんにオレからオヤツだ!」
「わぁああ!すっごぉおい!」
ちょっとくたびれた様子の彼女にあげようと、ホルマジオは棚から皿を出す。
上からズズンと降りてくるのは、アマーロと同じ背のカップケーキ。
イチゴのクリーム、鮮やかなピスタチオのグリーン、レーズンの濃い紫。
砂糖で出来たハートと星の飾り。
アマーロの大好きなドルチェ。
それが、こんな飽きるほど食べていいなんて。
全部は食べれないだろうから、ある程度食べたらアマーロを元に戻してやるとホルマジオは言った。
このケーキ、とても小さくて、ちょっとお高いのだった。
「やったぁ〜〜!あたし、一回ケーキの山に埋もれてみたかったの!」
ニコニコしながら、サッカーボールくらいになったドレンチェリーを一かじり。
そしてクリームをほっぺにつけて、うっとりした様子に笑ってしまいそうになる。
そんなアマーロの様子を見て、ニヤッとしながら、甘いミルクの入った人形用のコップを出してやって、自分はコーヒーをくいっと一口含む。
ちょっと変わったおやつの時間だ。
それが、アマーロには楽しかった。
「…ホルさんはお父さんみたい。
いつだって、肩車してくれたり、腕にぶら下がらせてくれるし、お話も聞いてくれるし。
あたしにはお父さんはいないけど、ホルさんがそうだったら、きっと毎日楽しいだろうなぁ」
ホルマジオの横に座って、元のサイズに戻ったアマーロは指についたクリームを美味しそうに舐める。
普段は行儀が悪いとプロシュートに怒られる行為だが、それもホルマジオはコッソリ大目に見てやる。
ちょっと照れ臭そうに笑う。
何だかんだイタズラしつつ、嬉しいのだ。アマーロが可愛いのだ。
「オレァお父さんかぁ。実はオメェの兄貴より、こーみえて一歳年下なんだがなぁ〜。
オレぁホントはお兄ちゃんって呼ぶべきなんだぜぇええ」
「え!!?」
「オレらのチームじゃ、あの暴力ナイスガイが一番年上だろうな。
リゾットと同じ世代だが、ヤツのが誕生日が早いからなぁ。
まぁいい。
なぁ、ところでオメェ、オレらを家族みたいに思っているのかい?」
ニヤニヤしながら聞く。
ホルマジオも、プロシュートが家に一人で置けないと己が任務の時は彼女をアジトに連れてきている事情は知っている。
だが、それでも、暗殺者ばかりが集うこの場に怖がらず、むしろ友達や兄弟のようにチームメンバーを慕う彼女がちょっと気になったのだ。
チラッとみながら、頬を染め、アマーロはモジモジしながら答える。
「うん、あたしの、家族。頼りになるお兄ちゃんばかりのね。みんな、優しい……!」
変な子だ。
優しいなんて、自分や仲間に言うなんて。
でも、嬉しかった。
「そうかぁあ、そりゃよかったな。
じゃあよ、リーダーもオメェのお兄ちゃんなのか?」
もう一つの意地悪。
答えはとっくに彼は知ってるが、単に反応が楽しみたかっただけだったりする。
「………………………………うん」
「ちげーな。
オメェの旦那さん…だろ?
アマーロ・ネエロってくっつけた名前を、こっそり呟いてたの聞いちまったんだよな。
かぁあぁあ〜っ!!健気だねぇ!リーダーもこんな可愛い嫁さんもらえりゃ幸せだろうよ!へっへっへ!」
「もう〜、ホルさん意地悪しないで〜!」
「意地悪してぇんだよ。なんたって、オメェはオレの可愛い『娘』だからな」
と、軽くしたイタズラっぽいウィンク。
それにアマーロはヘへッと笑った。
それから、ホルマジオは少し真面目な顔になる。
せっかく一対一なので、ちょっと彼女に言いたい事があったからだ。
「なぁ、オメェの『パードレ』……プロシュートのことなんだけどな。
たまには愛してるって言ってやりな。いっぱいキスをしてよ。
アイツ、最近少し寂しそうなんだ…」
「え…?」
ハッとする様子に苦笑。
けど、仕方がない。
プロシュートはアマーロには言うなと言っていたのだ。
「そりゃあ、オメェがリーダー大好きなのは分かるぜ。
リーダーはいい男だ。
ヤツがオメェの旦那になったら、心底大切に愛してくれるだろうぜ。
リーダーもオメェが大切なのは、あの鉄面皮からでも分かるくらい分かりやすいしな。
でもなぁ、オメェをもっと小さい頃から愛してるのは……………プロシュートなんだ。
無償の愛情でな、オメェをひたすらひたすら育ててきたんだ。
それはオメェもよく知ってるだろうがよ。
オレは小さくなれるからか、他人の小っちぇ事もすぐ気になっちまうんだよなァ。
…アイツ、煙草の数がちょっと増えたんだ。
飲む酒がやや強ぇ度数のヤツに変わった。
ボーッとしながら、ブルースのレコードを聴くようになったんだ。血を騒がせるのにハードロックばかり聴いてたのにな…あんな乱暴者がだぜ、おかしな話だろ?
それにオメェが任務から迎えに玄関にいる時、アイツがリーダーと帰った時は、アイツはオメェが喜ぶようにリーダーを先に玄関に通してるんだ。
オメェが喜ぶように。
本当は真っ先にオメェの顔を見たいのに。
まぁ…あとは、イルーゾォとオレの三人で飲みにいくとな、ヤツがこぼすんだよ。オメェをとられちまったってな。
よっぽど酔いが回った時だけどな。
…だから、たまには愛してるって言ってやれ」
そう言われ、ぷるぷる震える彼女。
まだほんの子供なのだ。ひたすら好きなものに一直線なのもしょうがない。
でも、ホルマジオは言えてよかったと思った。
「あたし……、あたし、バカだね。
お兄ちゃん…っ、うん。
ホルさん、ありがとう…教えてくれて」
頭を撫でてやる。
今度は精一杯の優しさをこめて。
この自分も大好きな少女の為に。
「ほれ、噂をすれば……窓の外みてみな」
「……お兄ちゃんだっ」
アマァーロが窓からそっと顔をだしてみれば、意気揚々と歩く彼女の兄。
彼はいつもと変わらないように見えた。
だが、アマァーロはホルマジオの言うように小さい所をみるようにした。
すると手には袋。
目にする袋のロゴ。
アマァーロの欲しがっていた秋用コートの、店のもの。
彼が自分に買ったのではない、袋はそれにしたら小さいのだから。
最近冷えてきたから寒くないようにと、早く買ってきたにちがいない。
そして髪がわずかに乱れていた、靴に土が多くついていた。
身だしなみに気をする彼がほとんど、そんな事ない筈なのに。
きっと、早く妹に会いたくて足早に帰ってきたのだ。
「……お兄ちゃんっ」
背中をばんと叩いて、ドアを開いてやった。
「さぁ、行ってやりな。オメェの『パードレ』の所にな。
ちゃんとキスとハグを忘れんじゃねぇぞ」
背中をぐいっと押して、玄関に指差す。
「うん、うん…………!ホルさん、ありがとう!!」
そして、いてもたってもいられなくてアマーロは飛び出していった。
子猫が大好物にありつこうとするみたいに。
ドアの開く音。
遠くからでもアマーロの声が聞こえる。
「お兄ちゃあああん、お帰りーーーーーーーーーー!!」
「…ん?なんだよ、急に抱き着いて」
「お兄ちゃん、あのねっ。
あたし!
あたし!お兄ちゃんを愛してるッ!
愛してるよ!!
お兄ちゃんが大好き!!
お兄ちゃんは…あたしの一番大事な大切な人だよっ!!」
「………そうか。
オレも愛しているぜ………ずっと昔からな……」
それをホルマジオは肩肘つきながら、ドラマみたいでくさい場面だと思いながら、ホッコリした気持ちになっていた。
……彼は、仲間思いなのだ。
誰よりも仲間の小さな事に気付いて、陰ながらすかさずフォローしてくれる、いわゆる『いいヤツ』なのだ。
そして、数分後、ホルマジオのもとにアマーロが
「ホルさん!」
とあのくすぐったい名前で呼んで、お礼を言いに必死に走ってくるのだ。
そして、彼女の後ろを彼女を誰よりも愛している兄が現れて、ホルマジオに、極上の酒瓶をかかげると、今夜分けて飲もうぜと言うだろう。
感謝の意味を含んだ、少し照れ臭そうな視線で。
そしたら、ホルマジオは彼に向かって、なんてこたぁねぇと笑ってやるのだ。
それがホルマジオという男だった。
彼はとても『いいヤツ』なのだ。
【プチあとがき】
マジオ夢もどきでした。
アンケートで頑張れと言ってくださった方がいたので、ちょっとマジオを書いてみました。
なんだか、彼はスタンドが小さくなるから、視野がちょっと変わってたり、大切な些細な事も気づいて地味にフォローしてくれるかなと思ったので、こんな感じになりました。
猫しまう趣味はちとどうにかした方がいいと思うけど、彼が父だったらきっとなついてると思う。
それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました!
2013.9.18(水)
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