[携帯モード] [URL送信]
『ツー・バイ・フォー ジューダス・キス』心は血を流す
深夜、彼は逃れられない枷…後悔が作り出した悪夢に襲われる。














「なんだ、オメー起きたのか」


「うん…………」



ドアの隙間から顔を出し、そっと部屋へ入るアマーロに、外を眺めながら煙草を吸っていたプロシュートは火を灰皿に擦り付ける。

彼女は先ほどまでスタンド能力を出した影響からか、家に帰ってすぐに、倒れ込むようにして眠り込んでいたのだ。
いつもより数時間早く眠ったせいか、こんな妙な時間に目が覚めたらしい。




「お兄ちゃん、首のケガ……大丈夫………?」

おずおずと見上げ、プロシュートに申し訳なさそうな様子を見せる。



「…………じゃない、……よね?

ごめんなさい……………」


アマーロは、自分を守ってくれた兄の首に巻かれた包帯と、口元に貼られたガーゼを見て、果てしなく気持ちが落ち込んでいた。




「あ?コレか?」

その顔に片眼をしかめるプロシュート。

しかし、すぐにニヤッと笑いながらアマーロのそばへ行き、頭をガシガシ撫でてやった。

「平気に決まってるだろ。
オレを誰だと思ってんだ?

百戦錬磨だぜ。何人も血祭りにあげりゃ、オレだって殴られまくった事もあるんだ。
こんな怪我珍しくもねぇよ。
んなもん、肉食って血を増やせば治る」

おどけたような目付きで笑いかける兄の姿。

「ふふ…っ、

相変わらずメチャクチャな事言うね……っ。

けど、やっぱりお兄ちゃんはスゴいなぁ……」


それにようやくアマーロは少し笑う事が出来た。









「あと、この人は………」

それでも彼の様子を気にし顔をかげらす彼女を、落ち着かせるように椅子に座らせながら、頭を撫でる。

水を煽りながら、プロシュートは安心しなと言った。

「…まぁ、出来る所までやっておいた。

よかったな。シュガーマグノリア。
コイツがやたら丈夫だったのが幸いしたな。
命に関わるようなケガはなかったぜ」

気絶するリゾットを連れて帰ったアマーロと暮らすアパルトメント。

自分のベッドに寝かせたリゾットにプロシュートはひとまず応急措置を行っていた。




「……でも、あたし心配………。」

ドアの横に置かれた椅子に座るアマーロはリゾットをじっと眺める。

ゆっくり呼吸し、上下する胸元。
銀の髪が眼にかかり、静かに眠る姿。
あまりに沢山の小さな傷、頬に大きな切傷、巻かれた包帯の白さが痛々しい。



「あ?何でだ?」


「目に見えるケガも心配だよ……。
けど………それだけじゃない……。
傷ついてるのは、痛くて血を流してたのは、心………なんだもん」

今は閉じられた瞳、あの泣きそうだった瞳は淡い緑色だった。

アマァーロは思う。
目を覚ませば、きっとまたその瞳は悲しみに歪み、生きる理由が分からなくなった絶望が彼を襲うだろうと。

今まで考えないようにしていたものだ。
だが、それは何かのきっかけでいつでも崩壊するのもおかしくなかったのだ。

あの本気で自分を心配した瞳の色はまた深い影に落ちていくのだろうか。





『……そうか、……よかった………』





本当は優しい人なのに。

















『おにいちゃーん!
あたしね!おおきくなったら、おにいちゃんのおよめさんになるのっ』


あの時、観た光景を思い出す。

色とりどりの花がさく野原。
白い雲。
青く広がる空。
陽射しはあたたかく降る。
たくさん摘んだ花を持って、蝶のようにくるくる回り、子猫のように楽しそうに跳ねる女の子。
頬を林檎のように染めながら、少年の彼に強く抱きついた。




『そうか、へえ楽しみだなあ。
オレはこんな可愛いお嫁さんがもらえるのか』

抱きしめかえしながら、少し恥ずかしそうに笑う昔の彼。

満面の笑顔でやったーと喜ぶ女の子。


『えへへー、はいっ、おはなのかんむり!かぶってー』

『ん?それはお前がかぶるものだろ?』

『いいのー、あたしのはおにいちゃんがつくってくれるでしょ?ほら、はやくしゃがんでー』

『はいはい』






あの小さな女の子の頭をなでる手。

話を丁寧に聞きながら穏やかに笑う顔。

手を繋いで歩く姿は優しさに満ちていたのに。






「あたしの力…確かスタンドだよね?………でね………あたし、この人の、リゾットさんの…昔の姿を見たの。
頭の中の記憶が読めるから…」

眼をやる。
リゾットの腕と手を。
サイアナイドの能力で傷つけられ、血を滲ませるそれに、自分自身も罪悪感で悲しくなる。
身を守る為だった。
それでも、今は、彼がどういった人間なのか過去を知ってしまった今は、ひどい事をしたと思っていた。



暗い闇、廃墟の中、切り裂かれた腕を抑えてふらつく彼。

暗殺を始めて、時が経たない日。

抑えた手の間から血がだくだくと流れ落ちる。
戦う為に、緊急でメタリカで抑えた傷。
能力を解除し、作り出した鉄の針。
それを火で消毒し、麻酔もない中、直接腕を縫い付ける。

痛みをこらえて………。







「ずっとね……、怪我しても自分一人で手当てしてたの…、

鉄の針で裂けた傷を縫って、痛みを我慢して……………、

こんな風に、ちゃんと誰かに手当てしてもらってなかった………。

ゆっくり休む暇もなくって、いっぱい人を殺すよう、えらい人に、言われたから……、

怖がられ、た、から、


『大丈夫?』
って…だ……誰も、声、かけて、くれなかった……んだよッッ」

流れる涙を両手で強く押さえつけ、嗚咽をこぼすアマァーロ。

その姿にプロシュートは何も言わず、トントンとゆっくり背中を叩いて黙るだけだった。

(ギャングになるヤツの生き方を気にしていたら、コイツは……きっともたないな………)
そう思いながら。













「…………………うっ………………あっ………………」
不意にこぼれる低い声。二人の間に緊張が走る。
「…起きる…の……?」
その問いに答えるように、プロシュートはリゾットの枕元へ近寄り様子を確認する。最大限の警戒をこめて、いつでも直触り出来るよう備えながら。


ふうと溢す息。
手をハタハタと振る。


「…違ぇな。うなされてるようだ…」

「そう…………」

悪夢だ。
アマーロはそれを確信した。

「…おいっ!!」


リゾットの元へ走り寄り、その包帯だらけの手を握る。

眉間に深く刻まれる皺。
ギリギリと歯を噛み締め、脂汗を流し、アマーロの手を振りほどいて、何かを掴むように彼は激しく手を伸ばす。





「……………………死ぬ、な……ッ、









死なないで、くれ…………っ」






唇から途切れ途切れ洩らす苦しげな声。

きっと事故当時の事が現れているのだろう。

辛い記憶。
どれだけ苦しまされたのか。
後悔に。
悲しみに。
己の責めに。





…毎夜、悪夢を見ているのか。


事故現場から始まり、手をかけた人間に襲われ、奈落へ落ちる、忘れるなと傷をえぐりだす悪夢を。






……重い車体の下から流れる大量の血、

引っかかった死体を剥がそうと運転手は激しく車を動かす、
死体は飛び上がり、激しく地面に叩きつけられる、
自分は悪くないと叫び、薄ら笑いと恐怖のまぜこぜの顔で走り去る運転手、
ぐらぐら世界が揺らぐ、
駆け寄って抱き抱える、
むごい、変わり果てた姿、
冷たくなる体温、
名前を呼ぶ、
…応えない
にじみ、断片的にしか見えない視界、
名前を呼ぶ
呼ぶ、
呼ぶ、
喚いて、



泣き喚いて、

大声で叫ぶ、

狂い叫ぶ、

嘆いて喚く、



血に濡れたボロボロのワンピース、
転がる小さな靴、
大好きだった小さな人形は変わり果てた少女と同じ姿に、
あり得ない角度で捻り曲がった首、
タイヤに潰され原型を留めない手足、
何が起きたか分からない驚いた顔のまま固まる半分ぐちゃぐちゃになった顔、
虚ろな眼球、
集まる大勢の野次馬、
駆け寄る少女の母親、
半狂乱になって叫ぶ、

平手打ち、
彼に向かって罵る言葉、

『……貴方にお願いするんじゃなかった!!…』


絶望に満ちた表情、
葬式に来るなと言われた。

墓場の棺に囲む人々、
蔦のしげる柵の向こうで様子を眼にする、

嗚咽を溢す人々、

突然いなくなった少女、その死を、死の意味も分からない小さな子供たちは戸惑いの顔を見せる、




霧雨が降る、

彼の顔を塗らす、

貼り付いた髪の隙間から流れるのは、雨なのか涙なのか。






時が少し経つ。


あの男の判決を知る。


更に絶望が襲う。

申し訳ない、自分が愚かだったと、心にもない言葉を口にする男


少女の笑顔と死に顔が交互にフラッシュバックする。

握り締めた拳。

その中の彼が肌見放さずに持っていたロザリオは、冷たい石の床に叩き付けられ、無機質な光を放ち砕け散っていく……………………………。



…だから、自分がやらねばならないと思った。


彼は男を決して許さなかった。



少女へ自分の罪を償う為、

残りの平凡にいく筈だった人生を捨てようと誓った………。












そして、復讐を果たされても、残ったものは空っぽな自分自身だけだった。

空虚な心のまま生き、気付けばその手は誰にも拭えないまでに血に濡れていた。

血濡れの道、
死体で埋まる風景、
乾いた骨の道標、
地獄への道へ、そうして彼は進んでいった。








…………アマーロはそれを思い出しうつむく。


あんな怖くて酷い光景………………。

二度と見たくない……………………。

それを毎日見ているなんて………………………それは、どんな苦しみにも勝るのではないのか………………。














「…………ごめんな………、

俺が…、


俺の、


せい、だ……」




まだ続く。

深層心理の織り成す長く抜け出せない悪夢の間、
彼の中の苦痛はひたすら残酷に責め続ける。






「……………………………………………………

…許して…………………………………………………くれ……………………」

絞り出すように、小さくなる声…………彼の今の願い。







「………た、のむ…………、











殺して、



………く、れ…………………」




呻く声は悲痛に満ちていた。


「…………ッ!!」














「…………………………一緒に……死ねたら………………………………………………………………………………よか……………った………………………っ、






…すぐ、に…………









そしたら………………………同じ所に…………………行けた、のに…………………………………






…………………お前………………………一人じゃ……………………淋しくなかった……、


………のに…………………………………っ」






その言葉を最後に、強く拳を握りしめていた腕は力を失って落ち込み、彼は再び深い眠りに陥った…。

握り締めた手からはぽたぽたと血を滲ませて……。
その頬を涙で濡らして……。






「………あたし、何も出来ない……」
アマァーロは彼の頬を濡らす涙をぬぐいながら、自分も、さめざめと涙をこぼす。



「泣くんじゃねえよ…。

オメーを殺そうとしたヤツだぜ」

背中から抱き締めて、アマァーロの目に溢れる滴をぬぐいながら、髪にキスをしてやる。

それでも、その涙はポタポタ流れ止まる事はなかった。




「……あたし見えた、…分かっちゃった。

あたしの後ろの、女の人…2×4が教えてくれたの。
この人、ずっと、自分を責めてる………。

自分のせいだって……。
従姉妹の、まだ小さい女の子だった。
車にひかれたの……。
死んだのは自分が目を離したからだって……………………。

全然、悪く、ないんだよ………。
ほんのちょっと、目を離しただけなの。
それに、あの子のいた場所、普通なら車なんて走ってこなかった……。

その子だって、この人が大好きで………。
だって優しい人だから。



なのにずっと苦しんで、悲しんで……………………………………、いつもその時のことを夢に見て……。

起きてても怪我ばかりして、苦しくて、眠ってても………夢ばかり見て、ずっと悲しくて………………、一人で、誰にも話せないで……………………………………………………………かたきを取るのに、残りの自分の人生をあっさり捨てたの………、自分が悪いと思ってるから、償いたかったから、その子が、大切だったから……………………………………………………そんなの、ひどい……、



もし何か違ってたらって考えて……、


外へ行かないで庭で遊んでたら、

川へ行かなかったら、

分かれ道の、左側から帰っていたら、


そんな事を数えきれないくらいあげて、

全部、

自分の、選んだ事が、間違いだったって………………悲しんで…………!





かわいそうっ、

かわいそうだよ!!」




プロシュートの抱きしめる腕の隙間から、彼の今傷付いた手へ腕を伸ばす。

自分の手を汚すにも構わず、彼の指の先に口付けると、彼のごつごつした手を、その小さな手できゅっと握る。

握った手を自分の額に当てて祈る。

彼が死なないようにと。









(これ以上、

どうか、苦しまないで…………。



あたし、


貴方を、


助けたい…………………………………!!












その為なら何でも、したい………………!)










そう心に誓った時、










『………許されざる者に、

祝福を、与えるか……』





「……………っ!!」


青く輝く十字をまとう眼を潰された女性が再び現れる。

自分の前に滑るように近寄り、額へ口付けてくる。





『私自身よ、

血に濡れた彼の、そばへあり続けるのだ。

決して、掴んだ手を離すな。


そうすれば、祝福は降りる。




たとえ許されざる者でも』


握った手の間から青白い光がこぼれる。

手の甲に仄かに光る十字の印。
手の平が熱い。





『それが……、

ツー・バイ・フォー・ジューダスキス……………



もう一つの形……………………』









囁くように現れ、瞬く間に消えたスタンドは、先ほどと違い、両側頭部から十字に連なった羽のようなものがついていた。




「…見てみろ。
コイツの掌を………………。



治ってる……………………」



「…えっ」


慌てて、握った手の間を見れば、爪が食い込みつけられた掌の傷が綺麗に塞がっていた。
もしやと思い、プロシュートが右腕の包帯をめくれば、あの生々しく深い傷は消え去り、それは完璧に完治していた。






「ジューダス・キス………………………………、


『裏切り者のキス』…………?

裏切り者………、裏切り者のユダ………、


それは………誤解された人……………………なんだ…………………。


よかったぁ…………………………………………、何とかなる…………かも………………………」


「アマーロッッ!!





チッ!!
気絶しやがるなんて、燃費の悪ぃ能力のようだな………ッッ」




リゾットの腕に寄り添うように、意識を失い倒れ込むアマーロ。
その手は再び優しく彼の手を握っていた。



アマーロに見えるのは、安堵の顔。
唇の端にかすかに見えるのは微笑み。



彼女は、自分が癒した掌にわずかな希望を見出だしたのだ。



彼に、少しでも何か出来るかもしれないと。

[*前へ][次へ#]

2/17ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!