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10 ザ・アンフォーギヴン 許されざる者
「アマーローーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!」










上を向いて、固まる表情。

空気が止まったかのように、

標本にされる蝶が針で固定されるように、

何が起こったか理解出来ない表情。


走り寄る兄に目をやり、

しゃがみこんで、

頭を抱えて怖くて叫ぶ。




その姿が重なる。

あの小さくて、少しおしゃまで、笑顔が眩しかった少女に。
一瞬で死んでしまった少女に。


『だいすき!』
と笑顔で抱きついたあの子に。

もっと楽しい事があった筈だ。
もっと沢山の友達にあって、幸せに生きられた筈だ。
恋人が出来て、笑いあえた筈だった。


風で飛んだ麦わら帽子。

高い枝にぶら下がり、取れないと泣くあの子。

取ろうと繋いだ手を離した。


手にとって、降りた先。

あの子が自分に手を降る。



それが最後だった。

彼女の後ろに巨大な車体。

そして、身体は空へと消えた。




あんな道を通らなければよかった。
外へ行こうなんて言わなければよかった。
手を離さなければよかった。
誰かに見ててもらうよう頼めばよかった。もっと気をつけていればよかった。

『あの子は貴方が大好きなの。
だから、お願いね』
そうあの子の母親に言われたのに。


…自分のせいで、あの笑顔は永遠に失われた。

そして、今度は、この少女からも失われてしまうのか?




(駄目だ………、




死んだら駄目だ………………!!!!!!)


それだけは駄目だ。
今までの殺そうとした過程も理由なんて、今はどうでもいい。

また死なせてしまうのか。
同じ光景を目にするのか。
あの男に自分と同じ思いをさせる気か。
同じ光景を見たくない。

そう瞬く間の思考のうちに、身体はあまりにも早く動いていた。












埋もれた瓦礫が弾けるように飛ばされて、その下から擦り傷を作りながらもプロシュートが姿を表す。

「ハァ………ハァッッ!クソッたれ!!ハァッッ!クソ欠陥建築が!!


…アマーロ!!
アマーロ!!!!」



アマーロを守る為、崩れた瓦礫をグレイトフルデッドで覆い被さるように防いで、自身も木片や陶片を頭の上に腕をあげて防いでいたプロシュートは、妹の無事を確認しようとして、信じられないものを目にした。



「………な、……お前、ッ」














「………あッ………………ぐっ…………ッッ………」

痛みに瞳をきつく閉じ、堪える表情。

強く咳き込んで、血を吐き出す。

「…………っ!!?」




…何も痛くない。
ただ暖かい誰かに抱き締められてる。

そして、おそるおそる目を開けたアマーロは、自分が庇われていた事に気付いた。
自分を殺そうとした…リゾットに。

胸が激しく上下してる。激しく苦しげに息を吐いている。
こんなにも必死に。
どうして…?


そして、割れた破片や瓦礫はどれもアマーロに小さな傷さえつけなかった。それは代わりに、彼の背中を、アマーロを強く抱き締めてる腕を、容赦なく、貫いて、血を流させる。
あの被り物はいつの間にか脱げ落ちて、血で濡れた銀髪の下に、感情が、本気で心配した感情が、こもった瞳が自分を強く見つめていた。


「………怪我は、ないか?」

兄と話していた時の、あの凍りつく冷たい声ではない。


「ない…………よ………」


アマーロを死に陥れたようとした暗い表情じゃない。


「…そうか、………よかった……」

安堵の息。
あまりにも優しい声。
こんなに優しいなんて。


「…………怪我してる……のっ。
ガラスが、いっぱい刺さってるよ………ッ」

涙がぽろぽろこぼれて止まらなかった。

肩に手を伸ばし、その傷跡に触れる。

他に目をすれば、破れた服からのぞく皮膚には、どこにも数えきれないほどの傷跡がある事に気付いた。

「ごめんなさい……………っ、こんなに……痛いよね?あたしの、ために…………ッ、ごめんなさい!」


そんなアマーロをみて、銀髪ごしに困ったように彼は眼を細める。

「優しいな…………、俺を、心配するなんて…」

彼女が瓦礫に手を傷付けないようにとそっと手をどかし、出来るだけ優しく語りかける。


「いいんだ…、お前は気にしなくて。

俺が好きでやったんだ。

元々、俺が悪い。


それに、

……すぐ……気にならなくなる。

お前を怖がらせたヤツは、もうすぐいなくなるんだ……」



アマーロはリゾットの首筋から銀色の十字の痕が現れ、輝くのが見えた。

声が聞こえる。

背後でもう一人の自分が囁く。









『2×4は組み立てる……構築が基本』





『構築には理解せねばならない』







アマーロの脳裏にめまぐるしく流れ込む光景。

事故現場。

小さな少女を抱えて涙を流す少年。

犯人の男は横柄にして卑屈な表情で逃げ去る。

信じられない表情で、男の判決を知る少年。

悲しみに顔を歪め、直後怒りの表情で拳を握る。







『能力に触れた者に傷跡を残す、拒否した意志、傷付けた脳の痕跡は消えない』





暗い路地裏、馬乗りになり男を滅多刺しにしている。

(お前は何故平気な顔をしているッ。
償え!!!!
あの子へ償うんだ!!!!)

止まる事のないナイフを降り下ろす手。


(痛いか………痛いだろう!!!!

まだ足りない!!!!


もっと後悔しろ!!!!

それがお前の償いだ!!!!

あの子への謝罪だ!!)



食い込む肉の感触。
ビシャビシャと汚らわしく彼の顔を汚す血液。






物言わぬ死体の傍、手からナイフは滑り落ちる…。










(……償い……、







……それは…俺も同じだ………)



それがいつの間にか、青年に成長した彼に日常と化す。


復讐を終えた後に残ったものは空虚と、あの頃の後悔ばかりだった。

どう生きていいか分からなくなった。

ただ家族に迷惑をかけない為に裏の世界に入り、流されるまま生きていた。


血を流し怒りに焼き尽くされた心は、やがて凍りついていき、何も善悪も分からない程にひどく錆び付いてしまった。




(許されざる者よ)

(永久に許されない)

(お前は地獄の中で生きていく)

(謝罪と後悔を背に、罪を重ねて生きていけ)




いつしか、彼の金色だった髪は、すっかり白く変わってしまった。

穏やかだった目付きは、厳しく射抜く眼光に変わってしまった。

『侵入した脳の記憶を、お前だけが理解する』




暗殺者として生きた日々。

まだチームに入った頃、当時のチームリーダーに情を捨てる為だと命令され、仲のいい者同士で組まされ、強制的に殺し合いをさせられた。
殺さなければ、ならなかった。

任務の中には、早々に芽を潰さねばならないと、一族全てを殺すよう命じるものも珍しくなかった。

子供を殺さなければならなかった。

弱い老人に手をかけた事もあった。

家族が帰りを待つ父親の命を握り潰した。

か弱い女の息の根を止めた。


(…お前は生きる為に死ぬのか?

それとも死ぬ為に生きているのか?)


捕まった時、何度も腹部を殴られ、気絶しても水をかけられては痛みつけられ、内臓破裂を起こしかけた。

(お前が死ねばいい)

鼻の骨を踏み砕かれた事もあった。

拷問され、頬に鉄の串を通され、焼けた鉄で喉を潰されかけた事もあった。

汚物にまみれた水に沈められ、生きながら屈辱を受けた事もあった。

傷口に刃物を捩じ込まれても、悲鳴をあげるのを耐えた。


(そこまでして、生きたいのか?)
(この世の地獄よりも死後の地獄はどれだけ甘美か知らないのか?)


それでも戦いの中で、悲鳴と流血を常に身体に染み込ませ、自力で、生き残ってきた。
任務の過酷さに、スタンド能力のない他の同僚は次々に命を落とし、自分一人となっていった。


(…お前はまだ死なないのか?

生きる理由などないだろう?)

死んだ彼らの冥(くら)い眼が沈黙の中で語りかける。



死ぬような思いでやり遂げた任務も認められる事はなかった。

…暗殺者は決して信頼されないからだ。

そして彼は恐れられた。
強すぎた故に。



己が狙われるのではないかと内心では脅える幹部とその周囲。

暗殺者のお前ごときと言われ信頼されなかった。

(お前の代わりはいくらでもいる)

高級ソファーの皮張りの音をぎしりとさせ、葉巻を吹かす男。脂ぎった唇で罵声を浴びせかける。


薄汚い存在だと蔑まれた。

(他人の命を食い物にする獣だろう、お前は)

ろくな見返りさえも与えられず。

(お前にはありがたすぎるくらいだ)


罰だとこじつけられ、数を数えられながら、爪を全て剥がされ、両手両足の指を一本ずつ折られた。
(ああお前も人間だったのか。ご立派にも痛みがあるなんてな)

嘲笑された事もあった。

死の権化と、見たら自分も死ぬのだと恐れられるようになった。


その噂を信じた仮の同胞は彼を恐れ、助けようと差し出した手を信じられず振り払う。

(手下を平気で犠牲にするんだろう)

(そんなお前を信用できるかよ)

(手柄を独り占めしようとしてんだろう)




それでも、やるしかない、そうするしか生きる方法がないと分かっていた。

それが自分の選んだ道だ。


…あの子の痛みを、失ったあの子の人生を思えば。












(…償わないといけないんだ………………。

生きている限り。

その為ならいくらでも苦痛を受ける。

たとえ許されなくても……………。







すまない…………………。すまなかった……………。
お前の人生を奪った…………


俺の、せいだ……………………。俺が、代わりに死ねたらよかった…………………)









彼の過去が、感情が、失われていく、死んでいった心が、苦しい程伝わって痛い。


「いやっ。あぁあああ………!!そんなっ、ひどい……、いやぁああああっ……………」

身体を震わせて、大声をあげて泣きじゃくるアマーロ。

その姿に彼の表情に悲しみが宿る。


(俺は、こんな小さな子を泣かせたり、怖がらせるしか出来なくなったんだな………)


頭を撫でて泣かないで欲しいと彼は言う。


「すまない……怖がらせてしまって…………。











ごめんな…………」





抱き締めていた腕を解いて、アマーロの頬に流れる涙を不器用な手つきでぬぐう。

「………いい家族だな…。どうか大切に………。
兄さんと仲良くな……」

そう言うと、最後に残った力でリゾットはかろうじて立ち上がり、プロシュートへ背中を向けながら言った。

「………俺の負けだ……」

その姿はひどく小さく見えた。

「テメェ、どういうつもりだ……。何を企んでやがる……」

プロシュートの問いかけに、リゾットは軽く頭を降り、視線を、彼が殺そうとした、アマーロに落とす。





「…だんだん分からなくなったんだ…。
必死に抵抗したその子と、命がけで戦うお前を見ていたら…。


俺は何の為に生きていたんだろうな………。子供に手をかけようとしてまで……。


俺は最低だ…。
家族に命をかける、お前と違う。
奪うばかりだ。
何も守れなかった…………。いつだって。
俺には、何も残らない……………。



……もういい………、殺してくれ………。








………もう、疲れた………」


僅かに浮かべる、全てを諦めた笑み。


(最初から……こうすればよかった……………………)


どうして自分は生きていたんだ。
人の命を踏みにじって。

そんな価値はないのに。



「……………そうかよ」

何も表さない表情でそれだけ言うプロシュートは、威圧感と共に再度グレイトフルデッドを出現させる。

リゾットはそれに抵抗もせず静かにたたずむ。


降り上がる手。







『……もうとっくに死んでいる……』



再び蘇る声。



『もう、疲れた……………』


泣きそうな顔。
でも泣けなかった彼の表情。



「…………ッ!!!!」

その全てがアマーロの意識を跳ね上げさせた。
叫ぶ、自分の意志が。

(ダメ………そんなのダメ!!)



アマーロは即座にリゾットの前に飛び出す。2×4でグレイトフルデッドの一撃をかばう為に。


それでも足りないとばかりに精一杯両手を広げて、プロシュートの前に立ちはだかる。




「……やめて!!!!!!!!
お兄ちゃんやめて!!」


必死に叫ぶ。
兄に反抗するなんて初めてだった。
きっと更に激怒するだろう。

それは想像しただけで怖かったけど、アマーロの心に刻まれたリゾットのあの表情が、ありったけの勇気を呼んでアマーロ自身を奮い立たせた。

全ては、この会ったばかりの人間の為に。



(心はとっくに死んでるなんて…………、普通の人はそんな事思わないっ。

この人はずっと幸せじゃなかったんだ。
辛い目にあって、
誰にも言えなくて、ずっと我慢して、ずっと自分が悪かったって責めて……。
あたしみたいに、お兄ちゃんがいたんじゃない。

一人なんだ。



そんな、死んでもいいなんて…………………………………、そんなの悲しいよ!!)


「…好きでやったんじゃないッ!!!
そうするしかなかったの!!」


(死なせたらダメ!!

まだ、何も、何も………いい事にあってないのに!)

アマーロの言葉に、目を微かに見開くリゾット。


「本当は優しい人なの!!
ひとりで苦しんできたのッ!!
この人を、殺しちゃダメ!!!






ーお願いッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
殺すなら、あたしも一緒に殺して!!!!!!


涙を飛ばしながら固く目をつぶって叫ぶ。

妹の尋常ではない必死な様子を、無言で見詰めるプロシュート。


その場の時が止まった。












「…殺さねぇよ。
安心しなアマーロ」

頭に下ろされる一撃。



「ただオメェを泣かせたから、もう一発ブン殴らせてもらうがな」

倒れるリゾットの身体を、グレイトフルデッドで受け止める。

アマーロは駆け寄り様子を見れば、微かにだが、唇の隙間から呼吸するのが分かった。
気絶をしているだけのようだ。
ホッと息をはき、持っていたハンカチで血で濡れたその顔を拭った。



(無事でよかった……………………)

アマーロはその傷付いた顔に手を伸ばして触れる。



(でも………………………、まだ安心出来ない………。
目が覚めたら、この人はきっと……………………自分から死のうとする……。



何とかしなくちゃ……………)


そう心に決める。


初めて会ったばかりの人間にどうしてそう思うのか、アマーロには分からなかったけれど。





























教会を後にして、リゾットを抱えたプロシュートはアマーロを連れて車に向かう。
アマーロは顔に殴られた跡、首に血に濡れたスカーフをきつく結び傷付いたプロシュートの様子を見てまた泣いていた。

「…………ふっ、うぇえぇん……!!
すごい血っ!お兄ちゃん、また怪我してる……っ!!」


「…気にするなよ。

まぁオレにとっちゃ、愛する女守ったんだから名誉の負傷だ。

はぁ……、オメーはどんだけ泣くんだ。
グレイトフルデッドを使わなくても干からびてシワシワになるんじゃねぇのか………。

ったく、はな垂れ泣き虫のマンモーナめ」

そう呆れまじりにこぼしつつも、プロシュートはアマーロを見る。

涙と鼻を垂れていて酷くグシャグシャな顔になっているが、それ以外に怪我はないようだ。


(泣く元気があれば、もう大丈夫だな………)


フッとアマーロに気付かれないように静かに笑う。


無事で、生きていてくれてよかった………。
これで、自分はまた生きていけると、彼はそう思った。











それならばと、プロシュートは車の後ろにリゾットを放り込むと、まだ鼻をぐすぐす鳴らしてるアマーロの元へ向かい、しゃがみこんで、その視線を合わせた。




「おい、シュガーマグノリア」


アマーロの頬に手を添えながら、そっと額を合わせ、美しく、見る人には俳優を思わせる微笑みを浮かべる。


「…お兄ちゃん?」



だがアマーロは知っていた。
その笑みの時のプロシュートが何を思ってるかを。






「オラァ!!!!
くらえ馬鹿野郎!!」


ゴンッッ!!


アマーロの頭に強烈に星が飛ぶ。


「ーーーふぎゃあああッ!!!!!!」

頭の強烈な痛みにまた新たに泣き出すアマーロ。


頭突きだ。
説教前のお仕置きだ。

プロシュートの頭突きは、拳骨より更に怒った時にやるものだった。

そして矢継ぎ早に繰り出される怒声。


「……こんの大バカ野郎のボケ茄子がぁ!!!!
待ってろっつったろーが!!
オレを信用出来なかったのか!!
オメーの耳は飾りもんなのか!アアッ!?

オレはよ!!
テレビ観てていつもムカついてたんだ!!

いつもキャーキャー悲鳴ばっかあげて何もやんねぇ金髪巨乳の馬鹿女と、戦闘中にいきなりやってきてヌケヌケと人質になって足ひっぱるメスガキとかな!!!!
そりゃあムカつくよな!!
そいつのせいで、トドメさせねぇんだからな!!
邪魔だったんだからな!!

で!さっき、それをやったのは誰だ!?アアッ!!
オメーだよな!!!!
オメーしかいねぇなぁ!!

クソッタレ!!心配させやがって!!
死んでたかもしれねぇんだぞ!!


どうやらテメーへの説教は五時間やらねぇといけねぇようだなぁああああああーーーーッッ!!」

「うぁああっ!ごめんなさぁあああい!!!!!!」



…そして小一時間、アマーロはプロシュートの説教を涙目で受けるはめになる。








一端キリのいい所まで怒鳴ったプロシュートは、タバコを吸いたいと言って、その説教はひとまず終了となった。



「クソ!!前歯一本やられちまったか………ッ。歯医者いかねぇとな…。高ぇんだよな、めんどくせぇ……。
野郎……、なかなかいいパンチしてやがったな」

懐から出した煙草に火をつけながらぼやくプロシュートに、アマーロはおずおずと近より、気になってた事を聞く。



「あの…今日はありがとう…、お兄ちゃん…。

でも何で、あの人助けてくれたの?
さっきあんなに怒ってたのに…」


「あん?別に大した理由じゃねぇよ」


煙草をくわえて目を伏せていた、プロシュートはぼそりと呟く。


「…オメーがあんなに言ったから止めたんだ。気に入らねぇが。

あんな風に必死な時のオメーは間違ってた事はなかったからな。




それにオレも、コイツが単なるクソ野郎じゃねぇなと感じたんだ……。


まぁ勘、だけどな」


そう言いながら、アマーロの頭にポンと手を置くと、プロシュートは紫煙をホウッと吐き出した。








すでに夜になっていた。

静かになったその場には月が現れていた。





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