6 ブラインド・チェーン-攻撃者と守護者
「お兄ちゃん………………っ。お兄ちゃぁあああん!
もう会えないかと思った!
もうダメかと思ったよぉーッッ!」
緊張の糸がとけ、アマァ―ロはプロシュートの首に抱きつき泣きじゃくる。
暗くなりつつある中でも、プロシュートの立ち姿は譲りなく揺るぎない。
金色の睫毛に伏せられた下には、きつく燃える青い眼光。
それは強烈な怒りをたたえていた。
彼はいつもより一層厳しくしかめた顔をアマァ―ロに向け、右腕を振り上げると思いきり彼女の尻を叩いた。
「ったく。このハナタレ泣き虫め…。
…真っ直ぐ来いって言ったじゃねえか!!!!
一人で夕方ぶらつくなってあれ程言っただろうがッッ!!!!
帰ったら三時間説教ぶちかましてやる!!!覚悟しやがれッ!!」
「だって、だってぇえ、あたし………っ」
「言い訳するなッ!!!!見苦しいぜ!!!」
一通り怒鳴られたアマーロは、たった今自分は殺されかけて恐ろしい目にあったばかりなのに、あんまりじゃないかと思い、涙眼になりながら顔を上げた。
……その瞬間、力いっぱい抱き締められた。堅く眼を瞑ったプロシュートはアマーロの耳元に唇を寄せると、あまりにも辛そうな声で囁きかける。
「……オレは心臓が止まりそうになった……。
何度も言ってるだろ…、お前はオレの命だって。
お前が死んだら、オレは生きていけないんだ。
生きている意味がないんだ。
怖かったなぁ…。
そんなに泣いちまって。
よく死ななかったな…。
お前は怖がりなのにな…。
よく頑張った………」
「うん………うんっ…………ごめんなさい……っっ」
こんな悲痛な兄の声を聞いた事がない。
本当に心配させたのだ。
自分をこんなに心配してくれる兄に心の底から申し訳なくて、アマーロは何度も謝った。
彼はいつだって自分に厳しかったけれど、誰よりも自分の事を考えてくれていた……。
それが今更強く実感出来た。
微かな違和感と空気の動き。
プロシュートの優れた『勘』がそれを告げ、視線を上げさせる。
目に映るのは、ふらつきながらも立ち上がり、鈍色の刃をズラリと指に挟んで狙いをつける暗殺者の姿。
即座に襲撃する数十本の刃の雨。
アマーロをかばいながら、発動したグレイトフルデッドの腕で横薙ぎにさせて全てを弾き飛ばす。
直後わざとタイミングをずらし眉間を狙って飛んできた大振りのナイフを、プロシュートは躊躇いもなく、尋常ではない反射神経をもって掴み取る。
「女との抱擁に水を指すなんざ、いい趣味してやがるな…、クソ野郎」
直接刃を握ったその手からは、血が滴となってしたたり、スーツを濡していった。
だが、彼の顔には挑発をするように不敵な笑みが浮かんでいた。
「…お兄ちゃんッ!」
顔を歪めるアマーロの頭を安心させるよう撫でながら、プロシュートは妹の様子を観察する。
やけに顔色が悪い。これは先程の恐怖からだけではない。
あの男の様子からすると、アマーロは再びスタンド能力を発動したようだ。
プロシュートもかつて、数年前に見たそれは脳の一部を弄り相手の意志を防ぐ強力な能力を持っていた。
だが、それは使った後に元々丈夫でないアマーロは、反動からかしばらく寝込んでいた事があった。
今の彼女にあまり負担はかけられない。
グレイトフルデッドの能力は、今アマーロのいるこの場で使うのは危険だと、彼は判断した。
「慌てるな、シュガーマグノリア。オレは平気だ。
足手まといだから、どっかに隠れて待ってな。
オレはそこの黒ずくめの禿鷹野郎に、オメーが世話になった礼をたっぷり、たっぷり!しねぇとな………」
プロシュートは握り締めたナイフを真っ二つにへし折ると、投げ捨て、再びリゾットに視線を向ける。
「答えろ。
何故コイツを狙った……!」
「…俺の顔を見られた。
必要だから殺すまでだと思っただけだ………。それはお前も同じ事だ……」
何も感情を表さない表情と冷たく淡々と答えるリゾットに、プロシュートは奥歯をギリギリ噛み締め、表情に怒りを増す。
彼自身も、悪党だと自称したように、恐喝、暴行、殺人、強盗、様々な行為に手を染めていた。
戦意を失った相手がいくら許しを請いても、徹底的に手を下した。
それでも、プロシュートは己の身内、妹に対しては人間性を忘れていなかった。
泣き虫で甘えん坊でロマンチックなものに憧れて、夜になると寂しがってプロシュートとくっついて寝たがる、彼のたった一人の妹。
それが、下手をすれば、たった今死んでいたかもしれない、それを想像すると、どうしても許せなかった。
「オレにとっちゃ、んなもん理由にもならねぇな………!」
プロシュートはベルトに携えていた2丁のオートマチック拳銃を素早く掴むと、リゾットに向かって引金をひいた。
火を吹く銃口。
素早く飛ぶ黒い影。
怒涛の勢いで撃ち込まれ、激しく抉れていく地面。
呆けてその場にいれば蜂の巣確実の撃ち込みを、リゾットは怯む様子も無く、銃弾の狙いを避ける目的で左右に動いて走りながら、確実に距離を縮めていく。
「…行けッッ!!」
彼の後ろから動こうとしないアマーロを叱り飛ばす。
だがアマーロは首を降り、涙を流して声を張り上げた。
「お兄ちゃんッッ!!」
銃声と薬莢の落ちる音が響くなか、リゾットから視線を外さず撃ち続けていたプロシュートはアマーロの自身を呼ぶ声に微かに笑う。
「…もし十分経っても決着がつかなかったら、逃げろ。ペリーコロって男の連絡先がオレのベッドにあるガンホルダーにしまってある。
ソイツにオレがくたばった後の事は頼んであるから、言うことを聞くんだ」
「イヤ!イヤイヤ!そんなこと言わないで!
ねぇ!一緒に逃げよう!
その人は傷ついてるし、きっとあたし達を捕まえられないよ!」
「いいや…ダメだ。
コイツの様子をみてみろ。諦めた様子がねぇ。目の光が死んじゃいねぇ………。
執念深いぜ、こういうヤツは……。
今のうちに潰さねぇと、オレ等をいつまでも追い回すに違いねぇ。
…大丈夫だ。
このオレが死ぬなんて有り得ねぇ。
万が一って話だ。
待ってろ」
その言葉に、後ろ髪をひかれながらもアマーロは唇を噛み締めて、その場から走り去った。
アマーロが物陰にかくれたのを横目で確認すると、プロシュートも新たに弾薬を補給しながら、リゾットを迎え撃つ準備をしていた。
銃弾の合間をぬって風を切って迫るナイフを身体を反転させながら避け、逆に落ちたナイフを投げ返しながら、抜け目なく観察する。
今といい、先程アマーロを引き剥がす時といい、不気味な違和感があったからだ。
リゾットの走り去った場には発射時の衝撃でついた痕を除いて、傷が一つもない弾丸が大量に散らばっている。
普通弾丸が人体に当たるなり、何かで防がれれば、当たった時の衝撃で、捻れたり潰れる筈である。
全く銃弾をくらった傷跡もないリゾットの様子にも、プロシュートは顔をしかめた。
(…どういう事だ。
ヤツが防弾装備をしてるようにも見えねぇ。
ありえねぇなこれは。常人の出来る技じゃない…。
ヤツはスタンド使いだろうな十中八九。
オレやアマーロと同じ…………)
一方のリゾットも、新たに現れたプロシュートを無感動で観察し、今の状況を振り返る。
…スタンド使い…。
…少女を奪い取る直前までリゾットさえも気付かせなかった殺気の消し方。
…刃を素手で躊躇わず握るイカれた神経と、スタンド無しでも十分驚異的な身体能力。
…その上、スタンド能力はまだ判明していない。
少女のスタンドの射程距離は、彼が想定してた通り強力ゆえに短く、すでにリゾットの脳と心臓にあのスタンドの感触は消えていた。
しかし彼は連日の無理に組んだ任務により疲労困憊し、先程の少女の件で体の内部から相当の傷を負っていた。
今の自身は、この男と戦うには不利過ぎる。
だが、やらねばならない。
自分もこの男と同じく譲れないものがある。
(…俺のスタンドパワーも殆ど残ってない………数回…か)
…鋏と剃刀をプロシュート自身の血液から精製して体力を奪い、喉を一撃で切り裂く。
そして、少女を殺す。
そう思考すると、リゾットはプロシュートへ向かって、ゆっくり両手を挙げ、銃に向かって力を込めて指を広げる。
物を引き寄せる程度ならば、もう射程距離内に入った。
「……なんだ!!
引っ張られてる……のかッッ、コレは……!」
銃が磁力に引きずられ、瞬く間にリゾットの手に渡り奪い取られる。
リゾットは銃口をプロシュートに向けて構えた。
だが、
「…させるかよッッ!!!」
その瞬間に、一気に間合いを積めたプロシュートの蹴りが銃を弾き飛ばし、更に追撃の蹴りがリゾットの右頭部に炸裂する。
それを腕で防御し、更に自身も延髄蹴りをプロシュートに向かって繰り出す。
それも防いだプロシュートは、腕を折り曲げ力を込めると、顎へ向かって大地から上空へと殴りつける。
ほぼ同時にリゾットもプロシュートの顔面を打ち砕く勢いの打撃をくり出してきた。
血へドを互いに吐きながら、攻撃の衝撃で足元の地面が急速に土埃を巻き上げ、互いの身体がぐらりと揺らぐが、すぐに体制を整えて再び距離をとる。
近距離のこの戦いで『直』触りをすれば一瞬で勝負がつく。
だが今の銃を奪われたプロシュートには、打撃の合間に突き出し、切りつけるナイフに、その隙を伺うことが出来ない。
相当に不利な状態だが、彼は少しも恐れる様子がなかった。
心臓を狙う一直線の突きをギリギリで見切り上体をそらしながらも、右足に力を込めるとリゾットの手首を蹴り上げ、ナイフを上空に飛ばし、更にもう一度左足を使い落ちてきたそれの柄を蹴りつけ、手に届かない後方へ蹴り飛ばした。
「来な………!ここじゃ余計な邪魔が来るかもしれねぇからな!!
テメェが正しいか、オレが間違ってねぇか、直接神の野郎に見てもらおうぜ!」
そう叫び、プロシュートは教会の扉を蹴破って、中を指差す。
リゾットは無言で頷く。
両者は隙を見せないまま、中へ姿を消した。
扉の閉まる音が嫌に重く響く。
アマーロの心に不安が走った。
とても……嫌な予感がした。
兄の様子も気にかかり頭がおかしくなりそうだった。
そして、アマーロは自分の命を狙っていたリゾットの言葉が頭から離れずにいた。
『俺は……俺の心は、もうとっくに死んでいる………』
(どうしてそんな事言ったんだろう。
あんなに悲しそうに笑って………)
彼の銀髪越しの、夜よりも暗かった視線がアマーロの心に強烈な印象を残っている。
…何かを壊した衝撃音と耳をつんざくガラスの割れて散らばる音が響き、アマーロは慌てて立ち上がる。
「…オレは死ぬ訳にいかねぇんだよ!!」
兄の何かを込めた怒鳴り声。
もういてもたってもいられず、アマーロは慌てて教会へ駆け寄り、その扉に手をかけた。
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