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5 『ツー・バイ・フォー・サイアナイド』ー劇薬、自殺行為
目撃者は、誰であろうと殺す。
暗殺の確実な成功を証明し上層部に納得させる為に。
今後の任務円滑化の為に。
自分のスタンド能力『メタリカ』の手掛かりを誰一人として残さない為に。
生き残る為に。

常にそうだった。



彼の目の前には怯える少女。
変わった見た目をしていた。子供が着けるようなものとは明らかに違う大きなサングラスをつけ、雪を思わせる白い髪をしていたのだ。

その自分と似た色の髪を目にし、リゾットは密かに悲しく思った。

彼の髪は元々薄い金色だった。
だが、それが長年の悪夢と暗殺者としての精神的な負担によって銀に近い白に変えていた。

それと同じように、この少女はその幼さで辛い思いをしてきたのかと。
そう思ったのだ。

そうして浮かんだ甘い自分の考えにも、自分の姿に可哀想な程の怯えた少女の様子にも内心で自嘲し、その思考を全て停止させる。


拳を握りしめ震える少女の元へ足を進める。

殺す為に。

苦しまないように、脳の血管を詰まらせて何も分からないまま死ぬように、正確に行う為にその小さな頭に触れようと手を伸ばす。



…閉じた少女の目が見開いた。







「イヤぁあああああああああああ!!!」




死の沈黙を切り裂く少女の悲鳴。









『……許されざる者よ』


変化する空気。
少女の背後に現れる像。
上半身のみの眼を潰された女性。
そのビジョンは青く輝く銀の十字が複雑に絡みあっていた。




「……ッッ!」


たった一瞬だった。
「許されざる者」の言葉に動揺したリゾットの、ほんの僅かな動きの停止を少女の分身は見逃さなかった。


何も持たない筈の少女の掌から現れた小さな銀の十字。

リゾットは咄嗟に己の前に両腕を十字に組んで防御するが、それをすり抜けて、食い千切る速さで首筋に食い込んできた。

首に走る焼けつくような痛み。
気絶をしそうになるが何とか耐える。

「………ッッ!お前ッ、スタンド使いか!!」

少女は涙を流したまま、何が起こったか分からない表情でいる。

チッと舌打ちし、食い込んだ傷口に指を突っ込み、それを剥がそうとするが、指をすり抜けて触る事すら適わない。

皮膚が徐々に裂ける感触、異物が首をつたって蠢きながら、頭部と心臓へ向かって移動していくのを、体内のメタリカで阻止しようとしても止められない。

到達したそれが弾ける音がした。
異物の拍動が、己の心臓の鼓動と同じ速さで脈打つ始める。




「アアアアッ、やめて!」

早く仕留めねばと、リゾットは今度こそ攻撃を加えようと少女の頭を掴む。

少女は恐怖で泣きながらも、兄が常に彼女に言い聞かせたように、リゾットの腕に爪をたてながら全身で強く掴んだ。





「…………、メタ、リカ…………ッッ!!?」

確かに、少女に攻撃をした。
した筈だった。


だが、リゾットのメタリカが牙をむいたのは…他でもない彼自身だった。

拳銃に小石がたっぷり詰められて暴発するかのように。

彼は口から大量に吐血し、腕と足は切り刻まれ、おびただしい鮮血が地面を染めた。



「…これを…解くんだッッ!!」

意識を失いそうになりながらも、射程距離から離れれば解除されるかもしれないと、リゾットは腕に巻き付いた少女を引き剥がそうとする。

「イヤ!イヤだ!そしたら、殺すんでしょ!絶対はなさない!」

少女はその小さな体のどこから出るのか分からない力で、決して手を離そうとしなかった。やむを得ず、ナイフを造りだそうとする。

それも、心臓の急な痛みに体が停止する。
造りかけた刃はリゾットの手から滑り落ち、再び地に帰る。












『…2×4(ツー・バイ・フォー)。彼女の分身、彼女のもう一つの意思』

少女の分身がリゾットへ語りかける。

少女はその姿を目にし、驚きを隠せなかった。


『この姿はサイアナイド(劇薬)。彼女が望んだからこの形になった。これは、ただ一つの形。

サイアナイドは、劇薬、自殺行為、否定、拒否…脳の意志の拒否…。

攻撃を意識すれば攻撃は全て己へ向く。
お前は、自殺行為と引き換えにのみ、殺人を許される』


それは少女を攻撃すれば己が傷付き、殺そうとすれば、即ちリゾットの確実な死を意味した。















(攻撃すれば、今の俺に待つのは死か…………)

リゾットは2×4の言葉を理解し、裂傷の激しい数本の指と左足をメタリカで造り出した針で固定する。
確かに、この時は何も彼の身体に異変は起きなかった。




死を引き換えに少女を殺すか。

または少女を見逃し、この場を逃亡するか。



否、逃亡は選択に入ってなかった。


リゾットは粛正の時から気付いていた。
己が見張られている事を。
かつて同じチームだったリゾットを憎む男の仕業だ。

彼は腕の立つ男だったが、下衆と呼ぶに相応しく、ターゲットの一家を襲撃する時は必ず父親の前で娘を犯した。
やれば生かしてやると嘘をつき、夫と妻を向かい合わせ互いの両目を抉らせた事もあった。

ある任務の後、ターゲットの死に様が思ったようにならず苛ついていたその男は、任務後の朝に新聞配達のあどけない少年を犯そうとした。

それに偶然居合わせたリゾットは、男を徹底的に痛め付け、指を全て折り、歯を叩き折り、男がいつもターゲットに行うのと同じように男の急所を潰した。

そして男を配置転換させるよう組織にかけあった。

彼は、リゾットが己にした仕打ちを忘れはしなかった。

パッショーネの幹部にリゾットが任務を失敗するに違いない、そして敵にパッショーネに不利な情報を吐き出すかもしれないと吹き込もうと証拠を掴もうとしていた。






今の傷付いたリゾットに、男を追う力はない。
男はあまりにも遠くにいる。

少女を見逃す事は、あの口の巧みな男の事だ。
証拠の写真と共に、様々な理由を作られ、任務の失敗とこじつけられるだろう。

そうすれば、またチームはこれまで以上の冷遇をされるに違いない。
粛正される事も有り得るだろう。

まだ配属されたばかりの刈り込み頭に、しょうがないが口癖の男が頭に浮かぶ。





自分が罰せられる事は構わない。

か弱い少女を殺す行為が非道なのも承知している。


だが、あの妙にお節介な男が、こんな事で、過去の自分が浴びてきたような理不尽な目に遭ってはならないと思った。






























「そうか、ならば………、俺の命を捨てるまでだ」

血に濡れた銀髪ごしに瞳を閉じたリゾットは微笑う。

その痛々しい笑顔にアマーロの心に電撃が走った。


嬉しくて笑う。

引っ込み思案なアマーロをプロシュートが買い物に引っ張りだして、明るい花の色の服を選んでお姫様のようにエスコートしてくれた時。


幸せだから笑う。

プロシュートがふざけてアマーロをくすぐってきて、アマーロが怒ってプロシュートの綺麗に整えた前髪をグシャグシャにして、二人で笑いあって、

そんな一緒にいる時のような、

…そうじゃない。

こんな悲しい笑顔を今まで見た事がなかった。



「そんな…………どうしてっ」


今は自分の命の危機だというのに、アマーロは会ったばかりのリゾットに対し、恐怖とは違う涙を零していた。












「こんな命など、どうでもいい…。




自殺行為か………。


馬鹿馬鹿しい。
俺は…、俺の心は……もうとっくに死んでいる………」










そして、リゾットはアマーロの頭に手を伸ばす。
今度こそ殺す為に。































銃声が何発も乾いた音をたて、空気を切り裂いた。

瞬時にメタリカで弾を当たるギリギリの位置で止めるも、続いてリゾットの側頭部に、コンクリートの塊で殴ったような衝撃の素早く重い蹴りが飛んでくる。



空中に投げ出されたアマーロ。
全てがあまりにも早かった。

深い紫の空が近くに見えた気がしたと思えば、差し出されるスーツに包まれた肉食獣の腕。

アマーロの腕をとり、抱き抱えながら、土埃を起こし地に足を踏みつけて降り立つ。





信じられなかった。

本当に来てくれるとは思わなかった。


アマーロを抱えるのは、誰にも屈しない意志の強い人間。

どんな時も助けにきてくれた。
















「…………お兄ちゃんの嘘つきッ。正義のヒーローはピンチに来てくれないって…言ったのにッ」





「……それは悪かったな、シュガーマグノリア。

だが、オレはヒーローじゃねぇ。どっちかっつーと悪党だ」


それは、彼女の兄プロシュートだった。


彼は怒りに凶悪な笑みを浮かべながらも、妹を抱く腕だけは緩めようとはしなかった。




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あきゅろす。
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