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バイオレット・ヒル11
※オリキャラ注意。









「ふぅ…、今日は大変だったな。
あんな事あったら、やっぱ仮眠部屋には大事なものはおけねぇなぁ」

イルーゾォは昼間のポテト爆発事件でぐったりしつつも、仕事も終えて、鏡を通って自宅に帰り一息ついていた。
彼の住むアパルトメントは暗殺チームのあまり満足とは言えない給金のせいで、ごく小さなものだ。
近所では酔っ払いの歌声や夫婦の怒鳴り声も聞こえてやかましいが、普段彼は鏡の中の部屋にこもってゆっくりしているので、誰も襲ったり騒ぎもなく不満はない。
部屋はイルーゾォが蚤の市や任務先でもちょくちょく集めた調度品がセンス良く置かれている。
お気に入りはポンペイのモザイク画を模した床だ。
これは少しずつ彼が作ったものだ。
ポンペイはいつかまた行きたいとイルーゾォは思っている。

シャワーを浴びていつもは結んでいた髪を下ろして、すっかりリラックスすると彼は大事にしているコレクションをちまちまお手入れし始めた。
これは彼の日々の癒しの日課だ。
布に包まれた菫色と黄金の混じり合った惚れ惚れする輝き。
この日たまたまガレのレプリカを丁寧に磨いていると、ふと思い出してしまう。



『そうだ、クソ野郎。
オメーの大事な大事な大事なコレクションだ………、オレにとっちゃあどうでもいいもんだがなぁ、酒以外ッ!』

あの時の恐怖を。

イルーゾォの紫の瞳の片方からポロッと涙が出てきた。


「これも…、あの時プロシュートには脅かされたっけ。
うぅ…、ぐすっ、思い出しただけで泣けてくるぜ」

数年前、アマーロがプロシュートのお気に入りのシャツにコーヒーをこぼしたから匿ってやった時。
アマーロをよこせとやって来たプロシュートは美麗な顔を侵入者を食い殺すケルベロスのごとく怒りに歪ませて、このグラス一式をホームセンターで買ってきたハンマーで破壊しようとした。
更にとっておきのワインまで彼に勝手に飲まれたと勘違いして、イルーゾォはショックのあまり顔をべしょべしょにして泣きじゃくったものだ。
結局ワインもグラス破壊もプロシュートがイルーゾォを脅かす為のフェイクだったので事なきを得たが、あの時は心底肝が冷えるかと思ったものだ。

あの出来事は今も未遂に終わったとは言え、イルーゾォにトラウマを残した。

ブルっと身震いしてしまう。
グラスを再び大切に金庫にしまいこむと、イルーゾォはお気に入りのワイングラスに自分へのご褒美用の高いワインを注いで、ゆっくり口の中に含んで香りを味わう。

(ふぅ。
アイツ、大丈夫かな。
ギアッチョも言ってたけど、また暴れてやしねえかな。



…うん、暴れてるよな。
あの歩くArte della violenza a piedi(暴力芸術)は。
まーた、何人地面に頭を叩きつけてんだろう)

「旅の恥はかき捨て」というが、イルーゾォは人ごとながらゾッとしていた。
あの道を歩くだけで何人も女を落とす凶悪な美貌の持ち主、なのに、歩いた後にはぺんぺん草どころか痛みにうめく野郎どもか死体しか残さないバイオレンス男。
任務は完璧にこなすが、その為には手段を選ばずに暴力も殺戮も厭わない暗殺者の中の暗殺者。

実際頭を痛めてるのはリゾットだったが、イルーゾォは人ごとながらプロシュートが何をやらかすか心配だった。
きっと今頃十人は殴り飛ばしているだろう。
(実際はそれ以上のジャッポーネのヤクザ達を相手に池に放り込んだりブン殴ったり蹴り飛ばしたり、ジャッポーネの剣士のメンタルをベキベキにへし折っていた)

女達は毎夜毎夜プロシュートにお持ち帰りされてるだろう。
生きては帰ってくるだろうが、彼に落とされるだろう日本の女達も気の毒に思った。
イタリアでは顔を引っ掻いたり髪を毟る大乱闘を彼が常々目にしていたように。

(ジャッポーネの女達は、刀で斬り合うのかな。
すげえ大惨事になりそうだわ)

だから、イルーゾォは思いもしなかった。
この時にはプロシュートが女を落とすどころか、逆に日本の女に落とされて、日本からイタリアに連れて帰りたいと本気で思うくらいベタ惚れしているなんて。

まったく夢にも思わなかった。
それは彼を含むプロシュートを知るチームの誰もにとって、あまりに予想外の出来事だったのだ。










「は、はなしてェ。
手、大丈夫っ、
お店、つきましたからっ」

目的の店に着き、桃子は困ってしまった。




「………断る」


プロシュートが手をはなしてくれない。
しかも道ですれ違った人がチラチラ見ていた恋人繋ぎは継続中で。

「手はなさないとお店見れないからっ、
中狭いんですっ。
壊れ物も多いのっ、店主の大蓮さん、気まぐれにガラクタに紛れて高いもの置いてるのっ!
壊しちゃったら大変だからっ。

だからはなしてぇーー!」

桃子が恋人繋ぎ状態の右手をぶんぶん上下に揺さぶっても、彼は眉を顰めて面白くなさそうに手を離さない。その指は蛇が獲物を噛み付いて離さないように、ぎっちり握ってる。
その表情もどこか拗ねた様子だ。
彼は言葉にはしないものの、
『イヤだ』
そう男の子が駄々をこねてるように、普段の美青年とは同一人物とは思えないくらい子供っぽくて。
それが、ふと何か思いついたように彼はニヤリと笑みを浮かべる。

「そんなに離してほしいなら、オメエの好きにするといいぜ」

そう言って絡めていた指を軽くゆるめてきて。
桃子はやっとわかってもらえたとホッと安堵して、
そのちょっとの気の緩みがよろしくなかった。


「言われなくても、

そうしま、



…って、
あはははは!
ひゃははははは!」

桃子がサッと指を引き抜こうとしたら、プロシュートはすかさず桃子の手首を自身の親指と小指でガッチリつまんで、間の中指含む3本の指で桃子の手のひらをコチョコチョくすぐり出したのだ。

「やめてぇ!バカぁあ!!
くすぐったいィーーッ!!!」

桃子がその彼のささやかな意地悪にやめてぇと言いながら、それでも必死に指を離そうとする。

(こんなっ、イタズラするなんて、
なんて、なんてイヤなやつなの!)

そうくすぐったかったり、怒ったりしながら、桃子がプロシュートを涙目で見上げれば、彼はとても愉快そうに悪戯っぽく笑っていて、
その顔がどこか可愛らしいとも思ってしまった。





…ガラガラ。


「おや、まあ。
草薙の親分とこの桃子ちゃんか。
うちの店の前でイチャつくのはやめてくんないかねえ?」

そんな騒ぎを聞きつけたのか、ドロみたいなガラクタの中にも素晴らしい宝物があるという由来の骨董屋「泥中花(でいちゅうか)」の主人大蓮が店からぬっと姿を現した。
彼は大◯漣に似てるとよく言われていて、今両手には巨大な大国様の置物を抱えていた。


「違いますっ!
大蓮さんっ、いちゃついてない!
私、この人に意地悪されてただけですっ。
この人はプロシュートさん!
おじいちゃんの友達のお孫さんで日本に遊びに来ていて、仕事仲間のお土産を買いに私が付き添ってるだけなんです!」

桃子はまたしても知り合いに、プロシュートと自分が恋人だと誤解されたと思い、慌てて訂正するも、
「そう?
ひひひっ、桃子ちゃん、満更じゃなさそうだったけどなぁ」
そう言って店主は外人さん好みのお土産ねと店へ戻っていく。

「また、また…誤解されちゃった…」

がっくりうなだれた桃子はそれでも気を取り直してプロシュートをキッと睨みつける。


「ひとつ、注意事項ですっ」

「何だよ」

ほおを膨らまして、困ったように半泣きの桃子もリスみたいで可愛らしいなとプロシュートが思うのを、彼女は知らずに。

「いいですかっ、
お店の中の物は不用意にいきなり触らないでくださいねっ。
気になったら、まず大蓮さんの許可取ってくださいねっ。

あと!
私の手を握るのも、私の許可取ってからですからね!」
そう言ってビシッとプロシュートを指差すと、クルッと背を向けて店の中に入っていく。
後ろを向いてチラッと見えた耳が真っ赤になっていたのが、プロシュートにはおかしくてたまらない。
この女はずっと一緒にいても、飽きずにいられそうだ。


「At Her majesty's pleasure.
(女王陛下の仰せのままに)」

ククッと喉を鳴らしてふざけたように芝居がかって返事をする彼の声色が、甘く苦味をともなって桃子の耳の奥にやわらかく響く。


(まだ、手の感触が抜けない…っ)

プロシュートといると顔が熱くなってばかりだ。
道ゆく先であまりにも注目されて、ご近所さんからも道場の人々からもお付き合いしてると勘違いされ、散々羞恥プレイをかまされて恥ずかしいからなのだろう。




(それと…なんだろう)

先ほど一瞬バイオレット・ヒルが見せた幻を意識してしまう。
ほんの僅かな時だったが、その映像は強い印象を残す。

桃子の手を繋いでいた彼の表情がとても優しかったのも。それが桃子に向けられていたのも。

髪についた桜の花びらを取ってから、2人がキスをしていたあの幻。
プロシュートも自分も心の底から幸せそうに見つめ合っていた幻影を。


(嫌だ、ありえない私。
妄想酷い。
留学して外国人のハンサムな彼氏を作るって壱子さんの野望を散々聞かされたから、バイオレット・ヒルが変な風に動いちゃったんだ。

プロシュートさんだって、そんなふうに思われたら迷惑に決まってる。
わきまえなさい。
私はただの英語が人よりちょっと話せるガイド、みたいなものなんだから)

そう自分に釘を刺す。
この地味な顔立ちのチビの日本人の自分は、美しい彼の隣にはあまりに釣り合わない、彼はたまたま自分が押しが弱いから絡んでくるのだと思っていた。
そうして胸にチクリと小さな棘が刺さったのも気のせいだと思いたかった。

桃子は気付いてなかった。
彼女が無意識にプロシュートが握ってきた右手を左手で軽く包むように握っていたのを。
恥ずかしかったけど、手をはなした時に少し寂しさを感じたのを。


(あの子が、こんなに表情出すなんて久しぶりだねぇ。
ご両親亡くなって以来か。

この色男のおかげかねぇ)


そんな彼女を小さい頃から知っている大蓮は、桃子の様子にとても良い兆候だと微笑ましく思っていた。

寂しがり屋の家族を恋しがって、今も忘れられない桃子が、やっと前を進んでくれそうだと予感して。




























R.5.11.14
追加修正するかも。
桃子さんをからかう兄貴が書きたかった。


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