バイオレット・ヒル10
「はぁ…、勘弁してくれよ…」
リゾットの自宅兼アジトにて、アジトの玄関の鏡から出勤してきたイルーゾォは焦げたフライパンを手に大きなため息をつく。
先ほど彼が鏡からすっと出た途端、キッチンから焦げた臭いがしたので、もしや襲撃でもあったのかと急いで駆けつけたのだ。
すると、そこには。
「鏡のイルーゾォ!!
オレたちだけじゃ間に合わねぇんだっ。
すいやせん、手伝ってくだせぇえーー!!」
油まみれのギットギトの床を必死で磨くペッシと、
「くそぉお、アマーロ。
泣くんじゃねぇよォオ。
大した火傷じゃねえっつってんだろ」
手に出来た小さな火傷を自分で出した氷で冷やすギアッチョ 、
巨大な氷に閉じ込められた真っ黒に焦げたフライパン、
「…ぐすっ、イルーゾォ君。
ポテト、爆発、しちゃった…
ギアッチョ 、あたしをかばって火傷しちゃって…うわぁああん!!」
ギアッチョの手に火傷の薬を塗っていたアマーロは、イルーゾォの顔を見るや安心してまたワンワン泣き出す、
飛び散った油でギットギトのキッチンの大惨事だった。
「どうしたんだよ?
怒らねえからさ、説明してくれ」
「うん…、あのね…」
アメジストの理性的な瞳と艶やかな髪を揺らしてイルーゾォはアマーロの肩に手を置く。
涙でグスグスした顔でイルーゾォが来た事で少し落ち着いたアマーロはごめんなさいと言って、こうなったことを説明する。
なんでもペッシとギアッチョと映画を観てから昼食にとペッシが買ってきたピザを食べたあと、育ち盛りの三人にはちょっと物足りなくて何か作ろうと思ったそうだ。
腹減ったと言うギアッチョの声を背景に焦りつつ、手早く作れてお腹がいっぱいになれそうなものをとアマーロが目についたのは、買い置きのじゃがいも。
じゃがいもをレンチンして、マッシュし片栗粉と塩胡椒とスパイスを混ぜて丸めたものを揚げようとしたそうだ。
「…ん?
なんだ、この音?」
揚げる油の音がいつもと違うと気付いたのは、危機察知能力の高いギアッチョで、
「そういや、やけにぷくぷくいってるなぁ」
次にペッシが気になってアマーロのいる台所へ向かおうとする。
「え?何が?」
アマーロが浮いてきたポテトボールをトングで取ろうとしたその瞬間。
「!!?
アマーロ、伏せろォオーー!!
『ホワイト・アルバム!!』」
「『ビーチ・ボーーーイ!!』」
パァああん!!パンパンパン!!!
「きゃああああああ!!」
潰し方が不十分で中に空気が入ったポテトボールがトングに触れた途端、次々と爆発を起こしたんだと、ペッシは回収した黒焦げのポテトの山をイルーゾォに見せながら、うなだれた。
幸いアマーロは、咄嗟にギアッチョがアマーロの前に立ってかばったことと、ペッシがビーチボーイで彼女を自分のもとに引き寄せた事で無傷だったらしい。
ギアッチョはアマーロの目元に飛びそうだった油を手で遮った一瞬で、軽い火傷になってしまったそうだ。
「『マン・イン・ザ・ミラー』
フライパンの氷と焦げと汚れ以外を許可する」
イルーゾォは自身のマンインザミラーを呼び出して、焦げたフライパンを鏡の中に放り込み、再び鏡から引っ張り出すとフライパンはピカピカ新品さながらの姿で戻ってくる。
ほれとイルーゾォはアマーロに手渡してやった。
「ありがとぉお!
イルーゾォ君来てくれて良かったぁー。
フライパンダメになっちゃうかと思ったぁあ」
「気をつけろよ、油モンは。
アマーロが火傷しちまったら、リーダーとお前の兄貴はもとより、オレ達だって肝を冷やしちまうんだから」
「うん…、わかった」
「とりあえず、家主だからリーダーにはちゃんと報告するように。
帰ってきたらプロシュートにもな。怖いかもしれないけど、伝えなきゃもっと大変になるからさ」
「ううっ、そうだよね…そうする」
「…プロシュートの時はオレが一緒にいてやろうか?」
「ぜひィイイイー!!」
イルーゾォはその後一緒に台所の片付けを手伝いながら思った。
プロシュートがいないから、アマーロを含めた若いメンバーがやたら浮き足立っていると。
心なしか色んなものが出しっぱなしで、ちらほらアジト内が散らかってきた気もする。
聞けば、先日も真夜中までアマーロはお姉ちゃんとあおぐソルベとジェラートと何やらパジャマパーティーをしていたとも聞いた。
『ハメ外すのはいいが、加減っつーもんがあんだろ!!!』
プロシュートが目にしたらそう怒鳴りそうな最近のアジトの様子。
今日みたいなことがいつか再び起きそうな予感もした。
今日のようにリゾットが任務でアジトに不在の間、自分がプロシュートの代わりに彼らを気にかけたほうがいいかもしれない。
(ホルさんはアテにならないし、情報収集中心で忙しいオネエ二人はなかなか捕まらねえしなぁ。
オレが時々みるしかねえかあ)
こんなエネルギーにあふれた若者たちを、か弱くエネルギー不足な自分はどこまでカバー出来るのか。
(プロシュート、早く帰ってきてくれよ…)
イルーゾォは誰にも気づかれない程度に、ため息を再びついた。
(オレの土産、ちゃんと頼んだぜ)
イルーゾォはある程度片付けの目処がついたので、まだお腹を減らした三人の食い物を何か買ってやるかと、苦笑しながら鏡に潜って出かけていった。
…一方、日本では。
「お土産を買いたい…ですか?」
桃子は、プロシュートが作った絶妙な火の通し加減の肉のすき焼きを満足いくまで食べたあと、熱々のほうじ茶を口にしながらプロシュートに行きたい所はありますか?と聞いたのだ。
すると彼は、
「オレは特にねえが、
結果的に色んな場所に行く事になりそうなんだ」
と言って、胸元から金色のボールペンが差し込まれた高級そうな黒い手帳を取り出してパラパラページをめくる。
「ほれ。
全部オレの同僚のリクエストだ。
野郎ども、日本に滅多に来れねえからって好き放題言いやがって。経費に無理やり落とすから金は気にするなって言われたが」
「あ…、これは…、なんとも…。
(意外ッ、絵柄がスー◯ーズー!?」
そのお土産リクエストリストには、プロシュートのキッチリした整った英語と(これは観光客に慣れた日本人に見せる為にここだけ英語で書き、それ以外は誰にも読まれないように、イタリア語でもないインドの言語を思わせる文字がぎっしり書かれていた)
本人が描いたとは思えないフンワリしたイラストと共にこんな事が書いてあった。
すれ違いがないように本人たちが言ったままにメモをしたそう。
なおリストの()の中は添えてあるプロシュート直筆のイラストである。
(このスージー◯ーっぽい絵柄は、プロシュートが小さい時のアマーロを喜ばせようと色々試していくうちにたどり着いたものだった)
『White cat (a kitten with a red ribbon)
→KitKat Matcha Flavor
I also want to eat an assortment of sweets.
・Mama's child (Palm tree)
→I'll leave it to you
・Squid ink bastard (black octopus)
→Japanese bath salt, if possible, make it effective for stiff shoulders and headaches
Japanese Shuriken wepon
Makibishi
A Japanese sword is a plus
A wooden sword is fine.
Things that are likely to be helpful for future work.
・White Gay
→Drug store cosmetics
I'm curious about the petit price.
L'Occitane's limited edition in Japan
Go look for some beauty goods.
・Black Gay
→Katsuo soup stock
Kombu
Cute accessories with Japanese patterns
I'll leave it to you with delicious Japanese ingredients.
I want Yukata too.
・Spiral glasses (red glasses)
→Dragonque◯to's latest software and game itself
Go◯'s figure
Go buy some cool sneakers.
・Romantic pigtails
→Art book of Kanou school art exhibition
2 or 3 duplicates
I entrusted something that looked good to decorate a Japanese antique room.
・Cat crazy
→Fujiyama sand for putting in the cat toilet
Sake!
Sake! Sake!!
Anyway, give me a drink!
Snacks too!
・Damn pervert (guillotine)
→Rejected!!!
Remarks: Make it a melon food sample, or look for something that seems to lower his tension anyway.
(以下は日本語訳)
白猫(赤いリボンをつけた子猫)
→キットカットマッチャフレーバー
お菓子の詰め合わせもたべたいな
・ママっ子(ヤシの木)
→お任せしやす
・イカ墨野郎(黒いタコ)
→日本のバスソルト、出来たら肩凝りと頭痛に効くものにしてくれ
手裏剣
まきびし
日本刀あれば尚可
木刀でもいい
今後の仕事の参考になりそうなもの
・白いオネエ
→ドラッグストアのコスメ
プチプラも気になるわ
ロクシタンの日本限定もの
なんか美容グッズ見繕ってきて
・黒いオネエ
→かつおだし
こんぶだし
和柄の可愛い小物
日本の美味しそうな食材おまかせするわ
ユカタもほしいわ
・グルグル眼鏡(赤い眼鏡)
→ドラゴンクエ◯トの最新作ソフトとゲーム本体
ゴ◯ウのフィギュア
かっけースニーカー買ってこい
・乙女おさげ
→カノウ派の美術展の画集
複製画を2、3枚
日本のアンティークの部屋に飾るのに良さそうな物を任せた。
・猫バカ
→猫トイレに入れる用フジヤマの砂
酒!
酒!酒!!
とにかく酒くれ!
ツマミも!
・クソ変態(ギロチン)
→却下!!!
備考:メロンの食品サンプルにするか、とにかくヤツのテンションが下がりそうな物を探す
(※プロシュートは字を残すのも嫌だったらしい。どんなお土産かは桃子には教えてくれなかった)
』
(本名で書かないのは仕事上かもしれないけど、何かしらこのあだ名みたいの…プロシュートさんのセンス?
猫バカさんと白猫さんはなんとなく人柄が見えるけど、ママっ子のヤシの木、乙女おさげ…?え?
イカ墨野郎って髪か肌が黒いってこと?イカ墨なのに黒いタコってどうして??グルグル眼鏡…え?眼鏡がグルグルしてるの?…白いオネエも黒いオネエも気になる…変態??ギロチンつきで?!メロンの食品サンプルをどうして買おうと思ってるの?変態の人が好きなのかしら。
そういえば、前も変態の話をチラッとしてましたっけ…え?どういうこと??)
桃子は色々つっこみたい気持ちでいっぱいながらも表情に出すのは失礼かと、戸惑いながらプロシュートにノートを返す。
「そうですね、おじいちゃんと私の知り合いの方に色々聞いてみますね。
私も微力ながら、お手伝いします。
お土産買いながら、散策しましょう」
「助かるぜ。
なんだかんだ、世話になってるヤツらでな」
桃子はそのノートをもう一度目を通して、イルーゾォの希望の日本のアンティークの何かに目をとめた。
「プロシュートさん、そしたらこの日本のアンティークから買いにいきましょう。
この近くに、おじいちゃんの馴染みの骨董品屋がありますから」
そこは手頃な値段で買える店で桃子も時々お料理をのせる和食器や着物にあわせる簪を買いに行っていた。
店内は、江戸時代の洒落たデザインのおちょこやら、大正時代のアンティーク着物やら、狸の置物やら何だかよく分からないツボなどジャンルがごちゃまぜになっている。
外国人が好きそうな物は、きっとあの中にあるだろうと思った。
「さむっ…」
骨董品屋へ並んで歩く。
冷たい木枯らしがふき、枯れた落ち葉が踏み締めるたびにカシャカシャ乾いた音を立てて崩れていく。
桃子はフウフウ指をこすりながら、隣を歩くプロシュートを見上げる。
「そうだ、プロシュートさんは何か欲しい物はありませんか?
お土産探しと一緒に探しましょう」
桃子の指は先が赤く染まり、頬は粉雪の中に一輪の野薔薇の花が咲いているようで。
「オレの欲しいものか…」
プロシュートは隣に立つ桃子を見下ろして、そのブルートルマリンの瞳で愛しい彼女を見つめる。
彼が欲しいもの、
それは、
(お前だけだ)
だが、それは叶わないものだ。
だから、プロシュートは女達を喜ばせてきたその美しい人差し指をゆっくり上げて、
「guanti(手袋)か。
見てられねえな、オレに買わせろ」
桃子の冷えた指先を指差した。
この前桃子が自分が編んだ手袋を、老人になったプロシュートに渡したのを彼は覚えていたから。
「え?
あの、私に?なんで…
あなたの欲しいものを聞いたんですけど…、
ってきゃあ!
なにぃっ!
急に手を握らないでェ!!」
「手袋がねえ代わりだ。それが恥ずかしいなら、黙って買われちまいな。
Gatto nero」
桃子のその冷たい手を、昨夜彼女が自分にしてくれたように手を包み込んであたためたいとプロシュートは心から思って、桃子の手を繋いで歩いて行く。
「もう…、恥ずかしい…っ。
何で、そんな手を繋ぐの好きなのォ、離してェ」
「諦めな、お嬢ちゃん。
オレに捕まっちまったら、簡単にゃ逃げられねえよ」
プロシュートは桃子に向けて、悪戯っぽく軽く笑みを浮かべる。
情愛の籠った眼差しで。
(オレが欲しいもんは、オメエといる時間だ。
桃子)
プロシュートは胸に痛みを覚えながら、愛しい彼女の手を離すまいとしっかり握ってズカズカ先を進んだ。
…桃子といる時間は限られている。
その事を考えたくなくて気づけば、自身の指を彼女の指にしっかりと絡ませて強く握っていた。
(こんな恋人繋ぎ…こんな姿、誰かに見られたら…っ。
心臓もたないっ。
けど)
桃子はそんなプロシュートが急にした手を繋ぐことに頭から煙が出そうになっていた。
握手じゃないのだ。
導くための手引きじゃないのだ。
どうして、こんな大切な宝物のようにプロシュートは桃子の手を扱うのか分からなくて、戸惑ってしまう。
いつもの桃子なら、こんなに距離が近すぎると嫌になって逃げ出すのに、プロシュートの手を振り払うことはしたくない。
昨夜の寂しそうな彼が手を差し出した姿を思い出す。
(きっと、プロシュートさんは、手を握るのを大切に思ってるんだわ…
なんとなく、そんな気がする。
それに)
もし誰もいない二人きりだったら。
(…いや、じゃない、かも)
そんな時桃子の目の前を一羽のバイオレットヒルがきらりと光って、ふとある景色が目の前に刹那的に浮かび上がってきた。
存在する筈のない、不思議な記憶として。
この道は今は枝に葉もない冬の道だが、春になれば桜が咲き誇る並木道だ。
春になったら…
『綺麗でしょう。
私、あなたに見せたかったんです』
『ああ、美しいな…こいつは』
満開の桜の花の下、
桜の花と蝶が描かれた鶯色の小紋を着た自分が、
顔を赤くしながら微笑んでいる。
その隣には桃子が見立てた美しい空色の半襦袢と羽織を着た彼がいる。
片手にお弁当の入った風呂敷包みを下げ、もう片方の手は桃子の手をしっかり繋いで。
見惚れるようなやわらかな笑顔で、桃子を見つめている。
散る花びらが桃子の髪にかかったのを、
彼はそっと指先で取ると、
その手を桃子の頬に移して、
そして。
(…何、今のっ!)
桃子は絡められた手をなるべく見ないようにしながら、赤い顔を隠すようにマフラーにスポッと顔を埋めた。
「何だオメー、そんな寒いならマフラーも買ってやるか?」
すぐにプロシュートから、お前の顔が見えねえとスポンと顔を出されてしまったが。
桃子があの時その一瞬だけ見えた光景は、
幻でも妄想でもなかった。
それを理解できたのは、次の年の春。
R.5.10.31
今月もう一本更新できて良かった。
イルーゾォ君、公式と全然キャラちがうけど、まあ動かしやすいからいいや。
お土産リストをメンバーごとにメモなんて、しかも桃子さんに見せるなんてと思ったけど、お土産リストのくだりは目をつぶってください。
兄貴のイラストはやたら可愛いと無駄な設定追加。
先日の蛇の血飲むサバイバーぶりや必要なら着ぐるみでもなんでも着ると兄貴を何にしたいんだと思ったり。
ノートの謎のインドの言葉っぽい文字も一応フラグです。
日本のお土産は兄貴が連絡するたびに暗チの皆が、やっぱあれも買ってくれとか追加しそうな気がする。
うちの兄貴は今のところまだよく日本を知らないので、桃子さんしか欲しくないけど、こっそりたんまり金を貯めてるので、愛する彼女に色々買ってあげたいと思ってます。
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