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4 オールモスト・イージー -喚起
『……アマーロッッ!』











…お兄ちゃんの叫びが聞こえた。


ううん、違う。

お兄ちゃんがここにいるんじゃない。

生身の声なんかじゃない。







『諦めるな!!
何でもいい!
側に鉄パイプでも花瓶でもありゃ、掴んでドタマをカチ割るんだッッ!
絶対可哀想だと思うなよ!
組み敷かれたら頭突きをするか、急所を蹴り飛ばせ!男女共通一番弱い所だ!
いい威嚇になる!

髪の一房でもいい!頭の皮をぶっ掴んで上から下へ血が噴き出すくれぇ毟り取れ!
首筋を噛みつけ!猟犬みてぇにな!
顔面に指食い込ませて両目を一気に潰せッ!ひ弱なテメェでも出来る!
視力を奪えば逃げやすくなる!

ビビらせるんだ!!
そして……逃げろ!ナリ振り構わず逃げて逃げて逃げまくれ!!』


嵐の吠え声が一気に頭を駆け抜けていく。
爪痕を残して走り去っていく。


これは私の記憶の中のお兄ちゃんの声だ。






『逃げられないならッ!絶対ただでくたばるな!
ソイツの記憶にテメェを深く刻み付けろ!屈辱でも!ちっぽけな恐怖でもなッ!

手掛かりを残せ!
オレが復讐出来るように!
思いきり引っ掻いて爪ん中に皮膚を残せ!
一本でもいい!指を食い千切って意地でも飲み込め!
オレがお前の腹をかっさばいたら、それを持って必ずテメーの敵(かたき)をとってやるからな…ッッ!』


お兄ちゃんがいつも言ってた事だ。






『…いいかアマーロ。
正義のヒーローがピンチに助けにくるなんてのは映画の中だけだ。脳味噌で腐った花を咲かせたクソッタレ野郎の作り話だ。嘘だらけの甘っちょろい夢だ。

幸せな結末なんてな、現実じゃそうじゃねぇから作られるんだよ!

現実は残酷だ。
間に合わねぇんだよ。大抵はよぉ。オレはそういうヤツを何人も何十人も見てきたんだ。
弱いヤツはな……、ただ黙ってたら殺されるだけだ、金も名誉も命も奪われるだけだ。

だから動くしかねぇ!抵抗するしかねえんだ!
オレがいるならばオレが助ける!
だがな、自分(テメェ)一人の時はな、自分(テメェ)自身が自分(テメェ)を助けるしかねぇんだ!!』




(怖い。

怖い…………!)




いじめられていた時、自分からなるべく人に近よらないようにしてた時、私はいつも逃げてきた。

辛かった。

けど、死ぬほど辛かったけど、死ななかった。
だから、逃げてきたんだ。


でも、今は、この冷たい圧迫感から逃げられない。


分かる。
この人は、お兄ちゃんと同じか、それより強い……。



逃げられないなら、道はひとつしかない………。

それしか、選べない。








(やる……、しかない………。


やるしか、

ないんだ…………)




握りしめた両手が痛い。かみしめた奥歯がカチカチ音をたてている。







(あたし………、またお兄ちゃんに会いたいッッ。

朝の学校の前で手をふって別れたのが最後なんて、そんなの嫌だ。嫌だよ…!)





身体がふるえてる。

つぶったまぶたが、それでも固くてなかなか開かない。

ボロボロ涙がこぼれて頬をすべっているのがわかる。
嫌だ、生温くて気持ち悪い。







(あたし、死にたくない。









なら、

やらなきゃ…………ッ。

そう決めなきゃ…………)














覚悟を決めて開いた視界。


黒革のコートの裾。
モノクロのスラックスに包まれた長い足。
剣闘士を思わせる黒いベルト。
黒い不思議な被り物。
冷たい表情。銀の睫毛が刃の眼光を縁取ってる。

あたしの顔にかかる大きな影。
伸びる影。


…間近に来てる。

私の頭へ、あの人の手が伸びてる………!



















「イヤぁあああああああああああ!!!」

































『……許されざる者よ』










私の背後から、私の声なのに、そうじゃない声が聞こえる。

















…握りしめた拳が、強く熱く、拍動した。

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