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Innamorato In Japan 7
『オレから会いに行く。
野暮用があってよ、いつかははっきり言えないがな』

(そんなこと言われたって、いきなり来られたら…こまる。
予定とか立てにくいじゃない。
外人さん達って、いつも突然なんだから。

来たらどうしよう。
とりあえず、この近くは美味しいお店が色々あるから、この神社を簡単に案内しながら好きなものを聞いてみて、それに近いお店に連れて行こう。
でも夕ご飯時だったら困る…!
お買い物しなきゃいけないし、春雨には連絡しないと心配させちゃうから…うーん…)

桃子はそう物思いにふけりながら、境内を藁箒でせっせと掃いていた。

案内すると言ったもののプロシュートは自分から桃子に会いにいくと言って別れ、それから数日たっても姿を現さなかった。

(けど、外人さんって、はっきり約束するわけじゃないから、もしかしたら、あの人は来ないかもしれないわ)

これまで神社に来た観光客の外国人の何人もの姿を思い出しながら、そう結論づけた。
桃子はフゥゥと小さく息を吐いて、目の前の池に映る自分の姿をみた。
そこには木枯らしに手と頬が赤く冷えた黒髪のさえない見た目の自分が見つめ返している。
特別際立ったところがない自分。
一重のあまりはっきりしない目つき。
人混みでは埋もれてしまう低い背。
巫女のバイトで必要だからと肩甲骨まで伸ばして、染めずにいる黒髪。
参拝者が年配の方が多いので話しかけやすい見た目にしなさいと言いつけを守って、あまり濃くはない化粧をしている。
ネイルをしない指先は、ときどき爪を磨いて保湿の花の香りのオイルを塗る程度だ。
街中や大学で同じ年ぐらいの女の子達と一緒にいれば、あっさりとけこむごく普通の容姿。
そんな見た目は嫌いではないけれど。
母親からかぐや姫みたいだと幼い頃に褒められて以来嬉しくて手入れを欠かさない黒髪と、父親からお父さんとそっくりの意志の強い目だと言われた夜闇の深さの瞳と、好きな部分も自分なりにある。
桃子は困ったように眉を寄せてる水面の中の自分に微笑んだ。


(でも、あんな派手で綺麗な男の人と並ぶにはチグハグね。
私があの人だったら恥ずかしくなっちゃう。
もう来ないだろうなぁ。
あのホテルの受付の女の人の様子も、あの人とたった一日ちょっといただけで見た周りの女の人の反応からして、誰かに声をかけられてるかも。
素敵なバーがホテルにあったし。
こんなチンチクリンよりもナイスバディな女の人と六本木とか赤坂のバーにでも行ってるんだわ。

ああ、よかった…。心配して損しちゃった。
おじいちゃんはがっかりするかもしれないけど、私はその方がいいわ。

これで私の平穏ないつもどおりの日々のままで過ごせる…)




今では夢だったんじゃないかと思う。
初めて会ったのは夢の中だったから、その延長だったのかもしれない。
それほどまでにプロシュートは現実離れした美しい男だった。
あんなに圧倒的な存在感のある人間に出会ったことがなかった。
それこそ美術館で飾られているルネサンス絵画の天使の御姿のようで、もしくは海外のファッション雑誌の美男子と肩を並べても彼に誰もが視線を向けてしまうだろう。

『おいしい天ぷらが食べられる店はドコデスか?』
『アサクサへは、どの電車に乗ればいいですか?』
そんな風に片言の日本語で聞いたり、アリガトーと言ってくるような、これまで彼女がバイト中に出会った外国人とは彼は全く違っていた。


(これでよかった、


良かったんだ…、うん…)


そう思いながらも、桃子の頭の片隅には、彼の瞳の色が記憶に焼き付いて離れなかった。

水の中のサファイア。
夜闇のタンザナイト。
白木蓮の木の下で、タクシーで抱き寄せた一瞬のあの時、朝の台所で手伝ってくれたときの、ヴェローチェのスーツに着替えてきた時の…。



(これでよし。
そしたら授与所もそろそろ閉めましょうか…)

12月は日も短い。辺りは夕日の朱と夜の淡い紫が混ざり合う空に染まっている。
掃除を終えると箒を手にして、鳥居に立っていた桃子はふと石段の向こうの参道からやってくる人影を目にした。

(いつものヤエコおばあちゃんじゃない。
こんな夕方にくるわけない…)

その人影がだんだん石段を登って姿が見えていくにつれて、桃子は顔馴染みの老婆ではないと気づいた。





(外国人のお爺さんだわ。
珍しい。
こんな時間に。


大丈夫かしら?)

こつ…こつん…こつん…と杖をつく音。
紺色のコートに黒いストールと黒い帽子。
枯れ木のような手足で歩く姿はふらついて危うくて、もし足を滑らせてしまったら、ぽっきり骨を折ってしまうかもしれない。大腿骨骨折をして寝たきりになった、かつての参拝客を思い出すといてもたってもいられなくなった。


「大丈夫ですか?
良かったら、私につかまって下さい」

桃子は足早に近寄ると、いつもやってくる煎餅屋の老婆にするように老人に手を差し伸べた。


「ああ…すまないね、お嬢さん」


その品のいい服装に銀色の髪を三つ編みにした老人は、桃子に向かって、照れ臭そうに笑みを浮かべた。





「助かったよ。
お嬢さんには手間をかけてしまったねえ。
少ないがこれを…」

黒のストールから金色のネックレスがちらりと光り、老人は胸元から財布を出すと千円札を桃子に差し出してきた。

「いいえ、いいえ。
ただのお節介ですから、お気持ちだけで結構ですよっ」

「そうかの?この国は変わっているのう。
チップもいらないと言う輩ばかりで。

ならば、これは参拝料にしよう。
お嬢さんはここにつとめてるのかね?
どうか私にどう参拝すればいいか教えてくれないか」

「はい、よろこんで…!」

「ありがとうよ、美しいお嬢さん」

「…っ、お上手ですね。
あ、あの、お爺さんはどうしてここに?」

「ああ、それはな…」

老人は目線を桃子にきっちり合わせる。
彼のその瑠璃色の猛禽類の瞳に映るのは、


「口約束したんじゃよ。
ここに来ると」

「そうなんですか。
お友達かご家族と待ち合わせにですか?」

…初めて夢の中で会った時の、白い上着に紅いスカートのような形の着物姿の、彼女で。
老人は無意識にノーヴェのペンダントヘッドに触れる。




『バンビーノ。

お前は女を、愛を知ったつもりでいるが、まだまだ上澄み部分だ』






「いいや。違う、違う」



老人は人の良い顔付きからニヒルな本来の自分を見せるような笑みを浮かべる。







(オメエに、会いに来たんだよ)





彼は心中でその問いに答えた。
目の前のおかしな日本人の彼女に。







『…こぉのハレンチ男がァあああああああーーーーーーーーーーーーーーー胸元開きすぎなんだよぉおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!』




『すみません…っ、


泥がついてしまいましたが…、

なんとか見つかりました』




『自分が好きな物を、
一人で食べるより、二人で食べる方がずっと美味しいんですね』




『冷たいわ…。


顔色悪いですね…。
大丈夫、ですか…?

私のマフラーお貸ししましょうか』










老人はーーー、

ターゲットの懐近くまで潜入する事に簡単に成功した、

暗殺者プロシュートは、

その遠いイタリアから訪れた男は、

この目の前の平和ヅラをした日本人の彼女に再び会ったこの時、薄々理解できた。


(気のせいじゃあなかったか)


この数日、呼ばなくても近寄ってきた日本人の女達といた時には全く感じなかった感情。






「さあ、こちらで手を洗って下さいね。
私のするように真似なさって、まずはこの柄杓を手に取って…」

「おお、冷たいのう、まさに年寄りの冷や水じゃのう…」


この微かな焦燥感と嬉しさが混ぜこぜになった不思議な気持ちが沸き起こるのは、彼女が原因だからだと。






















R.1.7.16
私生活がバタバタあって更新おそくなりました。
追加予定。
これからもスローペースですが少しずつ進めていきます。いつも応援ありがとうございます。

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