[携帯モード] [URL送信]
☆どんな顔をすればいい?
※前作の続き。
甘めと微裏注意。






「…これから、そう呼んでくれねえか?
その呼び方で」

「え?」

食事を終えた帰り。
プロシュートは恋人になったばかりの彼女にそう言った。

店の大将に妻が呼びかけたその呼び名を桃子から意味を聞いて知った。プロシュートは自分も同じように呼ばれたくなったのだ。


それの持つ響きが、あたたかく、優しく聞こえて、マフィアで暗殺者という真逆の世界の自分も錯覚出来たらいいと思ったから。

「言葉にしてりゃ、本当になる日が来るんだ。
オレはジジイからそう聞いてた」

だからプロシュートは、やっと逢えた黒髪の恥ずかしがり屋の恋人に、その望みを言葉にした。



「いいの…?
そういう風に思われても…恥ずかしくないの?」


桃子はその申し出に驚いて、振り返る。
恐る恐る返した言葉は微かに震えていた。
それは儚く散りやすい花に重たい夜露が天から滴ってきたように。

「だって貴方方ギャングはメンツが大事でしょう?
わたし、貴方に比べたら地味だから、その呼び方で周りの人が貴方をバカにするかもしれません。

それにお仕事の時、女の人に近づかなくちゃいけないでしょう?
いくらイタリアから日本は遥かに遠くても…。
この前貴方はなるべくそうしないって言ってましたけど、それでも万が一支障が出たら…、

わたし、貴方の足を引っ張りたくありません…」


言葉ではそう言っても、そうして欲しくない。
この美しい男にはすぐ女が寄ってくるのだ。日本に来てた時がそうだったように。

言葉より雄弁に語る彼女の姿。
黒い瞳から静かに浮かぶ雫。
その声は耳の奥に響く海のさざ波。

「ったく、つまらねえこと気にしやがって。
謙虚だったか?それが美徳なのはオメーの国だけだ。
オレはオメーを恥だなんて思ったことはねえよ。
そりゃあオメーは面倒くさい女だが、オメーの行動には恥はねえよ。
それに、オレが今まで生きてこれたのは、このツラ使ってただけじゃあねえ。

まあ、オメーが気にするんなら、これからはギャーギャー言う奴らは潰してやるのもいいかもしれねえな?」

「ううっ、やめてェ…貴方が言うと冗談に聞こえませんっ。
ああ!今の貴方、すごく目がきらきらしてるッ!?おじいちゃんから色々聞いてましたもんねっ、色々ッ」

プロシュートは桃子のことを恥ずかしい訳がない。
桃子の姿も雰囲気も彼は美しいと思っていて、弱気なように見えて芯が強く、鋭い攻撃性にも惹かれている。
何よりおせっかいに近い無謀な優しさに日本にいた時、何回心が救われるような思いになったか。

これまで自分の生き方を後悔をした事はなかったが、日本に来た時、少し…少なくとも彼にとっては少し…疲れていた。
完璧だと思われてもプロシュートだって人間だった。
ただ見せないよう意識していただけで。

それが桃子の前でなら、いいと思えた。


『だって、貴方は私の大事なお客様なんですから…』

桃子の側にいた休暇は、どんなに睡眠をとるよりも、体を解されたり、何か憂さ晴らしをした時よりも、ぬるま湯につかったような日々で、凝り固まった疲れが徐々に柔らかく溶けていき消えていった。

桃子の側にいるだけで幸せだった。
何も武装をしなくてもいい、気の張らなくて済んだ穏やかな空気。
彼女のやわらかな膝の上に自分の頭を乗せて、あたたかな彼女の手が自分の手を握っていた時は、安らかだった。

『お目覚めですか…?
よく眠られてたみたいで、良かった…』

幸せだった。
こんな思いをしたことがないくらいに。
何より桃子は、先ほど彼の死の手を怖がらずに手を重ねてくれた。



「まあ、どちらにしろ、
遅かれ早かれ本当にしてやるよ」

桃子の手を取り、指を絡めてしっかり握りしめた右手の上に乗せた左手で包み込む。
拒否権もオメーの恥も関係ねえと付け加えて。
桃子は眼を見張ると、一瞬顔を歪めて、すぐ泣きそうな笑顔にその表情を変えた。


「…本当におかしくて、せっかちな人っ、

でも、わかりました…っ。

嬉しいですっ。
『あなた』」

プロシュートは自分が長く生きられないと薄々思っている。
それは桃子にもそう伝えている。

けれども桃子は、貴方が出来るだけ長く生きられるようにいつも神社でお願いしていますと言い、あなたの大切な時間を私に下さってありがとうございますとポロポロ泣きながら、こくこく何度もうなずいていた。

あなた。
妻の夫へ言う古風な呼び名。
その呼び名が名実共に叶うよう、今から彼女が自分の側にいてくれるようにと願いを込めて…。







その後、桃子の家に戻ったプロシュートは、彼女に今はお前が怖がるからセックスはしない。ただ二人で一緒に眠りたいと言って、月の光の照らす気持ちの良い床に就いた。
桃子の正面を向くと貴方の顔が綺麗で近すぎて眠れないからこうして下さいという彼女のワガママを聞きいれる代わり、出来るだけ密着するよう背中から愛しい彼女を抱きしめて、その手は桃子の手の上に包み込む。
小柄な彼女は、やはりあたたかくて、その体温が心地よかった。
その寝る姿勢も悪くない。
あの黒髪の花の香りが強く感じる。


「明日…チリエージォに会いに行く。
オメーとオレの事を話さねえとな」

「…だいじょうぶです。
おじいちゃんは、分かってて、あの時、私を貴方の元へ引き合わせてくれたんですよ」

「馬鹿言うな、オメーの国で言うケジメだ」

「イタリアの人なのに、あなたは不思議ですね…」

「桃子だからだ。
さあ、寝るか」

「はい…あなた」

後ろから頬にキスをして、プロシュートは桃子が寒くないようにしっかりと掛け布団を肩まで引き上げる。


「Buona notte ブォーナ・ノッテ(おやすみ)
Cara mia。
愛してる…」


「おやすみなさい…あなた。




…わたしもです…」


一ヶ月前には激しく渇望していた、彼女の恋人となって彼女の側にいること。
それが叶うなんて夢にも思わなかった。
どんな美しい女よりも、今のプロシュートにとって愛しい彼女との眠りつくことは幸福の時間だった。







だが、これまで身についた性分か。

「……」

眠りについてから時計の針が何回か回った夜も深い時間に、プロシュートはふと目を覚ました。



(職業病、ってやつか)


自嘲めいた笑みをし、今は空気が冷たく澄んで気持ちがいいから、庭先で一服してからまた寝る事にした。腕の中で眠る桃子が側にいた事に、夢ではないと安心して、起こさないよう気をつけて床から抜け出す。


(今でも夢じゃねえかと思っちまうんだ)

桃子の頬に手の甲を当てて彼女の温もりを感じ、身を屈めて触れるだけのキスをしてから、その場から離れる。




紫煙が月の光に混じり夜空に向かって伸びていく。
冬の空には星が見える。
その冬空で最も見つけやすいオリオン座が光っていて、ふとその星座の中の赤い星ベテルギウスから妹の紅い瞳を連想した。






『お兄ちゃん、良かった…。
元気になったんだね。

私わかったよ。
お兄ちゃんからね、いい香りがするの。
先週の満月の日から。
花の香り…、知らない花の。
お兄ちゃん大好きなんだね。

私も、この匂い好き…』

今日桃子の元へ行く前に話した時のアマーロはそう笑顔で何度もうなずいて、良かった!良かった…と喜んでいてくれた。

『お兄ちゃんも、どうかお兄ちゃんの好きな様に生きて欲しかったの。私に縛られちゃダメだって…お兄ちゃんにはお兄ちゃんの人生があるって…。

心配だった、でも、これで安心したの…』

妹のその言葉はお互いに寂しさもあったが、ありがたかった。




(そろそろ戻るか…)

それまでの事に物思いにふけっているうちに、吸い終わった煙草が気付けば何本も灰皿の中で潰されていた。
彼女のことも思い、プロシュートが足を組んで腰掛けていた縁側から、立ち上がろうとした時。











背中から軽い衝撃を受けた。







「…あなた…っ!」


プロシュートは後ろから抱きしめられていた。
熟睡していた筈の彼女に。
その白く小さな手が腹部にまわり、背中に彼女の頬が強く押し付けられていた。





「良かった、ここにいて…っ。
よかった…ッ」

その只事でない様子に茶化してはならないと彼は答える。

「オレがオメーをおいて、どこにも行くわけねえだろ?」
それでも彼女はその答えが満足いくものでなかったようだ。

「いいえ、いいえ…!
あなたのお仕事柄、
いつわたしの元からいなくなっても、おかしくないもの…
怖かったの…。

やっと貴方に言いたかったことも言えて、
貴方が受け入れてくださったのに…!


さっき夢に見ました。

あなたが、死んだ…夢を」

「…オレはそう簡単に死なねえよ。
こんな可愛いヤツを置いていく訳ねえだろう」

桃子の回してきた手を重ねてプロシュートは、昔の妹に言い聞かせるようにそう言った。
それでも桃子は、首を強く二、三回振り、プロシュートの背中に再び顔を押し付けてきた。
背中がじわりと温かく濡らされていく。

「でも…あまりに生々しかったから…っ。

貴方の顔が血に濡れていて、片目は潰れて、足もちぎれてかけて…片手も無くなっていて…っ。
血がたくさん流れていて。

前髪がほぐれていて、貴方はそれでも諦めようとしてなくて…
誰かを勇気付ける為に…心で理解させる為に…最後まで誰かを見守っていて…


あなたが、亡くなる間際に…っ、

あなたが妹さんを思った笑顔が…

私が前貴方の夢で見たあの時とそっくりで…優しくて綺麗なのに悲しそうだった。





ああ、夢だってわかって良かった!

でも起きた時に、貴方がいなかったから、もしかしてって怖くなったの…!」

「…怖がりの黒猫が…。現実を見ろよ、オメーはまだ夢に縛られているみてえだが。
また起こしてやろうか?」

しばらく、桃子は顔を埋めたまま、プロシュートは気がすむように黙ってそのままにしていたが、桃子は顔を上げると小さな声で囁いた。




「…だから、プロシュートさん…

あなた…。





…お願い、




抱いて…」

花のような小さな唇で、
そう言った。



「怖かった夢を夢だって信じたい。

貴方のぬくもりを、
貴方が生きてるって、感じたいの…」

一筋の光を帯びる黒曜石の瞳、
その決意をこめた声。
あんなに先ほどまで顔を見ただけで恥ずかしいと言っていたのに。
不安にさせてしまったのか。
プロシュートは嬉しさと悲しさの入り混じったような表情を浮かべて、恋人の抱きしめた腕を解いて、彼女の正面を向く。


何も言わずに桃子の唇に口付けると、彼女の膝裏と腰に手を添えて抱き上げて、二人の眠りについてた場所へ連れて行く。

布団にゆっくり体を下ろして、覆いかぶさる。



「…んっ…

ふっ…!」

そして桃子にキスをしながら、彼女の浴衣の合わせの中に手を滑り込ませて胸に触れる。
甘い声を十分に聞きながら花びらを一枚一枚剥がすように衣服を脱がして、露わになる首筋から胸まで口付けて赤い花を散らし、彼女の周囲に、脱がされた雪、青磁、白梅鼠色の衣服が広がっていく。
やわらかな秘所に指を入れて、傷付けないようにやわらかくほぐしていき、薄闇の中でのびる白い足を掴んで顔を埋めて彼女の甘い熱を味わう。今までの任務や一夜の女にはしなかったその行為。


「あっ、ああ!」

乳白色の彼女のさらされた裸身は美しく見えて、その身体も彼女の心も全て自分に注いでほしい、自分が死んだ後も忘れられない強い印象を残したい。
その思いで、プロシュートは彼女のやわらかな身体をゆっくりと後ろに押し倒した。














「可愛いこと言いやがって…怖かったくせによ」

長く時間をかけた情事が終わり、互いの肌のほてりを感じながら、枯れ果てるまで散々鳴いて力尽きて気絶した桃子の頬に両手を添えてプロシュートは甘くキスを落とした。

彼女が痛がらなくてよかった。
気持ちよくておかしくなっちゃいそうと言ってくれて良かった。
肌が直接触れ合う温もりに、彼も彼女が夢でなく現実にいてくれると実感して安堵する。

朝起きたら、またいつもの調子でハレンチと叫ぶだろう。
いつものその姿も可愛くて好きだが、今日は散々抱いたのでそれも酷かと甘い考えが浮かんだ。
後処理をし、彼女の脱がせた服を再び着せて、自分の服も身に付けてから、プロシュートは今度は正面から彼女を抱きしめる。

恋人になって初めてバイオレットヒルで呼ばれた時の桃子は恥ずかしくて、どんな顔をすればいいか分からないと言っていた。
今の自分は、朝桃子が目覚めたら、どういう顔をすればいいだろうか?



「…これくらい、いいだろ?

オレの桃子。
お前の顔が1番最初に見たいんだ」


口の端に微かな笑みを。
腕の中に異国の恋人を。
桜の香る夜闇の中。
その水の滴るサファイアの瞳を金の扇で覆い隠して。



「お前の夢にオレがいるといいな。



………愛してる…」


彼女にとっては悪夢だったろうが、それでも嬉しかった。
自分の死に悲しんでくれるまでに、自分の存在は彼女の中で大きくなってくれている。
名前を捨てた死人となって一人で死ぬ覚悟をした自分を覚えていてくれる人間がここにいる。
愛して欲しいと渇望した彼女に。
それは幸福以外の何者でもない。

朝、目が覚めたらどんな顔をしているだろうか。
今の満ち足りた彼の蕩けるような甘い微笑みに近いだろうか?

愛しい彼女の側にいる現実を感じたプロシュートに再び訪れた眠り。
それは甘美でやすらかなひとときで。
桜の香りと共に、水の滴る月は夢へゆるやかに落ちていった…。















































H.31.3.25
甘いの欲しい、もっと甘いのをと思ったら、気付いたら夜更かしして勢いで書けた。
この話の糖度は、ただでさえ甘いの多めの番外編の中でぶっちぎりで甘そう。
膝枕するようになった下りまでは書けなかったから、いつか書きたい。

watery moon(水の滴る月)はこのスペルであってるかしら。大好きな漫画七人のシェイクスピアで気に入った言葉だったので兄貴の心情の比喩に使ってみた。
拍手とクリックしてくれる方々がうれしくて調子に乗ってしまった。大感謝。

[*前へ]

5/5ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!