プリンセス・オブ・フォーリン7
『男性拒否を克服しなさい!
あの方のお詫びを兼ねて、あなたが東京案内するのよ!!』
そう無慈悲に命じてヘニャヘニャとタコ姿になって帰る叔母の梅子を見送った直後。
「あの女、オメーの手を握りながら何度もうなずいてやがったな。何か頼み事をしてるようだったが…
オレの方をチラチラ見てる様子からして、
オレの事だな?」
「う!?」
ギクゥ!!
プロシュートの言葉に桃子の背筋が思わず真っ直ぐになる。
(…鋭いッ)
桃子は彼女に目をやるプロシュートのギラリと一筋の光を放つ危険な眼差しに、逃げ出したい自分を奮い起こして誤魔化そうとしたが、プロシュート以外から見ても彼女が何か隠し事をしてるのは、あからさまにバレバレだったようだ。
「上手くいったら子供を作っちゃいなさい」
あの叔母の爆弾命令に、子供…子供…と否が応でも意識してしまい、桃子は背中の汗がぶわっと出るのを感じた。
「でも、あの、大したことじゃあ…
「なあ、桃子」
は、はいッ!?」
隣にいたプロシュートが、さり気なく桃子を壁に追い詰めながら距離を詰めてくる。
頬に手を添え、
顔を上げさせて、
「…お願いだ。
あの人は何て言っていたんだ…?
どうか、教えてくれないか。
このオレに」
(まずいまずいまずい!!
これはダメ!!)
パチリ。
色男モードのスイッチが切り替わった瞬間。
それは本場イタリア肉食美女の高い高いプライドをいとも簡単に蹴り落として、彼の足元に跪かせる最初の攻撃。
「桃子」
月の下の金髪。
湯上りの肌。
伏せ目がちの艶やかな眼差し。
いつのまにか腰に添えられた手。
その強烈な武器に、優しい色をわざと加えて、語りかける声に背中がゾクゾクしてきた。
あの声がこんな鮮やかに変わるなんて。
「…何て、言ったんだ?」
以前のバイトで被ったクマの着ぐるみ、ガスマスク、妹と大掃除する時にかぶる三角巾や大きなマスク装着の時のように、顔さえ分からなければオッサンと間違われやすいドスの効いた極限まで低くしたプロシュートのテノールが、今は一変して音楽的な甘い甘い囁きをその唇から奏でている。
大輪の華に滴る夜露。
ブランデーに浸された砂糖漬けの果物。
深く依存してしまう甘やかな毒。
艶やかなビターチョコレート。
そのやたらめったら美しい声で。
「にゃっ、
にゃ!
なんでもございませんってば!」
プロシュートの肩をグイグイ押して、首をできるだけ極端まで反らせて必死に抵抗する。
「何でもないなら言っても問題ないだろ?」
そんな桃子の姿に可笑しそうに笑うのも、腹が立つ程に絵になって。
(あぁああ、もう!もう!
無理無理無理無理ッ!!!)
だが、再び限界が間近になった。
このあまりの近さとラテン男しか出せないだろう特有の匂い立つ様な甘い色気に、キャパシティオーバーのメーターがその値をMAXまで急上昇していき、
そして、再びッ。
「このっ、
いちいち距離が近いんじゃああああ!!
ハレンチ男ォオーーーー!!」
目をグルグル回しながら叫んだ桃子は、
両手をバッと振りかざし、
きらきら光る紫の輝きと共に空中に現れた日本刀をしっかり握り締めた!
ガキィイイン!!!
「!?」
「Persona inesperta ペルソーナ・イネスペータ(未熟者め)。
嬢ちゃん。
このオレが同じ間違いを犯すと思ってたのか?」
その頭にめがけて切りつけた日本刀は、プロシュートが一瞬だけ出した、朱色と緑色の混じり合った目玉に覆われた禍々しい赤紫の異形の腕により弾かれる。
ーービュッ!!
「はっきりとは言えないが、何もない場所に物を運び出せるのか?その刀はどうやらテメーの持ち物みたいだからな。
もしそうなら使えそうな能力だ」
頭がカーッとなった桃子の、足元に落ちた刃先を翻して切り上げた先も、
ーーバッ
「問題はどれくらいの遠く離れた場所の、どんな物まで運べるかだが」
ーービュッ!!
手首を切り落とす小手の一撃も、
「出来るならガトリングガンぐらいは欲しい所だが、まあ弾丸運べりゃあ上々か」
ーーバッバッバッ!!
普通の剣道の試合ならば相手が一発くらわす間に2、3発はドカドカくらわす彼女の、
小手、面、逆胴の多数の攻撃も、
「それに、いい太刀筋じゃねえか。
殺すのに躊躇いが無えのもいい」
挙げ句の果てには、蛇が獲物に牙を剥いて飛びかかる速さで彼の首元に突き刺そうとした突きさえも、
ーーザッ!
ザッ!
ザッ!
「どっかのママっ子にも見習わせてやりてぇくれえだな」
プロシュートは必要最低限の2、3歩の動きどころか、首を少し横にずらす程度の最小限の無駄の全くない動きで桃子の攻撃をかわしていき、余裕綽々で軽口を叩く。
(っ!!勝てない…!)
桃子は唇を噛み締めて悔しそうに睨みつけた。
剣道三倍段という言葉がある。
それは、槍と剣の使い手が戦う場合に、剣の使い手は槍を使う相手の三倍の技量が必要という意味である。
最初の一撃は彼のスタンドが防いだとはいえ、刀の
桃子に対し、今のプロシュートは素手だ。
それは桃子と彼の間に圧倒的な差があるということではないだろうか?
「なあ桃子。
前会った時にも思ったが、オメエ、なかなか筋があるじゃねえか。
オレん所にスカウトしてえくらいだ。
…だがよ」
パァン!!!
「!!?」
刀を振りかぶる桃子の目の前に、唐突に出された両手。
桃子の顔の前で強い音を立てて手を叩く。
猫だまし。
だがプロシュートの繰り出す、それの音の威力は銃の発射音に匹敵する!
それはテンパって叫ぶペッシを静かにさせ、
妹がギャーギャー泣くのをやめさせる。
その爆音に目をパチクリして、ハッと正気を戻す桃子。
「きゃっ!!!」
その瞬間に刀をあっという間に手から弾き飛ばされ、落ちた刀をすかさずプロシュートは踏みつける!
そして彼はこう叫んだ!
「テメエの感情だけで振り回されるんじゃあ命取りだぜ!お嬢ちゃんッ!!
思った瞬間にブッ殺すのは構わねえ!
だがな、それは自覚してるって事が大前提だ!!
猛る一方で頭の片隅は冷めてないとなッ、冷静に場を見極めなきゃテメエはこうやって返り討ちになっちまうッ。
オレはそういう奴らを何人も見てきた!
さっきのオレに対してもそうだが、衝動的に動いちまって取り返しのつかない事になって後悔するのはテメエなんだぜ、桃子!!」
「!
ごっ、ごめんなさい…!」
馬鹿なことをした、本当に馬鹿なことをした。
プロシュートが叱咤した事で、やっと冷静に戻った頭で桃子は心底反省した。
プロシュートが拾い上げた日本刀を見て、自分の仕出かしたことに顔が蒼ざめてしまった。
先程、池に突き飛ばした時より酷い。
カッとなった自分は上手くいけば重症、そうじゃなければ殺してしまったのかもしれないのだ。
プロシュートじゃなければ。
いや、これまで彼女に近づく男達には此処まで激昂したりせず、せいぜいビンタをする程度だったが。
(どうして、こんなに…)
自己嫌悪してしまう。
顔は全然好みではない。
それなのにプロシュートがあまりに近寄ると、どうしても落ち着きがなくなってしまって、顔がまたたくまに熱くなってしまう。
まともに彼の眼を見る事も出来ない。
彼のする一挙一動に冷や冷やしてしまう。
これ以上近付いたら、何かが変わってしまいそうな気がして、
怖い。
祖父の教育だけでなく、もしかしたら昔告白に玉砕した時のことが未だにショックで、だから異性に対してこんなに反発してしまうのかもしれない。
だからこそ、いきなり切りつけてしまったのだろう。
(叔母さんの言う通りだわ…)
こんな自分じゃ、いつかまた誰かに迷惑をかけてしまう。
ちゃんと言おう。
叔母さんの言った通り、克服しなくては。
そう気持ちがまとまり、桃子は顔を上げる。
「…まあ、わざとだがよ。
オメエの力量見てみたかったからな。
あえて、オメーが嫌がりそうな風にしつこく近付いた」
いけしゃあしゃあと言いのけ、ニッと意地悪く笑う姿はもはや色男というより、どこかオッさんじみていて。
「え!!そんなっ、
ひど…!「とはいえ、オメーには冷静さが必要だぜ?
桃子」
一瞬で引き締められた厳しい声色に言葉に詰まってしまう。
そして再び、腕の中に捕まって顔をグイッと上げさせられる。
見てしまった。
間近でプロシュートの青い射抜くような瞳を。
「それについさっき、オメエ言ったよな。
オレの聞き間違いじゃあないといいんだが…
ーー何でもいたしますって言ったよな?え?」
バツリと色男からヤクザにスイッチが切り替わり、その耳元に唇を寄せて、プロシュートが囁いたドスの効きまくった声に、桃子はいよいよ観念して、ようやく白状した。
コンクリートのドレスはさぞ着心地が良いだろうな、と続けた言葉が冗談にはとても思えなかったから。
「貴方へのお詫びに…
あの!貴方がどうしてもお忙しいならっ、お嫌ならお断りなさっても…「構わねえぜ。時間なら腐る程あるんだ」
ううっ!は、はい…そうですか…、それなら…及ばずながら…精一杯お役目を果たさせていただきます…」
そうして、その場は何とか切り抜けたのだ。
(でも、この人なら私が頭が変になってさっきみたいに刀を振り回しても、きっと食い止めてくれそうだし…。
ある意味、私に耐性つけさせてくれるのにうってつけの良い人なのかも…、
うう、でもその前に沈められるかもしれないけど…)
新たな問題を残して。
この不思議で怖い、でもどこか奇妙な男と三週間は顔を合わせねばならない、
桃子にとって拷問にも勝る時を。
「こんな事いえる立場じゃあないのですが、
でも、プロシュートさん。本当に私でよろしいのですか?
私も貴方の仰る通り、出来る限りこの命にかけても、激昂しないよう精一杯努力いたしますが…
また…つまらない事で切りかかるような女より…別の人の方が…」
そう自分で往生際が悪く口にする桃子は、だんだん自分がしでかした事がますます恥ずかしくなって、声は小さくしぼんでいき、顔も少しずつ俯いてしまう。
「桃子」
「うぐぅっ!
は、はい…!」
「オメエの殺気、
オレは嫌いじゃあないぜ」
そう言って桃子の顔を両手でグイーッと持ち上げて、笑いかける表情は悪戯っぽく楽しそうで。
桃子は色男は何を言ってもズルいと思いながらも、彼の言葉に自己嫌悪の沼から首まで引っ張り出してもらえたような、妙な気持ちになった。
(おかしな人…。
いい人なんだか、怖い人だか分からないわ)
そんな印象を彼に抱いた。
それが少しずつ変わっていくのも、今の彼女は知らないだろう。
ましてや、彼が未来で彼女の恋人になるなんて、今は知る由もない。
H.31.3.2
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