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プリンセス・オブ・フォーリン6-1
トゥルルルル…。
早朝、アジトの電話が鳴り響く。
待ち人来たりて少女は喜び。
「イルーゾォくん待って!
あたしが出るよっ」
「ははっ、わかってるよ、ほら」
「ありがとう!」
その待ち焦がれた相手にうきうきした様子で少女はイルーゾォが渡してくれた電話機を手にとった。
先日大体これくらいの時間に電話すると言われて、彼女は早起きをして待っていたのだ。

「Pronto プロント(もしもし)?」

「…よお、シュガーマグノリア。
オレだ」

その艶やかながらも力強いテノール、温かみある言葉に少女は笑顔になって、ルビーの大粒の瞳をひときわ輝かせる。

「チャオ!長旅おつかれさまー!電話待ってたよ〜!」

「いい子にしてたか?
ペッシの野郎は腑抜けちゃいねえよな」

「うん、大丈夫だよ!
私はもちろん、ペッシ君もね!
昨日はちゃんと脱いだ靴下も洗濯に出してくれたよ」

ソイツァ良かったというプロシュートの返事に少女はひそかにホッとした。

なぜなら靴下は出したが、脱いだトランクスは昨夜廊下に転がってたことと、例の筋力増加メニューを怠けて今度自分と釣りをしに行くのを突っ込まれなかったからだ。

(ペッシ君、たまにはビクビクしないでのんびりしてほしいもんね)

それ以上兄貴に言われないように少女は誤魔化しと日本への好奇心も兼ねてこう聞く。

「ねえねえ!お兄ちゃんっ、それよりもジャッポーネはどう?
お兄ちゃんは何か変わったことあったァ?」

少女も日本のことはあまり知らない。
メローネが以前持ってきた原色バリバリの着物以外は。
知ってるだけの知識を総動員した結果、少女はきっと兄がヤマノテセンの上で襲いかかるサムライ軍団のちょんまげを愛用の二丁拳銃で全部撃ち落としたり、海老の天ぷらをクナイみたいに投げてくるニンジャたちとフジサンにタカが飛ぶ空の下で戦ったんだわと妙な想像をして気になっていた。

とは言ってもギアッチョとメローネの、「オトシマエ」として切り落とした何十本もの敵の指を天ぷら粉につけてカラリと揚げたあと、「ワビ」として始末しやがれと相手の口に押し込んでるというメチャクチャな想像に比べたら、多少はマシだけれども。

妹や同僚がそんな変な話題をしてるとは思わないプロシュートは特にないなと言いつつ、濡れた髪を拭きながらふとあの出来事を思い出した。




「ああ、ついさっきな、




土下座を見た」

それと日本人は本当にペコペコしやがるとも付け加えて。

「え!?DOGEZA!!!?
お兄ちゃん、また騒ぎを起こしたの!?」

一体プロシュートは着いて早々なにをやらかしたのか少女は目を見開いた。
どうやら昨日ギアッチョとメローネとペッシが話してた兄貴の賭けはギアッチョが勝ったようだ。

「失礼なやつだ、ありゃあ相手が勝手にやってきたんだよ。
しかもそいつは…」

変わったことと言えば、今のプロシュートの姿を妹に話せばいいのだが、あえて言わなかった。

(油断して、女に池に突き落とされたなんて言えねえしな)

そんな今のプロシュートはしつこいくらい暖かい格好をさせられていた。
コタツという毛布のかかった暖房用テーブルに足を突っ込み、せめてこれを着てくれと出された綿入りの紺色の羽織ものと毛布、無理矢理まかれたマフラー。
彼の後ろには電気ヒーター。
部屋にはガンガンに暖房がたかれてる。
別に見てはいないのだが、彼女が待ってる間よかったらとつけたブラウン管では録画してあった相撲中継。
テーブルには熱々の茶とみかんと煎餅が並んでいる。
池に突き落とされてビショビショに濡れたプロシュートがガンとして先に風呂に入れと桃子に譲った為、せめて風邪をひかないようにと言われて、こんな格好をしているのだった。

『だって、私が悪いのにっ。
あなたが先に入って下さらないと申し訳ないです…!私は腰から下ですけど、あなたは全身なんですよ!!』

『わからねえ奴だな、テメーはッ。
オレは仕事で暖房がねえ場所で何時間も待機してんのなんか当たり前で慣れている。
ついこの前のロシアだってそうだったんだ。それにオレの国の冬に比べりゃ、Giappone ジャポーネの冬なんざ大したことぁねえ、Tシャツでも過ごせるくらいだ!
わかったかッ、だからオメーが先に入れ!』

寒空の下で、いきなり池に突き落とされて全身ずぶ濡れになる。
その状態は流石のプロシュートでも相当寒いとは思っていたが、彼は子供の頃からマフィアの教育で顔には出さないように訓練されているので、取り乱したりはしていなかった。



『でもっ、でも…!』

『あん?何だったら入るか、一緒に?!
オレはかまわねぇぜッ、泥だらけのGatto nero ガット・ネーロ(黒猫)洗うのと似たようなもんだからな!隅から隅まで洗ってやるかァ!オイッ』

『は、ハレンチィイ!
えっち!!
わかりましたっ、わかりましたからァ!
だからそんなっ、ぎゃあ!お姫様抱っこやめてぇえーーッ!!』

そんな先ほどの手足をジタバタして暴れていた彼女とのやりとりも思い出しつつ、淹れたての熱い茶をごくりと飲んで一息。


『じゃあ、お待ちの間これを!!
これもッ、これも!私のだけどマフラー首に巻いて!』

『んだよ!こんなのいらねえッ!
オレの美意識が許さねえ!』

『いいから!
しのごの言わずに!
着やがれェエエーーッ!!




…せめてこれだけなさって…。
だって本当はお寒いんでしょう?
貴方の手がこんなに冷たいんだもの。
罪悪感で、押しつぶされそうなんです…、お願いします…』

『…チッ。仕方ねえな』


あのおかしな日本人の話をしようとして、彼はピタリと言葉を一瞬とめる。

「そいつは?なあに?」

「…いや、何でもねえ。
ただのオレの見た目に油断した馬鹿なヤツってだけだ」

その時なぜ彼女のことを妹に言わなかったのか分からなかった。

(さっそく女をひっかけたってヤツらがうるせえしな)

そう思いつつ、まだ無意識だった。
何となく彼女の事を誰にも知られたくないと思ったのは。

…真っ赤になり冷たくなった手で凍えながらも、差し出したボタン。
困ったように眉をさげて、半分泣きそうになって謝る桃子の顔を。


その時、プロシュートの職業柄研ぎ澄まされた耳は廊下でパタパタ走ってくる足音を聞き取り、また電話をすると言って受話器を切った。





「…プロシュートさんっ、お待たせいたしました。
どうぞお風呂へ」

その足音は案の定桃子だった。
湯気でホカホカの彼女は、雪の結晶と南天の実が描かれた薄紫の浴衣に着替えていた。
それは先ほどの真紅の振袖の華やかさとは反対に控えめなものだったが、彼女の顔に似合っていて、これも美しいとプロシュートは思ったが、頭に巻いたタオルを目にした途端に軽く眉をしかめた。


先ほどのフロの譲り合いでお姫様抱っこをされたもののバシバシプロシュートの頭を叩いて何とか降りた桃子は耳まで真っ赤にして、プロシュートに祖父のチャンチャンコや毛布を無理やり羽織らせてからコタツに入れさせると、ハレンチーハレンチーと恥ずかしがって叫びながら風呂場の脱衣所の扉をピシャリと閉めた。
それでもなるべく待たせないように気もそぞろだったので、急ぎ足で彼女はプロシュートを呼びにきたのだった。

「髪ぬれてるじゃねえか。
乾かしてから来りゃあいいだろ?」

「いいんです、先に入れさせてもらっただけで申し訳ないんですものっ!」

「ったくよォ…。座れッ!ここに!!」

「はっ、はぃいい!?」

見ればそれは烏の行水を済ませたのが丸わかりで、タオルの巻かれた頭からこぼれる桃子の髪の毛はまだ濡れている。

「貸せ」

「あっ、はい…っ」

コタツから出たプロシュートはマフラーと毛布を放り投げ、桃子の肩を押して無理やり正座状態で彼の正面に座らせた。
それから彼女の頭のタオルを取り、濡れた髪の毛の上にふわりとかぶせ、桃子が持っていたドライヤーを奪い取るとコンセントにプラグを差してスイッチを入れる。

桃子に有無を言わさず、あっという間の行動だった。
それはあまりにも手馴れていたものだったから。
プロシュートはタオルでバサバサ髪の水分を拭き取りながら、同時にドライヤーを動かしていく。



「…オレの家には、ふわふわした毛並みの白猫がいてよ。ソイツもロクに身体を乾かさねぇまま風呂から飛び出しやがる。

グルグル巻き毛のクソ猫かイカ墨まみれのデカ犬と遊びたがってな。
何回叱っても聞きゃしねえ。
それでクシャミと鼻を出してビービー騒ぎやがって、オレはその度に骨を折って世話してやってんだ。

オメーもソイツと似たようなもんか?ん?」

「…すみません…」

ブォオオーッとなる音の中、桃子は小さく縮こまって申し訳なさそうに小さな声で呟いた。


「オメーは謝ってばかりだな」

「色々いたらないから…。
せっかく日本にいらしたのに、早速あなたに嫌な思い出作ってしまったんですよ…私のせいで」

洗い立ての濡れた髪は、プロシュートのさらさら梳かすような丁寧な手付きで少しずつ輝きが増していく。
彼女の少しずつ小さくなった語尾にプロシュートは微かに笑うと、こう言った。

「オレがガキの頃、生きて帰ってくれば合格だって言われてよ、両足両手首縛り付けられたまま海に放り投げられたのに比べりゃあ大したことねえよ。
あんな小せえ池じゃあな。
それに仕事のついで程度で観光にゃ別に期待もしてねえ。元々適当に酒かっくらうくらいしか考えてねえしな」

「海!?縛り付け…っ!?なっ!
どういうこと!?
でも、お伺いしても教えてくれないでしょうね…。

それに日本に期待してないってそんな…。
それはそれで寂しいです…」

それに嫌な思い出とはプロシュートは思っていなかった。

なぜなら、今目の前にいる彼女のそばにいるだけで面白いと思えているのだから。


「日本刀で斬られて、怒鳴りつけられて…、強面のみんなに囲まれて、大事なお洋服を駄目にされそうになっちゃって、その上、いきなり池に突き飛ばされて…、散々な目にあわれてるんですよ…、ごめんなさい…」


それと同時に妙な感覚も彼女の側にいて、少しずつ感じている。

「でも、誤解しないで。
日本は良い所ですよ。
美味しいものが沢山あって…、こういう寒い季節は熱々のものが最高なんです。
屋台のおでんとか、だしの効いたあったかいおウドンとか…、お汁粉って甘いものも食べたら元気になります。
そうだ、さっきお話した羊羹も後でお出ししますから…」

「オメー、前もあった時も、さっきホテルで会った時もそうだが、食い物の話ばかりじゃあねえか。
食い意地はってるヤツだな」

「うぅ…、しょ、性分なんです…」

プロシュートはますます小さくなる彼女に苦笑いを浮かべた。

「……」

それにしても美しい髪だ。
これまで黒い髪の女にも会ったことがあるが、彼女のように深みのある、光の加減によっては、微かに緑がかったり紫に見える光沢ではなかった。

妙な気分になる。

鴉の羽根から夜空の色への色彩の変化。
絹を触るような指を通り抜けていく髪の感触。

少しずつ乾いていくにつれて、あのプロシュートにとって印象的な知らない花の香りが温風によって香りを増していく。


今まで関わってきた女たちの香り。
イランイラン。
ダマスクス・ローズ。
ムスク(麝香鹿)
シベット(麝香猫)
アンバーグリス(竜涎香)
フランキンセンス。
バニラ。
ベルガモット。
ジャスミン。
リリー・オブ・バリー(鈴蘭)。
このような主張の強く華やかな香水をまとっていた。

だが、それは桃子から漂う香りに比べれば遥かに霞む。
やわらかな、ほのかに甘くて優しい。
桃子の髪の香りは、不思議と気持ちが落ち着いていく。

黒髪の下、薄紫の浴衣の合わせ目からのぞく桃子の白いなだらかな首。
湯上りのため、うっすらと薄紅に色づいて。



(熱か…?

いや、違うな)


かすかに目眩がする。
その彼女の首に、その美しい黒髪に顔を埋めたくなる。
あの花の香りが彼女からする度に感じる焦がれるような奇妙な痛み。
ねだる女の首に高価なネックレスをかけたり、香水をふりかけたうなじに口付けて偽りの愛の言葉をかけた時には微塵も感じなかった。
一体これは何なのだろうか。
何となく気にくわない、そう思った。


「終わったぜ」

「うひゃあ!!
いたたたたたた!!!なっ、なにすんですかッ!」

だから、プロシュートは彼女の髪の毛がちゃんと乾いた瞬間に髪の毛をガシガシわしゃわしゃかき混ぜると、バンと背中を叩いて、その気分を紛らわすことにした。








H.31.1.17
今回はちょっと短め。あまり話が進まなくてすみません。長くなりそうだったから、キリのいいところで一旦切ります。
今月もう一回くらい書けたらいいなと思ってます。

叔母さん出るのと兄貴風呂入るのを次に書きたいな。

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あきゅろす。
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