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☆どんな顔をしたらいいの?
※バイオレットヒルのフライング&甘め注意




「桃子ちゃん、なんだか最近雰囲気かわった?」
ある日そんな事をアルバイト仲間の女子大生の子に言われた。
「え?
そう、ですか?」
戸惑いを隠せず、桃子は箒をはいた手を止めて、くるりと振り向く。
「でも私、特に髪も切ってませんし、お化粧も変えてないですよ」
桃子は首を傾げて不思議に思った。
そうだ、一重の薄い顔の自分はいつも自分の顔に違和感のない控えめな化粧をしていて、整える程度にしか髪を切っていない。
髪をまとめることは多い。
お料理する時や外へ外出する時にお団子にしたり、編み込んだり、結ったりと。
巫女のバイトをしてるのもあって色も染めずに、髪も肩甲骨部分までの長さに保っているのだけど、最近は髪を長く伸ばしたままなのに、もう一つ理由が出来てしまった。
その長さが好きだと言われたのだ。
「違う違う!
そうじゃなくて!
何となく色っぽくなった…みたいな?

分かるけどねぇー、

だって桃子ちゃん、最近ずぅーっと、

あの外人さんが…

いいなぁあああ!!クソがッッ!!!」

奥歯をギリギリ噛み、眉間にガッと皺を寄せて凄まじい表情で桃子に詰め寄る彼女。

彼女はそう言って桃子を改めて見る。
以前よりも艶々になったように見える肌。
頬は雪の中に花ごと落ちた椿。
唇は紅花で何度も染めて出る紅の八塩(くれないのやしお)色。
黒髪からのぞく黒真珠の眼差しは、何かの想いにとらわれているように不思議な光を宿して。
これまで授与所でお守りや破魔矢を授ける桃子の元に、前よりあからさまに人数が増えた。
宮司からも褒められた神楽舞はしなくなったけれども、魔除けの儀式として剣舞を捧げる姿は以前より鋭さが増し、上気した頬と真っ赤な唇は美しく染まっていて、観るもの達の目を奪っている。
日本人からも外国人観光客からも写真を撮らせてくれと前よりも言いよられるようになった。
あまりにしつこい輩には、桃子の強力なボディガードの筋肉ダルマたちがギュウギュウに締め上げたり、それより前に彼女がハレンチ!と怒ってビンタしたり木刀で不埒な輩のギリギリ目の前を一閃して自力で追い払っていた。

氏子さん達もよく言うようになった。
あの子は前より綺麗になったねえ、幸せそうだ、よかったねえと。

「えっ、あの…それって」

そう言われて真っ赤になってしまう。










『…っ、やめて…聞かないでっ。こんなこえ、はずかしい…っ』

『恥ずかしくねえよ…可愛い声だ』

薄明かりのベッドの上。その声を聞きたいと、初めての行為中に少しずつ喉から溢れる嬌声を聞かせないよう自分の口元を塞いだ手を外されたことも、

『プロシュート…さん…』
唇をふさがれたまま動かされて頭が真っ白になったのも、
身体中やわらかく口付けられて、力が抜けた体を抱き寄せられたことも、
『…これが夢なら、目覚めた途端に死んじまいそうだ…っ』
抱き締められて、頬が触れ合った時に感じた微かに彼女の頬を濡らしたものも。


(鈍感だから気付くのにおそかったけど、

私も…、貴方がいない日々は悲しかった…。
隣で貴方が幸せそうに笑っていてくれるのは嬉しかったから)


お互いが情にとらわれるきっかけも、今思えば立派ないわゆるデートだった。
あの時は、叔母からの命令で、自分のせいで下がりまくっただろう日本の汚名返上しようとしたのと、あまり期待してないと言われたけど折角遠いヨーロッパから来たのだから少しでも楽しんでもらいたい、そう思って、一緒に東京の色々なところを歩いた。

自分が不慣れな彼をリードしようとしてアレコレ考えたのに、その道中は思ったのとは違っていた。
桃子が、突然見つけた喫茶店の餡蜜やホットケーキにハッと目をやったり、美味しそうな洋食屋の看板に一瞬だけ足を止めたり、熱々の鯛焼きをチラッと目にすると、彼は休むか?それを食おうぜと言ってくれて、結局桃子の食べたい美味しい物めぐりに付き合ってくれたようなものだった。
…時々、とんでもないことをしたけれど。

一緒に食事をしてると、美味しさにじっくり味わう
桃子の姿に面白そうに笑いかけていて。
あまりにも彼が見てくるから恥ずかしかったけど、嫌じゃなかった。
「桃子といると何を食べても美味いんだ」
そう歯の浮くような言葉を言っていたけれど、それは確かに彼の本心だったのだろう。
彼が仕事の入念な準備のあとに会うことが多かった。
仕事終わりらしき直後の彼はどことなく浮かない様子をしていたが、桃子がアワアワと焦ったり恥ずかしがったりしながらも、ある時とっさに早く早くと連れて行くために彼の手を握ってしまうと、目を微かに開いて驚いた様子の彼は、握られた手に目を移して、微かに口の端に笑みを浮かべていた。

「金も場所も物も関係ないんだ。
オメーといるなら、何をしてても楽しいんだよ」

微笑みながら口にしたその言葉が本当だったのも、やっと最近知ったばかりだ。









「桃子。

大好きだ…」


差し出した手を包み込む、金髪に青い目の美しい姿。
どうして自分なのか分からない。


(プロシュートさん…)

けれど、一緒にいるだけで胸の内がポカポカあたたかくなる彼の姿が、鮮やかに頭に浮かんだ。



恋人が出来た。
それも外国人の。
スーツの似合う金髪碧眼の絵に描いたような暗殺者(ヒットマン)だ。
彼は見た目も行動もまるで現実離れした物語の人物のようだった。
彼の名前はプロシュート。
大切な妹を守る為に、血の繋がりに絶望を感じた為に、自分の名字を捨てた人。
いつか訪れる死の瞬間を考えて、悔いのないように出来る事はしていこうとした人。
家族を手放して最後は一人で死ぬ事を覚悟していた、悲しい人。
寂しそうな眼を見せたのに、どんな理由かわからないのに一緒にいると、子供っぽく無邪気に笑う顔を見せた人。

桃子はこれまで祖父の妙なヤマトナデシコ教育を受けてきたのと、諸事情で、男性と手を握ったことさえなかった。
このままでもいいと思ってた。
それが、あの夢の中で出会った美しく凶暴なイタリア人の彼が桃子の恋人になるなんて、一年前の自分には思いもよらなかっただろう。
いつしか傍にいるのが怖くなくなった。
心からの笑顔を見たいと思うようになった。
抱きしめられて幸せだと思ったのは彼だからだった。
耳にキスをされて、愛していると囁かれた。
出来る事ならずっと傍にいたい。
離れている時は辛かった、ずっとお前の夢ばかり見ていた。
何もくれなくていい、ただ隣にいて欲しいと言われた。
オレのノーヴェを足してくれるのはお前なんだと言われた。
誰かに一心に想われるのが、こんなに嬉しいと初めて知り、自分は胸がいっぱいで、目に涙を浮かべながら同じ気持ちだという為にその首に腕を回して、そっと唇を重ねた。
朝日の下で彼が自分の髪の毛を優しくくしけずる手付きが気持ち良かった。
抱き合い、触れ合って感じる心臓の鼓動と彼の温もりに同じように胸が痛くなって…

幸せだ。


彼の隣にいるのが好きだ。


どうして、二人でいると、全く違う人種なのに、居心地が良くて、胸が熱く痛むのだろう。












「おい、なんだよオメー。
なんで、そんな隅っこで縮こまってんだよ」

「あの…


だって…はずかしい…っ」

「ったく。何が恥ずかしいんだよ。
前と大して変わらねえだろう」

そんな彼と、恋人になってから初めて会った。
イタリアと日本の遠い距離だが、バイオレットヒルの能力により会うのは困難ではなかった。
呼び出したスタンドの二対の蝶の一羽、ユリシスに変わってるそれを人差し指の先にのせ、彼の名前を呼ぶ。
そうしてプロシュートは今会いにきてくれた。

恋人になってから初めて。

夢で会ってる時よりも、現実で対面する本物のプロシュートは思った以上に輝いていて。
直接会うと色々急に、その唇でキスをしたんだ、その指先で私に触れたんだ…と実感してしまう。


「うっ…うう!!ダメェッ!」

「!?」

それが気恥ずかしくて、袖で顔を覆いながら、桃子はクルリとプロシュートから背を向けて、そそくさ逃げ出したのだ。
そして今に至る。




「た…


大して変わってますッ!!」

プロシュートの呆れたような物言いについムキになって言い返してしまった。


「だって…

私貴方と床をともにして…こんな産卵直後のししゃもみたいな姿ぜぇーんぶ見られちゃって…


色々思い出しちゃって…もう!ハレンチ!!
私の頭ハレンチ!!!」

「ハッ!そんな事かよ」

プロシュートはつい彼の同僚の口癖が頭の中で浮かびながらも、和ダンスと壁の隙間の箒置き場に、すっぽりおさまって、手にした箒を前にブンブン振り回しながら恥ずかしがる彼女の姿がおかしくて笑みがこぼれてしまった。




「出てこいよ、gattina ガッティーナ(子猫ちゃん)。
そんな箒置き場より、もっとぴったりの場所がオメーにゃあるだろ?」

箒を一瞬だけ出したスタンドで掴み取って後ろに放り投げ、プロシュートはハレンチハレンチと縮こまる面倒くさくて愛しい彼女を隙間から引っ張り出すと、その小柄な身体をすっぽりと自分の胸のなかに閉じ込めた。

「うっ…はなしてぇっ。
うっ…密着して分かるッ、理想的なしっかりした筋肉ゥ…ダメっ、ハレンチ!はずかしいっ」

「はぁ、手のかかる黒猫だ。
怖いのか?それなら子守唄を歌ってやろうか」

「そんな、私そんな子供じゃない…っ」

腕の中でジタバタする恋人に、ククッと笑ったプロシュートはスウッと一息吸うと、かつて眠れないとぐずる妹の為に歌っていた子守唄を、その美しい声で紡ぎ出した。

「♪Ninna nanna a sette e venti,
il bambino s'addormenti.
s'addormenta e fa un bel sonno
e si sveglia domani a giorno.
Nanna ieri, nanna ieri
e le sporte non son panieri
e i panieri non son le sporte
e la vita non è la morte
e la morte non è la vita.
La canzone l'è già finita.

(7時20分の子守歌
赤ちゃんは眠りに落ちる
眠りに落ちてすやすや眠る
明日、昼間に起きる
昨日はねんね、昨日はねんね
買い物かごは かごじゃない
かごは 買い物かごじゃない
命は 死じゃない
死は 命じゃない
お歌はとっくに終わってる)

…よしよし。いい子だから、怖がるな」

「…っ」

甘く耳に響くイタリア語の歌声と、背中を優しく撫でる手。
その低く落ち着く声と共に、淡く香る甘い煙草とやわらかく繊細な桜の香りが桃子の鼻をくすぐり、混乱していた気持ちが静まっていく。


「あ…、その香り…」

「…やっと落ち着きやがったか。

これは多分オメーのバイオレットヒルの影響だろうな。
オレの精神まで、オメーの香りが染み付いちまってるらしい。

まあ、本物とは比べ物にならねえが」

「そう?」

そうだと言うとプロシュートは桃子の耳に唇を寄せて囁く。
腰に腕を回して。

「なあ…オメーが思ってるようなこたぁ、今は何もしねえよ。
今のオレはオメーに嫌われたら死んじまうんだ。


だが、これくらいは許してくれねえか?

…やっと会えたんだ…」

抱き締められた中、彼が桃子の髪に鼻を埋めて、ああ、これだと髪の香りを嗅いでから、ほっと息をつく様子に、
「…ずっと桃子に会いたかった…」
そう感極まった感情のこもった声が桃子の胸に響き、桃子の感じた恥ずかしさは全て彼への愛しさに変わった。

「ありがとうございます…、めんどくさい女でごめんなさい…」

「面倒くせえのも可愛さのうちなんだぜ?
Cara mia カラミーア」

「からみーあ?
そういえば、前も貴方がいらした時に時々貴方が私に向かって仰ってたのが気になってましたけど…、
何て意味なんですか?」

「…ああ。そういや、まだ言ってなかったか。
あれはな」

「それは…?」

その答えを聞きたくて、彼のスーツに埋めていた顔を上げた時。

「…っ、ふっ…」
同じく埋めていた髪から顔を上げたプロシュートは、そのどんな女からも愛の言葉を望まれる唇で彼女の唇にキスをした。

「…愛しい人だ。
可愛い人」

「……っ、プロシュートさん」

その言葉に思わず、彼女は、今までプロシュートがそう言ってた時の彼の心情を想像して胸がいっぱいになる。
桃子の嫌がることはしない、何もしないからただ側にいて欲しい。寒さがマシになるんだと。
彼は約束を守った、最後まで。
彼女を愛している。
それが言えなかったから、彼女に分からないように想いを言葉にしたのだと。

「私も…、
私も同じ気持ちです…っ」

桃子は片目からぽろりと涙をこぼすと、今度は彼女からゆっくり首を伸ばして、プロシュートにキスを返した。

最初は触れるだけだったのが、お互いに気付けば離れるのを惜しむようにキスの時間が長く深くなっていき、やっと離した時には、彼女は力が抜けてプロシュートの首に顔をぽふっと倒れ込み、ふーふーふーと何回か息を整えると、何とか顔を上げた。

「い、今はこんなですけど…、私、が、がんばりますから…!」
「何言ってんだよ、無理しなくていい」
苦笑したプロシュートは彼女の前髪を上げると、額にキスをする。
そして、
「おい、またあの店連れてってくれ。
トーフ食いたいんだ」
と楽しそうに言った。
それは近所の穴場の店。
桃子のいる神社に商売繁盛の祈願をしに来てくれる昔馴染みの落ち着いた、気取らない場所だ。
何より食いしん坊の桃子をいつも喜ばせる食べ物を出来たてで出してくれる。
桃子は、そのお気に入りの店に一緒に行ったのは祖父や家族以外ではプロシュートが初めてだった。

「!
わかりました。
確か最近、濃厚な朧豆腐といろんな薬味のセットが出てましたよ。お塩と食べるのも乙なんですよ。
善は急げですね、今から行きましょう!」

そして桃子は何を食べようかしらとウキウキして、朧豆腐もいいけど揚げ出し豆腐もいいな、でも今のうちにやわらかくて甘い大根を食べたいからおでんにしようかしら、熱々の旬の天ぷらもいいなぁと思いをめぐらしていると、
「ほれ」
プロシュートが草履を履いた桃子の目の前に手を出してきた。

「何呆けてやがるんだ、行くぞ」

桃子は、彼の差し出した右手を見つめた。
綺麗な手だ。
きっと、仕事終わりと言っていたから、人を殺したのかもしれない。
その手が血玉髄(サードオニキス)の眼球が散りばめられた精神体の腕を重ね合わせれば、自分はたやすく老いて死ぬだろう。



それでも、


「はい…プロシュートさん」

そっとその手に自分の手を重ねると、彼は満足そうにしてその指を包み込んだ。
桃子は彼の手を拒むことは出来ない。
その手があたたかいと知ってしまったから。

最初は近づくだけでハレンチと騒いでいた。
けれど、今は。

(貴方の傍にいると、胸があったかくなるの…)

桃子の歩きやすいように何気なく歩調を合わせてくれるプロシュートが嬉しくて、桃子はその一回り以上大きな彼の手をそっと握り返した…。

長く生きられないかもしれない彼の一生のひと時を、自分と過ごす為に選んでくれた、その異国の美しき恋人に愛しさを覚えながら。








































H.31.3.22
甘いもの欲しくて変なテンションで書いた。
勢いで書いたから追加修正するかもしれないです。

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あきゅろす。
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