☆悪の華 Fioli di ciliegio 3 「桃子」 「あなた」 ブチャラティが予想してた通り、その頃の桃子は見知りすぎた腕の中で抱きしめられていた。 バイオレットヒルと二度目に叫んだ相手の元に。 ジョルノを守ろうとして、桃子が目の前の男の腕を切り落とした瞬間、男の姿が消えて、代わりに彼女の目の前にいたのは腕を広げたあの老ソムリエだった。 彼女は能力によって強制的に呼び出されたのだ。 それから氷を渡されてここにいろと隣室に押し込まれた後、彼がやってきて、そうして今にいたる。 「あの…っ、あまり勝手なことなさらないで下さいね…」 半分非難をこめた表情でその腕の持ち主に顔を向けるも、彼はくつくつと可笑しそうに笑った。 「黒猫のように愛らしいな。 怒った顔も私のものだ…Cara mia。 だが許してくれないか」 先程までうやうやしくワインを給仕していた老ソムリエがそう言うなり、彼の顔に刻まれた皺が潮がひいていくようにみるみる内に消えていく。 鈍い色をした銀髪はきらめく金髪へ、その獣のような青い眼差しは変わらずに、苦笑いと共にその姿を本来の若々しい姿へと。 「…ずっと気が気でなかったんだ。 たとえオレが側にいても…」 グレイトフルデッドを解除したプロシュートは悲しげに瞳に陰を落とすと、桃子の唇にそっとキスを落とした。 桃子の側には菫色のアサギマダラ。 プロシュートの真横にはトロイア戦争の勝者オデュッセウスの名をいただく蝶・オオルリアゲハ、通称ユリシスが青い鏡のように輝いている。 「…っ、あの、心配おかけしてごめんなさい。 それは謝ります。 でも私をお呼びにならなくても大丈夫でしたのに…。 ブチャラティさんのジッパーでボスと一緒に脱出するってお話したでしょう?」 彼女が言うように、どんなに離れていてもバイオレットヒルは連れて行く。 求め合う相手の元へと。 それが出来るのは、彼女が唯一身体を重ねて誰よりも近くに心を寄せたプロシュートへのみ出来る事だった。 彼も同じようにバイオレットヒルと言葉を口にすれば、自分の元へ彼女を呼ぶことができる。 彼はあの時、銃弾が彼女に当たらないように自分のもとへ、バイオレットヒルの能力で瞬間移動をさせたのだった。 「…チッ、あの野郎には、オレの桃子の髪の毛一本指一本も触れさせたくねえんだよ」 眉をしかめて憎々しげに言う顔は子どもじみている。 彼はいつもブチャラティの名が出るだけで、あからさまに嫌な顔をするのだ。 「もう…ブチャラティさんに謝るのは私なんですからね」 降り注ぐキスにくすぐったそうな様子の桃子は眉間に皺が寄ってますよとプロシュートの額に人差し指でトントンと触れると、困ったように微笑んだ。 「桃子。 謝るのは君じゃなくていいんだ」 噂をすれば影。 ブチャラティの声が聞こえたとたんに、プロシュートは思い切り顔をしかめて振り返ると、すかさずグレイトフルデッドを背後に呼び出す。 それにブチャラティはやれやれと呆れたように言った。 「おい、いい加減彼女を離してやれ。 プロシュート。 彼女が恥ずかしがっているだろう」 「テメエに指図はされたかねえな、ブチャラティ。 さっきの反応はどうだ? 相変わらずの甘ちゃんだ、テメエはまず周囲に気をつけることだな」 「オレはお前が巻き添えにならないように正面の機関銃の男達を真っ先に警戒したんだ。 そこは感謝してもらわないとな…。 お前が死ぬと悲しむ女(ひと)がいるからな。 それを優先したんだ」 「ハン!どうだかなっ! あんな程度の攻撃なんていくらでも対処出来る。 そんなことも分からねえのか。 どうもテメエはスタンドの速さにばかりたよって、テメエ自身の鍛錬にゃかまけてるようにみえるがな」 「そうか、ご忠告痛み入るよ。 そんなお前には礼として年寄りの冷や水という言葉を贈ってやろう」 「テメェ…ッ」 「あなた!駄目ですよっ、落ち着いて!」 バチバチと睨み合う二人の間に火花が飛び散り、その間に挟まれた桃子はハラハラし、そんな中でジョルノは我関せずとばかりに、いつのまにか出したワインを優雅にかたむけていた。 あのほぼ半年前のフィレンツェ超特急の戦い以降も、ブチャラティとプロシュートは顔を合わせれば互いに嫌な奴に会ってしまったとあからさまな態度をとっている。 いや、そもそもその戦いの前から、どうもいまいち二人のウマは合わないようだった。 プロシュートにとってはブチャラティは甘い考えの良い子ちゃん。 ブチャラティにとっては、プロシュートは見栄と意地の完全武装と。 会ってしまえば嫌味の応酬をするほどで。 桃子はプロシュートに、私達はお世話になっているのだからあまりそのような態度を取るのはよくありませんとお願いしても、プロシュートはどうしても嫌いなヤツってのはいるんだと顔をしかめて答えた。 「あれ以来、オレは二度と電車には乗れなくなっちまったしな」 と、半分自嘲めいた冗談と共に。 それでも、だ。 殺しあうまで憎み合ってはいない。 今の2人には何の得にもならないし、二人は桃子がブチャラティに謝罪したあの時のことを無下にする気はないからだ。 「ブチャラティさん…、主人にはよく言ってきかせます。申し訳ございませんでした…。 それと私まで守って下さりありがとうございます…」 「いいんだ、桃子が来てから俺たちの安全性がグッと上がったんだ。 当然のことをしたまでさ」 「桃子さん、先程はありがとうございました。 いつ見ても貴女の太刀は風よりも速いですね。 助かりました」 用事は終わってひと段落ついた。 その直後、ギアッチョがドスドス足音をさせながらジョルノのもとへやって来た。 「おい、ボス。 外の奴らはこれであらかた息を止めといたぜ。 後始末はそっちでしてくれよ」 「ああ、ご苦労様でした。 ちょうどよかったです。 ギアッチョ。 これをお受け取り下さい」 「ああん?なんだよ、オレは早く帰りてぇんだがな… !? コレ、車の鍵じゃねえかっ! しかもオレが欲しかったヤツ! あの最新モデルのッ。 おい!マジでオレにこの車をくれるのかっ!」 「ええ、勿論です。 今日あなたが乗ってきたのは置いてって下さい。 後で送り届けましょう。 新車はその隣にありますから。 車検代も保険も受け持ちますし税金も払います。 良かったら好きなように改造しても申請して下されば、費用は我々が持ちましょう。 あの子からあなたが欲しがってるとカタログを眺めてるって話を聞きましたからね。 ここ最近あなたの働きのささやかなお礼ですよ」 「うっしゃあ!その言葉取り消すなよォッ!! おい、桃子にジジイ! とっとと帰ろうぜ!早く乗り心地をためしてえんだ! アマーロの飯がなくなっちまうしな!」 「あ…ジョルノ様。すみません。 そんなわけで私達も現地解散でここでお暇してもよろしいでしょうか?」 「はい、構いませんよ。 あなたへのお礼は後日あらためてしますね。 プロシュート、あなたへの特別手当とこれは奥さんをお借りした謝礼です。どうぞ受け取って下さい」 ジョルノは胸元からある長方形の紙入れをプロシュートに差し出すと、言えばいつでもあなたの好きな日にちに休暇を取らせましょうと付け加えた。 中身を目にしてプロシュートは思いもがけないものに眼を見張るとニヤリと笑みを浮かべた。 「!…随分と大盤振る舞いじゃねえか。 感謝するぜ」 桃子がそれは何ですかと聞いても後の楽しみだと言われる。 ジョルノが渡した物、それは何百万にも相当する旅行券だった。 「それではこれで。僕達も失礼します」 「あ、お待ちください。 お帰りの前にコレを…。 ジョルノ様、ブチャラティさん。 今日もありがとうございました。 …これ、 はっぴーはろうぃん!です」 「ん?これはなんだい?」 「ああ、そういえば今日はそうですね」 別れ際、桃子はジョルノとブチャラティにそれぞれ一つずつ、オレンジと紫色のラッピングに包まれた甘い菓子の匂いのする箱を手渡してきた。 「この国ではあまり関係ないんですけど、今日はハロウィンなので、それにちなんでお礼のお菓子を焼いてきました。 気に入って下さると嬉しいです…」 「何を作ってくれたんですか?」 「ジョルノ様にはカボチャクリーム、紫芋、黒胡麻の三種類のデコレーションカップケーキを、ブチャラティさんにはカボチャのキッシュです。なるべく早めにお召し上がり下さいね」 「うわあ、綺麗なケーキですねっ。 ありがとうございます、お店で売ってるみたいだ」 「いい匂いだ。ありがたくいただこう」 「また、よろしくお願いします。 どうかお気をつけてお帰りくださいね…」 別れ際、帰っていくジョルノとブチャラティの姿が見えなくなるまで、桃子はずっと手を振って見送りをした。 そしてその後、帰宅した桃子を待っていたのは。 「おかえりなさい、ギアッチョー!桃子ちゃん! そんでもってハッピーハロウィン!」 「なっ!?オメー、なんつー格好してんだよ! スカートみじけーなァア!!」 「あら? 猫耳と尻尾よく出来てますね。 その格好はなんですか?」 「私のオリジナルキャラクターッ。 天下の大泥棒だよ! 人の心を奪う大怪盗どろぼう猫☆ リーダーさんのハートを華麗に盗んじゃおうと思ってねっ。 リーダーさん、今日はいないから…明日になっちゃうけど(ショボン) ! ギアッチョー!来てきてっ。 ギアッチョの分のお菓子もご馳走もちゃんと取ってあるから、一緒に食べようよ。 たーだーし、ちゃんとギアッチョも仮装するんだよっ。大丈夫ちゃんと長ズボンだから! ペッシ君もしてくれてんだから、浮いちゃうよ。恥ずかしいよっ」 「馬鹿言ってんじゃねえよ、 オッメー!オレァもう18だぞ!! いい年こいて、仮装なんてできるかよっ」 「ううん…嫌なら無理強いしないけど…。 残念だったなぁ、 ギアッチョは私の相棒の泥棒白猫だったのに…、2人セットのが可愛いのになぁ。私ギアッチョと写真撮りたかった…」 「な…? (なっ、ペアルックかよ!!) オメー本当に!脳みそ馬鹿だなっ。 急にオメーの頭があんまりにもお花畑すぎて哀れになっちまった! しょうがねえな、着てやるよ!!」 「え!?いいのっ、やったー! ギアッチョ大好きーー!!! じゃあ、来て来てー!私の渾身の力作いますぐ見せるからっ。これ白猫のカチューシャつけてね! 桃子ちゃん、私たちちょっと先にうちに入ってるね。あ、ちゃんと桃子ちゃんのコスチュームも用意してるからね。 はいどーぞっ!中身は寂しくなると死んじゃう白ウサギさんがヒントっ。 それを着てお兄ちゃんを悩殺しちゃってねー。 …それで足止めしてくれると嬉しいな」 「えっ、な!? それってどういう意味ですか? あの!私はもう帰るから結構で… あ、聞いてないのね…」 手に包みを押し付けられた桃子。 話を聞かないでギアッチョの手を繋いでウキウキしながら家に入っていったアマーロの後ろ姿に呆気にとられながらも、彼女の笑顔にホッコリした気持ちになる。 桃子の足元にひらひらとメープルの葉が落ちてきた。 もう紅葉の季節。 上を見上げると、その濃紺の空に一面に広がる葉は目を見張るように鮮やかな紅色で、ふとアマーロの紅い瞳の色を思い出す。 メープル、楓。その花言葉は『美しい変化』だ。 桃子はその様子にフッと目を細めた。 (アマーロちゃん、 皆さんの死ぬ運命の日を告げるツーバイフォーの予言が怖くて明日が来なければいいと願ってたあなたが、今は明日を待ち遠しいと思えるようになって良かった…。 あなたはこれまで辛い思いをしてきました、普通の女の子の何倍も。 だから、これからはその分めいいっぱい人生を楽しんで。 私は貴女が毎日を楽しいと思えるように、これからも影ながらお手伝いいたしますから) そうしみじみと思う桃子。 すると、彼女の後ろからさくさくと落ち葉を踏みしめる足音がした。彼は時々その気分によってボードレールの『悪の華』をそらんじながら現れる。 「『愛する猫の方へ 磁石のように 惹きつけられていた私の眼が おだやかに向きを変えて 自分自身の心の中へ覗きこむ時 驚きあきれて 私は眺める 明るい光の標識灯か、生きている猫目石(オパール)か 私を見据えて爛々と光る猫の瞳』」 「あなた」 「猫ってヤツは、誰にも従わずにテメェの行きたい場所へ自分の意志で行っちまうもんだからなァ…」 桃子の隣にたち、カーテンのシルエットから見えるはしゃぐ妹の姿を見て言うプロシュート。 彼は、今の楽しそうな彼女から、また成長した姿を感じ取ったらしい。 自分の元へ留めることも出来ない、一番綺麗に咲こうとする小さな悪の華。 今でもプロシュートにとって、彼の可愛い血を分けた妹は小さな女の子にしか見えないのだけど。 彼の表情はどことなく寂しそうだ。 「そうですね…」 桃子はそんな彼の手をそっと握りしめるしか出来なかった。 (でも、 はあ…この人なら大丈夫でしょう) けれども、桃子はわかっていた。 彼がそんな寂しさに浸る時間はほんの少しにしか過ぎないと。 現に感慨深い様子でいた突然プロシュートがハッと何かに気づき、グレイトフルデッドを使って密かに家の様子をうかがわせたことで。 閉じた両目。その上に右手をのせて、人差し指でトントン…トントントントンとなにかを考えてるように叩いて、その叩く拍子が段々と速くなってきてるのを。 家の中の惨状がわかるにつれて、プロシュートの怒りのボルテージが上がってきてるのを! ガシャ! ガッコン!! ドグシャ! プロシュートはアジトの自分の部屋にしまってあった通販のシールがついたままの段ボール箱を自分のスタンドに持ってこさせると、その中身をポイポイ放り出して身につけ出した。 桃子はプロシュートが何を着てるから分かるにつれて、段々と顔が青くなって聞いてしまう。 「あの、あなた…っ。 もしかして、ハロウィン知ってた上で、ご自分の服をすでに用意なさってたんですか! アマーロちゃんがはしゃぎ過ぎたら叱ろうとしてっ!?」 「いいや、本当はもっと後のつもりだった。 こいつァ、2月14日まで取っとく予定だったが… 解禁しなきゃならねえようだな。 今 すぐにッ!! あんのだらしねえボケ娘がっ! パーティーするのは構わねえ! オレがどうのこうの言う権利はないからなっ、 だがよォ!誰が散らかった油物でベットリの大皿の山を洗うと思ってんだ! 誰がベタベタの換気扇と排水溝を掃除すると思ってんだ! 誰がクラッカーの中身とビリビリに破れた紙のガーランドと菓子のクズが散らばった床に掃除機をかけてッ! 誰が酒とシードルで濡れまくったカーペットを洗って! 誰が布とワタとフェルトの切れ端だらけの裁縫やりっぱなしのゴミをまとめると思ってやがるんだッッ! そうだよなぁ! オレと桃子しかいねえよな!!! あんのボケ娘が!!! ちっとも成長しやしねぇ!! いつになったら、後片付けをするようになりやがるんだ!! 記憶っつーヤツは恐怖が一番結びつくからなッ。 あのバカにゃ忘れられない恐怖の一夜にしてやるッ!!」 全身繋ぎの作業員の服装、鉄板入りのブーツ。 工事用のヘルメットをかぶり、その美しい顔を惜しげもなく無慈悲に覆いかくすガスマスク。 そして手には巨大なツルハシとドリル! アメリカ式のハロウィンの仮装。 きっと何でも着こなすプロシュートには、蝙蝠の艶やかな羽根のマントをまとった夜の貴公子バンパイヤも、満月の銀の光に輝く狼の姿をしたワーウルフさえも、太古の薫香が染み渡る包帯を全身に巻いた生ける死者さえも似合うだろう。 なのに、この男といったら妹にお仕置きをする、それだけの為に、こんなスプラッタなホラー映画の女も男もギャーギャー血祭りにあげる殺人犯をチョイスしてしまうのだ。 レザーフェイス、ジェイソン、マイケルマイヤーズなどなどと…。 そんな今回、プロシュートが扮したのは 『血のバレンタイン(マイ・ブラッディ・バレンタイン)』のバレンタインの日に恋人たちを恐怖のどん底に叩き落とす怪人である! 「ああ!! あなた待ってーー!!」 桃子が止めても無駄だった。 あっという間にペッシの 「おい!おまえ誰だ…って 兄貴ィ!? ギャああアアアアアアアアアア!!」 と叫ぶ声と激しく色んなものがぶち壊れる音と、 アマーロの 「うわぁああんっ、お兄ちゃんゴメンなさァアい!!!」 と悲鳴が響いて、その直後ピーピー泣く声と激しく尻を叩くような音が聞こえてきた。 この大惨事をとめる手段はただ一つ。 しかないのだけど。 「こ…これを着るの…?」 今のプロシュートを止めるのは自分しかない。 その為のたった一つの方法は、 アマーロの字で桃子ちゃんへと名前が書かれたピンクのラッピングの中にある、 バニーガールのコスプレ。 「アマーロちゃん… ごめんなさいっ無理!」 桃子は見なかったことにして、その包みを綺麗に包み直すとプロシュートに見つからないように物置の奥の奥に、しっかりしっかり詰め込んだ。 こうして何だかんだテンションの高低差が激しいハロウィンの1日は終わりに近づいてきた。 しかしアマーロへのお仕置きはしばらく終わりそうにないようだ。 H.30 11.2 結局続きを書いてしまいました。 少し遅れましたがハロウィン話。 今回の話は、以前番外編であげたハロウィンミニ話と並べて変なところがありますが、目をつぶって下さるとありがたいです。 兄貴のバイオレットヒルで現れる蝶ユリシスは当サイトトップにいる青い蝶のこと。 デフォルト名アマーロはヘソ出し当たり前、太もも見える服装が通常スタイルなので、怪盗どろぼう猫もそんな感じだと思い思いに想像なさって下さい。 うちの兄貴にはカッコいいハロウィン仮装は決してさせないですぞ。 [*前へ][次へ#] |