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☆悪の華 Fioli di ciliegio
「はい、ボス。どうぞ、お茶が熱々のうちにお召し上がりになって」

「ありがとう、桃子さん」



秋の冷え込みが少しずつ訪れる頃。
ここは新生パッショーネの本部。
日本人女性桃子は、自分の旦那様と共にこのイタリアの地で暮らしていた。
ボスのジョルノ・ジョヴァーナには同じ日本人だと分かってから、元敵チームであり組織の裏切り者の一人の妻という立場でありながらも随分よくしてもらっている。

桃子は今日もジョルノを労わり、手作りのプリンと熱い紅茶を用意して差し出した。

ボスが直接口を出せる食事を出す。
それは彼女が思ってる以上に凄いことなのだが、ジョルノは彼女を気の置けない話し相手としていて欲しかったので、特にそのことは持ち出さないようにと元護衛チームの仲間に伝えていた。
特にアバッキオは最初は誰よりも強く反対をしていたが、今の彼は今日は護衛の一人として控えていて、ジョルノの真後ろで怖い顔をして先にカボチャプリンをモグモグ咀嚼している。

「…うん、美味しい。疲れてると甘い物が身にしみますね。
カボチャか…、そういえば、そろそろハロウィンの時期ですか」

「そうですねぇ、ふふっ、今頃日本だとお店がオレンジと黒と紫一色になって、私ワクワクしていたんですよ。
カボチャ、さつま芋、栗、どのスイーツも美味しいんですよねぇ」

頭に浮かぶ秋色のお菓子たち。
林檎のタルト。
もみじ饅頭。
栗蒸し羊羹。
スイートポテトにモンブラン。
カボチャのパイに大学芋。
彼女にとって、芸術よりもスポーツよりも何たって秋は食欲なのだ。

「今度、大学芋を作ってくれませんか?
なんだか急に食べたくなっちゃって」

「わかりました。
ちょうど三温糖が手に入ったんです。
甘いほっくほくのを作りますね」

年に数回しか帰れない日本を時々恋しく思うが、ジョルノとこうして時々日本の話をしてると、彼女は気持ちが晴れやかになるのだった。

「そうだ、桃子さん。

…明後日の金曜日、またお願いしてもいいですか」

「…はい、その日なら大丈夫のはずです。
いつも通りお伺いいたします」

「ありがとう。貴方にはいつも助けられてますね」

「いいえ、いいえっ!そんなぁ、恐れ多いです!
ボス、貴方はこんなつまらない女に簡単に頭を下げてはいけませんっ。
私こそボスにはお世話になってますから…っ」

「フッ、貴方は素直な方ですね。
感情が顔に出てわかりやすい方だ。

…僕がいつも目にしてる欲で肥え太った毒虫どもとは大違いだな…」


彼女はおぼんを手に持ったままジョルノに頭を下げて恥ずかしげにまた顔を赤らめた。




『…微力ですが、私の力を利用なさって下さい。
私の旦那様も、チームの皆さんも、あの子も命をかけてるのに、私だけぬくぬく安全な所にいるわけにはいきません。
あなたへのご飯を作るだけじゃない。
私の大切な方たちがあなた方パッショーネに一日も早く信頼を得るために、私もお手伝いしたいんです。
お願いします、ジョルノ様』


『あなたは、本当にお人好しで愚かな人だ…。

だが、僕はそういう人間を必要としている。

他人を思う覚悟は美しいな。
僕はそういう人が好きなんだ』

それはかつてジョルノと交わした言葉。

桃子はジョルノに恩を返したい。
プロシュートや彼の妹、暗殺チームのメンバー全員へ抱く気持ちと同じように。
この話すだけで爽やかな風を感じる、太陽のような瞳と輝く野望を持つ少年に。




(私は感謝してる。
ジョルノ様は欠けた奇跡を取り戻した欠片のひとつだから。

だってボスが、ジョルノ様がいなければ…、

あの人は、私の大事なあの人は、帰ってこれなかった…っ)

桃子は胸に手を当てて、無意識にギュッと強く襟を握った。
金髪に青い瞳。心から笑った顔がたまらなく大好きなあの人。
ジョルノがいなければ自分は今も悲しみに暮れていただろう。











「なぁアア…おめーらよぉ。
あのプロシュートの野郎がいつも連れてる日本のShinyorinaをどう思うよ?

オレはよー、はじめて見た時びっくりしたわ。
あんな女選び放題の見た目ギンギラリンのアイツとは真逆の大人しいやつでよー。
旦那がどうしてアレなんだって思っちまうくらいだったぜ」

ここは元護衛チームのブチャラティ 、ミスタ、アバッキオ、ナランチャ、そして時間があれば仕事の合間に抜け出して合流するようになったトリッシュが、よく集まって食事をするリストランテ。

ブチャラティからジョルノが桃子に例の仕事を依頼したと彼等に話した時のことで、ミスタは騒ぐピストルズたちを注意して均等に切り分けたパスタをやりながら、ふとそんな事を口にした。

桃子といえば、ミスタにとっては自分をだまし討ちして老化させた上に頭を撃ち抜いたあのプロシュートの嫁。
桃子自身はいつもプロシュートにガッチリ守られてるか暗殺チームの誰かの後ろに引っ込んでいて、なかなか顔をみせてくれないので、あまり話をしたことがなかったのだ。

ただ、思ったよりは感じがいい女だと印象があっただけで、他のメンバーはどう思ってるか急に気になったそうだ。

「桃子のことだろッ。
アイツすげーんだ!!紙で飛行機をつくりやがったんだッ!ちょっと見てくれよォー、すげえんだぜ!」

ポケットから色鮮やかな紙を取り出したナランチャいわく。

ジョルノが休憩につけるまで、ナランチャが桃子を見張って彼女の前の立派なソファーに転がり何も言わずにガン見をしていたら、顔を真っ赤にしていた彼女がたまたまその場にあった紙ナプキンを器用にたたんで鳥を作って差し出したそうだ。

それにテンションの上がった彼は他に何が作れるんだ!と聞いて、ホッとした様子の彼女が首がウジャウジャ生えた鳥やら紙鉄砲やらを作るのに歓声をあげて、最後にくれたのが飛行機だったらしい。

ナランチャは大喜びしてハグして頬にキスをして、また作ってくれよと約束させたそうだ。

「まだはっきりとは言えませんが…。
でも、どことなく彼女と僕は似たものを感じますね」

はしゃぐナランチャに静かにしなさいと言いながら、ペスカトーレのムール貝の実を丁寧に一個ずつ外すフーゴいわく。
パッショーネの集会所の屋敷で、トイレから帰ったフーゴはたまたま彼女を目にしたそうだ。
それはプロシュートの妹にちょっかいをかけてる全身タイツの変態マスク男に
「Harenchi!!!!」
と謎の言葉で怒鳴りながら、日本刀で切り掛かって追い払っていたのを。
その時の形相はまるで別人のような迫力だったそうだ。


「私はなんとなく好きよ。あのひと。
いつも誰かの後ろにかくれてるけど、もっと堂々と前に出てくればいいのに。

あの真っ黒な髪、東洋人かぁ。
キモノもいいなァー、私、今度の番組に出るのに舞台衣装に使えるかあの人にお願いしようかなあ」

トリッシュいわく。
パッショーネの集会で、プロシュートが大切そうに桃子の手を握ったり肩を抱いてるのを見ることが度々あって、彼女の着てる服の模様が新鮮で異国情緒があってちょっと羨ましかったそうだ。

春には大輪の花や緑の小鳥、夏は流水、白い鳥、百合の花、金魚、秋には真っ赤な鮮やかなメープルの葉、クリームやピンク色の小さな菊。

アマーロから実のお姉さんみたいに大好きだと度々聞くので、近々彼女に会えるか頼むつもりだそう。


「オレは信用してない。
おとなしい顔をしているが、あの女はあのプロシュートの女だぞ。テメエら警戒心が足りなすぎだろうが」

それはアバッキオいわく。
桃子はいつも目を合わせない。それは何かやましいことがあるからだろうと。

「そのわりにオメーさ、毎回残さず食ってるじゃあねぇかよぉ、アバッキオよォー。
毒味っつって一番先に食ってるじゃねえか。
オメーには素直が大事だぜぇー」

ニヤニヤ笑いと共にナランチャに突っ込まれ、アバッキオはカァーッと頭に血が上った。
それは以前アバッキオがナランチャの時と同じように一対一で桃子を見張ってた時のこと。
桃子が急に彼女のスタンドである紫の蝶を二羽だして、そのうち一羽を指先にのせてアバッキオの前に差し出したのだ。
「私のスタンドは相手の魂の本質を嗅ぎとって姿を変えるんです。悪意や敵意があれば毒蝶にかわりますけど、

貴方のは…」
その指先の揚羽蝶はいつのまにか可愛らしい小さな紋黄蝶に変身していた。
二人の間で一瞬気まずい時間が流れたが、あれ以来ぴりぴりした空気は大分薄れて、アバッキオはなぜかツンデレと化したのだ。




「うるせえぞド低脳の単細胞生物がッ!」
その時の見透かされたような気恥ずかしさと今のツッコミに怒ったアバッキオがナランチャに掴みかかってるのを尻目にミスタは聞く。

「なあ、ブチャラティ。
アンタはどう思ってるんだ?」


「そうだな、オレは…。」

そしてブチャラティはその時の彼女のことを思い出す。





『…いいから頭をあげるんだ。
あれはオレと君の旦那の間の諍いで、君が謝る道理じゃあないだろう』

『いいえ。そんなことありませんっ。
あの人の罪は私の罪。
私はその覚悟をして、日本から参りました』

かつて自分にむかって一生懸命に何度も何度もお辞儀をしていた彼女。
戸惑うブチャラティの手に手土産をぐいぐい押し付けながら謝りに来た彼女を。


あれはジョルノがパッショーネのボスになって幾ばくもないころだろうか?
ジョルノは、同じ日本人ましてやスタンド使いの女性が、今の暗殺チームが硝子の山を登るような危うい立場だと知りながら、メンバーの一人と結婚した事に興味を持ってたのだ。
また彼女の能力次第で、再びあの強力なスタンド能力の使い手の彼等がジョルノ達の敵になる可能性を考えて、呼び出したことがあった。
結局その話し合いは無事に終わり、彼女が自分たちに害をなさないとわかるなり帰すことになったが、その後のことだ。

ジョルノからもらった桜の枝を大切そうに持つ彼女は、話が済んだ後はすぐ外で今か今かと待つプロシュートとチームメンバーに引き渡す予定だった。

それが、彼女は後ろに控えていたブチャラティのもとへ頭を恭しく下げて近づいてきたのだ。

「お忙しいところ申し訳ありません…。
あなたがブローノ・ブチャラティさんですよね。
お初にお目にかかります。
あなたの事は主人から話をうかがっています。

あの…、おねがいです。どうか、少しだけでいいんです。私にお時間をいただけますでしょうか?」

「…。
ジョルノ、席を少し外してもいいか?」

「構いませんよ。
良ければ、そこの応接室を使えばいい」







「で?
オレに話というのは何だい?。

オレは貴女に顔を合わせる資格がないのだと思っていたから、正直どんな顔をしていいか分からないんだ。
そうだろう?
貴女はオレを憎んで…「申し訳ございません!!」

え?」

「ブチャラティさんっ、その節は主人が大変失礼いたしました!!

私、貴方にもどうしても謝りたかったんです!!

大切な役目を、命をかけて果たしていた貴方のお邪魔をしてしまって…、貴方の仲間の皆さんも殺してしまいそうになって…っ。

これは暗殺チームの誰からも、ましてや主人からの指示ではありません…、ただの独断なんです。

信用できませんよね、いきなり言われても…。
それに、こんなの自己満足だって分かっています。

けど…けれど、どうかこれからは主人のチームをよろしくお願い出来ませんか?

必ず貴方たちのお役にたてるはずです。

リーダーのリゾットは、信頼さえ与えられれば、誰よりも頼りになる人間です。
旦那様…いえ、プロシュートも幼少の頃からこのパッショーネに籍を長年置いた身です。
戦闘経験も数をこなしており、諜報活動も交渉にも長けて、組織の内部情勢も外部組織についても精通しております。
これから新しいパッショーネを整えるにあたって、必ずお役に立てる筈。
他のメンバーも、一度貴方がたが戦われたように、実力は充分ご存知かと思われます。
これからも戦闘が必要な場面は沢山あるはず…。
戦力は多い方がブチャラティさん達の生き残る確率も格段に高くなるでしょう。
彼等は必ず信頼に応えてくれます。
あの子が言ったように、信頼で返して下されば。



だからお願いです、ブチャラティさん…!

主人のことを…これまでの私たちのしたことを許していただけますか?

そして、これからどうか共闘する機会も多くあるでしょうから、あの人たちが背を向けていても…、

いえ、正直に言います。

主人に…攻撃しないで…っ。

もう私はあの人が貴方に牙を剥かないようにさせますからっ。
約束いたします。決して貴方たちに危害を及ぼすことは、私がさせません。

こんなの私の身勝手な気持ちです。きっと後で主人にもチームの皆さんから非難されるのは分かっています。

けど、私…っ、あの人をもう二度と失いたくないんです…。
出来うる限りのことをしてあの人が危険に晒される確率を減らしたいんです。

あなたはあの人との戦いで仲間を守りながら指令も両方こなせた方。
あなたを見込んでの願いなんです。

こうすることしか私はあの人を守れないんです…。

これ…、お近づきの品です。
貴方がお好きとうかがったので…。
どうか受け取っていただけますかッ?」






「…オレはあなたの大事な男を奪った人間なんだぞ。
憎みこそすれ、おかしな話じゃないか?」

自分は彼女からすれば、愛する男の命を奪った存在なのだ。
いくら憎んでも憎み足りない筈なのに。
それが逆に謝罪をしてくるなど思いもしなかった。だから戸惑ってしまっていた。

「ええ…、本当のことを言うならば、あの人が死んだ時に殺した相手を憎まなかったなんて決して言えません…。
悲しかった…、あの人はこんな私を花を扱うように大切にしてくれましたから…。

けれど、あの人の死骸を探した先、ブチャラティさん達が戦ったフィレンツェ超特急の惨状をみた時、それだけの事をしたのだと納得いたしました…。

貴方の強さとボスの気高い意志が運命に勝ち、ああいう結果になったんです。
仕方ないことなんです…、あの人は昔からそういう業も抱えていますから…。
運命の天秤があの人に傾いてしまったんです。
あの時でなくてもいずれにせよ死の運命からは逃げられなかったんです。


けど、あの人は帰って来てくれた。
ボスの…ジョルノ様のおかげで。
あの人は今生きていて私の側にいてくれて家族になってくれました。だから、貴方を憎む気持ちはもうありません…。

ただ怖いんです。
あの人を失うのが。
出来るならもう二度とあの悲しみを味わいたくない。
あの人とお別れする時は出来るだけ先のことにしたい。

ブチャラティさん、どうか私の主人をこれからは助けてあげて下さい…っ!

あの人は短気で怒りっぽくて大人気がなくて感情表現がかなり激しいけど、面倒見が良くて情が深くて義理堅い人ですっ。
アマーロちゃんが幸せになれるように13年間も自分のことよりあの子を思って大切に育ててくれた家族思いの人なんです。
自分がたとえ追い込まれても、チームのことばかりを考えていた人なんです。

ずっと人のことばかり…。
私、あの人をこれからは幸せにしたい…っ。


お願いです…。

お願いします…っ」





自分の感情よりも命をかけたい人間の為なら何をすべきか優先する。
守るために。
失わないために、と。


「オレは…」

頭を下げたまま涙をはらはら零す彼女の前に、ブチャラティはそっと歩み寄り、涙を指先でぬぐうと、彼女の願いに答えるため口を開いた…。


















そのことを思い出しながら、フッと気づけば口の端が笑みを形作っていて。


「彼女は強いヒトだ。

尊敬に値するよ…」

そうメンバーに答えて、手元のコーヒーにそっと口付けた。

「そうかァア、ブチャラティが言うなら間違いねーよなぁー。
オレ、今度話しかけてみるわ」

「ミスタ、ピストルズに失礼を言わさないよう気をつけるんだぞ」


暗殺チーム。
かつて敵対した、その行為を多くの人は悪と呼ぶ。
しかしその中でも咲く花があった。

それはリゾットを愛して、彼を救うために自分たちにたった一人で向き合ったシュガーマグノリアと呼ばれた少女。
あの子は誇り高く輝く白木蓮の花。

そして、桃子。
精神の美。
やわらかな幽玄の光をたたえる異国の花である桜。
弱々しく見えるがしなやかで人の心に忘れられない印象を残す。

泥の中からも咲く花がある。
それはどんな花より美しく見える。

あの二人は悪の中の華。
彼女たちを、ジョルノもブチャラティもどうして美しくないと言えるだろう?






ブチャラティはあの時、自分に必死に謝る桃子の目元からすくい取った涙を密かに口にした。





「了解した。
オレは貴女を信頼しよう。

オレは他人の嘘を見抜くことができるんだ。

貴方の涙からは嘘の味がしない…」


「ブチャラティさん…!」



…彼女の頭を上げさせて、安心させる為に、あの時のブチャラティはやわらかく微笑みかけた。






























H.30.10.8
もう少し付け足そうとしたけど終わらなそうだったので中途半端ですが無理やり終わらせました。
副題はイタリア語で桜の花。
予告の夢絵のウェイターブチャさんの登場する続きがもし書けそうだったらあげますが、とりあえず一旦ここで。

↓よかったら管理人にお願いします。




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