プリンセス・オブ・フォーリン4
そのころ、イタリアではペッシが気を引き締めるべきか緩むべきか複雑な思いでいた。
「兄貴ィ…、元気かなぁ」
思えば彼がチームに入ってから、こんな長いことプロシュートがいないのも初めてだったと思う。
一流の人間は仕事を先延ばしせずに迅速に動くんだと言われて以来、ペッシは何かあったらすぐ兄貴のもとに駆けつけねばと常に近くで待機していた。
それが頼まれてないのに兄貴のタバコに火をつけると些細なことでも。
「オメー、心配しすぎ。
あいつなら以前単身でロシアの奴等に乗り込んで帰ってきたんだ。日本なんて訳もないだろ?
平和な国だっていうんだから。」
イルーゾォが苦笑しながらペッシの肩をぽんぽん叩くと、そうだよな兄貴だもん兄貴なら大丈夫かなぁとようやくペッシは納得したようだ。
「お前もうちょい喜ぶべきだろ?怖い兄貴がいないってことに」
そんな会話に割り込むように性悪な笑顔でメローネは絡む。
「良ければ、オススメのお店連れてってやろうか?
たまにはパーッと遊べよ!
お前、給料貯金しまくってんだって聞いたぜ?」
「い、いいよ〜。オレ、
女の子になんて話したらいいか分からないし」
「ふーん、んじゃ。例のメニューをやるしかないじゃあないか?」
ニヤリと笑って、メローネは壁に貼ってあるA4サイズの紙を指差した。
そのチラシを裏返しにしたような紙には、きっちりとした字がびっしりと殴り書きされている。更に貼り出した紙の下には何やらダンベルだの足につける重りだのが山積みされていた。
そろそろ行かねばと席を立ったイルーゾォは部屋を出るついでに、プロシュートがペッシに書いたという例の張り紙をちらりと目にしたが、
「逆立ち腕立て伏せ×50を朝昼晩」
という字が目に入ったので見ないふりをした。
こんなメニュー、自分はとうていごめんだ。
彼はペッシが心底気の毒になってきた。
(…プロシュートはペッシをロッキーにでもしたいのかねえ)
ペッシもまた見ないふりをしてるのか話題をそらさねばと話をふった。
「そ、それにしても兄貴っ今頃何してるんだろうなー。兄貴のことだから、ジャッポーネの女の子にきっと今頃モテモテだろうなぁ」
「オレはジイさん、ペイチャンネル観てる気がするぜ」
「いいや、絶対どっかでまた殴り合いしてる!
賭けてもいい、せっめー飛行機におとなしく座ったジジイの鬱憤がたまらない訳がねーんだからよぉ」
「賭けてみるか?プロシュートから電話来たら聴いてみようぜ」
「オレの一人勝ちに決まってる。
しっかし、ジジイいねえと気楽でいいぜ!」
「確かにな!
いつもゴミがどうとかだらしない格好するなとかうるせえよな。あのジイサン」
「そ、それは兄貴なりにオレらを心配して…」
「まあまあ、お利口なペッシちゃんよ。せっかくうるせえジジイがいねえんだから、オレらはオレらなりに羽を伸ばそうぜェ。オメーも好きな釣りにいってくりゃいいんじゃねえか」
「うーん、そうだなぁ、そういやしばらく行ってないな。
明日は天気がいいっていうから、行ってみるかなぁ」
「お前達。飯だ。下へ集まれ」
「「「へーい!」」」
リゾットから呼ばれて三人の会話はそこで打ち切られた。
そうして果たしてそんなギアッチョの予想があたったかというと…。
「おい!この軟派野郎ッッ!!!!てめえは一体どこの誰をさらったと思ってやがる!
イエローキャブとか馬鹿にしてんじゃねぇのか!!!!?」
「おいっ随分細っこい腕だなぁ!!!!?そんなもんはなぁ男の腕じゃねぇんだよ!!!!」
「埋めてやるか!高尾山に!?いや秩父山中にな!!!!?」
「何か言えやオラァ!」
まったくの大当たりだ。
しかも間も無く。
プロシュートは普段ビジネスマンのような姿だが、その実態はデスクワークをするには程遠く激しく動き回る。
以前組織の運営する店の金を持ち逃げした男が、逃走の果てに工事現場の鉄骨を上り必死に逃げようとした時、組み上げた鉄骨を飛びうつりながら瞬く間に追いついて捕まえた事もある。
街のチンピラと戦い鎖で首を絞められた時も、己の腕力だけで首に巻かれた鎖を手繰り寄せるとそのまま拳にぐるぐる巻きつけて相手の顔面に叩きつけたこともある。
某運び屋のようにスーツの上着を抜いで殴りかかる敵の腕を絡めとって複雑骨折をさせた事もある。
銃撃戦で敵が潜む小屋まで走り抜けて勢いのまま窓をぶち破って飛び込み、相手に弾丸を雨霰に食らわせた事もある。
そんなことも珍しくはないから、彼は任務時にそこまで高価なシャツもスーツも着ることもないし、大事なアルマーニの靴はアマーロと出かける時にしか履かなかった。
そして今、日本に来た日も彼は標的のいる拠点が正しいかを確かめただけで、初日から任務に向けて動こうとも思っていなかった。
「…おい!オメエ!さっきから涼しい顔して聞いてんのかてめえはぁあああ!」
だからだ。
桃子を思うがゆえに怒りで顔を真っ赤にした角刈り頭が、プロシュートのシャツの襟を掴んだその瞬間―――
ブチッ。
「!」
男によって勢いよく捕まれ引っ張られたことで、シャツの襟についていたボタンのひとつが千切れて空に飛んだ。
(…………)
プロシュートは弾け飛んだボタンの動きがひどくゆっくりと見えた。
白銀色に一瞬光ったそれは、地面に落ちると勢いよく転がっていき、そのまま池の中に吸い込まれるように消えていった。
その瞬間、兄貴の頭の何かがブチッと音を立てる。
…なぜなら、そのシャツは普段買うものと全く違ったものだったからだ。
『お誕生おめでとう!お兄ちゃんっ!』
それはアマーロがお小遣いをコツコツ貯めて、プレゼントしてくれたものだった。
「見てみて!この襟のボタンね、アタシが縫い付けたんだよ!
手芸屋のおばあちゃんがね、幸運を呼ぶボタンだよって教えてくれたのッ。
アタシ、お願いしながら付けたんだ。
お兄ちゃんが無事でいられるように!」
しかもその握りつぶされた襟の裏側には、
「それにね、もう一つあるの」
彼女が丁寧に手縫いした小さな文字で
「プロシュートへ。
愛をこめて」
と、書かれていたのだから。
H29.3.10
大変長らくお待たせしました。一年以上つまってしまいおやすみを頂いて申し訳ありませんでした。
あまり話は進んでいませんが、やっと続きがかけそうな目処がついてきたので、これからコツコツ書いていきながら他に修正なども重ねていくいきたいです。
加筆する予定です。
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