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エンジェル・オブ・デスT※オリキャラ注意
眼が覚めると、薄暗い見たことのない部屋のベッドの上でアマーロは寝かされていた。

(ここは…どこ?)


静かだ。そして薄暗い所。
アマーロの前には分厚い医学本が丁寧に並べられ、婦人雑誌と書類の束が重なった机が見える。
机とセットであろう椅子にはカーディガンがかかり、紅茶色で手作り特有のあたたかみがあった。

どこかで見たことがある、アマーロはふとぼんやりした頭で思う。



(いけない!
リゾットさん…!)


ハッと頭が覚醒し、自分が何をしにきたか記憶が蘇る。

リゾットが自分を逃がしてくれて、自分はリゾットの仲間のホルマジオにあって、ホルマジオは兄を呼んでやると席を立って自分は待っていて…そして。




『…オ前ノ役目ハ、仲間ヲ呼ぶ役目ハ終エタ』




(いやっ!!)


赤い男が自分を抱きすくめて、指が自分の肩にギリギリ食い込んだ感触を思い出し、思わず肩を抱いて、震え出す。

だが、今自分は正気だ。


(どうして……)



その時。
無機質な声が響き、その理由が記憶から呼び覚まされる。





『選ばなければならない』

夢の中で赤い男を押さえ付けていた自分自身。
彼女の言葉がアマーロに不吉に響く。





(お兄ちゃん……リゾットさん……ッ)

涙が再びこぼれていた。
夢の爪痕が痕を残していた。怖くて悲しくて…。

混乱と疑問が入り交じる。
子供のアマーロには全く分からなかった。

『選ばなければならない』
が何なのかと。
2×4の言葉が心にざわめきを刻んだまま染み込んでいく。


(選ぶってどういうこと!
どうしてお兄ちゃんとリゾットさんを見せたの…ッ)


あの夢の終焉に、おびただしい光景を見せられたのだ。


死に際のプロシュートの姿。
その前後の様子を。
手足が千切れ、助からないおびただしい血を流したあんな姿を…。



(嘘…っ、嘘だよね…、だって…夢だもん)

そうだと信じたかった。

あんなに生々しくても。
そうだ、あれは夢だ。
そう信じたかった。
夢だ。
嘘なんだ。
あんなものは。








『待って…っ!

待って!!』

間に合って。

伸ばした手。
その先は車輪に挟まれ血まみれの姿。

必死に走る。
泣いて、泣いて、もってくれと、まだもってと願いながら。
手を伸ばす。
銀の十字が輝いて、その血を止めようと必死に手を伸ばして、
あと、ほんの少しだけだった。
触れれば治る

…生きてさえいれば。




それなのに。








『…お前が幸せ…で…あるように…』



血に濡れた、掠れた声。
優しい瞳、やわらかな笑顔。


それきり止まった呼吸と閉じた瞳。

こんなに安らかな表情を見たことがなかった。
触れても、何も起こらなかった。

遅かった。
遅すぎた…。





『…嫌ぁああああ!』

膝の力が抜け、その場で泣き崩れる。

その風はあまりに血生臭く、足をひきずりながら自分に追いつき兄の姿を見た大柄の少年は、
『オレが、オレのせいなんだぁあああ!!』
と大声を張り上げ、泣き叫ぶ。









『…お前は、敗けたんだ。
ゲス野郎』






二人の背後へ現れた第三者。

強い意志を持つ、凛々しい空気をまとった見知らぬ人間。
特徴的な黒髪ボブがふわりと揺れる、中性的な顔立ち。
アメジスト混じりの黒い瞳、金のジッパーがいくつもついた白い服を着ている若い男だった。






『!
君は…っ




そうか…。

そうだったんだな…っ』


アマーロの姿を目にした途端、彼は驚きと共に彼女の様子から何とも言えない表情になる。


『来てもらおう…。

オレ達は、アマーロ…君を…お前達を、見逃す訳にはいかないんだ…』

そう口にしながらも、悲しい表情を浮かべ、彼はアマーロの肩に手をおいて呟く。


『恨むんだ…、このオレを。
オレ一人なんだ、君の恨みの矛先は。

オレがやった…。
君の兄さんを殺したのは…オレなんだ』

そう言って。
自身を指差し、彼が視線を向けた先。
そこには…変わらず兄の亡骸が横たわっていた。

凄惨な姿にも関わらず、兄の、プロシュートの唇の端には笑みが残されていた。






(駄目!!)



頭を強く振り、記憶を振り払う。

あんなの嘘に決まっていると。







(ううんっ!!違う!
お兄ちゃんが死ぬ訳ない!!
夢が全部本当になるわけない!
だっていつも元気だもん!

だって…お兄ちゃんはそんな人じゃない…ッ。

いつも強くて…、
あたしに優しかった…ッ)






ある日の自分と彼の記憶が次に頭に浮かぶ。
自分はいつものように泣いて、兄はダイニングのソファーに座る自分と向かい合うよう座っている。

きちんと瞳を見て、泣いてる自分の途切れ途切れの言葉と悲しみを吐き出すのを、根気強く聞いて。

そして全てを言い切れば、額を重ね合わせて、彼はいつもアマーロを励ます言葉をくれた。







『泣くんじゃねぇよ…シュガーマグノリア。
美人はな、笑ってる顔が一番綺麗なんだぜ?』

『あたし美人じゃない…お兄ちゃん…っ』

『馬鹿だなぁ…。
お前はオレの天使なんだ。

オレはお前が信じるまで何回だって言ってやるよ。

自覚するんだ。
勝て。
…お前を縛るのは…、テメーが怖いから何も出来ないと縛るのは…お前を嫌うお前自身なんだ』

プロシュートは、アマーロを初めて愛してくれた人間だった。

『お前はまともな人間になるんだ。
オレのようになっちゃいけない』

時に厳しく叱りつけて、一人で泣いていればいつも抱き締めてくれた。
たった一人の家族。
プロシュートは自分のことばかり考えていた。

もしアマーロがプロシュートに会えなかったら、今の自分はどうなっていただろうか。
死んでいるだろうか、もしくは野良犬のように惨めに生きていただろうか。
あの日の夜の教会で自分が殺した女の死体と、自分の両親を思い、絶望を知り、この世を憎みながら。




今のように兄がいて、自分を見守り、アマーロが欲しかった温もりを与えてくれなかったら…彼女の心に歪みが生まれていただろう。
自分を守る兄の背中を見て、自分も強くなりたいなれたら…そう思えなかっただろう。











そして。




『恥ずかしがらなくていい…すごく…すごく綺麗だ』

リゾットは、自分に手を貸してくれた。

見た目に縛られて、自分を憎み、人を怖がり向き合えなかったアマーロの背を押すきっかけに。

あんなにも簡単に。


小さく縮こまった自分にやわらかく降り注いだ声は嘘偽りはなかった。

真っ直ぐに見つめた蛍石(フローライト)の緑の眼差し。

その声から紡がれた飾らない言葉を耳にして、深い色の瞳に見つめられる。

リゾットの瞳の鏡に映った自分の姿。
恐怖に怯えながらも、鏡の前に立ち、自分を見つめた。

自分自身を見ることが出来た瞬間に、自分自身が作り出した鎖は少しずつ壊れていく。

誰にも出来なかったのに。


ただリゾットは、面倒な女の子を泣きやませようと一時的に言っていたのかもしれない。

それでも、






(私…あなたがいなかったら…


自分が嫌いなままだった)


彼は確かにアマーロの歩みに手を貸してくれたのだ。





「リゾットさん…

お兄ちゃん」





死んで欲しくない。
死なないで。



その意志を胸に。




「こんな…泣いてる場合じゃない…!
今は、リゾットさんを……ッ」

今、自分は夢で本当か分からない夢に縛られてる場合ではない。
段々冴えた頭で、今なすべきことは…考えた。
そして自分でガシガシと涙をぬぐって、自分の両の頬をパンと叩いた。



『行ってくるね』

『おし!
行ってきな』

負けないようにと、兄が学校へ向かう自分にそうやって勇気づけたように…。




その時だ。





「アマーロちゃん」


部屋を出ようとした彼女を呼び止める声がしたのは…。


「え…っ!」

肩をびくりとさせ、アマーロは振り返る。

…何故ならそこにいたのは、彼女がプロシュートと暮らし始めた3歳の頃から見知った人物で、


「マンマ・アルマ…
アルマ、先生…?」

「うん。
うん…よかった…何ともなくて…っ。


アマーロちゃん。
何だかよくわからないけど…これだけは言える。

私たち、お互い運がよかったのよ…!」

よく知っていた。
何故なら、彼女はアマーロのかかりつけ医だったのだから。



マンマ・アルマ。『お母さんのようなアルマ先生』。

そう呼ばれるように、彼女は大勢の患者から親しまれて大変人気のある医者だった。また彼女はアマーロのかかりつけ医で、小さな頃からずっとアマーロは彼女の元へ定期的に通っていたのだ。


お母さんみたいな人。

アマーロはアルマに会ってからは、質問にしか答えられないながらも、それまで酷く体調を崩しても行くのを嫌がってた病院へ何とか行けるようになってた。

『アマーロちゃん、今日はどうしたのかな?』
それはアルマの笑い方が好きだったのか。
甘い素朴なビスコッティを味わうような、語りかけに怖い気持ちがやわらげられたからか。
当時アマーロの記憶から忘れていた、今はいない母親とアルマを重ねていたのかもしれない。


「先生…どうして、この病院に…?」

「たまたま挨拶しにきたのよ。
今度紹介する患者さんが少し難しい病気だから、ここの先生たちに色々飲んでる薬とか様子を伝えようと思ってね。

…そしたら、こんなことに…。

ああ、なんてことなの…っ。
なんで、なんで神様!


でね、先生逃げようと思ったら、あなたがここ…先生の部屋の前で、倒れてたから大変って、すぐここにいれたのよ。

ねえ、アマーロちゃん、何が起きたか分からないけど、私たちだけなら…なんとか…他の人は助けられないけど…逃げられるかもしれない…」

そう言われても、アマーロは聞きたいことがあった。


「教えて先生…!
あの、逃げてる時、先生は見なかった?
黒いコートの男の人…、髪の毛が銀色で黒いサングラスしてるの。
背がたかいから、目立つと思うけど…見たッッ?」

それに頷き、肩を抱いてあっという間だったとマンマ・アルマは言った。

「見たわ。

私、あの人が来てくれたから助かったのよ…

私を襲おうとした、あの赤い不気味な…アイツ等が、その男の人を目にした途端に、その人に向かって走っていったの。

足が速くて、その人はすぐ見えなくなった。

でももしかしたら今は…」

「どこ?どこで襲われたの?
教えて下さい!
それから、その男の人がどっちに行ったかも!

あたし、あたし…あの人の所に行かなくちゃいけないの…!」

「何言ってるの!
危ないわ!!
先生達は本当に運がよかったの!
その人がどうなってるか分からないけど、まずあなたは今逃げるべきだわ!


大丈夫、安心して。

今はここは誰もいない。
あの殺人犯たちも…一斉に上の階へ残らず走っていった。


先生、今、見たばかりだから…

さあ、先生と一緒に逃げましょう…っ」

「でも、逃げるってどうやって…」

「隠し通路がある、そこから逃げるのよ」

彼女は言う。

この病院は、かつて貧しく医者にかかれない人々が流行り病にかかった時訪れた中世時代の修道院だったと。

さらに、この領主は最後に立てこもり戦う場所として、堅牢な造りだったここを頼りにし、地下にはいくつもの秘密通路を作っていたと。
道を通じて物資を、その何十もある道から出て侵入した敵を奇襲していた歴史があると。

彼女は以前この自分に割り振られた部屋を掃除してて、偶然その道の一つを発見し、好奇心から図書館の郷土史を読みその歴史を調べ、
また別の日に、中を通って、その道から外へ出れたことがあると、そう語った。



「あいつらは誰も知らない筈。
大丈夫。今なら。
まだ外が明るいうちに逃げなくちゃ。

あなたがその人を助けたい気持ちは分かる…。

でもあなたはよく風邪をひくただの女の子。
あなたが行っても、その人は逆に貴方がいる事で戦いにくくなるわ。
だから、あなたが出来るのは逃げることなの。

逃げて、警察のひとに助けてもらうようにお願いするのよ。

分かった?
早く、早くしなければ…。ね?
行きましょう」

アマーロに向け、差し出された手。

「でも…でも…」

「いいから、ほら、先生の手を握って」


人のよい、ほのかな砂糖菓子の笑みでアマーロに彼女は促した。
優しく諭す。
それはいつも彼女と診療所で話すときと全く同じものだった。

皺がやわらかく刻まれた柔和な目元、鳶色の瞳。
淡い灰色の髪は一つのまとめて、赤い艶やかなバレッタで留めているのも。

白いセーター、紅茶色のカーディガンも。
歩きやすい白いサンダルも。
変わらない。

胸に下がる瑪瑙のカメオも変わらない。
アンティークの鈍く光る金の鎖。
月桂樹の葉にぐるりと囲まれ、石榴の実と少女の彫刻されたロケット。

他人の眼を見るのを恐れていたアマーロは、問診の間はいつもこのロケットの少女を見ながら、小さな声でポツポツ答えていた。

微かに憂いを帯びた姫君の横顔。
波打つ長い髪。
石榴の実を持つ少女、アマーロが綺麗だなと思ってたペンダントの少女。
それも変わらずに。
彼女は言ってた、そのロケットの中には飼ってた犬の毛が入っていると。

同じ笑顔でそう言っていた。





「先生…」

だがアマーロは、今すぐ、その手を取れなかった。

そう出来なかった。
長い付き合いなのに。






「あっあっ…あっ…!」


急に足の震えが止まらなくなったのだ。

優しい笑み。

目の前の見知った筈の、彼女に。

この、ゆっくりアマーロに近寄る老医師に。























ほとばしる血飛沫。

「あ…あっ…っ」

今、リゾットの足元を何十体目か分からない死体が倒れ込んだ。
それは年端もいかない少年だった。
泣きながら
「怖いよやめて」
と言って、リゾットの首に食らい付こうとした少年だった。
はねられた首はベシャリと音を立てて落ちる。
その断面からは赤く細い糸が出て、何かに纏わろうと蠢く。


『リゾットォッ!!』
サイコパシー・レッドが背後から走り襲いかかるのをよけ、彼は進む。



今、はねたばかりの首が転がりだした。
まるで床が傾いているかのように、電灯が壊され、暗い廊下の奥へと転がっていく。

瞬間リゾットを追っていたサイコパシーレッドと死体達の動きが止まると、彼等は襲うのをやめ、一斉にぐるりと体の向きを変えた。

彼等は闇へ歩き出す。
生首のあとへ続き、何重にも足音を重ねて。
リゾットの脇をすり抜けて。
一瞬静かになる。

ひどく長い沈黙が続き、やがてコツンコツンと以前聞きなれた靴音が響き、闇の中からリゾットの元へ何者かが近づいてきた。


『リゾット』


死体と赤い男たちは違う声帯で同じ発音で、同じ微かな舌足らずで、言葉を同時に発する。





『リゾット

お前は死ななければならない』




目から涙を流しながらも無表情で死体達はリゾットを指差す。
何十も向けられた指。
非業の死を遂げた彼等の虚ろな瞳をリゾットは臆することなく、無表情で見つめた。


『死ね
死ね
死ね!!
死ね!!!
お前のせいだ!!』



悪夢に見る屍の山と彼等が重なる。
恨み。
お前のせいだ。
死んだのは。
お前が憎い。
何度浴びたか分からない憎悪が一斉に向けられると、リゾットは静かに笑った。
己自身を嘲る為に。






リゾットはたどり着いた、それが待つ場所へ。
そこには誰もいなかった。
生きた人間は誰一人もいなかった。



リゾットはたどり着いた。

自分の責任を果たす…今度こそ彼を、かつての部下を殺す為に。

暗い廊下の奥、闇に紛れて現れたその男。

リゾットの部下。
リゾットに半死半生に合わされ、男としての機能とプライドを潰され、怒り狂った男。復讐者が。


『彼』はたどり着いた。
…リゾットを殺す為に。
ようやくここまで出てこれたのだ。











「…遅かったな

…リゾット…」



後ろには死体達を自身のスタンドを軍隊のように控えさせて現れた、その男。

リゾットが感情の読めない表情で口にした、その名は…。









「…ヴェルデッキオ…」





彼は、姿を現した。



『初めまして。
ヴェルデッキオ・ヴェルドゥーラです。至らない所が多々ありますが、よろしくたのみます』


一見すると腰が低い、マフィアに見えない青年に見えた。

彼は進んで雑用を行い、時に同じチームの任務を喜んで代わりにやると引き受けた。

『僕がいきます』

任務時は自分が様子を見ると危険な役を買いながらも、戦闘時はうひゃあと弾丸飛び交う血の噴き出す死体を見て恐れる男。
同じチームメンバーは彼を利用しがいある腰抜けだと半ば馬鹿にしていた。
容易く上っ面に騙されていた。
馬鹿にしてた翌日、彼になぶり殺されるとも知らずに。
敵に捕まり間に合わなかったという口実で、身の毛もよだつ拷問をされるとも夢にも思わずに。
どうしてだ、やめてくれと言った瞬間に、舌を切り落とされ、生きながら生皮を剥がされるとも、顔面に火を押し付けられる自身の末路を知らずに。

リゾットだけだった。
彼の振る舞いは本心でないことを。
その本性を見抜いていたのは。

「ひどいな。

すっかり待ちくたびれてしまったよ」




茶色い髪。
歪んだ左右非対称の特徴的な表情。
片方は表情がなく、残りは嘲笑っている。
リゾットは確信した。
ああ、彼は『絶好調』だと。





「作ってやったんだ…お前が最後に祈る時間をな…」

「どうだかな…、祈るのは命乞いするのは…お前だリゾット。
いつも馬鹿みたいにロザリオを持ち歩く馬鹿な男が。

リゾット…、僕が神に祈るなんて思っているのか?

知ってるだろう?

僕が、信じるのは、…生きる実感が得られるのはただ一つ。
まだまだ足りなかったのに、お前は僕の…邪魔をしたんだ…っ。

だから、
見ただろ!

ここに来るまでに!」


「…変わらないな。
お前は口数が多すぎる」

「お前が喋らなすぎるんだッ!
いつだってそうだったなぁ!!」


「騒ぐな…、もうどうでもいい。
それより互いにやる事があるだろう。

お前も望んでる筈だ」



…始末をつけようヴェルデッキオ。

今、ここで。
俺の手で、終わらせる」


「言ってろッ!!
出来るのか!
群衆スタンドのお前が!
僕のスタンドに触れられないお前が……」
ヴェルデッキオが控えていた何十体のサイコパシーレッドを動かそうとした瞬間、彼は罵りの代わりにおびただしい剃刀と針を吐き出した。




「『メタリカ』」
低く感情の籠らない声で紡いだ力の言葉。彼は、やると言ったら即始末をつける人間だった。
そして、ヴェルデッキオがリゾットの射程距離にいて、簡単にそうなったのも理由があった。

リゾットは自身の能力を全て明かさなかったからだ。

暗殺者になった間もない頃、仲間が金欲しさにリゾットの能力を標的に教えてしまい、危うく命を落としかけて以来。

彼は全ての能力を知られないよう振る舞った。

刃物が体から生える瞬間も彼は常にまとうロングコートで覆い隠し、その両手にはいくつものナイフを持っていた。

ステルスも誰も見てない場合のみ使った。

『俺のメタリカは金属で出来た物質を動かせる』
嘘ではない、一部だけをチームの人間に明かすのみだった。

特に信用出来ない人間には、知られたくなかった。

ヴェルデッキオもその一人だった。

あの日、リゾットがアマーロに殺しを目撃されヴェルデッキオの気配に気付いた時も、そのつもりだったのだ。


結果、今リゾットは対話しながらも、ヴェルデッキオから剃刀を吐き出させたのだ。

そして彼は冷たく見下ろしながらも、更にヴェルデッキオの身体から鉄分を作り出す。

致命傷になる部分を狙って。

眉間、心臓、首から鈍く輝く刃が飛び出す。
更に動きを止める為に足の甲からも。


「がっ……あっ………!」

口から血を溢れさせ、首を抑えても、血が止まらない。
激しく流れ、足元に血だまりを作りながら、彼はぐらりと前のめりに倒れていった。


「ふふ…っ、へへへへっ、………リゾ…りぞっ、りぞ…りぞりぞっとぉ………!

お前も僕と同じだ。


ぎゃあッッ!」

リゾットは腕を振り上げてヴェルデッキオの額にナイフを打ち込んだ。
刺さる肉の感触。

「ははははははは!ははははははははははははは!」

ヴェルデッキオは大声をあげて笑った。
笑って笑って、声が枯れるまで笑って、彼は恨みのこもった眼で決してリゾットから目を離しはしなかった。








ヴェルデッキオは普通の両親から生まれた普通の姿の、異形の子だった。
アマーロと違い彼は普通の姿をしていた。
茶色の髪と淡い青の目に鼻が少し曲がっているだけの。

だが、彼の精神は異形を成していた。
真っ赤な男だった。
醜く歪み、口ばかりが大きな肉色の化け物が何十匹も蠢いていた。
彼は三大欲求と共に、その怪物達が命じるままに、己の欲望に従った。
支配したい、相手の心を絶望に満たして殺したい。
そして最後に恐怖に染まった犠牲者の瞳に自分を映したいと…それは支配することだと。


初めは自宅の床下で雨に濡れ弱りきって動けない子を孕んだ雌猫だった。
『おすかめすかしりたかった』
と彼は言った。
両親はその惨状に目を覆い隠したくなった。
石で頭を潰され両目を指で押し潰され首をへし折られた若い猫、その腹はナイフで裂かれて胎児はのこらず引きずりだされていた。 彼はその時たった六歳だった。
彼は父親に殴られ、それがどれだけ酷い行為か何度も諭された。
『猫の痛みがわからないのか』
と言われながら。
『どうしておこるんだ』
ヴェルデッキオは自身の頬の痛みを感じながらも、そう思った。
痛かったろう、それは分かっていた、今自身の頬も痛いのだから。
だが、ただ、それだけだった。
それはねこじゃないかと、ぼくじゃないと。
『だからどうしたの?』
父親は何度も何時間も根気強く説明した。
父親の言葉は、怒りから始まり、時に優しく色を帯びる。
ヴェルデッキオは聞くのをやめた。彼の目線に合わせて話す父親の唇はミミズのようにうねって、様々に変わる表情にうんざりした。
その一時は退屈なサイレント映画だった。
やがていい加減うっとおしくなったヴェルデッキオは涙を流した。
『ぼくはひどいこなんだね…。ごめんなさい。』
と言って。
腸の煮えくりかえる感情からきた涙を、反省の印に見せかけた。
『分かればいいんだ。
これから猫達のお墓を作ろう、いいね?』
『うん。
ぼく…、ねこたちにごめんなさいって言うよ』
『ああ、いい子だ。

いいか。
好奇心からでも、こんな事をしたらいけない。二度と。

こんなことはな、人間としてやったらいけない。
今の小さいお前には悪いことだと知らなかった。だが、今日の事でわかってくれ。
こんなこと…弱い存在をいじめても、傷付けても、殺してもいけないんだ。
大事にするものなんだ。


人間のやることじゃない…。お前は今日から知ってしまった。

わかったな。
もう二度とするな。

あんな事をするのは、人間じゃない…。

人間じゃないんだよ…。

怪物なんだ』

父親として、彼は間違ってはいなかったろう。
息子の行く末を心配した上の言葉だったのだ。しかし『人間じゃない』は幼い彼に衝撃を与えた。

土を盛り上げ墓石を作った。
ふとヴェルデッキオは自分の左の小指に猫の血が僅かにこびりついてるのに気付いた。
ぬぐいきれてなかったものだった。
父親と母親は手を合わせて祈る。
少年は、指の隙間に入り込んだ赤い色と怯えた猫の姿を思い出し、指をしゃぶった。
背後で真っ赤な男がいた。
不思議と恐ろしいと思わなかった。
父親に似ていたがそれは鼻が少し曲がっていた。
『ナメルンダ…』少しだけ舌に感じた猫の血。
『アジヲオボエトケ…ミツカッタオマエノシッパイノキオクニ』
美味しいとは思わなかった。

だが、その瞬間にこの小さい少年の、脳に興奮物質が放出された。幻覚が…歓喜の記憶が走馬灯のように刹那で流れた。
『タノシカッタロウ』猫の毛並、髭の数、石を頭にぶつけた数が頭をよぎる。
そうしたかった。
猫が可愛いと思ったから。
それが少年にとって、家で飼おうと餌をやろうという行為ではなく
『自分だけをみろ』
そう思い、そして頭の怪物と本能が成すままに殺した。
哀れだと思わなかった。
罪悪感もなかった。
血まみれになった小さな手を眺めて、無邪気に笑った。
『オマエハ人間ダ。
コノヨロコブオマエハ、人間ダ』
それはヴェルデッキオの心を…大好物を目の前にした時より母親に抱っこされた時より、遥かに満たしたのだ。



その翌週、少年は道で空腹でふらつい子犬に持っていた菓子をやった。

子犬は尻尾をふって甘えた声をあげて寄ってきた。彼は子犬を抱き上げると、激しく車の行き交う車道にその頼りない身体を放り投げた。
犬の叫ぶ声を目にすると背を向け、すぐ側の路地に逃げ込み姿を隠した。
ああ、思ったより遠くへ行かないんだなと、酷くがっかりした。

ヴェルデッキオは普通の少年だった。
髪の色も目の色も普通だった。
あまり特徴もなく、勉強も運動もこれといって飛び抜けたものはなかった。
集団に混じれば目立ちもせず、彼は学校でもおとなしい少年だった。
普通だった。
彼の内に赤い男、『サイコパシー・レッド』が成長する以外は。

彼は目立たなかった。
気づかれないように行為をした。
最初は小動物…重ねていくうちに物足りなくなり…、やがて子供や女を、動物ではない言葉を交わす人間を『自身の恐怖を最後に殺す、それが相手の心を支配する』
と信じ、笑いながら手にかけるようになった。
マフィアの世界に入ったのは人が殺せるから、単純にそう思ったからだ。
自分の欲望を果たそうとする以外、彼は目立たない程度に人当たりがよく、常識があるようにみえた。
そう振る舞うのが巧みだった。
暗殺チームは自分から志願した。
どこが一番危険な場所か聞いて。
『どんな危険も省みない。組織の為に僕の命をかけさせてくれ』
人手が足りないという理由から彼は暗殺チームに回され、すぐ希望は叶えられた。
父親は、既にいなかった。誰も止めはしなかった。

自身の能力は都合がよかった。
情報も支配すれば引き出せる。

射程距離は短いが、近付いて肉を飲ませれば、相手は自分の意のままになる。
射程距離も問題はなかった。
これは伝染せるのだから。
適当に目についた通行人に肉を飲ませ精神を破壊したあとに敵の本拠地へ向かわせ、弾丸を受け彼等の身体を肉塊にされても、近くの敵の誰かに肉を飲ませ伝染し増えしていけば、片付いた。

手下に伝染す射程距離に入る前に使い物にならなくてもいい、いくつか用意していた。

肉を飲ませれば相手は思いのままだ。
操られた被害者に攻撃されても、彼は痛くもかゆくもない。そうして、ヴェルデッキオは暗殺という致死率の高い場でもずって生き延びていった。
自身の能力は強い。
ある日、パッショーネの中心部が手こずっていた組織を一人で潰した時、ヴェルデッキオはそう自信を持った。

時間はかかるが、その気になって感染を重ねれば、やがて組織を支配することが出来るだろう。


そう思った矢先だったのだ。
リゾットに、仲間を殺し、今この少年を殺そうとするお前を見過ごせないと身体を破壊されたのは。

殺されはしなかった。
だが、ヴェルデッキオの驕りたかぶった自信は打ち砕かれた。

必ず、殺してやる。
お前を苦しめて。









その執念が、今ヴェルデッキオを動かして、生かしていたのだ。








「リゾット。
地獄…の呪われた狼…っ。

天国の門が…また遠ざ、かったな…ッ」

口から血を溢れさせ、ぐらりと倒れながらもヴェルデッキオは笑った。
嘲りながら。
それと同時に、額にナイフが突き刺さった。頭蓋骨を貫通して。

ナイフを背後に浮かべたリゾットは、致命傷を負いながらも笑い続けるヴェルデッキオを冷たく見つめ、新たにナイフを彼に突き刺す。

ぐちゃぐちゃと飛び散る肉。
辺りに飛び散る血。






「期待していない


…俺は地獄へ行くのだから」



そう言いながらもリゾットは近寄る。

彼を、確実に…殺す為に。

確かめる為に。




























「ここだよな…」



乗った車は隠して。
ホルマジオは鎖で固く縛り上げられ、強固な錠のかかった門を見上げていた。


(まるで墓場みてぇだ

…死臭がしやがる。
静かすぎるんだよ)


舌打ちをして顔を歪める。

あの子は無事だろうかと、託されたのに、もしや手遅れになっていないかと。



先程の受話器越しから感じたプロシュートの怒りと焦りの声が、彼の後悔を増幅させる。



(すまねえ!すまねぇッ!プロシュート!)


リトルフィートが背後に出現し、すぐさま自身の身体を縮める。

(間に合ってくれよ!)
囲いの小さな隙間から潜り込み、彼は敵に見つからないように侵入した。

自分の能力なら、敵に気付かれずにたどり着ける筈だ。
アマーロとリゾットを見つけたら、すぐ小さくして、何とか脱出出来る。抜け出せそうな入口や道をいくつか確認しながら、向かう。
早く、早くしなければ。

あと少しで、アマーロの言ってた黄昏の時間が来るのだから。









その時は、確実に、近づいていた。





















H.26.11.1

大変お待たせしました。
何回も予告を破ってしまい、言い訳のしようがありません。

なかなか思うようなものが出来ないやら、お待たせしてるやらで、ひどく焦ってるうちに先月はあんな体たらくに。
本当に申し訳ありませんでした。

更新がめっきり遅くなってますが、ゆっくり亀足ながらも進めていきたいので、これからも見守って頂けると嬉しいです。

最後に先月も変わらず応援して下さった皆様、おかげで今こうして続きを更新出来ました。
いつもありがとうございます。
m(_ _)m



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あきゅろす。
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