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オーナー・オブ・ロンリー・ハートU
やがて子供たちが行こうと我に帰り、学校へと走っていく。

しかし、

「……アイツ。

生意気なんだよ……ッ!」


主犯の少女は、顔を真っ赤にして怒り狂っていた。
今まで下に見ていたアマーロが、あの泣きじゃくる姿がたまらなく楽しかった少女が、絶対なすがままにされた彼女が、逆らった。

その事に怒りがこみあげ、顔が歪み、ぎりぎりと拳を握りしめる。



「思い知らせてやる………!


ズタズタに!傷付けてやる!」

少女は徹底的に痛めてやろうと思った。
逆らう人間は潰さねば。
それは兄に頼んで彼女を路地裏に連れていって…自分はライターとビデオカメラを持って待ち構えて…そう、頭で計画していたのだ。
























「ほう……何をだ?




お嬢さんは、私の可愛い孫に何をするつもりなのかね?」


それが背後から聞こえた言葉にビクリと肩を上げた。


「!?」



振り返った少女。
いつの間にか彼女の後ろに立ってた人物。
それは、ダークグレーのスーツに美しい装飾の杖を片手につく、恐ろしく鋭い眼の老人だった。



「どうやら…いつも私の孫…アマーロが世話になってるようだな。

私はセラーノ。

あの子の祖父だ」


老人は少女の真正面に立ち見下ろす。

少女は何も言えなかった。
いや、老人の眼差しと威圧感に、彼女は首を絞められたように唇から空気の漏れた声を出すだけだった。






「アマーロがいつも泣いて帰るのはよく知っている。

それでも私は子供同士の間に入らなかった。

なぜなら、あの子の為にならないからだ。


今助けてどうなる?
あの子が自分自身の問題に向き合わない限り、意味がない。

世間は冷たい。
もっと辛い出来事がアマーロに降るだろう。
君達より残酷な行為が。

今だけ助けてどうする?

転んだら手を差しのべて傷の治療をして頭を撫で、

道に迷ったら近道を教えてついていき、

腹が空けば目の前にすぐ一番の好物を出し、

汚れた服を脱がしてやり靴下まではかせてやる、

『悪者』が現れる前に倒して、何も心配せず歩く道を作る……そういう風にしたらどうなる?

私はいつまでも側にいられない。
何より、何も自分自身の頭で考えられず、恐怖から動けず、更に苦しんでしまう事が辛いからだ。

だから、私は手を出しはしなかった。

自分でどうにかしないといけないと、何度もあの子にも言い聞かせていた。
あの子を突き放すと思われても、たとえ恨まれても。





だが」

銀色の髪から覗く瞳をぎらつかせ、地に響く声で彼は語りかけた。


「…飛びかけの雛の邪魔をするたぁ、ちっと野暮じゃないかね?



いいか、小娘。
君はやりかねないから、このおせっかいなジジイは現れたんだ。


悪魔か……。
ずいぶんこだわるな。

悪魔が怖いのか?
随分信仰があるのだな。
救われたいなら手伝ってやろう、この私直直に。
なに遠慮しなくていい。その身で体験するのが一番だからな。

…何百の石をぶつけてやろう、聖ステファンの如く。
縛り付けて何十の矢で射抜くか…
逆さに吊るしてやろうか、
…車輪裂きで八つ裂きにしてもいい
…乳房を切り取り銀の皿に乗せるか…
生きたまま生皮を剥ごうか、
両手両足を縛って水に沈めて悪魔を追い出してやろうか。
望むままに。
なんなら全てでもいい。
墓標にはシュロの葉を捧げてやる。

お前は、美しい心なんだろう?
悪魔にえらくご執心のようだからな…。


ああ、いや違うな。

君は自分の今の顔を鏡で見るといい。

…お望みの魔物はそこにいる。


決してあの子じゃない。





…とっとと失せろクソ野郎。

手を出さないからといって、私が怒ってないと思っているのか?
私は途方もなく怒り狂っている…。
貴様を八つ裂きにしたいまでに。
もし今貴様の考えたクソ以下の行為をあの子に実行してみろ。
…まず貴様の歯を全てへし折り、その長い髪を根こそぎ毟り取り、先程の拷問を一つ一つ執行してやる。
貴様の家族もだ、一人残らず。

逃げても無駄だ。
私は何もかも貴様を把握してる。
地の底まで追いかけ必ず捕まえる…必ずだ。


いいな。
私の存在を忘れるな、決して」


杖を少女の喉に向け、紡ぐ言葉。
まるで現実味のない言葉たち。
それが、この老人の酷薄な唇から押し殺された憤怒とこの上ない殺意が上乗せされ流れていく。

冷たい汗が背中をつたう。

間違いない。
彼は…、彼の思う一線を越えれば、間違いなく、行うだろうと。





「ひっ……ひぃいいいッッ!」


膝から下が震え、腰をぬかしながらも、這うように少女は逃げ出す。

その様子に興味をなくしたように、老人は背を向け歩き出す。











「…さて。


ついて来い。少し話がある…」


老人は路地にいたリゾットの横をすれ違いながら声をかける。

「そうか……お前は…」

リゾットが老人の後に続くように歩くと、老人は道の脇に入り、誰もいない路地裏にリゾットを連れていく。

カツカツ響く靴音。
その歩き方は、姿が変わっても、全く変わらなかった。






「どうやらアマーロの自信をつけてくれたようだな。

感謝する。

私には何年かかっても出来なかったのが、こんな簡単にやってのけたのに、正直いらついてるがな。

まぁ、それはいい。

だから、私から釘を刺させてもらおう。
礼の代わりに。





自殺なんて馬鹿な、逃げる真似を考える『小僧』のお前に」


「……っ!」

リゾットの気配が濃くなる。
その眼線はきつくなり、老人を睨み付ける。
それに対し、老人は鼻で笑っただけだった。
…あの彼がよくする笑い方と同じく。



馬鹿にするような明るさで老人は心底おかしそうに笑うと、ぴたりと止めて恐ろしく低い声で彼に言った。



「逃げるのか…『死』に?
お前は『死』の抱擁を望むのかね?」

見透かしたかのような言葉。あえて背後を見せたままでも、隙が一切ない。
リゾットは何も答える事はないと老人を見つめ、沈黙を守る。

老人はそれでも構わないと、話を再開した。




「答えないなら、そうだと見なしてやる。



そうだ、お前はただ逃げようとしてるだけだ」


振り返る老人は、リゾットに静かに言った。
その皮肉に歪められた口元を上げて。



灰色と黒が構成する立ち姿。
背筋は真っ直ぐ伸び一部の隙を見せない。
握られる薔薇の木の杖。
柄には骸と薔薇と木蓮の彫刻が影を出して浮かび上がってる。

錆び付いた銀の髪。
年月が刻まれた深い皺。老いた眼から覗く菫青石(アイオライト)の眼光は、この年老いた獣の生きざまを語る。
その真実を引きずり出す眼差しは、リゾットを厳しく睨み付けていた。


「…小僧め。
ああ、お前は私にとっちゃ小僧だ。

図体のでかい…、ただの泣き虫小僧に…」

「貴様に…何が分かる…。
知ったような口振りで…」



後悔の記憶は抜けない。
布にはねた血痕が茶色く醜く痕を残すように。夢に見る血に沈むあの少女。
それは、曇る天空より降り注ぐの数々の死体にぐしゃりと潰され、彼の目の前を山が出来ていく。
怨み憎しみ恐怖の眼球は一斉にリゾットへ視線を集中する。
『お前も同じように!
やがて同じように!』
声を揃えて高らかに叫ぶ。
怒りのこもった声色にも老人は動じない。




一層厳しく視線を強め、歪んだ笑いを浮かべただけだった。



「ああ私には、分からない。私はお前ではないのだから。
まして私はお前とは性格が真逆だからな。








それでも、人を殺しているのは私も同じだ、お前と一切変わらない。

小僧よ。
私はこれまで暗殺部隊には所属してはいなかったが、お前と同じ数だけ殺しているだろう。
私は6歳の頃から他人の血に首まで浸かってきたのだから。
私は親を火にかけて殺した。
その前に急所を潰し目をえぐり、手足の指をへし折り、生きながら老人にしてやったか。
一族を皆殺しにした。
気に入らなかった、許せなかったのだよ。
首をはねて、穴だらけにしてやった、生き埋めにもしてやった、水に沈めてやった。

組織に命じられれば何人だって殺した。
泣いてまとわりつかれても何人も何十人も蹴落とした。
だがな。私は殺した人間に思いを持たない。
いちいち構ってられるか。
後悔などしたことない。

私は生きる為に、生き残る為に、必要だと判断し、殺してきた。


私は身勝手だ。
だがそれでいい。

自分自身の為に…、そして今は『理由』と供に生きる。







…私は生きねば…。
まだ死ぬ訳にはいかない。
生きていたい。

理由がある。
その為ならば、何人殺してもいい、溝水にでも糞の山にでも頭を突っ込んでやる、敵のアレをしゃぶってもいい。
この四肢を切り落とせと言われれば、喜んでナイフを手に取ろう。













…ああ、私の可愛い白木蓮(シュガーマグノリア)。
私の命。私の可愛い家族。
あの子がいなければ、私はこの世の幸福も喜びも半分も知らなかった…。


笑って欲しい…あの子の幸福を…これまで辛かった記憶を忘れる程の幸せを……この私に出来る限りを…。




…それだけが…望み…それだけだ…」

少女を思い、老いた獣は目を細める。
そして再び視線をリゾットに向けて、有無を言わさない声色で言った。

「なぁ分かるか小僧…必要だ、お前にも。


『理由』が。
しぶとく生き残る『理由』が。
這い上がる意志を呼び覚ます『理由』が」

熱のこもる口調。
言葉の端々に感情をこめて語る老人は徐々に変わっていく。刻まれた皺は徐々に消えていき、肌は水気を帯びる。
白髪は日を集めたような金髪へ。
後ろへ束ねた髪をほどき、手早く結い普段の髪型に戻す。
リバーシブルジャケットを裏返し、ダークブルーのスーツに変え、杖をパチリパチリと折り畳み、ガンホルダーの脇に吊るす。



「お前も生きなければならない。
私と同じように。




何故ならば、私の生きる『理由』の為に。











…テメエを望んでるんだ、『オレの理由が』。
テメエが死ねば、あの子は悲しむだろう。
オレはそれを見たくねぇ。


そしてオレ自身も、だ。


オレの『理由』はまた一つ出来るだろうぜ…テメエ次第だが。




なぁ分かるか?『小僧』。
それともただの口煩い老いぼれの戯言だと笑うか。え?」

変化したその姿は、見慣れた男のものだった。
華やかに美しく、しなやかな肉食獣の佇まいを見せる若い男はプロシュート。
偉大なる死を従える男。

重みのある雰囲気は変わらない。
その銅藍(コベリン)の輝きの瞳とともに、老獪な印象を、彼のその若さに見合わない不思議な違和感を与えるものだった。

「よく考えて探してみるんだな。
考えるのは好きだろ?




とりあえず、ヒントを一つやる。


オレが、この姿を、能力をオメーに見せた理由は何故だ?

…わかるよな?

とはいえ、意味は分かっても心で理解するのは難しいだろうが」


その若く美しい姿に重々しさをまとい、プロシュートは変わらず強固な決意を秘めた瞳でリゾットを見つめていた。





「まぁ安心しな『小僧』。そう心配しなくていい。

すぐ分かるだろうよ。
単にオレの勘、だが。

自慢じゃねえが、オレの勘は結構当たるんだ」


彼はにやりと笑う。この話はこれで終わりだという意味で。
憎たらしい口をききながらも、リゾットは目の前の男が彼なりに自分を心配してるのだと理解し、思わず口にしていた。

「お前は……おせっかいだな…」
と。
リゾットは『理由』についてを頭に留めながらも、その強い視線に怖じけづかず見つめ返していた。

「確かにな、おかげで何回損したか。
まぁ『小僧』よりはマシだと思うぜ。






…さて、帰るぜ。

そうだ、アイツにティラミスでも作ってやるか。

アイツがちっぽけな勇気を出した、ご褒美に、でっけー器でな。

しかしリゾット、その前にオレァ疲れちまった。
何か飯を食わせろ。たまには楽してぇんだよ」


プロシュートは背をくるりと向け、颯爽と歩き出す。
ちらりと見えた表情。
アマーロの先ほどの事を思い出したのだろう、口の端にかすかに笑みを浮かべていた。

そんなプロシュートに頷き、リゾットはついていく。
彼がいつの間にかリゾットに対して背を見せるようになったと気付きつつ。








その後、リゾットはこの時の『理由』を、プロシュートの生きていたいという言葉を何度も考えていた。

『理由』を。
自分自身の『理由』とは…。


分からない。まだ分からなかった。あの夢の成長したアマーロにも同じ事を言われたが、分からなかった。




だが。





「お兄ちゃん!

リゾットさん!
ただいまぁ!」

あの後帰ってきたアマーロの輝く笑顔を見た時。



プロシュートの『理由』が純粋で尊いものだ、そうリゾットは実感したのだ。








…少し、羨ましいと思うまでに。


































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予告より遅くなってすみませんでした!
しかも話が進んでない。

とりあえず兄貴の爺さんモードが書けてよかった。
うちの爺さん兄貴は、ダンディー路線です。

それから先日は需要アンケートのご協力ありがとうございました。
やはり本編が一番需要があるようなので、覚悟決めてまた続きを書くつもりです。

あ、でも本編を書くのは他のどの話を書くより体力を大幅に消耗するので、パチパチしていただけると本当に励みになります。





H.26.5.4(日)

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あきゅろす。
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