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オーナー・オブ・ロンリー・ハート※微グロ表現注意
刃を滑らせて首を落とし、まとう無数の刃に一斉に死体たちが床に突っ伏して倒れる。
断末魔の金切り声がけたたましく廊下に響き渡る。
倒れた中から核入りの死体が残り、リゾットへ向かってくる。
それにリゾットは息切れをし、自分の体にかかる血の匂いに吐き気を覚えながらも、サイコパシーレッドが姿を現す前に老婆の足首を切り落とし病室の窓に叩き落とす。

割れた窓の下、間もなく大きく叩き付けられる音が響く。
ガラスの破片でボロ布のように肌が破かれた老婆は白いカーディガンを赤く染め、けらけら笑いながら上を指差し起き上がる。
『復讐ダ!
コレハアノカタの!!!』
現れた赤い男は老婆を立ち上がらせ、共に再び中へ向かって走り出す。
老婆の頭からは白い何かの破片と赤でぐちゃぐちゃにかき混ぜられたものが、走る度にはがれた頭髪つきの肉片からのぞく。

『リゾット・ネエロ!
貴様ハツグナワケレバナラナイ!

スベテ貴様ノセイダ!』

それに目を暮れず、リゾットは足早に上へと向かっていった。

壁には犠牲者の血で塗り込められた呪詛の言葉。
ありとあらゆる罵倒の文句が殴りかかれている。

声と視界から入る言葉は常人からすればいつ気が狂ってもおかしくない異常な叫びが、あの男の怨みがこめられていた。



(コイツ等を相手にしてわかった。
やはり俺の考えは間違っていないようだ。
そして、ヤツの姿が見えなかったのは…おそらく…)

そう考えながら、リゾットは残った核達の叫び声を背にして走っていく。

『人殺シノ地獄ノ住人!
業火ニ焼カレ氷ノ刃ニ裂カレ何億回モ死ナナケレバナラナイ!

オマエは死ノ刃ッ!
死肉ヲクラウハゲ鷹ッ!
イヤラシイハイエナ!
死骸ニムラガル埋葬虫(シデムシ)!
地獄ノ金狼(ジャッカル)!!!

アッハハハハッハッ!アッハハハハハハヒャアァアアアッハッハッハッッハッッハッッ!』



響く男の…『ヤツ』の言葉。
彼はいつも芝居がかった口調で犠牲者を追い込んでたと思い出しながらも、目の前に見えた階段。
次が最後の階だ。
ここに『ヤツ』がいる筈だと確信して。


カンカン高く鳴り響く昇る足音。
背後のわめき声。
上からゲラゲラ笑いながら落ちてくる何体もの看護士と医者達。
襲いかかるそれらの腕や足の腱を切りつけていく。ずるずると彼等は階下へ落ちていき、首の骨を折り、おかしな方向に手足は曲がる。
痛い痛いと泣き叫ぶ声に無感情にリゾットは走る足を強める。

やりとげねば。

核に追い付かれる前に、本体を見つけ出し始末しなければならない。
そうすれば、彼が攻撃出来ない核達も消滅する。





そして…、全てが終わったら自分は命を絶とう。
その考えをますます彼は強固なものにしていた。




その時だ。







『……ットさん



リゾットさん』



リゾットの脳裏に声が聞こえたのは。
あの可愛らしい声が。





『ねえリゾットさん!』


記憶に現れる彼女の笑顔。
それから。




『ねぇ、私の姿を何と言ってもいいよ。

だって…私もう…平気だからッッ』

そう震えながら真っ直ぐ視線を向けた少女の姿と、そして。












「逃げるのか…『死』に?
お前は『死』の抱擁を望むのかね?」


あの男の言葉を。

年月を経ても鋭い眼差しは変わらない、あの男を思い出してしまったのだ。
こんな時に。
突然に。





ある日、リビングで新聞を読んでいたリゾットはアマーロがいつもと同じ時間にやってこない事を不思議に思った。
毎朝飲むというカプチーノ。
淹れると、コーヒーとクリームが広がる豊かな香りに彼女は鼻をくんくんさせ、嬉しそうにやって来るのだ。
その朝は、プロシュートから聞いたやり方で淹れ、リゾットが朝食を用意しても、彼女はなかなか姿を現さなかった。

しばらくはそんな日もあるのだろうと、リゾットはただ静かに目の前の綺麗に並べたパンとスープを気にせず、再び文字に目を滑らせていた。
だが、時計が食事をとり出かけるのに、かろうじて間に合う時間に針が位置するのを目にし、立ち上がりアマーロの部屋の扉をゆっくり二度三度ノックした。

「アマーロ。
寝てるのか?
そろそろ学校へいく時間じゃないか」

「うん!
待って、今いく!」
すぐに返った返事。
その様子からして、体調を崩したのでもなく、むしろ機嫌がよさそうだとリゾットは思った。


「おはよ、リゾットさん!」

「どうしたんだ?
今日はずいぶん遅かったが」

「うんっ、あのね、新しいあたしの習慣、紹介するね!
鏡とにらめっこ、
じゃなくて、笑いっこ!なのっ。

どうやったら、一番変じゃなくニコっと出来るか練習してたんだ!
ちょっと夢中になりすぎちゃったのっ」

そう満面の笑みで答えたアマーロは、リゾットの手を引き、浴室の鏡の前に立って説明する。

「こうやってね。
にこーーって笑ってみるの!

どう?あたし、変じゃない?」

それぞれの人差し指で口の端を持ち上げて、アマーロは目を細める。
キラキラとした笑顔。
鏡の向こうの、白い髪と紅い瞳の自分自身を正面から見つめ笑いかけていた。
目をそらす事なく。


あんなに姿を映す物が嫌いだったのに。
真っ直ぐ鏡を見れず、嫌がっていたのに。
ふと自分の姿を目にすれば、その澄んだ瞳に悲しい影がよぎったのに。


きっかけはただ一つ。


それは彼に瞳が好きだと言われたから。

自分の好きなリゾットが、こんな自分の体の一部、一番嫌ってた部分を好きだと言ってくれたからだ。
あんなに悩んでいたのに、長いこと悲しんでいたのに、一体どうしたことだろう。

こんな彼の一言が、彼女の悩みを魔法のように消し去ってしまうなんて。

リゾットに今笑顔の練習を見せたのも、彼女なりのお礼の気持ちだった。

『あなたのおかげ』
そう伝えたかったのだ。

こうしてリゾットがアマーロの眼と髪を誉めてくれた出来事は、臆病な彼女の最初のきっかけとなった。
今までの兄に頼ってばかりの自分をやめて…強くなりたい。
怖がりながらも前へとなんとか歩き出した、彼女の確かな『最初の』きっかけとなったのだ。



(…頼むから、そんな眼で見ないでくれ)

彼女の無垢の心は眩しすぎる。
自分をそんな風に見ないで欲しいと一瞬胸に思いがよぎったのだ。


「どうしたのリゾットさん。
もしかして、ちょっと…ううん、へん…だった?」

黙ったままのリゾットに少し心配そうにアマーロは見上げる。
心配させてはいけないと気付いたリゾットは、ふと思考を戻し、そうじゃないと首を静かに振った。


(変じゃない。
おかしいものか…)



「…いい習慣だ…、そう思ったんだ」

ゆっくりと口にした言葉。
低く綺麗なアマーロの好きな声。
目をかすかに細め、ふわりとアマーロの髪を撫でてくれるリゾットの武骨な手。

「大丈夫だ…誰が見てもおかしくない」

降り注ぐ。
オリーブの緑を宿した宝石オリヴィンの8月の陽射しに似た眼差しが。
(きれいな眼…)

自分に向けられたそれに再び胸がときめき、アマーロは顔を真っ赤にして何度もうなずいた。

「う、うん…っ」

嬉しいと表情に輝かせて。


「うん、うんっ!
…ありがと…。
ありがとうっ」

パアアッと笑顔で抱き着いてきても、リゾットは変わらない表情で倒れないように受け止める。

(もっと頑張ろう。

リゾットさんに誉めてもらえるように)


そうアマーロは決意し、この時は本当に幸せで胸がいっぱいで、心なしか自分自身の回りがいつもよりキラキラ光っているかのようだった。


「ところで、喜んでる所悪いが…」

リゾットは指差す。その先には時計。
その針の指し示す時間にアマーロはたちまち顔を真っ青にする。

「!!!
キャーッ!!」

それから彼女は慌てて朝食を食べて支度をし、慌てすぎてケホケホしたアマーロの背中をリゾットは叩いてやったり、彼女の忘れかけたマフラーをまいてやる始末だった。

「い…っ、いってきまーす!」

「ああ、気をつけて」

その後なんとか支度をした彼女が、ハンカチやら、櫛やら、本やら、皿etcとやらをひっくり返しそうになる度にリゾットは空中で素早く全て掴み、元の位置に戻す。
そんなバタバタしながらも、アマーロは何とか時間通りに、学校へ向かっていったのだ。



(あわただしい子だな)

彼はアマーロのたった今いなくなったドアに鍵をかけながら、思う。

彼女は兄のプロシュートと同じく、少し気が短くて、要領のいい兄と違って、せっかちな故に、転んだり、物をよくひっくり返す。
怖がりで、たまたまテレビで出てきた芋虫に驚き、わあわあ泣く。

キャーキャー悲鳴を出して、ニコニコ笑い、わあわあ泣く、またはプロシュートに説教されビェェンと泣く。

人見知りな子だったが、兄やリゾットのように一回なつけば、素直で感情表現の豊かな子だった。
リゾットはそんなアマーロを不思議にうるさいと思わなかった。
ただ胸が暖かくなり、アマーロがくっつく度に内心穏やかな気持ちを抱くようになっていた。

リゾットはそれからアマーロの世話をしてて全く読めてなかった新聞の続きを読もうと、玄関から背を向けリビングへ戻ろうとした。








その時、ふと心によぎるもの。
『見ないで!

あたしを見ないでぇ!』


あの時、自分を気持ち悪いと泣いていたアマーロの泣き顔。
彼女の心に深く突き刺さっていたコンプレックス。
いくら表面上は、今日は、自分が大丈夫だと彼女は言っていた。

だが、



(本当に…大丈夫なのか…………)


もたげた不安。
あの小さくか弱い少女の姿。
泣き声が記憶から鳴り響く。












「……アマーロ……無茶をするな…」


そう無意識に口にしたかと思えば、リゾットは自然と自分の黒いロングコートを手に取り、黒いサングラスを装着し、帽子を被ると、アマーロの後を追っていった。






















気付かれずアマーロに追いついたのは、たやすかった。
そして、その時リゾットが眼にしたのは予想と同じ事態。









ぽつんと一人で立つ少女に、その行く手を邪魔するよう立つ少年と少女たち。



「おいっ、チビ!
この悪魔野郎!

お前、今なんていった!」

リーダー格の少女がアマーロにヒステリックに叫んでいる。
それに回りの仲間達がはやしたてるよう騒ぎ、いやらしく笑いながらアマーロの回りをかこみ、髪を引っ張ったり、彼女のカバンを奪い取ろうとする。

「どいてって、言ったよな?

よくそんな口きけたよなッ私たちに!」

「そうだそうだ!」

「……ッ!」


少女が目の前に立ってアマーロを突飛ばし、転ばせる。
回りに飛ぶカバンとサングラス。


「こんなサングラスしてバカみたいっ」
そして、足元に転がったサングラスを奪い取り、けらけら笑い帰れよ見るだけで気色悪いんだよと彼女が言う。

それに回りからも帰れ帰れと同じ言葉が繰り返される。


「帰れ!帰れ!帰れ!悪魔野郎は家へ帰れ!」




リゾットはその様子に気付かないうちに奥歯を噛み締めていた。

重なったのだ、あの子供達の姿が組織の幹部達の…特にリゾットを人間扱いしなかった彼等の姿に。

子供のいさかいに自分が関わってはならない。

だが、彼は彼女の泣いていた姿が頭から離れなかった。

自分をかばった少女。
死なないで欲しい、あなたが大好きだと言った少女。
泣く彼女。
自分なりに努力しようと今朝教えてくれた彼女。

恩を感じている。
そんな彼女の『誇り』が踏みにじられるのを、そのまま黙って見ていられないと、彼は彼女の元へ向かおうとした。








だが、


「……な…いっ…も…い…」

座り込んだ震える少女から聞こえた微かな呟き。

子供達も笑っていたのをぴたっと止めて、少女は目を見開いて言う。

「今、なんていった…?」

少女が聞く言葉にアマーロは立ち上がり、体をはたいて落ちていたものを拾う。



「だから……ッ」


うつむいていた顔。
それがゆっくり正面の子供達へ向けられる。

「…私の姿を何と言ってもいい。








だって…私もう…平気だからッッ!」


主犯の少女は息をのむ。
彼女を初めて真っ正面から見つめたアマーロに。

真紅の瞳。
輝きをおびた瞳は。


「だって好きだって!


あたしの…あたしの姿を好きって、言ってもらえたッッ!

二人も!
言ってくれたッ!!」

泣き声が混じりながら叫ぶ声。
心からの叫び。

彼女の震えは止まらない。

だが、彼女の視線は下を見てない。
真っ直ぐ、強く彼女達を見つめていた。

アマーロの心に今占める。
『ビクビクするな。
お前は美人なんだ。
シュガーマグノリア』

兄の自分を言い聞かせる姿と


『恥ずかしくなんかない。
綺麗だ…とても綺麗だ』

そう言ったリゾットの優しい声が心に反響する。





「あたし、決めたの!

あたしは、

あたしは、

もう、


自分を嫌いにならないッッ!」


そう言って、サングラスを奪い取ると、再び少女たちを無理矢理どかして、走り去る。


少女たちは呆気にとられたまま、アマーロが走る去るのを見るだけだった。



アマーロの初めての反抗に、彼等は混乱し、呆然としていた。

子供たちはアマーロの眼から眼が離せなかった。
強い意志を宿す光。
白い扇から覗く宝石の瞳。
勇気と威厳を意味する真紅のルビーの瞳の強烈な目線を。

彼女の兄、プロシュートを思わせる強い意志を秘めた眼を。










「なっ……ば、バカじゃないのっ」

彼らがかろうじて出した言葉はそれだけだった。











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