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プリンセス・オブ・フォーリン 3
今更だが、彼女の顔が自分は好きなんだとプロシュートは気付いた。

「うん……っ、うんっ、うん…おいしっ」
そう眼を閉じてビーフシチューを頬張る彼女。

たかが食べ物で自分をメリケンが何とかだ他にも自分の顔は全然好きじゃない等激しいマシンガントークを浴びせかけ、あんなに怒っていたのに、こんなシチューの一皿で幸せそうな顔をする。

彼女が子供っぽいと言えば、それまでかもしれないが、
「『美味しいっ。
本当に貴方の奢りでよろしいのですか!ありがとうございます』」
そう笑顔で言われると悪い気がしなかった。




普通女と食事をする時に、彼女達は誘う仕草で会話の主導権を握ろうと振る舞うばかりなのに。
女と男の駆け引きはそんなものだと思っていたが。

彼女とこうして向かい合ってると、そうではなかった。
ただの物珍しさで、たまたま彼女のような女に会った事がなかったからかもしれないが…。



一つだけ確かな事がある。

それは桃子と接する時、何故だか自然と肩の力が抜けて、素の自分のまま話してしまう事。不思議に。

こんな事、彼の可愛い家族以外の女にありえなかった。







何故だろうかと思いながら、彼は彼女がシチューに夢中なのをいいことに、しげしげと様子を眺める。

よく手入れされた黒髪。
イタリアにも黒髪の人間はいるが、こんなに艶やかで黒く美しくはない。

先程、抱き締めた時の薫りも心地好かった。

その瞳は触れれば鋭利さを知る黒曜石。

怒ると眼光が鋭く光るが、印象強くて忘れられない。
弱々しく見えるが、芯は相当なものだとうかがえる。

とはいえ、ちょっとした事で困ったり焦る様子が面白くてつい構いたくなってしまう。

特別な顔立ちではない。だが今も彼女があまりに美人で可愛らしく見えた。



(…そうか、オレはこういうツラが好みだったのか。

いや、女共の顔に胸焼けしちまったのかもしれねぇな)

彼はそう思う。
桃子の様子を呆れ半分微笑ましい気持ち半分になりながら。








人間は血が濃くなり過ぎないように、自分の血より遠い者の顔を選ぶ傾向があるという。




一目惚れという形で。
一重の瞳は二重の瞳。
薄い顔は彫りの深い顔。
金色の髪は黒髪を。



この時のプロシュートはそんな訳ないと気付かないふりをしていた。
たった二度会っただけだったから。

だが、彼は常に彼に群がろうとするイタリアの美女達の…美の女神(ウェヌス)の輝く美しさよりも、桃子の野に咲く花のような清楚な顔立ちが好きだったのだ。
無意識に。


確かにそうだった。
だからこそ、先程彼女の姿を目にするやいなや、頭が思うよりも先に手が動いて、連れ出してしまったのだ。









「『あの…プロシュートさん』」

「『ん?どうした?』」

彼女の花びらを思わせる唇から発した言葉。自分の名前。


『…私の耳は貝の殻
海の響きを懐かしむ…』

ジャン・コクトーのその言葉が頭に浮かぶ。

貝の中の海。
海は女性を示す陰の言葉。
耳の中の巻き貝…三半規管に響く音。
やけに甘く聞こえた。
心地よく。
気持ちよく。


単なる気のせいだと思っていた。







…彼は今までその感情を知らなかったから。

それが、後に酷く痛み出して、あんなに苦しむ事も知らなかった。











「『オレが何をしにきたかって?』」

最初はソースの芳醇な香りと、口の中で肉がほろほろ溶けて柔らかく脂の甘さが広がるシチューの美味しさを楽しむだけだった。
それも、胃が落ち着いてきたことで気分が少し緩む。
そして桃子はこの色んな意味で濃い謎の外国人と話す余裕が出始めたのだった。

気になったのだ、彼の事が。
ただの人間ではないと薄々感じていたから。



「『はい。イタリアの方が日本に来る理由が、あまり想像出来なくて』」

貴方は観光客に見えないと付け加えて。
それに洗練された手つきで食事をしていた彼は、ちらりと視線を彼女に向ける。

天青石(セレスティン)の瞳。
ほのかに影を注す淡い水色。

自分の目をきっちり合わせる視線に、日本人の性が染み付く彼女は少しドキリとしてしまう。
今更思った。
とても綺麗な色の瞳だと。

「『…仕事だ。

日本に来たがってる奴が他にいたんだがな、上司がオレが向いてるってご指名なさったんだ。
ついでにオレが働きすぎだから休暇を取れと言ってきたんだよ。
三週間もなぁ…。
そんなにいらねぇ所だが』」

それに続いてプロシュートは言った。
自分たちの仕事はストレスが多く身心ともに崩すのを防ぐ為に、休む時はガッツリ取るのだと。

同僚も彼の上司もそうしていたが、彼は何かと手のかかる部下や家族がいて、そのフォローに回ってるうちに長期休暇を今年はこんなギリギリまで取ってなかった。

そんな事は別に気にしてなかったが、上司は仕事はついでで、何も考えず休みをしっかり取れと言ったとの事だ。

「『そうなんですか。
いい方が上司でよかったですね。
日本の普通の会社は、なかなかお休みが取れないんですよ。
それなら、ゆっくり休まないと。


でも少し気になります。
そんなストレスがひどいお仕事って。

あの、一体何をなさってるんですか?』」

そう聞いた瞬間に、彼のナイフとフォークの動きがピタリと止まり、ガラッと雰囲気が変わる。

「『………………………………………………………………聞きたいか?』」

たっぷりの沈黙を経て紡ぎだした一言。
1オクターブ低くなったドスのきいた声は地の底から響く。

大変だと瞬時に彼女は顔を青ざめさせて、再び目をやる。


「!!!!?(うっ!地雷踏んじゃった!?)」


プロシュートは、その目をギラギラと色を帯びながらつり上げ、口の端を静かにギイッと上げて笑いだす。
猛獣が獲物をどういたぶってやろうか舌なめずりする、非常に凶悪な表情で。





「『どうしても知りたいか………………………?

そうかそうか…。
どーしてもっつーんなら、仕方ねぇ。教えてやってもいいが……。





この前の親指の件は覚えてるよな…?え?』」

彼女に僅かに向けた彼の食事用ナイフが、次の瞬間ガンと皿に乗ってた腸詰めを切り落とす。
その二つになった腸詰めの断面から流れる肉汁と赤いソース。それが彼女には自分の親指の未来に思えて仕方なかった。

(…やりかねない!!!!
コイツ、切り落とす気だわッッ私の指をッ!!)

彼は無言で語っていた。
『ホイホイ馬鹿な質問したら…テメエの額を的にしてフォークでダーツをしてやるッ!!』
と。

…まずい、この話はやめよう。


そう慌てて、彼女は首をブンブン振った。

「『あ…、あの!言いたくないなら、言わなくていいです!』」
「『そうか、残念だ。
まぁ賢い判断だ。
世の中には知らなくてもいい事がある。…いや、案外オメーの想像は間違っちゃいねぇ………………かもしれないぜ?
証明してやろうか?

そういや、興味あるんだよな…、竹のノコギリ…』」

「『!!!!?(なんで知ってるの!!この人、拷問マニア!!)

いいえ!いいえっ!結構…じゃなかった、いりませんっ!』」

首をふりふり慌てる桃子。
(※竹のノコギリが気になる人は、江戸時代と一緒にググってみましょう)

それにプロシュートが小さく声を出して笑い、
「『…冗談だ。
本気にするんじゃねぇ』」
と悪戯っぽく片眼をぱちりと閉じるのに、再びカアッと今度は違う意味で顔が熱くなる。

「……………ッ!
(もしかして私、最初からコイツにおちょくられてた!)」

思い返せば、仕事についてなんて適当な嘘をつくくらい、目の前の彼は出来そうなのに。
わざと思わせ振りな態度をとっていたのではないか。
どうも自分はからかうと反応が面白いと思われてるのではないか、と思ってしまう。
(後日わかるがそれは確かに事実だった)

やたら物騒な発言も、恋人に囁くようなどこか芝居がかった様子で、あの綺麗に笑った眼は悪意に満ちて楽しそうに輝いていた。
(…この野郎ッ!!)
それでも彼女は怒りをぐっとこらえた。
(とりあえず、よかった…としよう…)

あの空気を生み出せるんだから、彼がカタギでないのは半分確信してるのだ。
下手に怒らせてはならない。
そう考えて、再び食事を再開する。

が、それも上手くいかない。
目の端に見えたいちゃつくフランス人観光客らしき夫婦のせいで。

フラッシュバックする記憶。

唇に触れそうな程に近付いた、あと数ミリ動けばキスをした距離。

髪を直した時の眼差し。

頬に触れた繊細な手つき。

抱き締められた瞬間。

見た目より広い胸も、耳元でほうとついた艶やかな息も。



(…………ッ!
恥ずかしい!
恥ずかしい!!!!)


あの時よく暴れなかったものだ。
いや、あまりの事に感覚が麻痺してたのだろう。

(こ、こんなに…耐性ないなんて…)

いくら高校と大学は女子校で、お付き合いなんて全然した事がなくても、神社のアルバイトで多少なりとも外国人の男性とも、祭りの時に地元の男性と話してるのに。
(彼女にとって、組員は男性というよりお目付け役や家族みたいなものだと思っている)


なのに、なんでこんなにビビってしまうのか。
こんな直接男性と話した事がないからか。
そんな自分を情けなく思い、それじゃ目の前のどう見てもマゾには見えない男につけこまれてしまうと警戒する。
この昔の少女漫画ばりに睫毛が長く、日本人と遺伝子レベルでまるで違う男性に。
(その本性は男塾に近いが)

ファーストコンタクトは顔面潰し未遂、二回目はなぜかお姫様だっことホッペにチューされた『くらいで』。

桃子以外の女性がそれを聞いたら血の涙を流して、ガンガン床を蹴り飛ばす、そんな事された『程度で』。

生まれて初めて家族以外の男性に抱き締められた『くらいで』。

その時、彼の心臓が鳴るのが抱きしめられた体越しに伝わった『程度』で。


(だ、だって、頭ぶつけないように…手を貸してただけ…ッ。

意味なんかないっ。
ううん、女にハグってきっとイタリアじゃ普通!私、男の人に慣れてないから…。
……案外嫌じゃなかった………………けど……って!!!!?



……いえいえいえ!!!!

これは罠!コイツの現地妻世界194ヶ国制覇計画の!

きっとモテるから、色んな髪の毛や目の色の人を恋人にしてコレクションしてるんだわ!
これはハレンチ男の罠ッッ!)

勝手な妄想大暴走。プロシュートの妹が憧れのリゾットの妄想をするように、桃子もなかなか想像力が逞しい。

今桃子の脳裏には、裸に宝石や薄布をまとっただけの世界各国の美女に囲まれ、孔雀の扇で煽られたり、金の盃の葡萄酒を口移しで美女から飲まされながら、目の前の地球儀に金のピンを突き刺し
『…これで世界制覇だ』
と邪悪に笑う、一体どこの国のハーレムだよ状態のプロシュートが。
『おい、足置きもとい愛人149号。
来い、足が疲れた』
と指でくいくいされて、自分は
『ははぁ〜プロシュート様』
と149番の丸いプレートをつけた犬の着ぐるみをきた自分が、なすすべもなく四つん這いになって、時々グリグリ頭を踏まれながら足置きにされるのだ。

(『流石日本人だ。従順でよく言うこと聞くぜ』
って、めっちゃ馬鹿にされるんだわ、それで!)


そんなアホらしく失礼な事をせわしなく考えて、勝手に一人で慌てる。

そのくせシチューの肉のやわらかさに一瞬それを忘れ、プロシュートを眼にしては再び思い出して…それを延々と繰り返していた。
傍目からすれば相当な挙動不審ぶりで。

ゴツくてドスを持って相手の目玉を突き刺し咆哮するような男がタイプという非常に変わった男性の好みを持つ桃子は、プロシュートの見た目は全く好みじゃなかった。

確かに綺麗な顔をしてるのは分かる。
でも、ときめかない、それだけ。

…なのだったが。

『…こうしていてぇんだ。何もしねえよ』

先程のタクシーで急に前触れもなく、自分を抱きしめる直前に一瞬だけ見せた表情…それが頭に焼き付いている。

霞んだ瞳が語った、行かないで欲しいと言っているような微笑と、その喉の奥から響くような言葉。それゆえに咄嗟に腕を振り払えなかった。


…初めて夢で会った夜も、彼は白木蓮の花の下で同じ表情をして座っていた。


この表情をさせるのが辛い。
見たくない。
させたくない。
そう思うまでに。


今こうして向かい合ってるだけで彼にヒヤヒヤしてるのに、あの時のあの表情は、人を恋しがるようなそれは、まるで…、まるで…。





(私と…似てる…)



…他人のように思えなかった。






(なんだか、一人ぼっちの子猫みたいな目だったの…)
あの時の彼の寂しそうな表情を見て、そう思ったのだ。














つい先程まで。








ところが、だ。とんでもない。



子猫じゃない。
子猫なんて、とんでもない。
そんな訳なかった。

彼には肉食獰猛なジャガーや黒豹、人食い虎も甘っちょろい。

そんなものじゃなかった。








初めて会った時、まるで暴力が二本足で歩いてるかのよう、それが彼の印象だった。


イタリア伊達男らしく完璧に着こなす洒落たスーツとコート。
俳優のような身のこなしは、本人がその気になれば品さえも漂わせる。(その気じゃなければオッサンになる)

その彫りの深く整った顔と金髪碧眼にスラリとした出で立ちは、いかにもザ・外国人。
おそらく桃子以外の日本人の女性は彼にただ見つめられただけで、一瞬で恋に落ちてしまうだろう。

だが、人間見た目だけで相手を判断してはならない。

何故ならば危険なもの程、優しく美しい姿を装っているからだ。

誠実な顔をした詐欺師が馬鹿なカモに貴方の為だ貴方を助けたいと訴えかけ、狡猾な悪魔は天使の笑みで犠牲者を地獄の氷山に突き落とすように。
猛毒の蛙や鳥が鮮やかな色彩を身にまとい、花の姿をした蟷螂の子が捕まえた獲物を頭からガツガツ貪り喰うように。


一見優男に見える姿の、その腹の中には桃子の想像もつかない、とんでもなく凶暴な猛獣が潜んでいるのだ。


平和ボケした人間から出せる筈のない禍々しい殺気。

背後に控えていた多数の眼が光る不気味な精神体。

肉食獣の鋭い目付き。

素早く彼女を捕まえた身のこなし。

何よりやけに甘く悪魔じみた美しさー

…その何もかもが雄弁に語るのだ。


この男の正体が…休暇を楽しみにきた単なる観光客でも、新宿の高層ビル内のモダンなソファーに座って相手と商談を交わすようなビジネスマンでは決してない事を。








その後桃子はプロシュートにお願いしたように、真っ直ぐ自宅へ帰った。

「はい、ありがとうございました!
またのご贔屓を!」

到着し降りた時、プロシュートと自分を恋人同士と誤解したままの、いっぱしの親きどりになった前田さんは
「これ、私の番号。何かあったらまた呼んでよ。
『お兄さん!
幸せにしてやれよっ』」
と名刺を渡し、何かやりとげた顔で去っていった。
そのタクシーの後ろ姿を桃子は呆然と見る。


「『何だか…誤解されたままでした…』」

「『気にするな。
どこの国でも中年はそういうもんなんだ』」

「『そうですか…』」
そうなのかと思いながら、チラリと見る。好みじゃないが、きっと普通なら隣にいて憧れる姿をしてる彼。
対して自分は十人並みを自負する顔。

(恋人…ですか。
私とじゃそうは見えないでしょう。

こういう方はもっと美しい人と並ぶ方が絵になりますよね)


こんな現実味のない美しい人と会って、非日常だった今日。
何だか慌ただしかったなと思いながら、折角ご飯代もタクシー代も出してくれたので、このまま返すのも忍びないと桃子はふと思った。

「『あの、お礼とまではいきませんが、お茶を飲んでいきませんか?』」

それは何気ない一言。日本なら普通の社交的な。

「『せっかくだが断る。今日は帰らせて貰うぜ』」

出たのは拒否の言葉。
彼女にとって思いもよらないそれに桃子はえ?と戸惑った。

「『…ハァ。なぁ嬢ちゃん。日本は随分平和な国だな。
オメーがもしも他にオレ以外の外国人に会っても、言うんじゃねえ。
危機感持ちな』」


「『どうしてですか?』」

そう聞く彼女に彼はヤレヤレといった様子で、こう言ったのだ。


「『そいつにオメーが犯られちまっても、サツは家に上げたオメエが悪いって取り下げられるぜ…ったく。常識だろうが。平和ボケにも程があるぜ。
いい。金の事なら気にするな。
オメーを連れ出した迷惑料だと思え』」
「『!?
ヤる…ってッ!』」
ハッとした顔で、桃子は顔を白くするのに、彼は皮肉な様子で笑う。

「『分かったか嬢ちゃん。
…次から気をつければいい』」

そう言ってプロシュートは、桃子の頭をさらりと撫でて、背を向けて早足でカツカツと歩き出す。

「『後日また会いにいくぜ。同僚の土産物買うのを教えて欲しいんだ』」

先程桃子からアルバイト先の神社の場所も聞き出したし、また彼女に会いに行こうと思っていたからだ。

今日はそれでいいと思っていた。

だが、桃子はそう思わなかった。








今さら気付いた。

自分は夢の中とはいえ、たかが近付いたくらいで日本刀で斬りかかった。
二回目に会った時はいくら連れ出されたとはいえ、あんなに暴言を吐いた。

そんな失礼な事をしてばかりだったのに、彼は大して気にせず、咎める様子もなかった。

更に今、自分に何も手を出さず家まで送り届けて、その上、気を付けろと忠告までしてくれたのだ。


怖い人というのはまだ抜けない。

だが、

それでも、




全てが悪い人ではないんだろうか…。




遠退く後ろ姿。
足が長い分、あっという間に距離が出来る。




(遠い所から来て、誰も知り合いもいなくて、強いて言うなら知り合いは私しかいないんだ…。

どこに行けばいいかも、道も、言葉だって…知らない筈だわ、きっと…)










そして桃子の頭に再びよぎる、


…あの寂しそうな顔が。



そう思ったら、このままではいられなかった。















「『ま、待って下さい!』」

桃子はパタパタと彼の後ろを追って、コートを掴んで呼び止めてきた。

「『だから気にするなって言ってるだろ』」

そう言って振り返った彼は目にした。

少し息を切らして頬を赤く染めて、彼を見つめる桃子の切実な瞳を。

僅かに息を止める。
そのはにかむ表情に。

「『あ、あ…、あの…ご忠告ありがとうございます…。
確かに私考えなしでしたね。バカでした』」
とだえとだえに紡ぐ言葉。
要領を得ない。
だが、偽りもない、ただ正直さだけが滲み出る言葉。


「『でも…、今の言葉で思ったんです。
貴方は、私が思ってたより、




…ナンパ男でも悪い人でもないんですね。

なら、貴方はそんな事しないと…思ってます。信じてます。

あの、羊羮、あるんです。
私一人じゃ食べきれないから、一緒に食べましょう。

アンコ美味しいって言ってくれたから、嬉しくて…。
貴方に、食べてほしいなって…』」


耳の貝殻が響く。打ち寄せる海の響きを。
先程より甘く、優しく。


…羊羮を食べて欲しいなんて、ただの口実なのも。

…この僅かに騒ぐ心臓の理由が分からない。
彼女の瞳がやけに美しく見えるのも…。

会ったばかりなのに。







「『……(何なんだ、コイツァ)』」

分からなかった。
何故あっさりと信じると言うのか。
日本人はバカなのか、それとも彼女がバカなのか。そんなにアンコが美味しいと言ったのが嬉しかったのか。
軽く彼女の言動に混乱して、ハァと息を吐いて彼女を見下ろしたその時。






「お嬢ーーーーーッッ!!!!」
と耳をつんざく叫び声が聞こえた。
それと共にバタバタバタとやかましく響く大勢の足音。

扉が開かれた。
押し破られる勢いで。
そして中からはどこからどこを見ても強面ばかりの、ゴツい男達が青筋を浮かべて走り込んで来た。

「テメエが誘拐犯かぁああ!!!!?」

彼らはその連なる山の体つきに関わらず、風林火山の風のごとく怒涛の早さで桃子を自分たちの後ろに引きずりこむ。

「ま、待って!
何を誤解してるの!!!!?」


龍や雷神の模様のヤクザシャツやサラシに着物を肩にかけ、プロシュートを囲み、睨み付ける四十の眼。
それは常人の精神など容易くブッ壊して腰を抜かす相当な迫力だ。
常人なら。

「あのっ、皆さん…ッ!聞いて!私、誘拐されてない!
その人、何もしてませんから…っ乱暴しないで!」

「いいからお嬢は下がってて下せえ!
危ねえですぜ!」

そう言って彼らを止めようとしても、普段から暴走気味で言うことも聞かず、まして今激しく怒り狂う彼等は人間の言葉を聞く頭を持ち合わせてなかった。

ただ組長の大事な孫娘を自分達が守らねば、それだけ。

「おい!この軟派野郎ッッ!!!!てめえは一体どこの誰をさらったと思ってやがる!
イエローキャブとか馬鹿にしてんじゃねぇのか!!!!?」
「おいっ随分細っこい腕だなぁ!!!!?そんなもんはなぁ男の腕じゃねぇんだよ!!!!」
「埋めてやるか!高尾山に!?いや秩父山中にな!!!!?」
「何か言えやオラァ!」

飛び交う怒号。
筋骨隆々のたくましい男達。むさ苦しい劇画ヅラ。
近隣でも恐れられ、桃子の小さい頃から従う強力なボディーガードが彼らだった。

彼等は先程、件の叔母より連絡を受け、その内容というのが
『あのね、桃子ちゃん。
凄く綺麗な外国人の男の人に連れられていなくなっちゃったの、だからお見合いは中止。
困っちゃったけど、でも、仕方ないわね。
相手の方は、桃子ちゃんにすごく夢中みたいだし…。
『会いたかった』
って抱き上げた桃子ちゃんの頬にキスしてたのよ。

それからいなくなっちゃった…。どこに行ったのか分からないけど、まぁ大丈夫でしょ。
…やる事ったら一つだし。

そんな訳だから、桃子ちゃんの帰りが遅くなっても心配しなくて大丈夫よ!お見合いの人には私から始末つけとくから。
ああ、それにしても素敵な方だったッ!!
洗練されてて優雅で華麗で!
眼差しに色気があって、銀幕のスターみたいだったわぁああ。桃子ちゃんにお赤飯炊かないとね!』
という桃子を見守っていた彼等にとっては寝耳に水の話だったのだ。

そしてその叔母の話から、何故か彼等の中では、桃子が誘拐されたと話が飛躍していたのだ。
こうして今現れたのも、つい先程の叔母の電話から焦って捜索しようと、縄や拡張器やら棍棒やらを持って出発しようとした中…、そんな時に桃子達は戻ってきたのだ。


常人はおろか下手なチンピラなら泣き出すぶちギレたヤクザの群れ。

このままならば、宣言通り秩父山中に埋められる…までもなくても、失禁する恐ろしい思いをさせられただろう。

一般人なら。
プロシュートじゃなければ。

だが若衆には相手が悪かった。
非常に悪すぎた。
プロシュートだったせいで。




突然お気に入りの、普段から丁寧に手入れしていた服の襟をグシャリと掴まれ、プロシュートの目付きが変わり、ツバを吐き散らす勢いで怒鳴りまくる角刈り頭の手をガシッと掴んだ瞬間に…。
状況は一転する。
プロシュート対ヤクザの大乱闘への始まりと化す。

しかしあの時の彼等に想像出来るだろうか。
いや、出来る訳がないだろう。



この目の前の簡単にヤキを入れられると思った、優男が、すぐ泣き出すと思ったこの細腕の白人男性が、
まさか弱冠六歳の頃からマフィアの血で血を洗う世界に身を染め、
子供の頃からトゲ付きメリケンサックを装着して10歳以上年上の少年の顔を叩き潰し、馬乗りになって何発も拳をお見舞いし、有言実行地獄直送、否、ブッ殺すと思った瞬間には相手をブッ殺した男だという事に。

肉弾戦にかけてはチームで一二を争う凶暴な性質で
『舐められる前に徹底的に潰すッッ』
というモットーで常に生きている彼の瞳が爛々と輝きだし、拳をぎちりと握りしめ、戦闘モードに入ったなんて。





「やめて!」

そんな事を知る由もない桃子はプロシュートが殴られると恐ろしくなり、様子を見たくなくて咄嗟に眼を閉じてしまった。



















そのコンマ0.1秒後。


ービュンッ









…ドッカァアアアアアアアン!!!!



激しく風を切る音と何か重い物が弾き飛ばされる衝撃音。
続いて固まる桃子の真横を何人もの男の体が吹っ飛び、凄まじい勢いで門や垣根に頭が突き刺さった。


(!?
…なに!何が起きたの!?)


顔面蒼白で恐る恐る閉じてた眼を開ける。








すると、そこには


「『随分手厚い歓迎じゃねえか…嬉しくて涙が出そうだぜ』」


そう眉間に青筋立てて怒りながら、自身の襟を直すプロシュートの姿が見えた。




































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うげっ、大分間が空いた…わりに話があまり進んでないです、すみません。
最近ちょっとなかなか思ったように書けなくて困る。

今回は兄貴が桃子さんに惚れた理由は最初は見た目からかなぁって話。

添付は今回の兄貴の目の色に使った天青石の標本。
こんな色してます。
天青石はストロンチウムという物質が含まれてるので、燃やすと鮮やかな紅い炎になる石。花火の材料にも使われます。
あの一見淡い色の青が鮮やかに燃えるって所で、淡い気持ちが段々…って意味を籠めて使ってみました。


↓こんな石。


管理人は、感情表すのに目の色を石の色に変えるのが好きなんです。
兄貴は青い石、リーダーは緑の石を折々目の色に使っていくつもり。






H.24.3.22(土)

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あきゅろす。
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