マイ・ファニー・バレンタイン2
「おし、こんなもんか。
眼を開けてみろ」
部屋のシンプルな鏡の前に座り、黙って、でもウズウズしていたアマーロは両目を開く。
鏡の中には、いい仕事をしたとドヤ顔のワイシャツを肘までまくったプロシュートの姿と、そして…。
綺麗に髪を結われて花咲くリボンのアクセント、普段より大人らしく且つ可愛らしく化粧されたアマーロがそこにいた。
少し大人びた雰囲気のワインレッドのワンピースが瞳と髪によく似合う。
首を飾るペンダントが可憐に揺れ、プロシュートがくれた小さな銀と水晶のイヤリングは星のように光っている。
数日前リゾットがアマーロにドレスを贈りたいからサイズを教えて欲しいと言われた時に、おそらく妹が困ってるだろうと察して、任務からなるべく早く戻ってきたのだ。
(おかげでペッシは普段以上にケツキックをくらったのだが)
沢山のピカピカに磨かれた女の子の靴。
様々な形や色をした鞄の数々。
金色の櫛に、アメジスト、ルビー、サファイア、トパーズ色にキラキラ輝く香水瓶と化粧道具。
プロシュートはいつの間にか用意したそれらを使って、アマーロの爪先から髪の毛の先まで魔法のように飾り立ててくれた。
化粧水を滑らかな手つきで顔につけられマッサージされてるみたいとうっとりすれば、ファンデーションをはたかれたり、眉を滑らすアイブローや花色のアイシャドウにくすぐったくて笑ったり。
そうして今鏡の前の彼女は、天使にも妖精にも見える愛らしさに変身している。
「うわぁあああっ、ステキ!モデルさんみたい!
ありがとう!」
別人みたいだと喜んだアマーロは頬にキスをしようとしたが、グロスが取れるからやめろと言われたので、ハグとお礼はしっかり言って。
「Prego.
元が可愛いからな。オレはそれを引き立てただけだ。
それであのイカスミ野郎の心臓ぶち抜いて、高っけーもんでもねだるんだな」
「うふふっ、そんなァ。
高い鞄も靴もお洋服もいらないよ。
だって、あたし。
リーダーさんと一緒にいるだけで、いいもん」
言った直後に、けどキスかハグをしたらもっとベネねと言って、一人でキャーとはしゃぐのを見て、プロシュートは櫛を片付けながらハァアアアと呆れて笑う。
「…ったく。こっちまで腹いっぱいになっちまう。
さあて。悔しまぎれに、野郎に顔面膝蹴りかます前に、オレも出かけるとするか」
「ね、今日はどこの彼女さんの所行くの?」
ドアノブに手をかけようとした兄に投げかけた質問。
プロシュートが振り返れば、いたずらっ子の笑みがキラキラしていた。
それに両手を腰を当て見下ろし、アマーロと同じようにイタズラっぽく微笑んで、彼は言う。
「そうだな。ベルギーの女かフランスの女辺りだろうよ」
甘ったるくいちゃつきたい気分だからな、と真っ赤な嘘を加えて。
本当はそんな女達なんていないのだ。
仲間からは、お前は女選び放題で羨ましいといつも言われてるから、めんどくさくて否定しないだけで。
「そっか。チョコレートもケーキも本場が一番甘くて最高だよね。
うん、気をつけてね!
…ふふっ」
けど分かってるよと、そんな意味をこめてウィンクすれば、彼は流石オレの身内だと笑った。
スーツを羽織った側から、ふわりと微かに漂う香り。
それに気付いたアマーロは頬が緩むのを止められない。
普段暗殺という仕事柄、証拠を残さない為に無臭を保つ彼が今まとってる香り。
少し癖のある、気持ちのいい花の薫り。
アマーロも大好きな、見たことのない遠い国の花。
(お兄ちゃん、いつもデートの時『あの香水』しか付けないくせに。
ううん、お互いウソって分かってるんだよね。
けど、私ワクワクするの)
「ね、いつか紹介してね。会ってみたいなぁ」
「ああ、してやるよ。必ず。
きっとオメーを可愛がってくれる。
…いい女なんだ、とても」
プロシュートの青い瞳がやわらかな光を放つ。
コーンフラワー・ブルー(矢車菊の青)。
最高のサファイアの色のそれは、アマーロが思うように、今もただ一人のみ映している。
「お幸せに!
私は邪魔しないから安心して」
「ったく、オメーは心が広いな。
どっかの兄貴も見習わねぇとなァ。
ああ、そうだ。
シュガーマグノリア。
気付いたか?」
「へ?
何が?」
「『オレは二番目だ』。
オレ達のプレゼントは、全部が繋がってるんだぜ」
「繋がってる…?何だろう」
「まあ、すぐ分かるだろうな。
じゃあな」
その後まもなく、プロシュートとすれ違うようにタイミング良くリゾットが帰ってきて、アマーロが迎えに玄関に行くとリゾットは腹を抑えて何やらゲホゲホと咳き込んでいた。
「ああっ!
リーダーさん大丈夫!!!!?ごめんなさい!!!!」
「ゴホッ………問題ない……。
…奴は、手加減したらしいからな……」
「あの、とりあえず椅子座って!
今、あったかいお茶持ってくるから」
「すまないな……」
そして、そんなこんなでリゾットが着替え終わり、間もなく時間が迫ってきた。
「さ!行きましょ!」
「アマーロ」
リゾットの声に振り返れば、普段と変わらない無表情の彼が立っている。
「?なぁに。
忘れ物?」
ド天然で、プライベートはわりとボーッとしてるリゾットの事だ。
そう聞きながら、リゾットがちゃんとマフラーも手袋もし忘れてないかチェックしてもそうではない。
首をかしげると、リゾットはそっとアマーロの前に歩み寄ると、身を屈めて密やかに囁いた。
「…よく似合ってる。
綺麗だ」
微かな笑みと低く綺麗な声で。
普段そういう事をあまり言わない彼の言葉に一気にアマーロは嬉しくなってしまった。
「…っ!ありがとうっ。
私…、リーダーさんにそう言われたかったの、誰よりも!」
白木蓮の色をした髪。
美しく輝くルビーの紅い瞳は、純白の扇の下で揺らめく。
満開の花咲く彼女の笑顔。
その彼を惹き付けてやまない全てと今日の装い。
彼女がいつも以上に可愛くて、リゾットには輝いて見えて。
「…………ふふっ」
だから身を屈めて流れるように自然とアマーロの頬にキスを落とし、僅かに離した間、見えたのは幸せな笑顔。
「さあ、行くか」
「うん、しっかりエスコートしてね。
絶対離さないでっ」
差し出された手。
すかさず手を伸ばして握れば、握りかえされる。
ゴツゴツして大きくて、でも、いつも自分の手を包みこむ、誰よりも心地よいあったかさの大好きなリゾットの手。
「今年もリーダーさんと一緒で嬉しいなぁ…」
「…そうか」
アマーロの言葉に応えるように、彼は静かに微笑う。
見るだけでほんわか温かくなる、それはアマーロの胸いっぱいのときめきから来るものか。
アマーロは花咲く笑顔でリゾットの片腕に抱きつき、そのふわふわの白い髪をくっつける。
「リーダーさん、大好きっ。愛してるよ!」
「………ああ、知ってる」
リゾットは、アマーロが言ってくれるように自分も
『俺もお前が大好きだ』
と言いたかったが、こんな時は特に不器用で素早く口が回らないので、かろうじてそう答えるだけだった。
それでも、彼がはっきり言わなくてもアマーロは、リゾットが何を言いたいか知っていた。
アマーロに向けた細めた緑玉髄(クリソプレーズ)そっくりの淡い緑の瞳が何よりも優しい光を灯していたから。
だから、アマーロは嬉しくなって、リゾットにますます強くくっついた。
「少し、腕を緩めてくれないか。
どうも歩きにくいんだが」
「いーやー。
今日はバレンティーノなんだから。
ね、恥ずかしくないよ、こんな可愛い子とデート出来るんだから。ガマンしてー」
「仕方ないな」
そう苦笑しても、リゾットは彼女が可愛くて愛しくて。
頭をひと撫でし、アマーロがフフッと幸せそうに笑うのを横目にした彼は、胸の暖かさを感じて。
「そういえばね、リーダーさん聞いて」
「どうした?」
「お兄ちゃんからも言われたんだけど、皆からプレゼント貰った時にね、
『オレは〜番目のプレゼントだ』
って必ず言われたの。
ペッシ君は一番目で、お兄ちゃんは二番目って感じにね。
リーダーさん、何か聞いてる?」
「ああ、あれか。
アイツらがこの前やたらニヤニヤして話し合ってたのは…。
そうだな、あれは…」
そして語られる、ちょっとした種明かしを…。
-Ribbon(リボン)
-Earings(イヤリング)
-Game(ゲーム)
-Amber(琥珀のペンダント)
-Rabbit(ウサギの毛のマフラー)
-Daisy(デイジーの花束)
彼らのくれたもの。
その頭文字を並べて現れる言葉は『REGARD』。
それは、
『君を信頼してる』『君を大切に想ってる』という言葉。
特別な少女へ向けた言葉。
彼等のプレゼントにはその意味が籠っていた、言葉にしなくても。
いや、口にして、なお想いをこめて。
彼等にとってのアマーロ。
それは可愛い妹、友達、仲間。
そんな彼女へ願ってやまないのだ。
どうか幸せになって欲しいと。
当たり前の話だが、リゾットからそれを聞かされたアマーロは
「なんてロマンチックなの!」
と大喜びしたそうだ。
そしてアジトへ帰るやいなや、彼らを探して走りまわったそうで、その姿は流れ星か、毛糸玉を追いかける子猫のようだった。
「ペッシくん!Mi Amore!」
「うっ!うわぁっ!おいっ、びっくりさせんなよアマーロ!」
「イルーゾォ君!
Mi Amore!」
「ははっ。分かったんだな。
オレもだよ。可愛いアマーロ」
「ホルさん!Mi Amore!」
「へへっ!Prego!チビッコお嬢ちゃん!」
「ギアッチョーー!!!!Mi Amore! ありがとう!ありがとう!大好き!
最後まで大事にするからね!」
「だぁあああああーーー!だあっ!あああ…っ、あっちーんだよ!ひっつくんじゃねぇ!
ベタベタするんじゃねぇえエエエ!」
「メローネぇえ!Mi Amore!」
「うっひょおお!
いいオパーイ!もっと!もっと圧迫してくれ!Viva! 圧迫まつ………ぐはっ!!!!いたっ!『幻の右』痛ぁっ!ああ!いい!超最高!」
「お兄ちゃん!Mi Amore!大好き!ありがとう!
この前は本当にありがとう!リーダーさん綺麗って言ってくれたのーッッ!」
「そいつァよかったな。
…オレも愛してるぜ、誰よりも」
こう、メンバー一人一人の頬に熱烈にキスをして、抱きつきまくったとの事だ。
ちなみに、リゾットはアマーロと行った例のレストランで全身ピカピカのツヤツヤで健康体になって帰り、チームメンバーから
『やべぇ……、リーダーから後光さしてる…』
『こんな顔色いいリーダー見たことあるか…!』
と言われて、ちょっと凹んだらしい。
『私、肌がモチモチツヤツヤになっちゃった!
また行こうね、リーダーさん!』
『………ああ、分かった……』
-Buon San Valentino!
-Happy Valentine!
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【ミニあとがき】
一週間遅れましたが本編ヒロインのバレンタイン話です。
時間としたら15歳くらい。
この身体がよくなる料理は四部の某料理人さん。
彼は自分の国で料理が認められなかったって言ってましたが、今回は彼の恋人に会いに一旦里帰りして期間限定で少し出稼ぎしてるって事で。
で、今回は『Regard』を使ってみたくて書いてみました。
Regardは鉱物の本とアンティークジュエリーの本で見つけた話。
ペンダントや指輪に、ルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイアモンドを並べてメッセージをこめる物です。が、そんなスーパーセレブな物を若い女の子が貰っても…………と思って別のプレゼントにしてみました。
発案者はたぶん、うちのロマンチスト男イルーゾォと兄貴。
そしてデイジーをギアッチョにさせたのは地味に切なかったりします。
デイジーの花言葉は『乙女の無邪気』。
お前は無邪気だからこそひでぇな、でもそんなお前が好きなんだって意味。
うちのギアッチョはほんのり彼女が好きなんです。
2014.2.23(日)
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