倖せに堕ちる 「俺は多分、倖せに堕ちるのが怖いんだ。」 不意に、彼の声が流れるように語り掛けてきた。 「堕ちる? 成るではなく?」 僕の問いかけに猫のような彼は悠然と笑む。 その瞳はまるで、美しい豹が獲物を見定めるような、子供が親に縋りつくような、不思議な色合いをしていた。 「堕ちる。だよ。倖せは怖いこと。」 彼のいやに冷たい手がゆっくりと僕の首に触れた。 蛇のような。氷のような。気味の悪い感覚に思わず眉を顰めると、彼の眼が妖しく細められ。 「俺は倖せに堕ちたくない。だから絶対、俺のこと倖せにするなよ?」 ―じゃないと俺、お前のこと殺しちまうかも。 耳へ寄せられた唇は柔らかく、囁かれた言葉はそれ以上の甘色を含んでいた。 倖せってこわいよね。って話にするつもりだった。 あれ。なんか違う。 |