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違う一面を垣間見た日

ピンポンパンポーン。
休憩時間の最中、不意に、放送の合図が流れた。


「名前。30秒以内に応接室に来ないと、咬み殺すよ」


よく聞き知った声が聞こえたかと思えば、私はすぐに教室を飛び出す。
たぶん、自分の名前が呼ばれる途中くらいから走り出したんじゃないかな、うん。
それにしても、30秒以内って…。
この教室から応接室まで、結構距離があるのに。
そして自慢じゃないけど、私は足が速い方じゃないのに。
そう思いながらも、全速力で廊下を走る。
ふと、廊下に貼ってあるポスターが、目の隅に映った。


―――『廊下を走るな』。


無理無理、私に咬み殺されろって言うの!?
そんなの私は真っ平ごめんだ。



ぜいぜい肩で息をしながら、応接室のドアを開けた。


「し、失礼しまーす…」
「遅いよ、名前。20秒の遅刻」


この男は、本当に時間を計っていたのか…。
私は、応接室の主であり、そして私の彼氏である、雲雀恭弥を見た。
恭弥は悠然と、いつもの自分の席に座って、私を楽しそうに見つめていた。


「そんなこと言ったって、私の足はそんなに速くないもん」
「うん、知ってる」
「ちょ、そこは否定するとこでしょ…っ!まぁ本当に速くないけど…」
「で?」
「だから、30秒以内なんて無理なの!」


とりあえず、そこだけは主張させてもらおう。
無理難題を押し付けないでよね。


「無理だってわかっていながら、名前っていつも、全力で走るよね」
「うん、まぁ、そうだね」
「そういうところが可愛いと思うから」


だから、無理難題を言ってみるんだ。
なんて、平然と言う。
私は走ったからじゃなく、頬が火照るのを感じた。


「な、何言ってるの、恭弥。らしくないよ」
「僕らしいって、何?」
「そう言われても困るけど…。でも、いつもはそんなこと言わないじゃない」


可愛いだなんて、いつもは言わない。
何か企んでいるんだろうか、なんて思ってしまって、正直に受け止められない私。
なんか哀しい。


「おいで、名前」


ふわりと優しく言われ、思わず体が動いた。
恭弥の前に立つ。


「ここ」
「え?」


恭弥の指している場所は、恭弥の膝の上。
乗れと!?
私に乗れと言ってるのか、この男は!?
やっぱり可笑しい。
いつもと違う。
いつも放送で呼ばれたときは、散々風紀の仕事をやらされるのに…(私、風紀委員じゃないんだけどね)。


「…乗るの?」
「他にどうするの?」
「だって…。私、重いし…」


私が渋っていれば、ぐっと腕を掴まれ、引き寄せられた。
そのまま恭弥の膝の上に乗せられる。
落ち着かない。


「ねぇ、どうしたの、本当に。いつもだったら、こんなことしないのに」
「別に。したくなっただけだよ」


そう言って、私の腰に手を回す。
ますます落ち着かない。
なんだか、そわそわする。


「名前って、良い抱き心地だね」
「ちょ…!あんま顔寄せない方がいいよ、今汗臭いから!」
「そんなことないよ。名前の良い匂いがする」


…本当に、どうしたっていうの、恭弥。
これはかなり可笑しい。
いつものツンツンが無い。
明日は、槍でも降るんだろうか。


「…ねぇ」
「何」
「なんか恭弥…熱くない?」


上半身だけ反転させて、恭弥のおでこに手を乗せる。
熱があるってすぐにわかった。


「…恭弥」
「何」
「とりあえず、すぐに保健室に行こう」
「やだ」
「何で」
「名前と一緒にいたいから」


真っ直ぐ見つめられて、そんなことを言われた。
かぁっと熱くなる。
…って駄目駄目、私まで熱っぽくなるじゃない。


「これ以上酷くなったらどうするの」
「名前に看病してもらう」
「いや、だからね…っ」


で、説得するのに1時間くらいかかった。
この男は、熱が出るとこんなに駄々っ子になるのか。
こんなに甘いことを言うのか。
なんて心臓に悪い。



end.(2010,9,4)



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