小説
それぞれのホワイトデー ☆
「あの、ヴィレイサーさん」
「なんだ?」
「その……」
コルトが訪ねてきたにも拘らず、ヴィレイサーはだらけた体勢のまま受け答えをする。しかし、言いにくそうにしているので身体を起こすと、やがてこう切り出した。
「スバルの好みを、教えてほしいんですけど……」
「…スバルの?」
「えぇ」
「アイツの好みって……そりゃあ、コルトみたいな男がだと思うが?」
「何の話ですか!」
「ん? スバルの好みだろ?」
「えっと、味の好みです」
「あぁ、そういうことか」
なんとなく予想はしていたが、ついいつもの癖で弄ってしまった。コルトがジト目で睨んできているので、咳払いして真面目に答えることに。
「まぁ、お前の作った物なら何でもいいんじゃないか? 変に着飾るなんてしない方がいいかもな」
「な、なるほど。ありがとうございます」
コルトはお礼を言ってから、早々に部屋を出ていった。
「しかし、なんでアイツの好みなんか聞いてきたんだ……?」
◆◇◆◇◆
「はぁ……」
コルトがヴィレイサーの部屋を出たのと同じ頃、ブルズは廊下で溜息をついていた。
「何溜息ついてんのよ、あんたは」
すると、背後から慣れ親しんだ声がかかる。
「あぁ、ティアナか」
恋人のティアナだ。会えたのは嬉しいが、溜め息を聞かれていたかと思うと、少し恥ずかしい。
「どうかしたの?」
「いや、別に」
「とてもそうは思えない溜息だったけど」
心配させまいと気丈な声色で返し、ティアナと並んで歩きだす。
「…ん」
その時、ブルズは自分と同じように悩んでいるであろう人物を思い浮かべる。
「悪い。ちょっとコルトの所に行ってくる」
「え、ちょっと!?」
背後で何かを言ってくるティアナの言葉にも耳を貸さず、ブルズはコルトの元へと向かった。
「コルト! 俺に菓子の作り方を……!」
コルトにお菓子の作り方を指南してもらおうと、ブルズは普段コルトが使っているキッチンに顔を出す。だが、そこで思いがけない人物を目にする。
「に、兄さん?」
ブルズの兄であるレオンが、エプロンと三角巾を着け、立っていたからだ。
「あ、ブルズ」
その光景に、頭が混乱していたブルズだったが、コルトに呼ばれて我に返る。
「もしかして、ブルズも僕にお菓子の作り方を聞きに来たの?」
「俺『も』ってことは……」
「うん、レオンさんも今さっき来たんだよ」
「そ、そうなのか」
「それじゃあ、ブルズもエプロンと三角巾を着けてね」
「あぁ」
コルトから渡されたそれを着け、ブルズはレオンの隣に立つ。いつもはコルトかティアナと一緒にいることが多いので、こうして兄弟が並ぶ姿は久しぶりな気がする。
「ところで、2人は何を作るの?」
「決めてねぇや」
「同じく」
「だろうと思ったよ」
ブルズとレオンの返事に、コルトは苦笑しつつ、簡単なお菓子のレシピが書いてある本を取り出した。
◆◇◆◇◆
「ホワイトデー、ねぇ……」
はやてからその企画のことを耳にし、ヴィレイサーは面倒に思っていた。
「まぁ、これで合点がいったな」
厨房を覗くと、コルト達が懸命に何かを作っているのが見える。
「頑張るな」
自分には関係無いことだったので、自室に踵を返そうとしていたヴィレイサーだったが───
「あ、ヴィレイサーさん」
───途中でコルトに見つかってしまった。
「なんだ、ヴィレイサーも作りに来たのか?」
「いや、単なる見物」
レオンからの質問に、ヴィレイサーは手をヒラヒラと振る。
「大体レオンは元より、コルトもブルズも、お菓子じゃなくてもいいと思うが」
「どういう意味っすか?」
「デートにでも誘ってやればいいだろ。」
「デ、デートって……!」
すぐさまコルトの顔がすぐに赤くなり始めた。彼は奥手なだけあって、すぐ赤面する。
「けど、どうやって誘ったら……」
困惑するブルズに、ヴィレイサーは懐から4つ折りにした紙を取り出す。
「そんなお前にいいものを見せてやろう」
「…なんすか?」
正直、ヴィレイサーが言う『いいもの』が自分らにとって必ずしも有益とは限らない。寧ろ、今の彼が浮かべている笑みを見ると、やはり弄るための要素だろう。その予想は間違っておらず、彼が広げた神に描かれていたのは、なんとウェディングドレスを着たティアナと、タキシード姿の自分だった。
「何でその写真があるんすか!?」
「何故って……そりゃあ、印刷したからに決まっているだろ」
「笑顔で言うことじゃないですよ! と言うか、何でそんなことをするんすか!?」
「面白……じゃなくて、楽しいからだ」
「今明らかに『面白い』って言おうとしましたよね? しかも言い直しても楽しいって言ってるし!」
「しかし、何故それがいい物なんだ?」
ツッコミまくるブルズをスルーし、レオンはヴィレイサーに問う。
「いや、突発的であるにしろ、ティアナの腰に手を回したぐらいの勇気を持ってるし。ほら、ここの部分」
ヴィレイサーはその印刷した写真を壁に貼り、レオンに指し示す。
「その時の勇気を思い出せば、いけるんじゃないかなぁと」
「なるほど、一理あるな」
だが、眺めていた件の写真は顔を真っ赤にしたブルズによって掻っ攫われてしまい、びりびりに破かれてしまった。
「あ、俺のコレクショ……じゃなくて、狸の秘蔵の宝が」
「こんなもんを宝にするとか、鬼畜のすることっすよ!」
「それはいいが……ブルズ、厨房にゴミを撒くな」
「誰の所為だと思ってるんすか!」
平然と注意してくるヴィレイサーに、ブルズは噛み付きそうな勢いで捲し立てる。
「まぁ、煽り立てた俺のせいだな」
そう言って、細かくなった紙切れを拾う。レオンもそれを手伝いながら、「あんま弟を苛めないでやってくれ」と釘を刺してきた。それに頷きを返し、今度はヴィレイサーが問う。
「ところで、レオンもお返しを作るのか?」
「あぁ。他に何をすればいいか分からないからな」
「そうだったのか。お前のことだからてっきり婚姻届にするんじゃないかと、なのはに言っておいたんだけどな」
「そうか。……ちょっと待て。今、なんて言った?」
「なのはへのお返しは、てっきり婚姻届だと思って、その旨をなのはに伝えたんだ。」
「貴様あぁっ!」
ヴィレイサーのやり口に、レオンもブルズと同様に怒りだした。
「そう怒るなって。冗談に決まってるだろ」
「お前が言うと、冗談に聞こえないんだよ……」
呆れるレオンに、ヴィレイサーも「よく言われる」と返す。
「で、婚姻届はもう準備してあるのか?」
「あるけど……まだ渡す気はない」
「何で?」
「そういうことは、もっときちっとしたステップを踏んでだな……」
「…ふっ」
「何がおかしい?」
「いやぁ、ステップ云々言っている割に、普段から今すぐにでも結婚しそうな勢いだなぁと思っただけさ。
その勢いに任せて、一気にプロポーズしたらどうだ?」
「無茶を言うな!」
「無茶、ねぇ……」
「そういうお前は、フェイトにプロポーズしないのかよ」
「え、俺?」
まさか自分に話が向くと思っていなかったのか、ヴィレイサーは目を瞬かせる。
「そうっすよ。フェイト分隊長、きっと言ってくれるのを待っているんじゃないんすか?」
「まさか。まだ付き合って間もないんだし、すぐそんなこと考えるはずないだろ」
呆れ顔のヴィレイサーの発言に、レオンとブルズ、そしてコルトは顔を見合わせて溜め息を零した。
「なんだ、その無駄に深い溜め息は」
「…いや、別に」
「なんでもないっす」
「ただ……」
「ん?」
「…やっぱり、なんでもないです」
結局、誰も意味を教えてくれなかったのでヴィレイサーは厨房を出て行った。どうせ何もすることがないし、そこに居続ける気にもなれなかったのだ。
「フェイトの奴、苦労しているなぁ……」
厨房を出ていく際、レオンの呟きが微かに聞こえた。
「あれ、ヴィレくん」
「よう」
厨房を出、自室に向かってしばらく歩いているとなのはと出くわす。
「どこに行ってたの?」
「まぁ、ちょっとな」
レオン達と一緒にいたと答えると、なのはは必ずそこに行こうとするだろう。そうなると、お返しを作っていることが明るみに出てしまうので、それだけ避けた方がいいだろう。
「もしかして、フェイトちゃんへのお返しを考えてたとか?」
「は?」
「だってバレンタインの時、フェイトちゃんから貰ってたよね?」
「あー……あぁ」
なのはにそう言われ、そのことを思い出した。なのはに呆れ気味に「今思い出したの?」と言われ、苦笑いしかできない。
「もう……フェイトちゃんが可哀想だよ」
「可哀想って……別にそれくらいで泣く訳じゃないんだし、いいだろ」
正直なところ、何かお返しをしようとは思っているのだが、特に何も思い浮かばずにいる。とは言え、コルトに「変に凝る必要はない」と言ったのだから、自分もそれに従えばいいだけなのだが。
◆◇◆◇◆
「だあっ! やっぱりダメだ!」
コルトの指南を受けていたブルズだったが、耐えきれずに投げ出してしまう。
「ちょっとブルズ! 投げ出すのが早すぎるよ」
「俺にはこういうのは向かないんだよ! やっぱり、菓子じゃなくて別のもんを作るか」
しばし思案顔になったかと思ったら、すぐに厨房を出ていこうとする。だが、ふと何かを思い出したのか立ち止まって振り返る。
「あ、コルト。暇があったらアイツの分も作っておいてくれ」
「えぇ!?」
「以前、デスクワークを手伝ってやっただろ」
「うぅ……分かったよ」
「サンキューな。シンプルな奴でいいから、よろしく頼む」
ブルズに押し付けられるのは予想していたが、彼の言うように簡単なもので大丈夫だろう。改めて作業を再開しようとレオンに声をかけようとする。だが、彼もエプロンと三角巾を取り去っていた。
「あれ、レオンさんもですか?」
「すまん。どうやら俺も長続き出来ないようだ」
「じゃあ、レオンさんの分も……」
「いや、俺は俺でなんとかする」
コルトに今までの指南のお礼を言い、レオンもそそくさと出て行った。
◆◇◆◇◆
「あ、なのは」
ホワイトデー当日───。
フェイトは私服姿のなのはを見つけ、駆け寄る。
「どこか行くの?」
「うん♪ レオンくんが、お返しにデートに行こうって言ってくれたから」
「そうなんだ。楽しんできてね」
「ありがとう。そういえば、フェイトちゃんはヴィレくんからは?」
「へ? ううん、何もないけど……」
「つついてみたら?」
「でも……」
確かに、ヴィレイサーをつつけば何か出てくるかもしれない。だが、別にお返しを期待してバレンタインデーにチョコレートを贈ったわけではないので、いいかなとも思う。とは言え、まったく期待していなかったと言えば嘘になるが。
「じゃないと、前に進めないよ?」
フェイトの肩を軽く叩き、なのははレオンの所へと向かった。
「なんだ、結局はデートか」
「なんだとはなんだ。俺は別に、お前に面白さを提供する為にやっているんじゃないぞ」
なのはと待ち合わせている場所に向かう道すがら、ヴィレイサーはレオンにつまらないとでも言いたげに言ってくる。
もう少し弄ろうか。そう思っていると、フェイトの姿が見えた。
「…用事が出来たから、弄るのはまた後でな」
片手をヒラヒラと振り、ヴィレイサーは足早に向かっていく。
「フェイト」
「あ、ヴィレイサー」
「お前、バレンタインのお返しって、何か希望はあるか?」
「え? ううん、特にはないよ」
「そうか……じゃあ、これで」
そこで言葉を切り、ヴィレイサーは不意にフェイトと唇を重ねた。
「…へ?」
「これがお返しだ」
顔を赤くして呆然とするフェイトだったが、あることに気付く。
「ヴィ、ヴィレイサー」
「ん、何だ?」
「後ろ」
「は?」
フェイトに指摘され、背後を振り返る。
「げっ……」
そこには、レオンを筆頭にブルズとコルトの3人がにやけ顔でこちらを見ている姿があった。
「若いっすねぇ」
「少しは人目を気にしろよ」
「あ、あはは」
「う、うるせぇ!」
レオンに主導権を握られ、ヴィレイサーは憤慨した。
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