小説
一番大好き ○
「……はぁ、疲れた」
しばらく出張で任務に行っていたのだが、自宅を視界に捉えて改めて身体がくたくたなことを実感する。紫銀の長髪を揺らし、夕闇を歩くのはヴィレイサーだった。傭兵の身を選んだのは自分なのだから文句ばかり口にしないように努めたいところだが、今回のように疲れきったのでは致し方ない。
「ただいま」
「あ、ヴィレイサーさん」
最初に彼を迎えたのは、友人のクロスを主とするユニゾンデバイスの少女、ノアだった。早速ヴィレイサーに駆け寄ろうとしたが、彼女の脇を小さな影が走る。
「おかえりなさいです、ヴィレイサー」
「あぁ、リイン」
それは、ノアの妹であり暴走しがちなノアのストッパーでもあるリインフォースUだ。小さい彼女はヴィレイサーの肩にちょこんと座っていかにも楽しそうに笑んでいる。
「ちょっとリイン、今は私が……」
せっかく久方ぶりに会うヴィレイサーに抱きつこうとした矢先に妹に先を越されてしまったノアは戸惑いを隠せない。
「あ、兄さん。おかえりなさい」
「ただいま、ギンガ」
ノアとリインフォースUが嬉しそうにしていたのが耳に入ったのか、夕食の支度をしていたギンガが切りのいいところで兄を出迎える。
「荷物は後でやっておく。悪いが、疲れているから少し寝るよ」
「うん」
「じゃあ、リインと一緒に寝ましょう」
「なっ!? そんなのずるいよ、リイン。私だってヴィレイサーさんと一緒に寝たいのにぃ……」
「ダーメ。姉さんは、さっき夕食の支度を手伝うって言ったでしょ?」
「うぅ〜……」
ヴィレイサーはギンガとノアを一瞥して、自室に入っていった。
「むぅー……」
「ほらほら、剥れてないで作ろうよ」
「リインには後でしっかりOHANASHIしないとね……フフ、フフフフ……」
「もう……兄さんのことになるとすぐこうなるんだから……」
呆れる反面、何度もこんなノアを見ているのでもうどうでもよくなってしまった。ノア、リインフォースUとギンガ、そして今は仕事でこの場にはいないがフェイトの4人は皆、ヴィレイサーと恋仲の関係にある。最初はフェイトだけだったのだが、バレンタインデーの際にノアがヴィレイサーを寝取ろうと意気込んだ。そしてそれに触発される形で、予てより恋心を抱いていたギンガとリインフォースUの2人も躍起になった。
当初はすぐに諦めると思っていたヴィレイサーだが、一向にその様な気配は確認されず、更に迫り方が過激になっていった。ノアに至っては睡眠中に襲いかかってきたそうだ(※ノア曰く『襲った訳ではない』らしいが)。それをノアの主であるクロスに相談したところ、どうやら彼も同様の被害(?)にあっているらしく、大した相談にはならなかった。
で、最終的にどうなったかと言うと……【執拗に迫られたヴィレイサーとフェイトが半分ノイローゼになって折れた】……のだ。なんとも虚しい話である。ちなみにヴィレイサーは、こんな状態になりながらも未だに自分がもてると言うことに関して自覚がない。
「おかえりなさい、フェイトさん」
「ただいま、ギンガ」
夕食が出来た直後に、フェイトが帰宅した。
「ヴィレイサーは?」
「疲れているそうです」
それだけで、彼が今は自室で寝ていることに気が付いた。
「じゃあ、私が起こしてきますね」
「ノア、待って」
そそくさと席を離れて起こしに行こうとするノアだったが、その両肩をフェイトに掴まれる。
「そんなこと言って……こないだみたいに抜け駆けする気?」
「抜け駆けなんてしてないよ。ただ、みんなが遅いから私だけ先に……」
「それを抜け駆けって言うんでしょ……」
目を合わせようとしないノアに、ギンガは呆れるばかりだ。
「…何やってんだ、お前らは?」
「「あ……」」
またいつもの言い争いに発展しそうな瞬間、ヴィレイサーが肩にリインフォースUを乗せてリビングに入ってきた。
「ほら〜……フェイトちゃんが余計なことをするから」
「余計なことじゃないでしょ」
「何の話かは知らんが、あまり喧嘩するなよ」
「…兄さんが主にその要因なんだけど」
「言うな。俺も言ってから自分で気が付いた」
まだやいのやいのと言い合う2人を無視して、先に夕食を食べることに。
「はい、兄さん。あーん」
「あー……」
恋人にするのはいいのだが、いざされる側になってみるとかなり恥ずかしい。ヴィレイサーはお返しにと、ギンガにも食べさせてやる。
「ほら」
「あ、あーん」
ギンガの頬が少しだけ赤みを帯びる。やはりとても可愛い。
「いてて」
「なーにやっているのかなぁ、ヴィレイサー?」
「いや、別に」
ヴィレイサーにとっては『別に』で片付けられることなのだろうが、フェイトやノアは気が気でないだろい。
「もう……」
溜め息を1つ吐いて彼の頬を引っ張るのを止め、フェイトも着席する。
「罰として、次は私に……」
「リインにして欲しいですぅ」
「ん。ほら、リイン」
「あーん♪」
「ヴィレイサーさーん?」
「痛いんだが……」
先に言ったのはノアだったのだが、リインフォースUがまたも美味しいところを持っていった。これには流石に怒りたくもなろう。その後も食べさせ合いで喧嘩になりかけたが、ヴィレイサーが宥めて事なきを得た。
◆◇◆◇◆
「はぁーあ……」
ベッドに寝転がり、ノアは深い溜め息を零す。
「むぅ……ライバルは強いなぁ」
周囲はノアの積極性を見習ったのか、ヴィレイサーと接する機会をなるべく多く求めている。故に、ノアは最近自分が圧倒されているみたいで少し寂しかった。
「よーし!」
意気込み、部屋を出てヴィレイサーの自室まで来るときょろきょろと周囲を見回した。この場をフェイトに目撃されたらまた「抜け駆けだ」と言われてしまう。
(抜け駆けなんかじゃないのに)
頬を膨らませて不機嫌を隠そうともしないノア。ちょっぴり構ってもらえないのが寂しかったりする。後は、他の恋人に先を越されるのが嫌なだけ。
「失礼しま〜す」
ゆっくりと扉を開いて、ちょこっと顔を覗かせて室内を窺う。中は真っ暗で、うっすらとだがヴィレイサーが寝ている布団が見えてきた。
(このまま布団に潜り込みましょう♪)
こんなことをするのは自分だけ──しかしノアは、この考えが甘かったとすぐに思い知らされた。
「ふぇ?」
「あ……」
布団の中に、先客がいたのだ。
「フェイト、ちゃん……?」
「あ、あはは……」
視線を泳がせて乾いた笑みを浮かべるフェイト。
「なーにが『抜け駆けはダメ』なのかなぁ?」
「そ、そんなこと言ったっけ?」
「もう……」
憎たらしいフェイトを睨むが、ここで言い合ってヴィレイサーに摘まみ出されるのは御免だった。
「寝ましょうか」
「そうだね」
静かに同意し、2人は静かに目を閉じた。
◆◇◆◇◆
「……何、やっているんです?」
が、翌日。
「眠い……」
ノアの冷ややかな声に対し、寝起きのヴィレイサーは欠伸を必死に噛み殺す。だが、まったく眠気は薄れない。
「え、えっと……」
一方のフェイトは、顔を赤くして苦笑い。
「ヴィレイサーさん、早くフェイトちゃんから離れてください」
「わ、私のことは気にせずに抱き締めていいよ、ヴィレイサー」
起床した際、ヴィレイサーは寝ぼけていたらしくフェイトを抱き締めていた。それがノアには赦せないのだ。
「もーうっ! ヴィレイサーさんの意地悪!」
「意地悪って言われてもなぁ……単に今回はフェイトを抱き締めただけだろ?」
「私だって、抱き締めて欲しかったんですよ」
むすっとするノアにばれないよう、こっそり溜め息を吐いた。
「それに、最近は私のこと、構ってくれないじゃないですかぁ!」
「あのなぁ、それは偶然だっての」
「ヴィレイサーさんなんてもう知りません!」
ぷいっとそっぽを向いたかと思うと、ノアはさっさと部屋を出て、更には外出してしまった。
「お、追わなくていいの?」
「アイツなら、その内帰ってくるさ」
ノアならば必ず帰って来ると信じている。
◆◇◆◇◆
ヴィレイサーの言う通り、ノアは夕刻には帰宅した。しかし、決して口を聞こうとはせず、そして目を合わせようともしてくれない。ギンガがそれとなく話を聞いたところ、「出ていったのに追いかけて来てくれなかったから」だそうだ。帰宅するのを確信していただけに追わなかったのだが、どうやら余計にノアを傷つけてしまったようだ。
《……と言う訳なんだ、クロス。なんか、仲直りの切欠になりそうなこととかないか?》
結局、いつものようにクロスに頼ってしまった。毎度毎度これでは、ずっとクロスに頼りきりになってしまうだろう。少しは自重したいものだ。
一方、問われた側のクロスはヴィレイサーにばれないように自然な動作で隣を見る。そこには、クロスの恋人であるなのはが自分と同じように通信でノアと話していた。
《……と言う訳なんだよぉ、なのはちゃん》
「分かるよ。私もそういうことはあるし」
クロスもまた、ヴィレイサー以上に女性から好意を寄せられる。それ故、なのはが焼き餅を焼く姿を多々見たことがある。
《まぁ、私も自制が出来なかった訳ですし……ここは一勝負しようと思うんです!》
相変わらずノアの考えることは突飛だと思わざるを得ない。
「じゃあ、ゲームで戦えば? ただしゲームセンターで、ね」
「…すみません。今はちょっと思い付かないので、改めて連絡しますね」
なのはが意味ありげにウィンクしてきたので、クロスはすぐにそれが意味することを悟ると何もアイデアを出さずに通信を終えてしまった。
(それにしても……)
和気藹々と勝負の内容を決めていく2人を見て、クロスは溜め息を零す。
(ヴィレイサーさんは仲直りしようとしているって言うのに、ノアは何をしているんだか)
もう呆れる気にもなれない。
(まぁ、ヴィレイサーさんなら大丈夫だよな)
◆◇◆◇◆
数日後。ノアは他の恋人を出し抜いてヴィレイサーとゲームセンターに来ていた。これはあくまで勝負だが、2人が来たのは初めてのデートで訪れたゲームセンターになったことに少し戸惑う。
「勝負方法は簡単です。これからやるゲームで高得点を収めた方が勝ち」
「なんか罰ゲームとかは?」
「勝った人は負けた人に何でも命令出来ます」
「1度だけだろうな?」
「んー……まぁ、いいですよ」
普通にゲームをしたらノアの方が圧倒的に強い。なので今回は、ヴィレイサーが種目を選ぶ。
「じゃあ、まずは……クレーンゲームで」
「ふふん、負けませんからね」
勝手に意気込むノアは、ヴィレイサーの前を歩いて2つあるクレーンゲームの前に立った。
「欲しい景品をどれだけ投資した金額が少ないかで勝負です」
「ん、了解」
「えっと……じゃあ、私はあの猫さんにします」
「なら、俺は狼にするかな」
互いにヌイグルミなのでフェアだろう。しかし、ヴィレイサーにとっては勝負などどうでも良かった。ノアと仲直りするのが絶対条件なのだから。
(アイツより早く取ってやるか)
幸いにも、ノアが欲しがっている猫のヌイグルミはこちらにもある。先に硬貨を投入して、早速猫を取ろうとした。
「まぁ、いきなりは無理か」
ゲームセンターなんて指で数えるほどの僅かな回数しか行ったことがないのですぐに景品を手に入れるのは難しい。
「むぅ……私も失敗ですか」
あからさまに残念そうな反応をするのは、勝負にさっさと勝利したいからなのかもしれない。
(負けたらどうなんのかなぁ……)
ぼんやりとそんなことを考えながら、ヴィレイサーは2回目の挑戦でヌイグルミを手に入れた。それはもちろん、ノアが欲しがっていた猫の方だ。
「ほら」
「ふぇ?」
「お前、これが欲しかったんだろ?」
「え……そうですけど、でも……」
「…まぁ、俺の方にもあったから、プレゼントとして」
「ヴィレイサーさん……」
「いらないなら別にいいんだぜ」
「い、いえ、いります! ヴィレイサーさんからの、プレゼントなんですから」
嬉しそうにぎゅっとヌイグルミを抱き締めてはにかむノアを、そっと撫でる。
「で、でもこれは、勝負なんですからね?」
「分かってる」
結局、ノアが次の回で欲していたヌイグルミを手に入れたので最初は彼女が勝利した。
「次は、ダンスゲームで勝負ですよ」
早速台に立ち、ノアは曲をスタートさせた。すぐに動き出し、タイミングよく定められたスイッチを足で踏む。
楽しそうに踊るノア。美しい円舞に合わせて舞う、エメラルドグリーンの髪。艶やかに、妖婉に魅せる。見惚れるヴィレイサーの視線に気が付いたのか、ノアは更に調子をよくする。
「きゃっ!?」
その途端のことだった。ノアがバランスを崩してしまったのは。
「大事ないか、ノア?」
「あ……は、はい」
既の所でヴィレイサーが受け止めてくれた。それは体躯が触れられて分かっていたが、思わず閉じてしまっていた目を開いた時、予想以上に彼の顔が近くにあって驚いた。
「うぅ……もう少しでパーフェクトだったんですけど……」
【GAME OVER】と表れている画面を恨めしげに睨むものの、ノアは諦めの溜め息をつく。
「なら、また踊れよ」
「え?」
「俺も、ノアが綺麗に踊る姿……もう1度見たいしな」
「ヴィレイサーさん……」
踊っていた姿を『美しい』と言われ、ノアの頬が微かに赤くなった。
もうノアの中では勝負事などどうでもよくなっていた。つまらない意地を張るより───
「ヴィレイサーさん。このまま、デートに移行しちゃいましょう♪」
───不意をついて、ノアはヴィレイサーと唇を重ねた。
◆◇◆◇◆
「そういえば、さ」
「はい?」
「勝負はノアが勝った訳だが……何か命令はあるのか?」
ゲームセンターでのデートの後は街を散策してアクセサリーや服を見て回り、休息の際には一緒にケーキを食べさせ合ったりと満喫していた。あまり遅くなるとギンガらに勘ぐられるので今は手を繋いで帰宅しているのだが、その途中でヴィレイサーは勝負のことを思い出し、聞いた。
「ふーん、ヴィレイサーさんってば命令されたいんですか」
「何言ってんだよ」
むにっと頬を軽く引っ張る。ノアの頬を柔らかいので、弄っていてとても楽しい。
「そうですねぇ……じゃあ、1つだけ」
「何だ?」
「1番に、私と結婚してください♪」
緑閃光を背に、ノアは満面に微笑んだ。
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