小説
Episode 15 友達
澄んだ青を彩っていた空は、いつの間にか暗くなっていた。ヴィヴィオとアインハルトは互いの話をした後、ルーテシアらと合流してなのは達大人のトレーニングを見学し、身体を動かそうとミット打ちに勤しんだりしていた。
だが、そこにずっとレイスの姿はなく、アインハルトはロッジに戻ろうとする一団から外れて彼を探すことに。
(レジサイドさん、どこに行ったのでしょう?)
もしかしたら、自分のことを聞かされて思う所があるのかもしれない。アインハルト自身から話すべきだったが、どうにも彼と話す機会が中々得られずに流されてしまった。
「あ……」
やがてレイスの姿を見つけ、アインハルトは静かに歩み寄る。自身の愛機、ペイルライダーを握りしめながら空を見上げていた。なんとなく近寄るのが阻まれる雰囲気だったので、そのまま静かに見詰めることに。
「……用件はなんですか?」
「えっ!?」
しかし、レイスが苦笑いしつつこちらを見てきたので、アインハルトは自分が見ていたことがばれていたのかと思うと顔を赤くしてしまう。
「ずっと見られていては、困りますよ」
「す、すみません。なんだか声をかけづらかったので……」
「そういうことでしたか。
それで、何か御用ですか?」
「あ、はい。どうしても、レジサイドさんとお話がしたくて……」
「と言うと……もしや、覇王イングヴァルトのことでしょうか?」
「…はい」
レイスに誘われ、2人で巨木に背中を預ける形で座り込む。夜空がだいぶ色濃くなり、星々が散りばめられていく。
「貴女が、覇王イングヴァルトの直系の末裔……そして、クラウス陛下の記憶を受け継いでいると言うことは聞きました。
しかし、まるでお伽噺を聞いているような感覚でしたね」
「そうですよね……」
「あ、別に意味が分からないとかそういうことではなくてですね、不思議な感じで……」
「分かっていますよ」
慌てて言い直すレイスを見て、彼も年相応な所があるなぁとつい感心してしまった。レイスは咳払いして言い直す。
「貴女が記憶を受け継いだと聞いても、イマイチぴんと来ないんですよね。
だって僕の目の前にいるのは、どこも誰とも変わらない、優しくて、本当は寂しがりなのにそれをひた隠しにしている女の子ですから」
「べ、別に寂しがりでは……」
「そういうところ、直した方がいいと思いますよ。寂しいと言えと言っているのではありません。
ただ、少し自分が寂しがりと認めればいいんです」
「む、難しいですね……」
「そんなことはないと思いますが……失礼、話がそれてしまいましたね。
ともかく、僕はストラトスさんがどんな女性であれ、アインハルト・ストラトスその人だと思っていますよ」
「レジサイドさん……ありがとうございます」
ほっと安堵し、アインハルトは夜空を見上げる。もしレイスの見る目が変わったらどうしようか──そんな不安をずっと抱えていた。だが、その考えは杞憂だったようだ。
「レジサイドさんは、優しいですね」
「僕が、優しい……?」
「はい。その優しさが、心地好いです」
アインハルトの言葉に、しかしレイスの表情は何故か晴れない。しばし黙した後、彼はおもむろに立ち上がり、星空に目を向けたまま口を開いた。
「ストラトスさん……貴女は、受け継いだ記憶についてどう思っていますか?」
「え?」
突然の質問に、アインハルトは困惑する。レイスはまだこちらを向こうとはせず、ただ黙って答えを待った。
「確かに楽しい記憶ばかりではありませんし、私を縛り付けているのだと思うと苦しくもあります……。
ですが、だからと言って先祖を恨んだり、自分を殺そうとは思いません。大切な贈り物と言うのは言い過ぎかもしれませんが……少なくとも迷惑だとは感じません」
「そうですか……ストラトスさん。貴女の考えは正しいと思います。
ですが、僕は……」
「レジサイドさん? あの……」
「アインハルト? それにレイスも」
「あーっ、2人ともまだこんなところにいたの? 早く戻らないとダメだよ?」
アインハルトが口を開くより先に、最後まで練習していたなのはとフェイトに見つかってしまった。
「無人世界だからって、暗い所にいたら危ないよ?」
「すみません。つい話し込んでしまって」
「あまり女の子を連れ回しちゃダメだからね」
「そうですね。ストラトスさんは怖いですから、気を付けます」
「レ、レジサイドさん!」
恥ずかしそうにするアインハルトに、しかしレイスはいつもの笑みを浮かべて踵を返す。アインハルトもそれに続こうとしたが、フェイトがレイスを心配そうに見ているのに気付いて歩みを止める。
「フェイトさん?」
「あ、ごめんね。さぁ、早くお風呂入ろうか」
「はい」
◆◇◆◇◆
ロッジに戻ると、レイスは夕食の手伝いをしにキッチンに向かい、アインハルトらはお風呂場に向かう。どうやら待っていてくれたようで、まだヴィヴィオ達が入浴しているらしい。かなり広いお風呂と言うこともあって、まったく狭さを感じない。
「あれ、セイン?」
「来ていたんだ」
「あ、こんばんは。実は教会の方から、新鮮な食材を届けに来たんです」
「まぁ、その後一悶着ありましたけど」
「あ、あはは。それは言わないで……」
呆れるノーヴェに話を聞いたところ、どうやらセインが先天固有技能のディープ・ダイバーでいたずらをけしかけたらしい。最終的にはリオが撃退したとのことだ。セインは聖王教会のシスターとして従事しているのだが、時折悪戯してしまう癖がある。それを同じシスターたるシャッハから咎められるものの、彼女がムードメーカーとして悪戯を止めることはなかった。
「アインハルトさん」
「ヴィヴィオさん……すみません、お待たせしてしまって」
「いえいえ」
「レイスさんとはお話しできましたか?」
「はい。今まで通りと同じように、接してもらえそうです」
「良かったです」
まるで自分のことのようにほっとした表情を見せてくれたヴィヴィオ、リオ、そしてコロナ。3人とも思いやりの深い人だと思っていたが、こんなにも親身に接してくれるのはとても嬉しい。
「アインハルト、ちょっといいかな?」
「あ、はい」
ヴィヴィオ達としばし談笑していると、フェイトが遠慮がちに呼んできた。一言断ってから彼女の隣に並び、湯につかる。
「少し、お話ししたくてね」
「なんでしょうか?」
「あのね、アインハルトは……レイスのこと、どう思っているのかな?」
「どう、ですか?」
「あ、別にケインみたいに親しいからどうこうって言いたいんじゃなくて、アインハルトが彼のことをどう見ているか、君の本音を聞きたいなぁと思って」
「そうですね……レジサイドさんは、私にとって友達です」
「友達……そっか」
アインハルトの返答を聞いて、嬉しそうな、ほっとしたような表情を見せるフェイト。不思議そうに首を傾げていると、その視線に気がついて「ごめんね」と謝った。
「実は、レイスのことがちょっと気がかりでね。
私の大切な人を、どこか彷彿とさせるんだ」
(あ、それって……)
日中に聞いた話を思い出す。フェイトが愛している男性、フィル・グリード──その名をふと思い浮かべ、しかし口には出さず彼女の言葉に耳を傾ける。
「無茶をしすぎているわけじゃないんだけど……本音をひた隠しにして、どこか自分を偽っているように、見えちゃって。
もちろん私の勝手な印象だし、それをアインハルトに押し付ける気はないんだけど……」
「いえ。フェイトさんの言うこと、分かる気がします。
先程も、ご自分のことを話そうとしてくれませんでしたから」
「そうだったんだ……」
「フェイトさんの言う通り、レジサイドさんはどこか危うげな気がします。
自分もそうだと言うのに、誰かの心配なんて……レジサイドさんからしたら、何をしているのかと呆れてしまうと思いますが」
「それでも、放っておけない?」
「はい。実は……レジサイドさんの家にお邪魔した時、ご家族の写真が1枚もなかったんです。
不仲なのか、理由は定かではありませんが……でも、まるで自分で自分を強引に支えているだけで、それ以外には何もない不安定な場所に彼がいる気がするんです」
「アインハルト……貴女は、とっても優しいね」
「そう、なのでしょうか……ただ私は、周りから言われたからそうしているのかもしれませんし、或いは自分の支えになって欲しいから彼に優しくしているだけだと思ってしまって」
顔を俯かせるアインハルトを元気づけるように、フェイトはそっと彼女を抱き寄せた。湯の温度だけでなく、フェイトの柔らかな肌から伝わる体温が心地好い。
「そんなことないよ。アインハルトはきっと、少し焦っているだけだと思う。
だから、不安ならまずは自分を見つめ直してみよう。レイスに対して、自分が何をどうしたいのか……ちゃんと、見極めてね」
「…はい」
◆◇◆◇◆
「モンディアルさん、すみません。何もできなくて……」
「気にしないで。それより、アインハルトとはちゃんと話はできた?」
「はい」
「そっか。良かったね」
「…それだけ、ですか?」
「え?」
寸胴鍋の中身を丁寧にかき回しながら、エリオはレイスの返しに首を傾げる。自分は何か変なことを言っただろうか。
「あ、いえ。ラーディッシュさんがどうにも変に勘ぐってばかりだったので、つい」
「あぁ、そういうことか。僕はからかったりしないよ。
寧ろケインさんとのやり取りを見ていたら、レイスにからかわれる結末しか見えないし」
苦笑いするエリオだが、レイスは彼をからかえそうになかった。なんだかんだでのらりくらりと躱し、逆に核心をついてきそうな気がする。もちろん、ケインも同じだ。ふざけているように見えるが、その実一番自分を見透かせる立場にある。レイスはあまり大人に心を開けないがために、ケインにはかなり警戒してしまうので余計に相手の気を買ってしまう。なんとかなおそうとは思うのだが、簡単にはなおりそうもなかった。
「レイス、エリオ。明日のチームメンバーが発表されたぞ」
「あ、机に置いておいてください。僕は後で見ますから」
「おう。ほれ、レイス」
「ありがとうございます」
ケインが持ってきた用紙を見ると、明日行われる練習会のチームメンバー表だった。大人も子供も、参加者全員が入り乱れて戦うこの陸戦試合はどうやら合宿の恒例行事らしい。
「去年は今回より人数が多かったから、もっと凄かったんだぜ。
多分今年は1on1が主になると思う」
「まさかと思いますが、これに僕も参加するんですか?」
「当然だろ?」
何を当たり前のことを言っているのかと不思議そうな表情のケインに、レイスはしてやられたと思った。自分の実力をそうそう明かす機会などないと思っていたが、まさか嬌声だとは思ってもいなかった。
「さては見学する気だったな?」
「ご明察です」
「あはは。強引だったのは悪いと思うけど、そんないきなり負かされることはないよ。
ケインさんたち大人勢には最大出力に制限がかけられるから」
「まぁ、それ以外は全力だけどな」
「はぁ……」
今更騒ぎ立てるような気はないが、やはり気乗りしない。
改めて表を見ると、どうやら自分は青組のようだ。戦力も綺麗に分かれているので、バランスも問題ないらしい。
「レイス、明日は覚悟しておけよ?」
「はい?」
「徹底的に狙うからな」
「えー……どうしてそんなに僕に拘るんですか」
「そりゃあ興味があるからに決まっているだろ。お前、うまく隠せていると思っているだろうけど、それが却って自分の実力を示していることになるんだぜ?」
「……隠している気はないんですが」
「とにかく、お互いポジションも同じだろうし、前半は同ポジション勢でのぶつかり合いになるはずだ。
やるからには全力で行くからな?」
「……モンディアルさん、なんとかしてください」
「流石にそれは……ケインさん、お父さんに似てスパルタだからね」
「そ、そうなのですか」
どうやら本当に回避できないようだ。レイスは諦め、夕飯ができるまで部屋に戻って愛機を調整すると言って割り当てられた部屋へ戻って行った。
「……エリオ」
「はい?」
「俺は親父ほど厳しくないからな」
「…いや、それはどうなんでしょう」
ケインの言葉に、エリオは苦笑いするしかできなかった。
◆──────────◆
:あとがき
レイスとアインハルト、少しずつ2人が近づいていけたらと思います。
しかし、レイスの方から動くことはありません。まずはアインハルトから、ですね。
そして次回からは練習試合の回になります。
全3試合を描いていきますが、2、3試合目は強引に終わらせる点が出てきますので、悪しからず。
では、次回もお楽しみに。
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