小柄な影が2つ、訓練シムの中を走り回る。互いに武器は持たず、己の肉体のみで戦う2人だが、少年の方が明らかに劣勢に立たされている。
「ゲヴェイア・クーゲル」
そんな彼に相対する少女が足を止めて周囲に魔力弾を作り出す。それに合わせて、少年も得意の幻術を作った。放たれる数多くの魔力弾に対し、幻術はいくらか避けながらも敗れ、消え失せていく。そんな中、足を止めずに突っ込んでくる少年を見て、少女はほとんどの魔力弾を向かわせた。だが、どれも尽くかわされてしまい、遂には目の前まで迫られる。
「甘いよ」
それでも少女の方が上手だった。少年の拳をかわし、がら空きになった土手っ腹に正拳を閃かせる。だが、その瞬間少年の姿がたちどころに消えてしまった。そして別の魔法で姿を隠していた彼が背後から強襲するとともに、更に幻術を増やして少女へと立ち向かう。
「お見通しや」
しかし、少女は迷わず少年の本体を見抜き、蹴りをかわすと同時に肩をがっしり掴んで逃がすまいとする。
「シュペーア・ファウスト!」
ずんっと強い一撃が決まり、少年はなす術もなく吹っ飛ばされてしまった。
「勝負あったな」
「えへへ、ウチの勝ちやね♪」
「あ、ありがとうございました」
少年──レイスは模擬戦の相手をしてくれた少女、ジークリンデに頭を下げる。彼女の隣に立つ男性はジークリンデの兄、シグルドだ。彼は模擬戦を見てレイスの動きを観察し、今後の動作を話し合うために早速紙にペンを走らせていく。
「レイス、そろそろ時間と違う?」
「えぇ。もう行こうかと───」
「あなた達、ここで何をしているのかしら?」
ジークリンデの問いに答えようとした矢先、訓練シムに響いた声にジークリンデとシグルドが身を竦める。
「ヴィ、ヴィクター……」
「いや、これは……」
じろりと睨まれ言葉を詰まらせる2人に対し、レイスは何食わぬ顔で答えた。
「今日も稽古をつけていただいたんです」
そう言った瞬間、ヴィクトーリアはつかつかとレイスに歩み寄り、その頭をぐりぐりと拳で痛め付けた。
「いたたたっ!?」
「貴方は今日がなんの日か分かっているんですの!? 復学する日でしょう!」
「そ、そうですが、これは日課で───」
「だからって、朝から激しい運動してどうするの!」
ヴィクトーリアの言うことももっともだ。レイスは今日からザンクトヒルデ魔法学院に復学するのだが、そんな日に稽古をして怪我などしたらとんでもない話だ。
「す、すみません……」
平謝りに謝ると、なんとか解放してもらえた。
「レイス、シャワーを使うのでしたらそろそろ」
「は、はい」
ヴィクトーリアの怒りの矛先がジークリンデとシグルドに向いたため、レイスはエドガーに促されるままシャワーを浴びに向かう。
服を脱ぎ、しかしそこで自分の左腕をまじまじと見る。痛々しい傷痕と、そこに繋がれた義手。自分の腕と見紛うほどに精巧なそれは、ジークリンデの祖父が手掛けてくれたものだ。
レイスは王殺しを意味する単語、レジサイドを姓とした家に生を受けた。古代ベルカ、諸王時代に生きた聖王女オリヴィエ、覇王イングヴァルト、冥府の炎王イクスヴェリア──そんな王に対して憎悪をたぎらせてきた一族こそが、そのレジサイドだ。彼らは記憶を色濃く受け継ぎ、王への復讐を果たすことをなによりも大事にしてきた。
だが、レイスは物心ついた時から家の悲願に対して疑問を抱いていた。それでも幼い彼が生きていくには家の命令に従うしかなく、反感を抱きながら育った。それがいけなかったのか、次第にレイスは歪な考え方を抱えることになる。
自分を殺すことが、家への最大の復讐だと信じるようになった彼は、いつからか自壊魔法に手を出すようになり、ずっとそれを抱いて生きていく。
そして幸か不幸か、やがてアインハルトと巡り合ったことでその考え方も次第に変わっていき、やがては家の暴挙を止めるべく奮戦した。
その後、レイスはアインハルトから告白を受け、その想いに応じた。今や恋人同士になり、少しばかり照れくさくもあるが彼女との関係を心の底から嬉しく思っている。もっとも、それを自慢するような気は毛頭ない。
自転車に跨り、坂道を下っていく。帰宅する時が大変ではないかと思ったが、帰りは別の道を使えば緩やかな上り坂で戻ることができるので大丈夫だ。首からぶら下げている愛機、アズライトはそんな主を見守るように寡黙を貫いていた。
風を一身に受けると心地好い。そして自転車を走らせること15分。ザンクトヒルデ魔法学院に到着した。駐輪場に自転車を置き、その足でまっすぐ職員室へ向かう。担任の教師に挨拶をし、復学を改めて伝える。
その後、教師に連れ添われて教室へ向かう。今は休み時間なので多くのクラスメートが適当に過ごしていることだろう──そう思っていたレイスだったが、扉が開かれて目を見開いた。
「レイスくん、おかえり〜♪」
ユミナのその一言に続き、多くのクラスメートがその言葉を復唱してくれた。
「え、えっと……?」
「ほら、レイスくん」
驚き、戸惑うレイスの手を引いて中心へ連れていくユミナ。そんな彼女に促された先には、アインハルトが待っていた。
「おかえりなさい、レイスさん」
心の底からの笑顔。それを見て、レイスは返事をすることも忘れてしばし見入ってしまうが、ユミナに小突かれて慌てて我に返る。
「その……ただいま、アインハルトさん。
それに、皆さんも。ただいま帰りました」
クラスメート全員が、わざわざ待っていてくれていたようだ。レイスも笑みを浮かべ、彼らに感謝の言葉を述べた。
「改めて、レイスさん、おかえりなさい」
「はい、アインハルトさん」
休み時間をほとんど使い切るぐらい、クラスメートから復学を祝福されていたが担任の一言でようやく落ち着きを取り戻した。アインハルトと恋仲にあるのは秘密にしてあるものの、もしかすると感づいている人は少なくないのかもしれないが。
「ですが、このタイミングで良かったのですか?」
「と言うと?」
「来週には試験がありますし……」
「一応、試験勉強は病院内でもしていましたから、大丈夫だと思います。
もちろん、まったく不安がないわけではありませんが」
「…で、でしたら、休学中の勉強は私が見ます!」
「え?」
「復習にもなりますし……なにより、一緒にいられるので」
「そ、そうですね」
顔を赤くして言われ、レイスもそれにつられる形で頬を朱に染めてしまう。
「その、可能でしたら今日にでもどうですか?」
「では、後でヴィクトーリアさんに連絡しますね」
「はい」
そして昼休みの前にヴィクトーリアへアインハルト共に勉強をしてもいいか問うと、しばらくしてから返信があった。せっかくだから家に来てもらってはどうかと言う内容だが、文末まで読み進めると追伸の形で【ジークが会いたがっている】と記されている。
「と言うことなんですが、どうしますか?」
「チャンピオンが……では、お言葉に甘えようと思います」
「分かりました」
アインハルトと共に行くことと、放課になる時間を伝えてレイスはメール画面を閉じた。
◆◇◆◇◆
やがて放課後を迎え、アインハルトと一緒に帰路につこうと校門を出る。
「レイス」
「エドガーさん!? どうしてこちらに……?」
「お嬢様から、お二人をお迎えに上がるようにと仰せつかったので」
一見して豪華だと分かる車を前に目を見張るアインハルト。下校していく生徒たちもなんだろうかと次々と興味を示している。
「でも、僕は自転車がありますから……」
「折り畳み式なので問題ありません。それに、アインハルト様を待たせても良いのですか?」
「レイスさん、せっかく来てくださったんですから、乗っていきましょう」
「…そうですね」
心なしか、アインハルトの目が輝いている。きっと乗ってみたいのだろう。レイスも最初は同じ気持ちだったが、実のところもう見慣れてしまった。
「どうぞ」
自らドアを開け、アインハルトとレイスが乗車したのを確認してから静かにドアを閉めると、すぐに運転席に回って優雅に腰かけた。
◆◇◆◇◆
「あ、ハルにゃ〜ん!」
「チャンピオン!?」
家に到着するなり、待っていたジークリンデがアインハルトに向かって抱きついてきた。驚くばかりでよけることもできず、アインハルトはただただジークリンデの抱擁と頬擦りを受けることに。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい、レイス」
しばらく好きにさせておこうと思ったのか、レイスは同じように待っていたヴィクトーリアに帰宅の挨拶を済ませる。
「ジーク、2人の邪魔をしてはダメでしょ?」
「せやかて、ハルにゃんとこうして話せる機会が中々なかったんやもん」
「それはレイスも同じでしょうに……ごめんなさいね、アインハルト」
「い、いえ」
「ほら、ハルにゃんもええよって言っとるやん」
「はぁ……レイス、どこで勉強するかは決まっているの?」
「僕の部屋です」
「分かったわ。エドガー、後で2人にお茶とお菓子を出してあげてちょうだい」
「畏まりました」
「ジーク、行くわよ」
首根っこを掴み、ジークリンデをアインハルトからひっぺがすとそのままずるずると引き摺っていく。
「ハルにゃん、レイス、また後で〜」
「……どうして助けてくれなかったんですか?」
「すみません。可愛らしかったので」
「か、可愛かったですか?」
レイスの言葉に頬を赤らめるアインハルトだったが、続く言葉に耳を疑うことに。
「えぇ、あんなジークリンデさん、見たことがないので」
「……そうですか。つまりレイスさんは恋人たる私よりもジークリンデさんの方が可愛かったと」
「えっ!? いや、流石にそこまでは言っていないのですが……それに、アインハルトさんも可愛かったですよ」
「…取って付けたように言いますね」
剥れてしまったアインハルトに、しかしレイスは苦笑いしながらも後ろからぎゅっと抱き締めた。
「でも、本心です」
まさか不意打ちじみたことをされるとは思ってもいなかったため、アインハルトは再び顔を赤らめてしまう。
「行きましょう」
笑みを浮かべて差し出された手を、アインハルトもまた笑顔で繋いだ。
レイスの部屋は2階へ上がった階段の近くにある。部屋の数が多いので迷いそうだと言うと、レイスも今は必要最低限のことしか覚えていないと言った。
「では始めましょうか」
「レイスさん、苦手な教科はないのですか?」
「今のところは。強いて言うなら、数学ですね」
「では、私が範囲内から例題を作ります」
ノートを手に取ると、手早く問題を書いていく。
「とりあえず10問作りました。教科書を見ながらで構いませんからこれらを解いてください」
「分かりました」
その間、アインハルトは英語の授業に出されたプリントを解くことに。
(ここが、レイスさんの部屋……)
じっくり見たいところだが、大したものはないだろうと自分に言い聞かせる。それでも気になってしまうため、ちらちらと見たり、身体を伸ばす振りをしてあちこち見ていく。
(今、レイスさんと二人きりなんですよね……これは、チャンスでは!?)
実はアインハルトとレイスは未だにキスをしたことがない。したいとは思うのだが、タイミングが悪かったり緊張したりと中々機会に恵まれないのだ。
「レイスさん!」
「は、はい?」
「あ、あの……!」
「レイス、入るよ〜」
キスしようなどとストレートに言うだけの勇気はなく口ごもっていると、ジークリンデが入ってきてしまった。がっくりと肩を落とすアインハルトには気づかず、レイスは不思議そうに首を傾げる。
「ジークリンデさん? どうしてこちらに?」
「エドガーに代わって、お茶とお菓子を持ってきたんよ」
「ヴィクトーリアさんに怒られても知りませんよ」
「黙っといてな。今は何をやっとるん?」
「数学です」
「ウチも数学得意やから、教えるよ〜」
「いえ。分からなくなったら問いますから」
自分も交ざりたくて仕方ないのか、ジークリンデがノートを除き込んでくる。
「アインハルトさんの方を手伝ってあげてくれますか?」
「もちろんや♪」
「私も大丈夫です」
せっかく二人きりになれたと言うのに、ジークリンデがいては話すこともままならない。彼女の提案を一蹴するも、出ていこうとせずにあろうことかレイスが使っているであろうベッドに寝転び、運んできたクッキーを食べ始める。
(なんて気ままな……)
こんなにも自由気ままにしているジークリンデを見るのは初めてだ。中々に貴重なシーンである。とは言え、このままではいけないため、アインハルトはアスティオンをひょいと抱える。
《ティオ、あなたに重大な任務をお願いします》
《にゃ?》
《チャンピオンと遊んであげてください》
《にゃっ!》
アスティオンの協力をかこつけたところで、手から下ろすと早速行動を開始してくれた。
「なんや、ティオにゃん?」
《にゃ〜》
「チャンピオン、よかったらティオと遊んであげてくれませんか? ここだと狭いので、できれば外で」
「ええよ」
ジークリンデが承諾すると、アスティオンはあっという間に部屋を出ようと扉に向かっていった。
「追いかけっこでもしようか」
自信があるのか、意気込みながらジークリンデも後に続き、そして出ていった。
(ティオ、ありがとうございます)
これでレイスと改めて二人きりになったわけだが、当のレイスはずっと問題を解いてばかりであまり顔をあげようとしない。
(これはデートと言うわけでもないのですし、そこまで拘らなくてもいいのかもしれませんが……)
それでも、やはり何かしら話がしたいと思ってしまう。まさか自分がここまで夢中になるとは考えてもいなかったが。
「アインハルトさん、答え合わせをお願いしていいですか?」
「あ、はい。レイスさんは?」
「アスティオンを迎えに行ってきます。ジークリンデさんにいつまでも付き合わされては、すぐに疲れてしまうでしょうから」
「え……あ、あの」
アインハルトの静止の言葉に耳を貸さず、レイスはさっさと出て行ってしまった。
◆──────────◆
:あとがき
レイス&アインハルトの物語、再び!
と言うわけで、本日より第2部のスタートです。
基本的に原作通りの物語になりますが、前作と同様ちょいちょいシリアスを挟んでいくと思います。
そしてもしかしたら、vividの新アニメであるvivid strikeにも絡めたらなぁと思いますが……まぁそれはアニメが始まってからですね。
ちなみにストックないまま投稿しちゃったので、次の更新はいつになるか分かりません(ぉぃ)
では、今作もどうぞよろしくお願いします。
|