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小説
Episode 13 再会









「話したいことがあるんだ」


 ヴィレイサーとギンガが出張から帰宅した翌日───。

 ゲンヤに人払いをしてもらってから、ヴィレイサーはギンガを含めた3人で話がしたいことを明かす。結んだ手を何度も弄りながら、彼は逡巡する。


「そう急くことはないんだぞ」

「そうだよ、兄さん」

「…いや、これ以上甘えてばかりってわけにもいかないから」


 今までだって散々甘えてきた。いつまでも逃げてばかりではいられないだろう、


「ギンガがこないだ戦った戦闘機人は、俺と同じ施設にいた奴だ」

「やっぱり……」

「俺達は、英記号をそれぞれ名前とされた。
 俺がRだったように、あいつはAの記号を冠されたんだ」

「それぞれに、意味があるんだな」

「あぁ。Aは、分析を意味するAnalyzeから来ている。
 無数のコードをパソコンや壁に刺して、監視カメラとかから情報を得るんだ」

「じゃあ、セイバーっていう機械人形が私の場所を特定したのは……」

「間違いない。Aの仕業だ」


 ギンガの確認に頷き、次に自分たちが造られた理由を話す。


「ギンガは、今のミッドチルダをどう思う?」

「え? ど、どうって言われても……他と比較したことがないから一概には言えないけど、いい世界だと思うよ」

「だよな。
 けど、俺らを造った奴らはそういう風に見ていなかった。最初は単なる興味本位ってだけだったかもしれないが、あいつらは次第に世界1度リセットすることを考えるようになったんだ」

「リセット……」

「総てをなくして、ゼロ──つまるところ、無の世界にしよう……それが、ゼロ計画の内容だ。
 人間は抹殺して、自然だけの世界にしてみよう……それを、毎日耳にたこができるぐらい聞かされたよ」


 溜め息を零し、ヴィレイサーはソファーに身を沈める。過去のことを思い出し、少し苛立ちが募った。だが、面に出してはならない。心配させてばかりなのだから、少しは気丈に振る舞わなければ。


「それ以外に、何かあるか?」

「えっと……」


 遠慮がちにギンガが挙手する。怖がっているわけではないようだが、視線を合わせると互いに目を泳がせた。出張した晩、共に入浴した恥ずかしさがまだ残っているのだ。


「兄さんは、今はどう思っているの?」

「計画のこと、か?」

「うん」


 強く、まっすぐな視線。嘘を吐く気は最初からないが、嘘を言ったら簡単に見抜かれてしまうだろう。だが、ギンガのことだ。それを指摘せずに寂しそうな表情をするだけに終わってしまうはずだ。


「今は、計画に反対だ。
 けど、昔は違った。研究者が主だけど、確かに人を憎んでいた時期はあったから……」

「…他の戦闘機人たちの居場所に、心当たりはあるのか?」

「いや……あ、1つだけある。
 居場所って言うと語弊があるが、俺達の面倒を見てくれた博士の墓地になら時折誰かが来るかもしれない」

「慕われていたんだね」

「あぁ。なつかない奴がいないぐらいに、人気だったよ」

「…分かった。お前たち、出張から帰ったばかりだが、支度してすぐにそこへ行ってきてくれ」

「はい」

「了解」


 ゲンヤに一礼してから、ヴィレイサーはギンガと一緒に部屋を出た。


(兄さんも、やっぱり昔は憎んでいたんだ……)


 互いの部屋へ戻る道中、沈黙が続く。どう声をかければいいか、今更ながらにして迷ってしまう。そして一番気になったのは、兄が憎しみを抱いていたこと。彼が今も人を憎み続けていたら……果たしてどうなっていただろうか。

 手を血染めしたヴィレイサーを想像してしまい、頭を振る。急に怖い想像になど頭を傾けてしまったため、隣にいたヴィレイサーが遠のいてしまわないようぎゅっと手を握った。


「どうした?」

「う、ううん。なんでも、ない」

「…そうか」


 結局、その手はギンガの部屋に到着するまで離されなかった。


「じゃあ、また後でな」

「…うん」

「大丈夫だよ。お前を置いて行ったりしないから」


 優しく頭を撫でると、ギンガが手を離してくれた。踵を返す前に「ありがとうな」と謝辞を残す。


(ポルテ博士……)


 無精髭をたくわえた顎と、白髪交じりの黒い長髪。ぱっと思い浮かべることができるその男は、もう10年以上前に死んだ。理由は、研究者からヴィレイサー達戦闘機人を隠したから。子供だった戦闘機人らを大勢連れて、その途中で1人が死亡し、博士はそれでも戦闘機人らに力を行使させなかった。命を軽んずることを赦さない、厳格な彼。だが、随分と甘やかされていた者も多かったはずだ。


「…行ってきます」


 母、クイントの写真が収められた写真立てに向かって一言告げてから、ヴィレイサーは部屋を出てギンガの元へ向かった。





◆◇◆◇◆





「兄さんは、みんながどんな力を持っているのか知っているの?」

「いや。こないだ報告したAとB、後はSだけだな」


 ヴィレイサー達は、幾つかのグループに分けられて行動していた。ポルテ博士に拾われた後は、まったく力を使っていないので、結局知る機会がなく、今に至る。


「ただ、Sは能力が1つだけじゃないって噂を聞いたな」

「えっと……Superiorだっけ?」

「あぁ」


 【優れている】ことを意味するSuperior以外にも、彼女には力がある──噂だっただけに、ヴィレイサーは確認する気にもならなかった。嘘だったら嘘。本当なら本当。それで構わなかったから。


「見えてきた」

「あれが……あれ?」

「…あいつは……」


 件の墓地に近づいていくと、人影が1つ。白一色に染められた髪は、穢れを知らないのか美麗なまま。縛った跡もなく、ギンガも綺麗だと思う。


「? 貴方は……!」


 足音に気が付いた人影は、ゆっくりと振り向いた。力を使役していないため、金色に変わる瞳は、今は深紅に染まっていた。その双眸がヴィレイサーを捉えると、驚きに見開かれる。


「久しいわね、R」

「…E」


 女性──EにRと呼ばれた瞬間、ヴィレイサーが拳を強く握った。怒りに震えたのは、ほんの一瞬。彼女は気づいたかどうか知らないが、ギンガがそっと立ち位置を変えて後ろに下がった。背中に、彼女の手が置かれる。


「…そっちは、貴方の彼女かしら?」

「違う」

「そう。……博士に会いに来たのよね。少しだけ待って」


 まさかこんなところでEに出くわすとは思いもしなかった。彼女は、計画にはあまり賛同的ではなかったのを今でもよく覚えている。ただ、きっちり反対派の立場にいたかと言えば、そうでもない。つまり、中立の立場だ。


「なぁ、少し話がしたいんだが……いいか?」

「えぇ。ただ、そっちの子には下がっていてもらいたいわね」


 鋭い視線でギンガを見る。Eは別に、敵意をむき出しにしているわけではない。邪魔者として見ているだけ。話は、戦闘機人に関することなので部外者には引っ込んでいてもらいたいのだ。


「ギンガ」

「うん、兄さん」


 ギンガはEに頭を下げてから、そそくさとその場を離れる。だが、ヴィレイサーが視界の届く範囲にはいたいので、ある程度離れたら足を止めて適当な場所に腰かけた。


(あの人、兄さんとどういう関係なのかな……)


 同性の自分から見ても、綺麗だと思えるほどの女性だ。ヴィレイサーがどう思っているのか、気にならないと言えばもちろん嘘になる。


「…兄さん、ね」

「嗤うか?」

「まさか」


 微笑して、Eはベンチに座った。墓地と言っても、ポルテを悼む石碑置いてあるだけ。長閑な公園になったとまでは聞いていなかったが。


「羨ましいわ。家族がいて」

「そうだよな」


 Aのように、家族ごっこだと罵る者もいるだろう。だが、Eはそんなことはなかった。本当に羨んでいるようで、ギンガの方を見て優しく手を振っている。それに気が付いて、ギンガも慌てて振りかえす。


「可愛いわね」

「自慢の妹だ」

「貴方みたいな兄がいるんじゃあ、さぞ苦労しているんでしょうね」

「…まぁ、そうかもな」


 否定できなかった。ついこないだ、迷惑をかけたばかりだったから、尚更だ。


「E……俺と会うまで、他に誰と会った?」

「さぁ? たくさん会ったから、覚えていないわ」

「…そうか」

「計画に参加しろ……そういう奴ばっかりで、正直鬱陶しかったのよね」

「まさかと思うが……殺してないよな?」

「当たり前でしょ。まぁ、あまりにしつこいとどうなるか分からないけど」


 妖艶に微笑むE。本気なのは、ヴィレイサーにもすぐに分かった。


「Rは、計画にはまだ反対なの?」

「あぁ。それに、今は家族がいるからな」


 ギンガの方を横目に一瞥して、次に蒼旻を仰ぐ。研究所にいた時は、よく空を見上げて変化をのんびりと見ていた。


「貴方らしいわね」

「そりゃどうも」

「…変わらないのね、貴方は」

「変わりすぎたさ。異常なまでに」


 研究室から脱走し、クイントに救われたあの夜から、変わりすぎた。が、その変化を嫌に思うことはない。寧ろ、変わってくれない心に苛立つ日々が、今も続いていた。


「…Aが、Bを殺した」

「何ですって?」

「計画に反対していたからって……Bを……!」

「…そう」


 強く握った拳。行き所のない怒りを吐き出してしまわないよう、そこにしっかりと内包する。


「E、お前にもAが刃を向けるかもしれない……気をつけろよ」

「心配してくれるのね」

「そりゃあ、仲間だからな」


 それ以上の感情はない。互いに、恋愛感情を抱くはずもなかった。殺して、殺されて、血みどろになった身だ。そんなこと、2人にとってはどうでもいいものでしかないのだ。


「けれど、私はそう簡単に死なないわ。
 それは貴方がよく知っているでしょ?」

「まぁ、な」


 Eへの勝率は7割といったところだ。彼女の力もまた、強すぎるものだった。


「…そういえば、あの子にもRって呼ばれているの?」

「いや……そう呼ばれるのは嫌だから、育ての親に名付けてもらったんだ」

「幸福ね」

「あぁ。だからこそ、計画を推進する奴を赦せない」

「…殺しちゃダメよ」

「確約はできないな」

「あの子……ギンガ、だっけ? 彼女が悲しむでしょ」

「…そうかもな」


 Eの言うとおりだった。だが、いずれはこの手を血に染めなければ止められないのも確かだ。


(覚悟が、足りないよな……)


 不要か、それとも必須な覚悟なのか。どちらにせよ、未だに捨てきれない、そして捨てるべき憎しみを塗り潰すにはちょうどいいかもしれない。


「名前、なんて言うの?」

「…誰の?」

「貴方よ」


 呆れ、溜め息交じりにEはヴィレイサーを指さす。彼女がどうしてそんなことに興味を示したのかは知らないが、答えるかどうか迷う。Eを通じて、他の連中に知られてしまう可能性だってある。


「…ヴィレイサー、だ。ヴィレイサー・セウリオン」

「ヴィレイサー、ね。覚えておくわ」

「だったらお前も、あいつに名付けてもらうか?」


 ギンガを指さすと、彼女は戸惑いながらも笑んでくれた。


「まぁ、気が向いたらそうするわ」


 ベンチから立ち上がり、白髪を揺らしてEはギンガの方へと歩いていく。


「彼女と話していい?」

「あぁ」

「…もし、誰かを手にかけてでも計画を止めたいと思うのなら、彼女とは離別した方がいいと思うわ」

「なんだよ、いきなり?」

「あの子は、私達が捨てた優しさを持っていると……私は、そう思っているわ」

「…そうだな。あいつは、優しすぎる」

「恋人にしたいくらい?」

「さぁ、どうだろうな」


 冗談めかして答える。Eは人を見る目があるから、それが嘘だと言うことはすぐに分かるだろう。


「…ギンガ、だったわね」

「あ、はい」

「R……いえ、ヴィレイサーから話をしていいと言われたから、少しいいかしら?」

「は、はい」


 ヴィレイサーが許可したとはいえ、少し緊張してしまう。まじまじと見るのは失礼なので、なるべく視線を重ねたらあまり動かさないように努める。


「そんなに身構えなくて平気よ。何も、取って食べようってわけじゃないから」


 優雅に髪を掻き揚げる仕草もまた、妖艶だった。兄が現を抜かしていてもおかしくないだろう。


「彼は、迷惑をかけていない?」

「はい。兄さんは、とっても優しいですから」

「そう。
 私は、彼のことをよく知らないわ。知っているのは、寂しがりってことだけ」

「寂しがり、ですか?」

「えぇ。だから、傍に居てあげて」

「あの……だったら、貴女も……」

「あら、いいの?」

「え?」

「私が、大好きなお兄さんと一緒に居ても?」

「そ、それは……!」


 凄艶な笑みを浮かべ、Eはギンガを翻弄する。慌てるギンガの様子を見て、その気持ちを察する。


「冗談よ」


 たった一言。真意は分からないが、その言葉が真実だと信じるしかない。だが、どうしてもEが嘘を言っているようには思えなかった。安堵する様子を見せたギンガに苦笑いして、Eは踵を返した。


「それじゃあ、もう行くわ」

「あ、あの……! 兄さんと話してくれて、ありがとうございました」

「…別に」


 頭を垂れるギンガを見ても、Eは特に気にするでもなく歩みを進めようとする。が、ふとその足が止まった。


「そうだ。ヴィレイサーは寂しがりだから、ちゃんと繋いでおかないと逃げちゃうわよ」

「あ……はい!」

「もう1つ。気が向いたら、私の名前でも考えておいてくれない?」

「え? 私が、ですか?」

「えぇ。ヴィレイサーがそうしてもらったらどうかって言うものだからね」

「…分かりました。気に入ってもらえるような名前、考えます!」


 それを聞いて、Eは口の端に小さな笑みを浮かべる。そのまま振り返らず、今度こそ歩いて行った。


「…ギンガ」

「兄さん」

「Eの奴、何か変なことを言ってなかったか?」

「そんなことないよ。いい人だった」

「…ふーん」

「それより……兄さんって、彼女のこと好きなの?」

「何だ、藪から棒に?」

「だって、美人だし……」

「まぁ、そうかもな。
 けど、恋愛感情はないよ」

「…本当?」

「あぁ」


 心配そうに顔を覗き込んできたギンガ。こんな彼女を見るのはこれが初めてだ。


「ギンガ、妹だからって心配し過ぎだぞ」

「え?」

「ん?」


 目を瞬かせる2人。ギンガは、妹だから気になっているわけではない。好きな男性が、他の女性を好いているのではないか──そう思ったら、そればかりが気になってしまう。


「どうかしたか?」

「う、ううん。なんでもない」


 慌てて首を振って、ギンガはEが歩んでいった方を見詰める。傾く西日が、眩しく輝いていた。










◆──────────◆

:あとがき
今回はかつての仲間、Eとの再会です。
エクシーガのような、大人な女性ですね。

あ、ちなみにヴィレイサーもEも、互いに相手を意識していることはないです。
ギンガが勝手に勘違いして空回りさせるのも面白そ(リボルバーギムレット

…ゲフン。
さて、今回ちょろっと出てきたSですが……まぁ、ヴィレイサーも言っていますが能力は1つだけではありません。

彼女たちはISとは違って機械技術による能力ですので、複数の能力を持つのも可能……な、はず(ぉぃ

まぁ、IS自体が複数個持てるかもしれませんけどね。

それと、タイトルに使っている『ゼロの世界』に関しても。なんだか色々と詰め込み過ぎてしまいましたね、すみません。

【最も美しい状態=ゼロ】と言う思想の元、Rたちは造られました。ちょっと……と言うか、かなり突飛な研究でしたね、ごめんなさい。

さて、次回は再びAが登場しますよ〜。
憎たらしい彼女をフルボッコに……おっと、これは内緒でした(爆

ではまた。

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あきゅろす。
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