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小説
願いは、あなたのため






「騎士カリム、失礼します」

「どうぞ、シスターディード」


 ようやく慣れてきた、シスターとしての所作。その優雅な所作を崩してしまわぬよう細心の注意を払いながら、ディードはカリムのいる執務室に入る。


「書類をお持ちしました」

「あら、ありがとう」


 大きく開け放たれた窓と、首を振って涼やかな風を送る扇風機。夏の暑さが厳しくなる中、これでは流石に暑いのではないかと思うが、カリムはあまり冷房を入れることはしなかった。大聖堂や食堂など、人が多く集まる場所では冷房を必ず使っているので、電気代がかかり過ぎることを考慮すると、少しでも冷房を控えた方がいいと思っているのだろう。


「そういえば……騎士カリム、1つだけよろしいでしょうか?」

「えぇ。遠慮なくどうぞ」

「あの、隅に飾られている植物はなんなのでしょうか?」

「これ? これは竹よ」

「竹?」

「えぇ」


 するとカリムは引き出しから3枚の細長い紙を取り出す。色はばらばらだが、どれも綺麗に同じ大きさに整っている。


「もうすぐね、七夕と言う行事があるの。地球の文化の1つなんだけど、この短冊と呼ばれる紙に願い事を書いて、あの竹に吊るすのよ」

「願い事を……」

「七夕に関しては、私よりもヴィレイサーに聞いた方がいいと思うわ。そろそろ来ると思うから」

「お兄様が?」


 必死に取り繕ったつもりだったが、声に喜色が滲んでいたかもしれない。ディードは誤魔化すように咳払いすると、そそくさと部屋を出て行く。


「待って、ディード」

「は、はい」

「これ、オットーとヴィレイサーに渡しておいてくれるかしら?」

「畏まりました」


 3枚の短冊を受け取り、ディードは改めて頭を下げてから室外へと出る。しばらく歩いて、ある程度部屋から離れたところで大きく息をついた。


(何を考えているのでしょう、私は……)


 ディードは逸る気持ちを必死に抑え、足取りをゆっくりと進めていく。


(お兄様……)


 ヴィレイサーとディードは、本当の兄妹ではない。JS事件の後、ギンガと共に甲斐甲斐しく面倒を見てくれた彼を、ディードは本当の兄のように感じていた。特にナカジマ家に行くことを決めたチンク達とは違い、聖王教会に身を置くことにしたディード達は途中からギンガが教えることだけでは限界が来てしまった。そこでヴィレイサーがシャッハと共に勉強を見てくれたというわけだ。その間にも、彼を兄として見る気持ちが強くなり、今では本当の兄妹のようになれたと思う。


(困りましたね)


 だが、次第に兄妹と言う言葉では器が満たされなくなった。ディードは、ヴィレイサーを好くようになっていたのだ。優しく、時には厳しく、自分を見続けてくれた兄を、もう兄として見たくない。だが、気持ちを告げるのはどうしてもできない。怖いのだ。兄妹としての形を失ってしまうのが。


「ディード?」

「は、はいっ!?」


 思案にふけっていたため、後ろから声をかけられた彼女は文字通り飛び上がりそうになる。


「疲れているのかな?」

「オットー……大丈夫」


 カリムのところへ紅茶とお菓子を持っていく途中のオットーに、七夕と短冊について簡単に話し、気になっていることを訊ねる。


「ところで、お兄様は?」

「多分、大聖堂じゃないかな。いつもあそこでお祈りしてから来ているって話していたから」

「ありがとう」


 駆け出さぬように自分に言い聞かせ、ディードは大聖堂へと足を運んだ。


「お兄様?」

「ん? あぁ、ディード」


 重たい木製の扉を開けて、静かに声をかける。すぐに彼──ヴィレイサーの姿を見つけることができた。まだ祈る前なのか、ステンドグラスを見詰めていた。


「お兄様、以前会った時はもう1週間早く会いに来ると言っていませんでしたか?」

「うっ……わ、悪いな。仕事が長引いちゃって……」

「でしたら、すぐにそうと連絡してください! 私がどれだけ心配したか……」

「心配させてすまなかった。今度の感謝日、一緒にどこか出かけようか?」

「むぅ……私を食べ物か何かで釣ろうと考えていませんか?」

「そんなことしないって。ちゃんとした詫びだよ」


 そう言われるのは、実はあまり好きではなかったりする。まるでデートに誘われているみたいで、期待してしまうから。そうして自分の思い込みで動くのは、もう止めた。ちなみに感謝日とは、月に2回ある聖王教会での休日だ。この日は飲酒も認められているらしい。


「ディードは、お勤めしないのか?」

「今朝、済ませました」

「そっか」


 祭壇の前に膝をついて祈りを捧げたヴィレイサーと一緒に、長椅子に並んで座る。しばらくたわいない話をして、ディードは本題に移る。


「あの、お兄様にお聞きしたいことがあるのですが」

「ん?」

「七夕、と言うのはなんでしょうか?」

「七夕?」

「はい。なんでも、もうすぐ聖王教会でも七夕を行うそうなのですが、私はそれがどういったものか分からないので……」

「まぁ、簡単に言うと……彦星と織姫って男女が、年に1度だけ会うことを赦されている日だよ」

「赦されている……?」


 気になった言葉に首を傾げると、すぐに教えてくれた。


「2人はまじめに仕事をしていたんだが、出会ったことで互いに仕事に手がつかなくなるほど愛し合ったんだ。それに怒った両親が、2人を大きな川を間に挟んだ状態で離ればなれにするんだが……それでも愛することを止めなかった2人の愛に心を打たれ、年に1度だけ会うことを認められたのさ」

「なるほど、そうだったのですか」

「よく気が変わったりしなかったもんだよな。
 人は変わっていく。どれだけ変化を拒んでも、周りが、環境が……そうしていつかは、自分も変わってしまう。なのに、織姫と彦星は気持ちに変化がなかった。不思議でならないよ」

「そうでしょうか」

「ディードは、そうは思わないのか?」

「もちろん、変化は避けられないものだと思います。その良し悪しは別としても、いつかは必ず変化が訪れます。
 ですが、愛だけは変わらぬと……私は、そう思います」


 ヴィレイサーをじっと見詰め、ディードは自分に言い聞かせるようにして言葉を紡いだ。彼を愛する気持ちは、これ以上きっと変わらないだろう。自分以外の誰かと結ばれても、変わらないはずだ。いや、変わってほしくない。ぎゅっと両手を結び、ディードは心の中で願った。


「俺も、ディードを見習わないとな」


 ヴィレイサーが手を伸ばすと、ディードは少し頭を垂れた。彼に頭を撫でてもらえるのが好きで、その素振りだと気付いた時には自分から少し撫でやすいようにしている。きっとそのことに気付いているのだろうが、何も言ってこないとなると本当は気付いていないのかもしれない。


「そういえば……お兄様、今朝は早かったのですか?」

「何で?」

「眠たそうにしています。欠伸も多いですし」

「随分と見ているなぁ。そんなに見ても、面白くないぞ」

「でも、自然と目が行ってしまうのです」

「ふーん?」

「あの、まだ眠いようでしたら、お膝をお貸しします」


 自分の膝をポンポンと叩いて、ヴィレイサーを寝かせようとするディード。彼女の厚意はありがたいのだが、流石にここで寝るのは罰当たりな気もする。


「いや、そこまでしなくても……」

「私は平気ですから。お兄様、さぁ」


 ディードは意外と頑固だ。こうと決めたことは、例え難しくとも達成するまで続けるらしい。


「…分かったよ」


 諦めて、ヴィレイサーは一言断ってからディードの膝にそっと頭を乗せる。シスターたる彼女が着る服の肌触りは良く、柔らかい腿の感触が伝わってくる。


「悪いな、こんなことまでしてもらって」

「構いません。私が好きでしていることですから」

「なら、いいんだけど……」


 これ以上は何を言っても無駄だと判断し、ヴィレイサーは静かに目を閉じた。女性にこんなことをしてもらえるのはありがたいが、妹であるディードにしてもらうのは恥ずかしい気がする。別段、嫌ではないのだが。


「お兄様」

「ん?」

「…いえ、やはりなんでもありません」

「そうか」


 閉じた瞼を開くと、優しく微笑んでいるディードがいた。そっと手を伸ばし、頬に触れると次第にそこが赤みを帯びていく。


「あ、あの……!」

「ここにいたのですね、シスターディード」


 ディードが言葉を紡ぐより先に、シャッハの声がそれを遮った。


「戻ってこないと思ったら、こんなところでのんびりしているとは……」

「も、申し訳ありません。すぐに戻りますので」


 ヴィレイサーと一緒にいたい気持ちはあったが、仕事を疎かにするのはよくない。後ろ髪をひかれながらも、彼女は急いで持ち場へ戻った。


「ディードに悪いことしちまったな」

「ヴィレイサー、貴方も大聖堂で寝るとは何事ですか?」

「す、すまん……」


 感謝日と七夕の日取りを重ねるということで、しばらくは多忙でディードに会うのも難しくなるそうだ。ヴィレイサーの方も、当日にここへ来られるようそうそうに仕事を片付けてしまうことにした。





◆◇◆◇◆





 七夕の当日───。

 ヴィレイサーはディードに連絡してから聖王教会へと訪れた。既に催し物は始まっているのか、何人もの人々がそれぞれの短冊を手にしたり食事を楽しんだりしている。


「ディードは……」


 この人ごみから彼女だけを探し出すのは骨が折れる。とは言え、通信を使って呼び出すのも気が引ける。まだ手伝いをしているとなると邪魔してしまうことになるからだ。


「あ、お兄様。こちらです」

「ディード。助かったよ」


 しばらく適当に回っていると、ディードの方から声をかけてくれた。いつもの見慣れたシスター用の制服に身を包んでいる。感謝日である今日は、同伴と許可さえ取れば外出も問題ないらしいのだが、ディードはここで過ごしたいと言っていた。


「これ、お兄様の短冊です」

「あぁ、ありがとう。
 ディードは、何を書いたんだ?」

「秘密です」


 妖艶に笑んで、ディードは「手伝ってきます」と言い残してシャッハとともに周囲の人々へ飲み物をふるまったりしにいった。


「さて、何を書くかな」


 やはり、一番に思い浮かぶのは妹たちの健康だろう。それを願いにしようとそうそうに決め、それを指定の竹に飾って飲み物を取りに向かう。


「シスターディード、しっかりしなさい!」

「ん? シャッハ、どうした?」


 いきなり聞こえてきた声に手繰り寄せられるようにして走っていくと、ディードがぐったりとした様子でシャッハにもたれかかっていた。


「疲れが溜まっていたのでしょうか?」

「いや、そんな感じはなかったけど……」


 直前まで話していたが、そんな素振りはなかった。周囲を見回すと、中身が零れている倒れたグラスが転がっている。そして、ディードの口周りについた液体を指ですくってなめてみると───


「酒だな」

「はぁ、いきなり倒れてしまったので驚きました」


 ───本来は教会でお酒など出るはずはないのだが、今日はそれが例外となる感謝日だ。彼女のことだから、ジュースかなにかと間違えてしまったのだろう。


「俺が運ぶよ」

「お願いします」


 シャッハからディードを預かり、彼女を抱えて私室へ歩いていく。外の喧騒も次第に遠くなり、薄暗い廊下を歩く。星々がだんだんとその数を増やしていき、輝きを増していく夜空を一瞥し、眠ってしまったディードに視線を移す。


(そういえば、こいつの寝顔を見るのはこれが初めてかもしれないな)


 いつも自分のために真摯になってくれるディード。妹ではなく、もしも──そう思うことは、今までに何回もあった。その度に妹以上にはなれないと言い聞かせてきたのだが、そろそろ限界かもしれない。


「ん…おにい、さま」


 ベッドに寝かせた時、ディードが手さぐりしながら呟いた。


「案ずるな。ここにいる」


 その手を握り返し、起こしてしまわぬようそっと頭を撫でる。


「ディード……──だ」


 恥ずかしくて、寝ているにも拘らず小声になってしまった。内心で苦笑いしつつ、新たにもらった短冊を眺める。


(もう1つぐらい欲張っても、罰は当たらないよな)


 ディードの幸せを願うのだ。これくらいなら、きっと赦してもらえるだろう。


「飾りに行ってくるか」


 新たな願いを書き終え、立ち上がろうとした時だった。


「…ん?」


 服の裾を、ディードがぎゅっと握っていて離してくれそうもない。


「やれやれ……ちょっとだけだぞ」





◆◇◆◇◆





「あ……寝ちゃいました」

「よく眠れたか、ディード?」

「はい。…ところで、どうしてお兄様がここに?」

「お前がお酒を飲んで倒れちゃったんだよ」

「そういえば、ジュースらしきものを飲んでからの記憶が曖昧です……」

「まぁ、健康に問題が生じた訳じゃないと思うが、後でチェックしてもらおう」

「はい。お兄様」

「ん?」

「ずっと、傍にいてくれたんですよね? ありがとうございます」

「あ、いや……」


 笑顔を見せられ、ヴィレイサーは手にしていた短冊をポケットにしまった。あれからディードは起きず、こうして朝を迎えてしまった。結局短冊を飾りにいく時間はなくなってしまい、服を掴まれていたヴィレイサーは部屋を出ることすらできなかった。


(まぁ、いいか)










◆──────────◆

:あとがき
妹分なディードにしつつ、実はすでに相思相愛だったり。
ヘタレなヴィレイサーのせいで、進展しません。本当にヘタレです(笑

ギンガと似たような感じになっていそうな気もしますが、そこはスルーで(ぉぃ

ちなみに、感謝日と飲酒に関してですが、りりかる歳時記を参考にしました。

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あきゅろす。
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