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小説
消える願い・届かぬ想い





 ウチが小さい頃、読み聞かせをしてくれたのは母でも父でもなく、兄やんだった。兄やんに甘えてばかりだったかも。いつも優しい声色で語ってくれるのが楽しみで、就寝する時が待ち遠しかった時だってある。


『兄やん、今日はこれ読んで』


 中でも好きだったのは、七夕を題材にした童話だった。あまり覚えてないんやけど、離れ離れになる彦星と織姫を可哀想に思っていたはずや。なにより、最後は年に1度だけ再会すると言う約束を取り決めただけで終わってしまうのが、どうにも嫌やった。


『兄やん。どうして1度だけしか会えない約束でも、2人は我慢出来るん?』

『さて、どうしてだろうな』


 ウチの素朴な疑問に、そう言いながらも兄やんはいつもきちっと答えてくれた。


『きっと、会えるだけでも幸せだと思えたのだろう』

『うーん……』

『ふっ、子供のジークリンデにはまだ分からぬ話だったな』


 子供扱いされるのは、別に嫌じゃなかった。そしたら、兄やんはウチの頭を撫でてくれるから。


『…ジークリンデ』

『なぁに?』

『今、俺とお前はこうして簡単に会うことが出来る。だからこそ、会えることが幸せなことだとは気づけぬだけだ』


 兄やんの言葉は間違っていなかった。これから数日後には、兄やんは姿を消してしまうから。


『なにより、織姫と彦星の凄いところは、気持ちが変わらぬことだ。年にたった1度だけ再会を赦されたとは言え、1年とは長いだろう。再会を果たすまでに、心境に変化がない……これは、非常に難しかろう』


 その言葉も、今なら分かる。兄やん、どうして兄やんはウチから離れてしまったの?

 どうして──どうして今、兄やんとウチはこうして戦っているん?













「殲撃」


 今年の七夕は残念なことに大雨だなぁと考えていたのは、確か数日前だった。毎年、兄が無事に帰ってくることを願っていたが、まさか10回以上も願わないと成就してくれないとは思わなかったが。


「あっ、ぐっ! あっ……」


 なにより、そんな大好きな兄がこうして自分を殺そうとするなんて、考えもしなかった。

 兄──シグルドの左手が、ジークリンデの首を締め上げている。片手だけで充分と思っているのか、右手はだらんと下げたまま。真っ黒なコートの上を、大粒の雨が駆け下りていく。


「ぐぅっ、あっ……!」


 腕を振りほどこうともがいても、拳を打ち付けても、まったく微動だにしない。


(だったら……!)


 今必要なのは、呼吸することではない。シグルドの腕から逃れることだ。指先に小さな光球を作り出すと、すぐさまシグルドの顔面に発射しようとする。


「きゃあっ!?」


 だが、それよりシグルドの方が早かった。ジークリンデが指を向けた瞬間、シグルドは彼女を壁に向かって手荒に抛る。背中が打ち付けられ、コンクリート塀が崩れる。


「ジークリンデ、立て」


 冷徹な声。恐怖で足がすくむ。


「…立たなければ、ダールグリュンを屠るぞ」


 気絶させられたヴィクトーリアを一瞥し、シグルドは一歩ずつ彼女へと近づいていく。


「させへん!」


 瓦礫から脱し、ジークリンデは低空タックルを仕掛ける。嘗ての兄とは違うと分かっていても、以前は成功したこの方法で優位に立てる可能性はあるはずだ。


(捕った!)


 シグルドは何も対処する気配はなく、片足を掴んだジークリンデは一気に力を込めて投げようとする。だが───


「え……」


 ───まったく持ち上がらない。はっとして見上げると、彼はコンクリート塀に腕を突き刺し、投げられないようにしていた。


「終わりか?」


 答えなど待ってはいないだろう。掴まれていない方の足を上げ、一気に振り下ろす。


「くっ!」


 避けるのが遅れていたら、骨折は免れなかったかもしれない。そう考えただけで、恐怖で竦み上がってしまいそうだ。


「ふんっ!」


 力任せに壊されたコンクリート塀が、数瞬だけ空を舞う。その中から大きなものを瞬時に選び出し、ジークリンデに向かって蹴り飛ばす。


「そんなもの!」


 重厚な手甲によって簡単に砕く。だが、砕いたコンクリートによるダメージは最初から期待していなかったようで、それらを砕くために伸びきったジークリンデの腕が掴まれる。


(投げ技!?)


 咄嗟にそう判断したのは、シグルドが腕を掴んでからすぐに背を向けたから。踏ん張って抵抗するよりも、投げられるのを利用しようと決めた。その矢先、腹部に激痛が走る。


「がっ、は……!?」


 シグルドは投げ技をしようとは思っていなかった。後ろを向いたのは、ジークリンデに投げ技を行うと思わせて踏み止まらせないため。彼女は自分が投げられると理解したら、その流れにわざと乗る傾向があることを、今までの試合を録画したものを見て知っていた。実際には後ろ蹴りを決めるために背を向けただけだ。


「あっ、ぅ……」


 痛みに苦しむジークリンデは、呼吸を乱したまま踞る。大雨が身体から熱を奪いすぎた。もう、意識を保つのも厳しいほどに追い込まれてしまっている。


「兄、やん……どー、し…て……?」


 全部言えたかどうか分からない。遠退く意識の中、必死に口を動かしたのだが、果たしてその言葉は彼に届いたのだろうか。


「……ジークリンデ・エレミア。俺のために、死んでくれ」


 いつの間にかポケットから落ちていた白い短冊。そこに書かれた兄との再会を願う文字は、あっという間に滲んで消えた。










◆──────────◆

:あとがき
何だこのシリアスは……。
七夕に投稿するような話ではありませんでしたね(汗

自分の目的のため、シグルドはジークリンデを追い込まなければなりません。
それが正しいのかどうか、見極めた時に2人がどうなるかはまだ分かりませんけど(爆

それにしても、ジークリンデとシグルドが本気でやったら、街の1つや2つ、軽く壊滅させそうですよね……。

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