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小説
Blank Episode 02





 ファーストキスは、レモンの味がする──そんな噂を耳にしたのは中学生の頃だったと、フェイト・T・ハラオウンは記憶している。とは言え、彼との初めての口付けは、特にレモンの味なんてしなかった。そもそも、キスすること自体は初めてではなかった。前述した噂を検証してみようと、中学生の頃になのは、はやて、アリサ、そしてすずかの4人と一緒に試してみたことがある。その時は誰が誰とするのかくじ引きで決められたのだが、見事に当たり──はずれと言った方が正しいかも──を引き当ててしまった。ちなみにその時の相手は、なのはだった。

 恋なんて、自分がするとは思ってもいなかった。だから、恥ずかしくても多少我慢してなのはと口付けをすることに。だが、今思えばあれは失敗だった。つい先日、恋仲になった彼にファーストキスをしてあげられなかったのだから。相手は男じゃないから別にいいじゃないなんて言わない。何にせよ、口付けをしたことは事実なのだから。


「…ヴィレイサー」

「んー?」


 そんなことをぼんやりと思い出しながら、フェイトは自分の隣で朝食を食べている彼に頭を下げた。


「その……初めてを、ヴィレイサーにあげられなくてごめん」


 それまで喧騒に満ちていた食堂が、一気に静まり返った。不思議そうに面を上げると、なのはとはやては飲み物を吹き出しそうになったのか咳き込んでおり、シャマルは顔が思いきりにやけている。いつもきりっとしているヴィータとシグナムに至っては赤面している始末だ。


「ちょっと来い」

「え? あ、ちょっ……な、何!?」


 首根っこを掴まれたかと思うと、ずるずると引きずられる形でヴィレイサーに拉致されてしまった。そんな2人を誰もが見送り、すぐに喧騒も取り戻された。


「ねぇ、ティア」

「何?」

「さっき、何で静かになったの?」


 スバルの疑問に、ティアナは「さぁ?」とだけ返す。周囲が急に静まったから、スバルらもそれに合わせただけだ。


「それにしても、ヴィレ兄とフェイトさんって……付き合っているのかな?」

「そうでしょ? こないだ、フェイトさんが自分からそう言ったんだから」

「それにしては……なんか、以前と変わらない気がするよ?」

「まぁ、急に変わるってこともないんじゃない」

「そういうものなのかなぁ……」


 ぼんやりと考え込むスバルを横目にティアナは、積極的になったフェイトを想像してみる。


(…あり得るような、あり得ないような)


 ものの数秒で諦めて、彼女は食事を再開した。





◆◇◆◇◆





「…つまり、ファーストキスの相手が俺じゃなくてごめん……ってことか?」

「そ、そうです」


 自分の発言が、とんでもない誤解を招いていたことをヴィレイサーから指摘されて真っ赤になった顔。それを見せることはできず、フェイトは俯いたまま同意した。


「別に、謝るようなことじゃないだろ」

「だ、だって……」

「ん?」

「だってヴィレイサー、付き合う時に……『独占欲が強いかも』って言うから」

「…忘れた」

「嘘でしょ?」

「そりゃあ、まったく気にしていないって訳じゃないが……相手は、なのはなんだろ?」

「そうだけど……」


 フェイトは中々に頑固だ。然程気にしていないのだから、そこまで気に病まなくてもいいだろうに。それとも怒られたいとかとんでもないことを考えているのだろうかなんて、ふざけたことを考えていると、溜め息を零した。


「私だって、ヴィレイサーが他の人とキスしたことがあるって聞いたら……嫌だもん」

「………」

「? ヴィレイサー、どうかしたの?」

「い、いや……なんでもない」


 見詰められ、しかし視線を合わせられなかった。クイントに拾われたての頃は、危険な任務に彼女と別々に行く際にされたことが何度かある。もちろん唇と唇の接触ではないし、親として変なことではないだろう。だが、それはあくまでヴィレイサーから見た考えだ。フェイトはどうだか分からない。


「じー……」

「な、なんだよ?」

「何か、隠しているでしょ?」

「もしそうだとして、言うと思っているのか?」

「むぅ〜……!」


 珍しく剥れている。彼女と付き合って、今日でちょうど1週間だ。それまではあまり見ていなかったが、意外と色々な表情がある。いつも柔和にしているが、こうして剥れているのも面白い。


「教えてくれなきゃ、恋人らしいことしてあげないよ?」

「別に、俺は一向に構わないが」


 脅してみたが、まったく功を奏さない。寧ろフェイトの方が辛い。


「ヴィレイサーの意地悪」

「何でそうなる……」


 呆れ、ヴィレイサーはフェイトを抱き締めた。


「ヴィ、ヴィレイサー……!?」

「何だ?」

「そ、その……いきなり抱き締められたら、恥ずかしいよ」

「知るか、そんなこと。不機嫌でいられるよりましだ」

「そ、そうかもしれないけど……」

「あと、あんまり口煩くしていると、その口を塞ぐからな?」

「ど、どうやって?」

「そうだな」


 ふと考え、フェイトの桜唇が目に入る。甘い吐息が、恥ずかしさを物語るように少しずつ漏れ出る。


「キスで塞ぐ、とか?」

「えぇっ!?」

「まぁ、冗談だ」


 フェイトを離し、この後どうするか考える。朝食の途中で抜けてきてしまったため、まだ空腹感が残っている。


「ヴィレイサー、もしかしてお腹空いているの?」

「まぁ、少しだけ、な」

「じゃあ、私が作るよ。私のせいで朝食を中断させちゃったし……」


 簡素ではあるが、部屋には台所もある。単独で任をこなすヴィレイサーのために、時間外でも食事や入浴を行えるようにしてある部屋。恋人になってからちょくちょく訪れてはいるが、やはり羨ましい気もする。


「フレンチトーストでいいかな?」

「お前、料理できるのか?」

「もちろん。はやてほどじゃないけど、料理は上手な方なんだからね」

「じゃあ、期待しないで待っていてやるよ」

「もう」


 呆れつつ、こういう時のために置いておいたエプロンをつけ、早速作っていく。その姿を一瞥し、ヴィレイサーは適当な場所に腰かけると目を閉じた。じろじろと見る気はないが、視線を向けていると集中できないだろうと思ってそうしたのだ。


「はい、できたよ」

「ん」


 目の前に置かれたフレンチトースト。適量の蜂蜜をかけて、一口サイズに切る。


「あ、待って」

「ん?」


 ヴィレイサーが食するのを制し、フェイトは一口サイズのそれをフォークで取ると、彼の目の前に差し出す。


「あーん」

「…断る」


 一蹴し、改めて自分の分を取る。食べてもらえなかったフェイトは、残念そうに取った分を食べた。


「何でいきなり?」

「だって、恋人らしいことしていないし……」

「別に、焦らなくてもいいんじゃないか? 周囲には言わせておけばいい」

「でも……」


 食い下がろうとする自分が面倒に思われているのではないかと感じ、フェイトはそれ以上何も言わずに黙り込む。


「私、甘えん坊なんだよ?」

「だから?」

「むぅ……甘えさせて、くれないの?」


 隣に座り、ヴィレイサーをじっと見詰める。


「んっ!?」


 次の言葉を発しようと口を開くと、フレンチトーストが突っ込まれた。


「甘えたきゃ、好きにしろ」

「…うん」


 笑み、先よりも近くに寄ると抱き締めた。


「食べづらいんだが」

「じゃあ、食べさせてあげようか?」

「断固拒否する」

「照れ屋なんだね」

「そんなんじゃないっての」


 それからはたわいない話をして、のんびりと過ごした。


「…そういえば」

「何だ?」

「うん。あ、あのね……」


 何故かフェイトの頬が、赤くなっていく。弄ってみるのもいいが、生憎とこの後は2人とも仕事がある。話があるなら弄らずに待った方がいい。でなければ、午後からの仕事で話せぬままになってしまう。


「キス……していないなって」

「…は?」

「最近、してないでしょ?」

「そうだったかな」

「そうだよ」

「したいなら、お前からすればいい」

「むぅ……だ、だって、恥ずかしいし……」

「さいですか」


 肩を竦め、ヴィレイサーはフェイトをソファーに押し倒す。急にそんなことをされたフェイトは目を白黒させている。


「だったら、しやすい状況でも作ってやるよ」

「そ、そこまでしなくても……」

「したくないのか?」

「し、したいです……」


 何故だろうか。こうしてフェイトを組み敷き、弄るのはかなり楽しい。優越感とは違って、彼女を可愛いと思う余裕すらある。もしかしたら自分は、余程のサドなのかもしれない。


(大丈夫か、俺?)


 自分で自分を心配してしまい、ヴィレイサーは頭を振る。


「あ……」

「どうした?」

「ううん、大したことじゃないんだけど……ヴィレイサーも、髪を結んでみたらどうかなって」

「え? あー、まぁ確かに長いか」

「私ほどじゃないけど、男性からしたら長いよ」


 組み敷く際に彼女を押さえていた腕を退けると、フェイトはゆっくりと身体を起こす。


「私のリボン、使う? 黒だからヴィレイサーも好きな色でしょ?」

「別にリボンほどの幅はなくていい。細い紐で充分だろ」

「でも、せっかくだからお揃いにしようよ」

「お揃い……?」


 そこでふと、フェイトが髪の尖端を結んでいる長い黒のリボンに目が行く。どう考えても男がするようなものではない。それを使ってペアルックなど冗談ではなかった。


「…まぁ、髪は別にこのままでもいい」

「え? どうしたの、いきなり?」

「別に。それよりお前こそ、髪型を変えたりしないのか?」

「んー……何か要望とかある?」

「いや、ない」


 きっぱりと言われてしまった。フェイトはつまらなさそうにしながら、それでもリボンを解いた。


「…それだけだとツインテールは難しいし、ポニーテールにでもしたらどうだ?」

「ヴィレイサー、ポニーテール萌えなの?」

「お前にはそう聞こえたのか」

「イタタタっ!?」


 頭を少し強めに拳で挟み、悲鳴を上げるフェイトを無視。


「あうぅー……」

「まったく」


 溜め息を零し、ソファーに座したフェイトの髪を優しく梳く。


「な、何?」

「梳いてやるから、じっとしていろ」

「う、うん」


 ヴィレイサーに髪を梳いてもらうのはこれが初めてだ。ギンガとスバルにしてあげていたことがあると言うのは本人から聞いていたが、いざ自分がしてもらうとなると少し緊張してしまう。


「えへへ」

「どうした?」


 急に笑んだフェイトに首を傾げ、髪を梳く手を止める。


「ううん。ただ、こうしてヴィレイサーに髪を梳いてもらったり、撫でてもらえたり……幸せだなぁって思って」

「…まぁ、これくらいならいつでもしてやるよ」


 フェイトの言葉に、ヴィレイサーは少し声を落とす。彼女に告白されたのに、短命だったことを言い訳にして逃げ、答えを保留にした。待たせ過ぎたと反省はしているが、後悔はしない。あの時の選択は、絶対に間違っていないはずだ。もし受け入れて、早くに命を落としていたら、フェイトを悲しませていただろう。そんなこと、したくなかった。


(……ん?)


 そこでふと、あることに気がつく。フェイトを悲しませたくなかった──それはいったい、どうしてなのか。もしかしたら、あの時から既に自分はフェイトのことを───。


(まさか、な)


 頭を振って、再び彼女の髪を整えていく。愛しい人が目の前に居てくれる幸せを噛み締めながら。










◆──────────◆

:あとがき
フェイトとヴィレイサーが付き合ってから、1週間頃の物語です。

実はなんだかんだで、告白される前から好きだった……かもしれないと感じるヴィレイサーですが、やっぱりそれを素直に言うことはありませんでした(笑

しかし、やっぱりヴィレイサーとフェイトを絡ませると、フェイトは必ずしも弄られますよね。
ヴィレイサーにフラグを建築された女性はご注意を(爆

次回は、ヴィヴィオを交えたお話の予定です。

このBlank Episodeのネタが欲しいです……。

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あきゅろす。
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