小説
Episode 10 軋轢
「いい加減……!」
セイバーに備えられた機銃が火を噴いた刹那、ギンガは通路の天井が高いことを活かしてウイングロードを使ってセイバーの背後まで道を作ると一気にそこを駆けあがった。
(流石、ブリッツキャリバーだ)
以前はローラーもたった数回の無茶で早々にダメになってしまっていたが、機動六課から支給されたインテリジェントデバイスと、スバルのローラーを参考にして造られたこれは、そう簡単にはびくともしない。
「リボルバー……シュート!」
振り返ろうとした1体に、零距離で魔力弾をお見舞いしてやる。粉々に砕けるボディ。機械的な音が響くのも気にせず、ギンガは最後の1体へと肉薄する。
「きゃっ!?」
しかし、機銃は至る所に備えられているようで、背中に備えられたそれ以外に、頭部からバルカンが繰り出され、前足からミサイル。そして口からはビームが飛ぶ始末だ。
(もう、こんなに兵器を搭載して……!)
作成者は、きっと子供のような奴だろう。そんなギンガの予想は当たっており、これらの武装はAが取り付けたものだ。Bは計画に反対しながらも、セイバーを造ることに拘った。それは自分たちが人殺しにならないようにと願ったから。だが、結局せめてもの抵抗程度にしかならなかったBの意見。周囲は、それほどまでに戦闘機人以外の人種を憎んでいたのだ。
「兄さんの位置、分かる?」
《近いようですが……ジャミングが発生しているのか、詳しい位置までは》
(兄さん……!)
焦ってはダメだ。こんな時こそ、冷静でいなければならない。逸る気持ちを必死に抑え、しかしヴィレイサーと早く合流したかった。
「? 今の……」
一瞬だが、奥から閃光が瞬いた。それが本当なのかどうか、残念ながらギンガには証明のしようがない。だが、ここでじっとしていてもしょうがない。
(それに、まだセイバーが1体残っているし……)
正直なところ、あんなに火器満載なセイバーの相手は御免だ。捕獲して内部をきちっと調査する必要だってある。
(最悪、最初に倒したのを持って帰ればいいよね)
破壊せずに機能を奪えるかと言うと、それは無理だろう。もしかしたら自爆装置も備えている可能性だってある。
(よしっ!)
銃撃の嵐が止んだ刹那、ギンガは身を潜めていた物陰から飛び出し、一気に加速してトップスピードへ。セイバーを眼前に捉えた時には、利き手である左の拳が顔面を殴打していた。
「ナックル…バンカー!」
兄がいると信じて、ギンガは件の閃光が漏れ出ていた扉を、セイバーを捉えている拳で撃ち貫いた。
「…兄さん!」
ギンガの予想は的中した。その部屋には兄がいて、しかし彼だけでなく双銃を手にしている少女がいることに気が付いて慌てて彼に駆け寄る。
「大丈夫?」
心配そうにするギンガ。ヴィレイサーを立ち上がらせようと、彼の前に手を差し出した。だが─────
「大丈夫だ」
─────ヴィレイサーは、その手を取ってはくれなかった。それどころか、邪魔なそれを払いのけるような動作で、手を退かす。
「…え」
瞠目するのも、致し方ない。今までこんな風に拒絶されたことはなかった。忘れているだけかもしれないが、覚えている限りはない。
「に、兄さん……」
「俺は大丈夫だ。ギンガ、お前は下がっていろ」
一緒に戦うことさえ許してもらえない。ギンガはそれ以上何も言えず、素直に従った。その心には、ヴィレイサーに遠ざけられた痛みによってぽっかりと穴が開いてしまった気がする。
「サシで戦おうってこと? いいよ」
Aも視力を取り戻したのか、ケーブルを各所から外す。それでも、能力を使うのをやめただけで、ケーブルでの攻撃をしないようになったわけではない。
「…なんて、言う訳ないでしょ!」
「チッ!」
ギンガに向かって、2本のケーブルが走らされる。当然、ヴィレイサーは彼女を守るためにAに背を向けて攻撃の手を止めさせようと太刀を掲げた。
「あっはぁ♪」
「がっ!?」
しかし、Aは彼がそういうことをする奴だとよく分かっている。今までも、大事な仲間を守っては大怪我をして──そういえば、Sは彼のそういうところに惹かれたとか言っていた。だが、今は命取りにしかならない行動だ。そんな馬鹿げたことを、今でも繰り返すとは思いもしなかった。
「Rってさ、本当にバカだよね」
「うる、さい……!」
Aの言った言葉に、ギンガが息を呑む。
(あの子……どうして、兄さんがRって呼ばれていたのを知っているの!?)
ナカジマ家では、ヴィレイサーをRと呼ぶのは禁止されている。ヴィレイサーが酷く怒るのだと母から聞かされていたが、ギンガもスバルも1度も口にしたことがない。だから、ヴィレイサーがRと呼ばれていたことを知っている人間はナカジマ家以外にはいるはずがない。
(違う……いるよ、兄さんのことをRって呼ぶ人達が……!)
確信した。あの少女は、ヴィレイサーと、そして自分と同じ戦闘機人なのだと。
「に、兄さん!」
「うっさい!」
「きゃあっ!」
ケーブルで体躯を強く絞められているヴィレイサーを助け出そうと物陰から身を乗り出した瞬間、控えていたAのケーブルがギンガ目掛けて振り下ろされた。幸いにして当たらずに済んだものの、ギンガの左右はケーブルの強い殴打で大きく窪んでいた。
「兄さんって呼ばれているんだ。家族ごっこは楽しいかな、R」
「ぐあぁっ!」
更に絞めつけが強くなる。このままでは、身体がもたない。助かるにはただ1つ。ヴィレイサーが使える、最強と唄われた力を発現させるしかない。
(それを、使ったら……! 俺は……!)
横目にギンガを見る。不安げにこちらを見ていた。自分ではどうすることもできないと分かっているのだろう。だが、すぐに視線をそらすとAへと肉薄していく。
「はっ、あぁっ!」
「…うざい」
ヴィレイサーを思い切り壁と天井に立て続けに叩きつける。それも、生身の人間だったら死んでいるであろう程の衝撃で。
「がはっ!」
「もういいよ」
Aはヴィレイサーからケーブルを離すと、動けなくして置いたギンガを全てのケーブルで捕まえる。
「あっ、ぐぅっ!」
「ギ、ギンガ……!」
「ほぉら……R、よく見て」
「あぁっ!」
「や、止めろ、A!」
四肢のそれぞれを引っ張り、今にも引き千切ろうとするA。その瞳は楽しそうに嗤っていた。
「R、自分だけのうのうと生きてきた罰だよ。
あんたはかなり家族想いだからね。あれが壊れちゃえば、きっと計画に賛同してくれるよね?」
「止めろと、言っているだろ……!」
「やーだ♪」
笑顔を絶やさないAを睨むが、彼女はまったく意に介さない。ギンガを拘束するケーブルの力を少し弱めて、楽にしてやる。
「R……もう1度聞くけど、どうして家族ごっこなんてしているの?」
「ごっこなんかじゃない。ギンガは、俺の妹だ」
「に、にぃ……さんっ!」
「昔から、Rって頭がおかしいなぁと思っていたけど……相当だね」
「お前には言われたくねぇよ、A」
「あはは、そうかもね。
けどさ、Rは本気でアレを妹として見ているの?」
「アレ呼ばわりするな」
「…ふーん。本気なんだ」
ヴィレイサーから視線を外し、今度はギンガを見やる。このまま一気に絞殺するか身体を引き千切ってやりたいところだが、ヴィレイサーがこんなに人間を信用するのは意外だった。
「あんたはRを家族として見ているの?」
「当然、だよ……! 兄さんは、私の大切な人なんだから!」
「…あっそ。じゃあ、そんな人の前で死んじゃいなよ!」
正直、気に入らなかった。Aにとってはヴィレイサーもギンガも障害でしかない。それ以上に、家族として成立しているのが赦せなかった。自分がどれだけ辛い日々を10年近くも過ごしてきたのか知らない屑どもに、地獄を見せてやる──そう決めて、全身を各方面から引っ張って千切ろうと試みる。
「あ、れ……?」
しかし、ケーブルが動かない。はっとしてヴィレイサーの方を見た時には、金色の瞳へと色を変化させた彼が目の前まで迫っていた。
「あぐぁっ!?」
頭を鷲掴みにされ、そのまま壁へとぶん投げられる。小柄なAの体躯は容易く吹っ飛び、大きな凹みを作る。
「に、兄さん……!」
弱まったケーブルから離されたギンガは、自力で彼の傍まで来る。だが、ヴィレイサーはギンガを避けるようにして、未だに土煙の残るAがいるであろう場所へと足を運んだ。
(兄さん……いったい、何を?)
一瞬だけ見えた瞳。色褪せたみたいに孤独な、それでいて深い闇を抱いた金の色だった。それが、ヴィレイサーが力を使っている証だと言うのはギンガも知っている。だが、能力までは知らない。
(集中しろ……! 標的は、Aだけに絞るんだ!)
ヴィレイサーのもつ能力には、危険が孕んでいる。一歩間違えれば味方を殺しかねないほどの危険。そんな力を持たされた彼は、ギンガを巻き込まないようにするのも一苦労だった。何故なら、ヴィレイサーは───。
「あぐっ!?」
「あっ、兄さん!」
急激な頭痛に苛まれ、ヴィレイサーはすぐに力を解いた。駆け寄ってくるギンガ。それを待っていたのは、誰であろうAだ。
「あっはぁ。ファイル、回収〜っと♪」
「あっ! しまった!」
ケーブルによって奪われた大事なファイル。Aはそれを手にすると、また閃光弾を撃ってその場からさっさと逃走した。
「バイバイ、R。家族ごっこも程々にね〜」
「ぐっ、う……黙れ、A!」
「に、兄さん……」
憎しみを露わにした兄を見るのは、これが初めてだった。正直なところ、怖い。だがそれ以上に、自分が支えなくてはいけないと思う。
「兄さん、外に出よう」
肩を貸そうと、ヴィレイサーの隣に座す。
「うるさい!」
「え……」
しかし、返されたのは同意ではなく拒絶。あまりにいきなりの行動に、ギンガは呆然とする。そんな彼女に謝りもせず、ヴィレイサーは1人でふらふらと立ち上がった。
「今は、俺を放っておいてくれ」
「でも……!」
「さっさと行け!」
徹底的なまでの拒絶。ヴィレイサーの傍に居ることを赦されない現実に、ギンガは堪らず涙を流す。それでも、彼からかけられる言葉は何もなかった。
「兄さん……」
先に歩き出し、しかし変形した扉の前で振り返ると、ギンガはヴィレイサーをキッと強く睨んだ。
「兄さんなんか、大っ嫌い!」
涙が零れ、地面を濡らす。それからギンガは1度も振り返ることなく出口まで走っていった。
◆──────────◆
:あとがき
ヴィレイサーとギンガを嘲笑うようにして、Aがファイルの奪取を成功させてしまいました。
そして面倒なことに、苛立ちからギンガを拒むヴィレイサー……うん、カガヤ先生に殺されますね(笑
互いに軋轢を作ってしまったヴィレイサーとギンガ、2人が仲直りするのはいつなのか、お楽しみに。
まぁ、これからも色々と障害が立ちはだかりますが(苦笑
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