小説 Episode 9 A 「さて、と」 ヴィレイサーとギンガが施設に到着するより少し前───。 セイバーから下りて、Aは秘密の地下通路からファイルがあるとされる第2研究室まで歩いていく。セイバーに乗っていてもいいのだが、もし敵襲されては敵ったものではない。 「…ありゃ?」 あると思っていたファイル。しかし、残念ながら件の研究室には何も置いていなかった。 「おかしいなぁ?」 機械も同然の自分が、記憶を違えるはずがない。仕方がないとでも言いたげに溜め息を吐いてから、Aは瞳の色を普段の黒から金色に変化させる。 「Analyze」 呟きと共に、Aの背中から数多くのケーブルが服を突き破って出てくる。それはそのまま、壁の至る所に吸い付き、それが完了すると淡い桃色を点滅させた。 「…見えた。ここからだと一番遠いなぁ」 Aの頭の中には、今この研究施設全体の地図が出力されている。そしてそれだけでなく、各部屋に設置されている監視カメラの映像も彼女の頭に流れ込んできていた。 件のファイルの場所を見つけて、さっさと終わらせようと思った矢先───── 「あれ? 今の……」 ─────視界に、知り合いが映った気がして慌てて見直す。 「やっぱり……Rだ♪」 ヴィレイサーの姿を見つけ、Aはにんまりと笑む。 「あっちの女……邪魔だなぁ」 連れ添っている女──ギンガを睨み付け、片手をあげて数本のケーブルを各セイバーの背中に差し込む。そしてギンガの姿を情報として送信すると、力の解放を終えた。 「君たちは、あの女を始末してきてね」 《任務了解》 《行動開始します》 Aの命に従い、すぐさま駆けていく3体のセイバー。そして、Aはハンドガンを両手に構えると再び笑んだ。 ◆◇◆◇◆ セイバーが別通路からギンガがいる地点へ向けて疾走していく。早々に部屋へ辿り着くと、物陰からひっそりと内部を窺う。 「えっと……?」 資料を手にしているだけで、どうやらまだファイルは見つけていないようだ。賢いうえに、Aからの指示を忠実にこなせるのは彼女が常に機能を向上させているから。 「これ……ファイル?」 ギンガの発した言葉に、3体のセイバーが反応した。足元にある通風孔から室内に入り、じりじりと距離を詰めていく。どのセイバーにも、ステルスの機能を持たせてあるのでそれなりの距離まで近づくことが出来るのだ。 「『この戦闘機人を用いて管理局を壊滅させる──それは、彼らの親としての立場にある私の本意ではない。故に、ゼロ計画は実行すべきでない。何故なら、ゼロ計画とは』……」 一気に襲いかかろうと、セイバーが一歩踏み出す。その瞬間───── 《Caution!》 ─────ブリッツキャリバーが逸早く敵を察知した。 「…兄さん?」 念話を試みているのだろう。ギンガの表情に焦りの色が滲んでいる。機械たるセイバーがそれを認知するのは不可能。分かるのは、眼前にいるギンガが敵であること。そして、ファイルをなんとしても回収しなくてはならないことだけ。 「くっ!」 一斉に飛びかかってきた3体のセイバー。ギンガは身を低くしてそれぞれを躱すと、ローラーを走らせる。 (こんな狭いところじゃ、充分に戦えない……!) ウイングロードを使えば一気に外へ出られるが、戦闘に不向きな調査隊を巻き添えにするわけにはいかない。敵が1体だけならまだしも、3体となると自分だけで相手にするのも、調査隊と共に戦うのも危険だ。 「リボルバー……!」 《Load Cartridge.》 「…シュート!」 小型の魔力弾が、1体のセイバーへと向かって放たれる。それを跳躍して躱したセイバーだが、ギンガはウイングロードを展開して残り2体のセイバーの動きを制限しながら件の1体へと迫っていき、左手に嵌めたリボルバーナックルを強く握る。スピナーが唸るように回転を始め、その強さを物語った。 「ナックル……バンカー!」 繰り出した拳を噛み砕こうと口を開いたセイバーだったが、ナックルバンカーは硬質のフィールドを展開しながら繰り出される打撃魔法だ。フィールドに弾かれたセイバーは、そのままギンガの拳によって頭部を破壊されて機能を停止させる。 (次!) ウイングロードを解除すると、2体の内の1体が着地してすぐに飛び掛かってきた。ウイングロードを解除したのは、天井が低いためだ。このまま上に居ても地上を走り回るセイバーの方が有利だろう。 「はぁっ!」 その場で一回転して、回し蹴り。胴体を捉えたその蹴りは、セイバーを吹き飛ばすには充分すぎた。机の上を転倒し、機材にぶつかって甲高い音を響かせる。 (ここは、兄さんと合流しないと……!) 着地と同時に走り出し、ギンガはヴィレイサーが向かった奥地へと駆けていく。それに倣うように、セイバーも後を追いかける。 「…兄さん、兄さん!」 声を限りに呼びかけ、しかし変える声がないと思うと焦りが次第に大きくなっていく。 (念話もダメだし……兄さん、いったいどこに……!?) 駆け抜けるギンガに、セイバーの背中に搭載された銃身が火を噴いた。 ◆◇◆◇◆ 「…何もなし、か」 1人で奥へと歩んでいったヴィレイサーは、各部屋を念入りに調べてはまた奥へと歩いていく。それを繰り返すうちに、15分が経過した。 (引き返す時間も考慮すると、この部屋を見たら戻った方がよさそうだな) そうして扉を開けた刹那、2発の銃弾が彼の横を掠めた。頬からゆっくりと血が垂れる。驚きに目を見開くのは当然と言えよう。だがそれは、決して弾丸が迫ったからではない。 「…A」 「十数年ぶり、だね」 ピンク色の髪に、楽しそうに狂気を秘めた瞳。そして小柄な体型に見覚えのある双銃。 「…R」 「…どうして、お前がここに居るんだ、A!」 「どうしてって、そんなの決まっているじゃない。 ポルテ博士のために、ゼロ計画を成就させるためだよ」 「…博士は死んだ」 「だからだよ。だからこそ、あれを実行する必要があるんでしょ?」 「喜ばないだろ、あの人は」 「喜ぶよ。博士はともかく、私も……ううん、私だけじゃない。私達が嬉しいに決まっているでしょ」 「それは……」 顔を伏せる。ヴィレイサーも、Aと同じように憎しみだけを宿していた日々があった。だから、Aの気持ちだって分からなくもない。だが、今は違う。 「だとしても、俺は認めない。総てをゼロにするために、いったいどれだけの犠牲が必要だと思っている!?」 「えっと……あと、24人かな?」 「24……? おい、待て! そんなはずがあるか!」 Aの言った人数に、ヴィレイサーは耳を疑う。自分を含めても、生き残っているのは25人のはずだ。それが、1人足りない。 「合ってるよ〜。だって、私がBを殺しちゃったもん♪」 「…何でだよ、A! どうしてBを殺した!」 「だって〜、研究の邪魔だったんだもん。セイバーを作ってくれたのはいいけど、それをゼロ計画に使わないって言うから」 温厚なBは、自分たちを実の子供のように面倒を見てくれたポルテと同じく計画には反対していた。そんな彼を、Aは……殺した。 「お前!」 「あっはは!」 抜刀するや否や、走り出すヴィレイサー。瞬間、Aも双銃の引き鉄を引きながらその場で一回転。それに合わせて放たれた弾丸は、彼を捉えられなかった。跳躍してかわし、直上からAを突き刺そうと一気に急降下して迫る。 「危なっ!」 後退して躱し、お返しとばかりに何度も火を噴く双銃。まったく功を奏さないが、それはヴィレイサーが怒りに任せて突っ込んできていないことを物語っている。 (Rってば、怒ると直線的な動きしかできなかったし) 過去に何度か手合わせをしたことがあったことを思い出し、Aは笑む。だが、自分がRに勝てた試しはない。と言うのも、自分たち26人の戦闘機人はRに勝利してはならないことが暗黙のルールだった。 (ったく、面倒なんだよ、S!) Rにいつも妄執していた、翡翠色の髪を腰まで伸ばした少女──S。彼女は、R以外が勝利すると、Rを傷つけたという理由で勝利した戦闘機人を殺して殺して殺して殺して殺して……とにかく、何度も殺してきた。故に、Rには絶対に敗北しなくてはならなかったのだ。 (いっつも、わざと負けるのは嫌だったんだ!) 負ければ、改良と称されて更に力を強くさせられる。その度に薬で身体を壊され、痛みに苦しむ日々だった。 (そうだ……私は、Rなんか大嫌いだ!) 再び力を発現させると、片方のハンドガンでヴィレイサーを牽制しながらもう一方の銃は弾切れを起こしたのでカートリッジを入れ替える。素早いその動き。銃を使い慣れている証拠だ。 「フラッシュバレット!」 (しまった……! 閃光弾か!) 咄嗟に目を庇うも、一足遅かった。 (あっ、ぐっ!) 両目を閉じて、しかし声が漏れないように口を閉ざす。Aも、閃光弾を撃った時は双銃で攻撃していた。ならば恐らく、彼女もこの眩しさで目をやられたはずだ。 「R、私達って見えすぎるのも考え物だよね」 機械としての視力。目の良さが逆に命取りになるのは、彼女と過去に戦ったことで分かっていたのだが、Bを殺されたこともあってそこまで頭が回りきってくれなかった。Aの嘲笑交じりの声を頼りに、一歩踏み出す。その刹那───── 《Protection!》 「ぐあっ!?」 ─────何か、硬質な鞭で叩かれたみたいな衝撃が彼を襲う。 (ぐっ……くそっ! Analyzeか……!) ヴィレイサーやAなどを始めとした戦闘機人には、ある特殊な技能が備わっている。先天固有技能とは違い、機械で発揮させる能力だ。彼女の名前にもなっているAは、分析を意味する【Analyze】という能力を所持しているため、その頭文字を取ってAと名付けられた。 Bは、防御魔法に限られるが、魔法を瞬時にAMFによって削除できることと、腕力が相当のことから破壊を意味する【Break】の頭文字から来ている。Sも、そしてヴィレイサーが冠されているRにも、それぞれ意味がある。 「あははっ! 私にはどこにいるのか簡単にわかっちゃうんだよ!」 2度、3度と徐々に攻撃が当たる回数が増えていく。双銃で頭を撃ち抜けばすぐに終わる戦いだが、発砲しては自分の居場所が割れてしまう。 (Aは、Analyzeの際に使用するケーブルで俺を攻撃している……!) 能力を使うことで、目が見えない状態にあってもヴィレイサーの位置など手に取るようにわかる。ただし、これにも弱点がある。それは、力を使用している間はその場から一歩も動けない──というものだ。 Analyzeは、何本ものケーブルを機械に繋ぐことで初めて力を発揮できるようになる。だが、その何本ものケーブルからもたらされる情報をきちっと処理するためには集中しなくてはならない。そのせいで、一歩も動けなくなるのだ。 (何か、打開策は……!) エターナルの指示に従うだけでは、攻撃を掻い潜りながらAへと接近して討つのは至難の業だ。だが、このままでは彼女の思う壺。 (力を、使うしかないのか……) R──それは、絶対的な力故、制御することが出来た試しは残念ながら多くはない。それに、この場で使用してはギンガにも影響を与えてしまう危険性がある。Aと戦闘を開始してから、既に15分近くが経過している。彼女は間違いなくこちらに向かってきているはずだ。 (あいつ、心配性だからな) それが分かるのは、ギンガと兄妹だからだ。 (そうだ……俺とギンガは、兄妹なんだ。なのに、なのに俺は……!) 「終わりだよ、R!」 数本のケーブルが、天井まで高く上げられる。そこから、今正にヴィレイサーの体躯目掛けて振り下ろそうとされる。 「兄さん!」 が、それより先に響いたのはギンガの声。そして、次いで聞こえてきた音は壁を打ち破ったもの。 「ギ、ギンガ?」 次第に視力を取り戻した視界には、2体目のセイバーを破壊したギンガが、朧気に映っていた。 ◆──────────◆ :あとがき 遂にAと邂逅です。 Aは残忍な性格ですね。目的のためなら仲間すら平気で見限ります。復讐さえできれば、後はどうでもいいって感じです。 対してヴィレイサーは、仲間を重んじる性格です。結構怒りに囚われやすいのが欠点ですね。 ギンガの前でどれだけ自分を保って戦えるか……次話で決着をつける予定です。お楽しみに [*前へ][次へ#] |