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小説
Episode 8 ゼロ計画





「ナカジマ、セウリオン。ナカジマ三佐が呼んでいるぞ」

「あ、はい」

「了解です」


 こないだから、ギンガは甘えるようになってきた。お蔭で周囲からは冷やかされるは嫉妬されるはで、ヴィレイサーにとってはあまり快くない毎日だ。


「ま〜た食べさせ合っているのか?」

「ギンガが言っても聞かないんです」

「だって、兄さんが好きに甘えていいって……」

「だが、少しは限度と言うものがある」

「そう邪険にしなくても……」

「はいはい。痴話喧嘩なら余所でやれ」

「主任、ふざけた冗談は止めてください。
 ギンガだって困るよな?」

「…痴話、喧嘩……?」

「おい、ギンガ? 聞いているのか?」

「ははっ。そっちは満更でもなさそうだな」


 ラッドは席を立ち、ヴィレイサーの背を軽く叩いて、からかってからその場を後にする。


「良かったな」

「俺達は兄妹なんですけど」

「おいおい。こんな美人をたぶらかした奴が言う言葉か?」

「たぶらかしたなんて、人聞きの悪い」


 溜め息を零し、ヴィレイサーはギンガを正気に戻させてから彼女を伴って部隊長室へ向かって歩いていく。


「に、兄さん」


 その道中、ギンガが珍しく遠慮がちに声をかけてくる。


「何だ?」

「その……やっぱり、迷惑だったかな?」

「何が?」

「だ、だから、食事を食べさせたりするの……迷惑、だったよね」

「…人前では、な」

「え?」

「人前では、恥ずかしいだけだから止めろ」

「う、うん」


 だが、それは拒絶の言葉に等しい。食堂以外で2人が食事をする場所はないのだから。


「…まぁ、気が向いたら食べる」

「あ……うん、ありがとう♪」


 ぱっと笑みを浮かべる彼女の頭を優しく撫でてから、2人は部隊長室へと入室した。


「失礼します」

「おう、来たか」


 ゲンヤは難しい顔で書類とにらめっこをしていた。すぐに面を上げて、ヴィレイサーとギンガを迎える。


「2人には、摘発された違法施設の内部調査を頼みたい」

「はい」

「了解」


 施設の内部調査は、本来であれば専門の人間が立ち会う。だが、件の施設は既に調査を終えたらしく、先日ヴィレイサーが摘発した施設と同様のものだと分かったため、改めて調査の命が下されたという訳だ。


「…ヴィレイサー」

「はい?」

「ギンガのこと、頼むぞ」

「了解です」

「で、ギンガ」

「はい」

「お前は、ヴィレイサーのことを頼む」

「了解しました」


 敬礼してから出ていく2人の背中を、扉が閉まりきるまでずっと見ていたゲンヤ。深い溜め息を零すのは、自分が家族にしてやれることが少ないから。





◆◇◆◇◆





「あれれ〜? ファイルが足りない」


 のんびりとセイバーの開発を行っていたAだったが、なんとなく整理していた棚を見て気怠そうに呟く。


(チェ。あそこの研究所って、もう調査されちゃったしなぁ〜)


 だが、見つかるわけにはいかない。それだけ大切なファイルには、自分“たち”が造られた理由が書かれている。今もどこかで生きていると思われる仲間のためにも、それがまだ残されているのであれば、回収すべきだ。


「じゃあ、行こうか。セイバー」


 数頭のセイバーを引き連れ、Aはその内の1頭に跨って自分の研究室から出ていく。向かう先は、ここから数十キロは離れているが、構わない。彼女にとって大事なのは自分の研究野心だけ。仲間のことは2番目よりもっと下だ。でなければ、彼女の研究施設に遺体が転がっているはずがない。それも、自身と同じ戦闘機人の遺体など、あるはずがないのだ。


「大体甘いんだよ、Bは」


 忌々しく呟いたのは、温厚な少年の名前とされた記号。B──優しい彼は、確かRと同様に計画には反対していた。それは10年が経過した今も同じで、だからこそ殺した。Aにとって、Bは邪魔でしかなかったのだ。


「見えてきた」


 セイバーの足は速い。目的地を視界に捉えると、Aはセイバーの足を止めてペリスコープ・アイを作動させる。


「敵は……いないみたいだね」


 それを確認すると、再びセイバーを走らせた。


(Rに会えると面白いなぁ〜)





◆◇◆◇◆





「索敵、常に頼む」

《了解》


 エターナルに周囲の警戒を頼み、ヴィレイサーが先に施設へと歩いていく。次いで、ギンガが背後を警戒しながら後を追う。


(なんか、想像していたより清潔だなぁ)


 ギンガの中では、暗くてジメジメしたような場所かと思っていただけに、施設内部を見て興味津々に周囲を見回す。


(ここで行われていたのは……肉体改造か)


 薬を投与して、それでどれくらいの力を手に入れられるか。或いは、手に入れた力をどれだけ維持できるかなど、行われる項目はやはり多岐に渡る。それでも、中には薬の強い副作用で死んだ者も少なくはないはずだ。


(それにしては……)


 ヴィレイサーも、ギンガと同様に周囲を見回しては眉を潜める。


「ねぇ、兄さん」

「何だ?」

「ここ、綺麗すぎない?」

「同意見だ」


 清潔にされすぎている。なんらかの液体をぶちまけたり、被験者が暴れたりしてできた傷もない。恐らく、ここに調査が立ち入った前に何者かが修繕を行ったのだろう。


(あいつなら、ある程度は直せるが……)


 脳裏に過ったのは、1人の少女。同じ研究施設で育った彼女なら、修繕もお手の物だ。


「あれ? ここ、修復した跡がある」

「…妙だな」


 調査隊にもらった地図によれば、ギンガが指摘したのは単なる壁とされている。だが、彼女の言うとおり、細かいものではあるが修復された痕跡が残っていた。


「どうする?」

「まぁ、敵が直したのなら入れないと思うが……ギンガは、調査隊に連絡してくれ。
 俺はナカジマ三佐にこの先を調べる許可をもらう」

「うん」


 それぞれが通信を行い、状況を手早く説明する。ヴィレイサーとしては一刻も早くこの奥へと進みたいところだが、勝手に壁を破壊して、しかも何もなかった場合は父を恥さらしにしてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。


「兄さん、調査隊の人から許可が出たよ」

「こっちもだ」


 壁を作ったからには、奥へ続く通路も塞がれている可能性が高い。期待薄だろう──そう思いながら、軽めに砲撃で壁を貫いた。


「あっ!」

「…意外と、間抜けな奴だったのか?」


 貫いた壁は厚めだったが、2人は奥から風が通ってきたことに目を丸くする。どうやら、通路は残されているようだ。慎重に壁をさらに削っていき、ようやく人が通れるぐらいの穴になると、敵がまだ潜んでいる可能性も考慮してヴィレイサーとギンガだけで先に進む。


「兄さん……」

「怖いなら、上で待っていていいんだぞ」

「で、でも、兄さんを1人で行かせるのも嫌だ」

「…無理するなよ」


 真っ暗な中、魔力弾で足元だけでも光を確保する。ギンガが怖がっているのは暗いせいではなく、この先に何があるのか分からない不安からだろう。

 少しずつ進んでいく度に、ギンガとつないだ手が強く握られる。痛くはないが、急に驚かれたらそのまま握り潰されそうでヴィレイサーの方が怖い。


(まぁ、流石にそれはないか)


 幾ら彼女でも、力の加減が出来ないような阿呆ではない。自分の仲間の中には、いつも力任せな屑がいたが。


(…そういえば、あいつは計画に参加する前に死んだんだっけ)


 確か、博士を守って死んだと聞かされた。ただ、ヴィレイサーにとってはそんなのどうでも良かった。よく知りもしない奴だったし、なにより鬱陶しいだけだったから。


「兄さん、光が見えてきたよ」

「あぁ」


 考え事をしていたので、ギンガの喚起はありがたかった。もしかしたら、こちらが物思いに耽っていたことに気が付いていたからこそ声を出してくれたのかもしれない。


「…ありがとうな」

「え? 何が?」

「いや、別に」


 やがて一番奥まで来ると、所々から光が漏れている扉があった。穴がそこかしこに空いていて、いかにも古そうだ。


「いいな?」

「うん」


 手を離し、ヴィレイサーが一気に先行する。次いでギンガも一気に入室。


「…あれ?」


 しかし、室内には人っ子一人いない。あるのは奇妙な機械と様々な冊子だけ。恐らく研究資料だろう。


「…ギンガは、ここで待機。何か資料があったらそれを回収しておいてくれ」

「了解」

「敵が潜んでいる可能性もある。警戒を怠るなよ」

「うん。兄さんは?」

「俺は、奥を確認してくる。距離にもよるが、大体30分以内には戻る」

「分かった。気を付けてね」

「もちろんだ」


 奥へと続く扉を開き、ヴィレイサーはまた暗闇の中へと足を運んでいく。その背が見えなくなるまで、ギンガは彼から視線を逸らさず、視認できなくなったところで溜め息を零した。


「えっと、何か目ぼしいものは……」


 一見すると、どれもこれも走り書きされていてまともなものはなさそうだ。だが、それでも1枚ずつ確認していく必要がある。見落としてしまう訳にもいくまい。ギンガは丁寧に、しかし迅速に確認していく。


「?」


 デスクに置かれた資料を全て見終わって、その内の数枚を纏める。どれも情報は少ないが、左上に【ゼロ計画】と書かれているものだったため、これらの関連性を探るべく持ち帰るつもりで手に取った。

 そこで、まるで資料に隠されるように置かれていた黒表紙のファイルに気が付く。背表紙にもどこにも、何も書かれていない。だが、中身はまだ大切に残っているようだ。


「これは……?」


 開いて、中身を確認していく。1ページ目からしばらく白紙が続いて、突然その文字は現れた。


「え?」


 【タイプゼロを参考に造った戦闘機人について】──その文字に、ギンガは目が釘付けとなる。それもそのはずだ。彼女が、タイプゼロと呼称される戦闘機人なのだから。


(私を、参考にしたって……)


 その文字の下段に目を移す。造られた戦闘機人らがどんな能力を有しているのか。そして、それを使って何を行うのかに関することが記されている。次のページには、日記のように出だしがあった。


「『この戦闘機人を用いて管理局を壊滅させる──それは、彼らの親としての立場にある私の本意ではない。故に、ゼロ計画は実行すべきでない。何故なら、ゼロ計画とは』……」

《Caution!》

「っ!」


 その先を口にしようとした矢先、ブリッツキャリバーによって我に返る。振り返ったギンガの背後には、数頭の狼型の機械人形が。Aが連れてきたセイバーだ。


(このファイルを狙っている?)


 ファイルを上下に動かすと、セイバー達の視線が間違いなく動いた。


(でも、渡すわけにはいかない……!)


 右脇に抱えて、ギンガは拳を構えた。


《兄さん》


 すぐに、兄に念話で緊急の旨を伝えようとする。だが─────


《兄さん? 兄さんってば!》


 ─────まったく反応が返ってこない。


(そんな……どうして!?)


 戸惑うギンガの隙に付け込んだセイバーが、彼女へ向かって一斉に飛びかかった。









◆──────────◆

:あとがき
甘えるギンガですが、ヴィレイサーも大分慣れてきた模様。冷静になりましたw

Aとされた少女の事情と、ゼロ計画に関しても少し明かす形となりました。計画以上に大事なことも記しましたが。

【タイプゼロを参考に】──これが、後々に重要な点となりますので。

次回は、Aとヴィレイサーのやり取りになります。決着はまだ先ですね。

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