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小説
Blank Episode 01










「うーん、と……」


 カタログをパラパラと捲り、フェイトは唸る。もうすぐ地球では母の日と称される日が訪れる。それを友人のなのはから聞かされ、リンディに何かしてあげようと思った次第だ。

 クロノとエイミィにも相談をしたのだが、2人とも「フェイトの気持ちが一番だ」と言うばかりで、残念ながら貴重な意見はもらえなかった。


(…そんなこと、ないんだけどね)


 頭を振って、その考えを追いやる。2人がああ言ってくれたのは、もう自分がハラオウン家の一員だと言っているのと同じだ。アドバイスを求め、それを型通りに実行するのでは顔色を窺っている他人と似たようなものだろう。だから、家族として見てもらえるのは本当に嬉しい。


「…ヴィレイサーにも、相談してみようかな」


 恋人の彼に聞くのは、少し気が引けた。母として慕ってきたクイントに贈り物などをプレゼントできないのだから。


「…おい」

「え?」


 声をかけられて、面を上げるとヴィレイサーがいた。怪訝そうにじっと見詰められているのに、顔が赤みを帯びていくのは勘弁してほしい。


「なんか、寂しそうな顔しているな」

「そ、そんなこと、ないよ」


 誤魔化すように視線を外すと、彼は溜め息を零してフェイトの額にデコピンしてやる。


「な、何っ!?」

「別に。頑固だったからデコピンしてやっただけだ」


 きっと、寂しそうな顔をしていた理由を話さなかったから怒っているのだろう。それを言葉では素直に伝えないところが実に彼らしい。それと同時に、もうちょっと優しくしてほしいとも思ってしまう。


「ヴィレイサーだって、素直じゃない癖に」

「うるさい」


 適当な場所に腰かけ、本棚から勝手に引っ張り出した本をパラパラと捲っていく。


「で、何を読んでいるんだ?」

「雑誌」

「見れば分かる」

「だよね」


 淡白な反応を返した彼に苦笑いして、その場から立ち上がる。そしてヴィレイサーの隣に座ると、読んでいた雑誌の内容を明かす。


「母の日、ね」

「…うん」

「それで、俺に話すのを躊躇ったわけだ」

「ごめんね、変に気を遣っちゃって……」

「いや、もう慣れた」

「うっ……そ、その返しは酷くないかな?」

「さぁな」


 剥れるフェイトを無視して、ヴィレイサーは彼女から勝手に雑誌を横取りすると、適当に見ていく。時計やガーデニングの材料、在り来たりなカーネーションも記されている。


「リンディさんに?」

「それはもちろん」


 読みかけだった雑誌を取られ、「もーっ!」と怒って拳で叩いていたフェイトだったが、ヴィレイサーの問いに「何を当たり前のことを」とでも言いたげに頷いた。


「まぁ、こういうのは同性の方がいいものを選びそうだよな。
 俺なんて、どれにしようか悩んでばかりだし」

「毎年、贈っているの?」

「まぁ、贈れるものは花に限られてくるけどな」


 雑誌を読み終え、それを返してさっさとフェイトの部屋を出ていく。


「行っちゃった……」


 取り残されたフェイトは、ヴィレイサーにも相談したかった旨を早々に話すべきだったと後悔していた。


「こうなったら、直接聞こうかな」


 時間を確認してから、リンディに通信を繋ぐ。


《あら、フェイト。どうしたの?》


 程なくして、画面にリンディの顔が映し出された。この顔を見ていつも思うのだが、彼女は本当に若々しい。どういう健康管理をしているのかかなり気になるところである。


「母さん、今は大丈夫?」

《えぇ、もちろん。それに、可愛い愛娘からの通信だもの。仕事中でもちゃんと出るから安心して♪》

「あはは、ありがとうございます」





◆◇◆◇◆





「これはまた、珍しいところであったな」

「同感だ」


 クイントに捧ぐための花を選びに、街へ出かけたヴィレイサーは、そこで思わぬ人物と遭遇した。


「クロノも、リンディさんに?」

「あぁ」


 フェイトの兄、クロノと出くわすとは思っておらず、ヴィレイサーはつい視線を外しがちになってしまう。フェイトと付き合うことを決めてからも度々会ったりしていたが、彼女の話はあまり出てこなかった。


「そうだ。すまないが、この後時間があるなら付き合ってほしいんだ」

「え……」


 思わぬ誘いに、すぐには答えられなかった。逡巡するが、多忙なクロノからの誘いだ。断れるはずもなければ、断る気もない。


「まぁ、構わないが」

「少し長話になる。どこかのバーにでも行かないか?」

「そうだな……なら、もう少し時間を潰そう」


 花屋に並ぶ様々なそれらを個々に見ていく。ヴィレイサーは、これと言っていいものを見つけられなかったが、クロノの方は幾らか購入したようだ。


「何も買わないのか?」

「あり過ぎて困る」

「確かに、それは同感だな」


 クロノとの付き合いは短いが、良き関係を築けていると思う。ヴェロッサ程とは言えないが、それに近いくらいは親密だとヴィレイサーは思っていた。当人の意見を聞いていないので、確証はないが。


「僕は休みを取れないから、どうしても直接渡せないのが心苦しいな」

「提督も大変だな」

「まったくだ」


 口では同意しているが、それを苦に思っている様子は微塵も見せない。仕事柄、本音を隠すのがうまいのか、はたまた本当に苦に感じていないのか。どちらにせよ、ヴィレイサーからしたら凄いと思えた。


「リエラとカレルも、やんちゃだから困るよ」

「アルフも一緒なんだろ?」

「最近は、2人に振り回されているそうだ」


 そういえば、ついこないだフェイトにアルフが泣きついてきたと聞かされたことがあった。詳細は知らないが、どうやらクロノとエイミィの子供に手を焼いているらしい。


「2人とも、利発な風に見えたけどな」

「写真を撮る時はじっとしているんだが、それが終わるとすぐに遊びだすんだ。
 エイミィに任せきりで悪いとは思っているんだが、僕も中々仕事を抜けられなくてね」

「提督なんだ、仕方がない。エイミィも、それは分かっているんだろ?」

「まぁな。なるべく帰れる時はすぐに帰っているから、話をする機会も設けているし、多分そこまで不平不満をため込んでいないと思う」

「…大人って、面倒だな」

「違いない」


 クロノは笑って同意した。





◆◇◆◇◆





「それで、母さんは何が欲しいかなって思って……」

《なるほどね〜》


 フェイトからの相談に、リンディは考え込む。正直なところ、なんでもよかった。彼女から贈り物をしてもらえるだけでも嬉しいし、別にプレゼントのセンスが悪いということもない。だが、せっかくの相談だ。ここは、一番良きものをお願いしたい。


《あ、そうだわ》

「何?」

《早くヴィレイサーくんとの子供が見たいわ〜♪》

「えぇっ!?」


 顔を真っ赤にするフェイトを見て、リンディは確信した。どうやらまだ、恋人からあまり進展していなさそうだ。結婚を意識していないようで、少し残念でもある。


「そ、それは流石に……」

《えー? お母さんのために頑張ってくれないの?》

「うっ……! そ、そりゃあ、頑張りたいけど……」


 なんだかんだで必死になるフェイトは可愛い。とは言え、これは彼女の本音を聞き出しておく絶好の機会だ。リンディは主導権を握っているうちに、話を進めていく。


《フェイト、ヴィレイサーくんとは最近どうなの?》

「どうって……いつもと、変わりないけど」

《じゃあ、結婚は意識していたりする?》

「け、結婚!?」


 付き合うことが決まって、まだ1年だ。結婚など考えたことがない──と言うのは嘘だ。特にフェイトは、兄のクロノが結婚している。つい、強く意識してしまうのも無理はなかった。


《あら、真っ赤。可愛いわね〜♪》

「も、もう、からかわないでよ、母さん」

《うふふ、ごめんなさいね》


 柔和な笑みを浮かべるリンディに、フェイトもつい頬を緩めてしまう。彼女の寛容な心を羨ましいと思う日は多かった。自分も彼女のように、温かく、母性のある親になりたい。


「その……結婚は、まだ早いよ。ヴィレイサーと付き合って、まだ1年目だし……」

《でも、意識はしているんでしょ?》


 まだ早い──そう思うからには、少なからず意識しているということだ。リンディの確認にこくりと頷き、しかしフェイトは苦笑い。


「いつか、ヴィレイサーとそういう関係を築けたらいいなぁって、思っています。
 でも、今のままでもいいかなって」


 ずっと短命の恐怖を背負ってきた彼を好きになり、自分もその恐怖を知らず知らずの内に背負っていた。だから彼の気持ちが理解できるとは言えないが、周囲よりは分かっているつもりだ。だからこそ、今のままでもいいのではないかと思う。

 こうして温かな日和を過ごせるだけでも、凄く幸せなのだ。既に満たされてしまった杯に幾ら水を注いでも、次の器が来ない限りは溢れていってしまう。今の自分とヴィレイサーは、正にそれだ。満杯になった杯が失せ、次なる幸福を求めるだけの容量をもった杯は一向として見出せない。


「ヴィレイサーも、結婚に関しては何も言ってこないし」

《…そう》


 リンディの表情は満足げだった。結婚を催促したのはきっと、本音を聞き出すためだろう。いつの間にか相手のペースに乗せられていたようだ。


「あの、このこと、みんなには……」

《もちろん、内緒にしておくわ》

「ありがとう、母さん」

《いいのよ》

「…あ、それで、母の日の贈り物なんだけど……」

《あぁ、それね。もういいわ》

「え?」


 あっけからんと言うリンディに、フェイトは目を瞬かせる。


《いい話が聞けたもの》


 そう言うと、「じゃあね」と付け足してから一方的に通信が切られてしまった。





◆◇◆◇◆





「いい雰囲気の店だな」

「だろ?」


 夕刻になってヴィレイサーがクロノを伴って訪れたバーは、人気の少ない酒場だった。物静かな雰囲気の店内に流れるのは、レコードの音だけ。時折、氷が甲高い音を立ててグラスの中で弾んだ。


「君がこんな場所を知っているとはな」

「レジアス中将に教えてもらった。ゼスト隊長が来ていたって」

「…そうか」


 ヴィレイサーはギムレットを飲んでいた。あまり酒には強くないと聞いていたが、ペースはかなり遅い。話を聞くための景気づけに軽く飲んだだけで、残りは話し終えてから飲み干すつもりなのだろう。


「君が纏めている傭兵部隊の方はどうだい?」

「あー……ヴァンガードが、今は放浪している」

「それはまた、どうして?」

「自分のルーツを見詰め直したいんだと」

「それだけの理由で、自由にさせたのか?」

「死ななきゃ何をさせてもいいと思っているんだ」


 事件後、ヴァンガードは唐突に言い出した。自分を見詰め直したい──と。復興作業など、粗方のことをきっちりと済ませてから放浪しに行った辺り、彼の真面目で実直な性根は素晴らしい。それだけ、しっかりと準備を済ませて行ったと言うことは、当分の間は戻ってこないのだろう。


「俺はエクシーガに戦い方を教えてもらっているよ。毎日ついていけなくてへとへとだけどな」


 スピードと殲滅魔法は、エクシーガの方が上手だ。単体戦しかこなせないヴィレイサーとしては、万能に動ける彼女から学ぶことは多い。とは言え、毎日撃墜されてばかりだが。


「君が負けてばかり、か。想像できないな」

「嘘つけ。それはお互い、戦ったことがないからだ」


 クロノの戦い方は、なのはやフェイトから聞いているが、彼の得意とする距離に持っていかれるとあっという間に墜とされてしまうと言っていた。バインドや砲撃、襲撃もお手の物だとか。


「エクシーガはとにかく速くてな。あんなに目まぐるしく戦場を駆けていたら、絶対に空間識失調とか起こしてもおかしくないだろ」

「リュウビとデュアリスは?」

「あいつらは、デバイスの調整中。2機とも大破していたからな」

「豪く時間をかけているんだな」

「2人とも、愛機に愛着を持っていたからな。どれくらいの時間をかけてでも、もう壊れないように磨きをかけるだろうさ」

「なるほどな」


 そこで言葉を切り、クロノもカクテルを飲んで気持ちを落ち着ける。


「…フェイトとは、最近どうだ?」

「…別に。いつもと変わらないさ」

「そうか」

「何でまた、あいつのことを?」

「いや、母さんとエイミィが、君たちのことを気にしていてね。
 結婚はまだかどうか、聞いてこいと」

「結婚、ねぇ……」


 面を上げ、ぼんやりと正面を見据える。バーカウンターに並べられた、数々のお酒。それらをじっくり見るのではなく、適当に眺めながら言葉を探る。


「まぁ、今のところは考えていないな」

「そうか」

「だいたい、付き合ってまだ1年だし」

「それもそうだな。もう少し、時間をかけて知っていく方がいいかもしれないな」

「…クロノは、どうなんだ?」

「ん?」

「フェイトとの結婚だよ。お前は、どう考えているんだ?」

「そうだなぁ……まぁ、それは君たちに任せる」

「ふーん」

「あまり気にしては、シスコンだのなんだの言われてしまうからな」


 クロノがフェイトを気にかけるのは、別に変な気があるわけでもない。ヴィレイサーはフェイトとクロノのやり取りを見たことはあるが、別に彼がシスコンだとは思えなかった。誰にでも優しく、そして厳しい姿勢は、やはりフェイトに対しても同じだったから。


「本音は?」

「それはまぁ、幸せになって欲しいさ。
 僕には、フェイトを幸せにする義務……いや、責務があるからな」

「責務?」

「あぁ。彼女の生みの親、プレシアが亡くなった時、僕もその場にいたんだ。
 正直、どうすればいいか分からなかったな。僕は、父が亡くなった所を見ていなかったから、なんて声をかければいいのやら」

「…俺も、同じだ」


 ヴィレイサーも、クイントらが死亡した時は一緒にいなかった。自分の見えないところで亡くなったのと、目の前で死んでいくのを見るのでは、どれだけの差があるのかは分からない。だが、お互いとてつもなく苦しいだろう。


「その後、母さんが後見人になると言い出した時は驚いたよ。
 僕は家族として、彼女の幸せを見つけなきゃならない……必死になってばかりだった」


 父を亡くし、尊敬する母を支えようと躍起になるクロノ。彼が秘める責任感は、強すぎる。だが、彼ほど家族のために懸命な者はそうそういないだろう。


「フェイトを幸せにして欲しいからと言って、君に結婚を強いるつもりはないよ」

「大人って、面倒だな」

「まったくだ」


 時計を確認したクロノが、伝票に手を伸ばす。


「先に帰ってくれて構わない」

「支払いは気にしなくていい。自分の分は自分で出すさ」

「もう少し、お前みたいなかっこいい大人になりたいんだ」

「…分かった。それじゃあ、ご馳走様」

「あぁ」


 踵を返したクロノの背は、大人びていてかっこよかった。自分には無理だろう。


(責任、か)


 クロノが背負った十字架も、さぞ重たいことだろう。惚気気味な自分には、いい眠気覚ましになった。


「あー……大人って、大変だなぁ」


 空になったグラスにあった氷は、いつの間にか融け切っていた。







◆──────────◆

:あとがき
クロノは決して、シスコンではないと思うのです。
彼は早くに父を亡くしてしまい、それ故なのか責任感の強い男性になり、家族としてフェイトを幸せにしないとならないと思っているのではないかと。

リリカルなのはシリーズの男性は、皆さん責任感が強いキャラばかりですよねー。
ヴィレイサーも、そんなキャラにできたらと思います。

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あきゅろす。
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