小説 桜花に幸せを :まえがき 魔法少女リリカルなのは The Movie 2nd A'sの二次創作、【祝福の風・月の光芒】のIFストーリーと称して、リインフォースとリヒトが生きていたら──そんなお話です。2人がお花見をしながらイチャイチャする内容(な、はず)になっています。 まずは【祝福の風・月の光芒】を読んでいただけるとより分かるかと思います。 ◆──────────◆ 「リヒト、今日は日和だな」 「あぁ」 縁側に並んで腰掛ける、2人の男女。銀雪のように美麗な髪を揺らし、微笑む女性はリインフォース。そんな彼女の隣に座し、対照的な黒い髪を梳かれているのは恋人のリヒトだ。 2人は夜天の魔導書と称されたロストロギアと深い関係がある。リインフォースは夜天の魔導書の管制融合騎で、リヒトは彼女をサポートするために造られた、実体をもつプログラムだ。永きに渡り転生と破壊を繰り返していく内に、2人は互いに相手のことを意識するようになる。そしていつからか、恋人同士になっていた。 「我が主から聞いたのだが……」 「ん?」 「桜と言う花が、綺麗に咲いているらしい。リヒトさえよければ、その……」 頬に赤みが差していく。そんな彼女を可愛く思いつつ、先を急かさずに続く言葉を待った。 「二人きりで花見でも、どうだろうか?」 恥ずかしそうに、しかし懸命に伝えてくるリインフォース。リヒトはふっと笑み、彼女の頭を優しく撫でる。 「よもやお前は、俺がお前の誘いを断るなどとは思っていまい」 「それはそうだが……いいのか?」 「愚問だ。不安だと言うのなら、それを消し去るまじないでもくれてやるぞ」 「い、いや、それは止めておく」 リヒトのおまじないを断り、リインフォースは彼の手を取る。 「こうして触れ合えるだけで、私は至福を感じることが出来るのだからな」 「…言ってくれる」 今度はリヒトの方が顔を赤らめた。その様子を見て、リインフォースは微笑した。 いつの間にか歪められてしまったナハトヴァールによって、リヒトとリインフォースは離別してしまう。そんな辛い経験があってから、今一度結ばれただけあって、こうして一緒に居るだけの時間でも充分に愛おしい。 「では、行こうか」 「ん」 リインフォースと手を繋ぎ、彼女の主である八神はやてから教えてもらった花見の穴場へと足を運んだ。 ◆◇◆◇◆ 「やはり綺麗だな」 「あぁ」 適当な場所にシートを広げ、2人して寝転がって桜を見やる。 「まぁ、お前を見ている方が飽きないが」 「あ、あまり私を照れさせるな」 「照れているのか。可愛いな」 リヒトに赤くなった顔を見せまいと逸らしたが、残念ながら口を滑らせてしまった。しかし彼はそれ以上何も言及せず、リインフォースの頭を撫でる。 「んっ…リヒト、擽ったいのだが……」 「嫌か?」 「嫌なわけ、ないだろう。リヒトに触れてもらっているだけで、私は心地好い気持ちになれるのだから」 「俺も同じだ。リインフォースとこうして一緒に居られることが、今の俺にとって最上の幸福だ」 「リヒト……」 隣を向くと、彼もちょうどリインフォースの方を見てくれた。視線が絡み合い、リインフォースはゆっくりとリヒトの方に顔を寄せていく。吐息が感じられるほど近づくと、しかし彼女は恥ずかしいのかそこで動きを止めてしまう。 「私から、させるつもりなのか?」 「嫌なら、お預けのままで構わんぞ」 「むぅ……何故リヒトは、私にそうも意地悪なのだ?」 「お前が可愛いから……ただそれだけだ」 人差し指で、リインフォースの桜唇にそっと触れる。薄桃色のそこを指でなぞると、リインフォースの口から甘い声が零れる。 「あふ……ひゃ、変なことを…しないで欲しい」 「断る。止めてほしいのなら、自分でなんとかしてみたらどうだ?」 「あ、ぁ……リヒトぉ……!」 切なそうな声が、かなり艶っぽい。弄っているリヒトの方がドキドキしてしまいそうだ。 「あ、あまり苛めてくれるな……」 「了解した。ならば、こうしてくれよう」 「んんっ!?」 擽ったそうにするリインフォースの懇願に応じるべく、リヒトはリインフォースを抱き寄せるとそのまま口付けした。驚く彼女の表情もまた、可愛らしい。 「いきなりは、卑怯ではないか?」 「呆けているリインフォースが悪い」 2人とも、口ではそう言いながら笑みを絶やさない。リインフォースを恥ずかしそうに顔を赤くし、しかし次にリヒトと視線を絡めると彼女の方から唇を重ねてきた。潤いのある、柔らかな桜唇。愛おしい彼女のそれを、自分が独占しているかと思うとぞくぞくさせられる。 「お前からでも出来るようだな」 「リヒトが、そうさせるのだぞ? お前は罪深い男だ」 「違いない。だがそれは、リインフォースに対してだけだ」 「ふふっ。本当に罪な男だな、リヒトは」 今度はどちらともなく顔を近づけ、口付けを交わした。 ◆◇◆◇◆ 「…飲み物でも買ってくる」 しばらくのんびりと過ごした後、リヒトは立ち上がって近場にある自動販売機に歩いていく。それを無言で見送り、同じく身を起こしたリインフォースは眼前を横切った桜の花弁に目を奪われる。 (そういえば……) そこでふと、主たるはやてが口にしていたことを思い出す。 「…えいっ!」 舞い散る桜花。風に乗り、或いは容易く吹き飛ばされていくそれを取ろうとするリインフォースの長い髪も舞い、美しい。 「むぅ……やっ!」 普段とは違って、子供っぽい声。リヒトがいないから出せる声だ。 銀雪を彷彿とさせる美麗な髪は、桜の花びらと相まって雪と桜が同時に世界を彩っているようだった。戻ってきたリヒトも、あまりの美しさに言葉を見出せないでいた。 「中々、取れないものだな」 落胆するリインフォースの背後にゆっくりと歩み寄ると、その頬に冷たい缶ジュースをあててやる。 「きゃあっ!?」 普段の大人びていて、冷静な彼女からは想像もつかない可愛い声だった。 「随分と可愛い声が出たな」 「からかわないでくれ」 「からかってなどいない。本当のことを言ったまでだ」 リヒトはリインフォースの手を取り、再びシートに着席する。プルタブを捻って開けると、冷たいお茶を少しずつ飲んでいく。 「んっ、むぅ……!」 「…非力アピールと言う奴か?」 カリカリと音を立ててばかりのリインフォースを見ると、どうやらうまくプルタブを開けられないようだ。缶などリインフォースもリヒトも、手にする機会がなかった。何事もそつなくこなす、器用なリヒトと違って彼女は苦戦を強いられている。 「違う。だが、もしそうだとしたらリヒトはときめくのか?」 「どうだろうな」 リインフォースから缶ジュースを受け取ると、早々に開けてやる。 「ペットボトルにすればよかったな、すまない」 「なに、構わないさ。私にはこうして、リヒトが傍に居てくれる」 寄り添い、リヒトの肩にそっと頭を乗せる。ゆっくりと垂れてくる白銀の髪。それをそっと指で撫でると、彼女は嬉しそうに目を細める。 「我が主、将たち……そしてお前さえ居てくれれば、私は幸せだ」 「主のご友人も忘れてやるなよ」 「無論だ」 再び飲み物に口を付けて、しばし桜を眺める。蒼旻に浮かぶ白雲へと飛び上がるみたいに、風に乗って運ばれていく桜花。小さな幽風にさえ揺れ動く様も、美しい。 「ところで、お前はさっき何をしていた?」 「ん? あぁ、あれは……我が主から聞いたのだ」 立ち上がり、リインフォースは両手を広げてリヒトを振り返る。その時、一際強い風が吹いた。一斉に枝から切り離される花弁がリインフォースを包み込み、刹那の際だけ桜花のドレスを模った気がした。 「…黒」 「なっ!?」 慌ててスカートを押さえるがもう遅い。リヒトも、言ってから自分の口を塞ぐと言うなんとも浅はかな行動を取っていた。見る見るうちにリインフォースの顔が真っ赤になっていく。 「…リヒト?」 「す、すまない。よもや舞い上がるとは思ってもいなかった故……」 「だからスカートは嫌だと言ったのだ……! それをシャマルが、強引に……」 「彼奴は、何故に穿かせた?」 「…リヒトが喜ぶのだと聞かされて……」 「お前の想いは嬉しいが、あまり無理をするな。 そのままのお前で居てさえくれれば、俺はそれで満足だ」 「そ、そうか」 「話の腰を折ってすまなかったな。続けてくれ」 リインフォースは1度咳払いして、はやてから聞いたことを教えてくれた。曰く、桜の花弁を空中でキャッチすると幸運が訪れるらしい。そんな迷信めいたことになどリヒトはまったく興味がわかなかったのだが、女性はこういうことが好きなようだ。リインフォースは、試しに──そう思って何度か挑戦している。 「飛行魔法を使えば容易かろう」 「それではつまらない。魔法には一切頼らず、私の手で取ってみたいのだ」 意気込むリインフォースとは対照的で、リヒトは溜め息を吐いて傍観することに。 (しかし……無意識とは言え、かくも俺を惑わすか) 走ってはひらひらと舞うスカート。先程の眼福を思い出し、リヒトはそんな自分に溜め息を禁じ得ない。リインフォースに知れたら、きっとこの穴場が消失してしまうだろう。それは怒りではなく、単なる羞恥心からだけだと思うが。 「…取った。取ったぞ、リヒト」 嬉しそうに、掌に収めた桜花を見せるリインフォースにつられて、リヒトも笑む。 「良き幸運が訪れるといいな」 「あぁ。例え小さくとも、幸せならば嬉しいものだ」 「ふむ……」 何かを考え込むリヒト。リインフォースは首を傾げ、彼の言葉を待った。 「ならば、新たに取る度にリインフォースに幸を齎そう」 「リヒトが? できるのか?」 「忘れたか? 俺は、お前の光として名を授かったのだ。 それもお前自身から、な」 嘗てナハトヴァールの暴走によって、機能の維持が難しくなりつつあった頃───。 リインフォースは、その頃の主にナハトヴァールの抑制プログラムを造ってもらえないかと頼み込んだ。そのプログラムとして造られたのが、リヒトだった。主と自分に光を齎す者──そう願いを籠めて、リヒトと名付けた。 「では、頑張ってみよう」 「あまり過度に期待するな。失望させるのは心苦しい」 「無論だ」 駆け出したリインフォースの背中に向かってそう言うと、リヒトはまた彼女が桜花を手にするまでのんびりと傍観する。 (しかし、どうしたものか……) ああは言ったが、もしこれから自分がすることを彼女が気に入らなかったら──そう思うと、別の策を練った方がいいかもしれない。 「リヒト」 「ん? も、もう取ってきたのか?」 「あぁ。無意識の内に、躍起になっていたようだ」 苦笑いするリインフォースに、リヒトは乾いた笑みを浮かべるしかできなかった。 (もう少し苦戦してくれればいいものを……だが、愛されていると考えれば嬉しいものだ) リヒトは意を決して、リインフォースをじっと見詰める。 「ど、どうした?」 「どうもしない。単に、幸を齎すだけだ」 そう言って、リヒトはリインフォースと唇を重ねた。目を見開くリインフォース。構わず、リヒトはしばしそのまま桜唇の感触に酔った。 「…如何だったかな、姫君?」 問うても、リインフォースは黙したまま。流石にやり過ぎたかと思っていると、彼女は急に踵を返して再び多くの桜花が舞う日向へと歩いていく。 「も、もう1度……してはくれないか?」 「…あぁ、是非に」 甘えるように言われては従うしかない。先程よりも頑張っているように見えるのはきっと、リヒトの内なる願望がそう見せているのだろう。そう思うことにして、リヒトは何気なく虚空へと手を伸ばす。 「…可憐だ」 握った拳を開くと、掌には小さな桜が2枚収まっていた。 今一度その桜花を強く握りしめ、彼は蒼旻に向かって願う。 (願わくは、永久に幸せでありたいものだ) 件の花弁はきっと、自分とリインフォースの幸せの分だと信じて、彼は最上の愛者へ歩み寄った。 [*前へ][次へ#] |