小説
Episode 6 模擬戦
「…報告は以上です」
「ん、了解だ」
施設破壊の任務から帰宅し、早々にゲンヤの元を訪れて簡易的な報告を済ませる。表情はいつもと変わらぬよう努めていたが、ゲンヤがじっとこちらを見ていることに気が付いた。
「今日はもう休め」
「いえ、報告書の作成もあるので」
「…無理するなよ」
「はい」
ヴィレイサーは頭を下げてからさっさと出て行き、その背を見送るゲンヤは溜め息を零す。彼はどうにも、自分だけで何もかも背負う癖がなおっていないようだ。家族として頼るのを必死になって拒むことがあるほどだから、相当なものだろう。
「やれやれ、あいつは……」
何度も溜め息をついてしまう。一先ずギンガに帰宅した旨を知らせ、あとは彼女に任せる。その方が気遣うこともせず、またヴィレイサーに気遣わせることもない。
(ったく……これじゃあ父親失格かねぇ)
写真立てに写るクイントに笑いかけ、ゲンヤも仕事に取り掛かった。
◆◇◆◇◆
「…はぁ」
何気なく溜め息を零す回数がかなり増えたのは、気のせいでもなんでもない。事実で間違いないだろう。シャワーを浴びて、報告書の作成をしようとする。が、その手は度々止まり、ヴィレイサーを苛んだ。
(B……もしもあいつに俺のことが伝わっているとしたら、なんらかの接触を試みてくると思っていたんだが……)
予想に反して、件の彼は姿を現すこともなければ通信を寄越すこともなかった。10年前はフレンドリーだったが、今ではどんな性格だか皆目見当もつかない。できれば、そのままでいて欲しい。彼も、自分と同じで例の計画には反対だったから。
(けど、そんなBがセイバーを起動させたりするか? なら、やっぱり……)
自分の考えが甘かったのかもしれない。幼き頃を一緒に過ごした大切な仲間とは言え、もうそれから10年が経過しているのだ。考えなど、時が移ろいゆく中で何度変わってもおかしくはない。
《兄さん、入るね》
インターホンを通じて、ギンガの声が届く。真っ暗な部屋に、開かれた扉から廊下の灯りが差し込む。
「兄さん……?」
「…すまないが、今は放っておいてくれ」
落ち着きがない今、ギンガにあたってしまう可能性もある。彼女が踵を返してくれることを祈りつつ、目を閉じる。
「隣、座るね」
しかし、彼女は帰るどころか同じようにしてベッドに身を預けた。隣から微かに香る、甘い香り。それは、今のヴィレイサーにとっては神経を逆撫でしてくる邪魔なものでしかない。それを知ってか知らずか、ギンガはそっと手を繋いできた。
「兄さん。少し、寝よう」
「…あぁ」
彼女の優しさに、自分は謝辞すら述べられない。余計に苛立ちが募っていく。それでも、ギンガの言うとおり静かに目を閉じた。心地好い温もりを、その手に感じながら。
◆◇◆◇◆
《今日は模擬戦をしてもらう》
別所から対峙するヴィレイサーとギンガを、モニターを通して見ていたゲンヤが言った。ギンガのデバイスが機動六課から支給されたので、そのテストだ。
「……ギンガ」
「なぁに?」
「昨日は、悪かったな」
「ううん、気にしないで。私の方こそ、何も出来なくてごめんね」
昨夜はギンガが寄り添ってくれたお陰か、幾分か気分がよくなったと思う。疲れがたまっていたようで、今朝になって目を覚ますと、そこにギンガの姿はなかった。『自室に戻ります』と書き置きがあったので、そこまで心配はしなかったものの、謝辞を言えなかったのが気掛かりだった。
「別に……お前こそ気にすることはない。傍に居てくれて、嬉しかったしな」
「兄さん……」
《はいはーい。ラブコメしていないで、早く準備して》
「マリーさん! 私と兄さんは、別にそういうことをしていたんじゃ……!」
顔を真っ赤にして慌てふためくギンガを一瞥。やれやれと溜め息を零しながらもヴィレイサーは愛機を起動させる。
「ギンガ、マリエル技官の言う通りだ。今は会話に時間をかけてもしょうがない」
「兄さん……う、うん」
もう少し面白い反応をしてくれてもいいのに──そんな淡い期待を抱いた自分が間違いだったのかもしれない。ギンガはポケットから愛機を取り出し、構える。
「ブリッツキャリバー、セット・アップ!」
《Set up.》
スバルのマッハキャリバーをベースにして造られたデバイス。形状はそっくりだが、色は青紫色だった。バリアジャケットの展開が完了すると、まずは軽い動きから入る。エラーが出ないよう、1つ1つ丁寧に確認していく。
「兄さん、つまらなくない?」
「のんびり出来ると考えれば、ありがたいさ」
そう言うが、どこかに座ったりしない。ずっと立ちっぱなしではやはり疲労感が貯まるが、ギンガが頑張っている前で自分だけ座るのも悪い気しかしない。
《それじゃあ、模擬戦に移るよ》
「はい」
「了解」
マリエルの言葉に従い、互いに距離を取るギンガとヴィレイサー。こうして模擬戦を行うのは、これが初めてだ。緊張と、少しの楽しみがギンガの中で渦巻く。
《先にライフポイントが0になった方が負け。ヴィレイサーは、空戦禁止。後は……》
次々と言われる注意事項とルールを聞きながら、ヴィレイサーはどう攻めるか悩んでいた。真正面からは分が悪すぎる。だが、死角に回り込んでも恐らくすぐに応対してくるだろう。
(それに俺は、先日のランク試験をギンガに目撃されているし……)
そう一筋縄にいく相手ではないようだ。太刀を構えると、ギンガも構えを取る。
《レディー……ゴー!》
合図と共に駆け出したのはギンガだった。ローラーを走らせ、滑るように肉薄してくる。
「はぁ!」
素早いモーションで繰り出される正拳は、右手だった。クイントが遺したリボルバーナックルは、右手をスバルが、左手をギンガが使っている。左利きの彼女がわざわざ右手で攻撃してきたのは、恐らく連撃するためだろう。後ろに跳躍して間合いから離れると、彼女の拳の先に、小さな魔力弾が見えた。
「リボルバー……シュート!」
強く突き出された拳から、魔力弾が風をきるように駆けてくる。それを左にかわし、ギンガの右側から迫る。
「はぁ!」
上段から迫る一閃。ギンガは更に加速してよけると、ウィングロードを展開してそこを駆け上がり、後ろへと回り込みつつ、中途でウィングロードから下りて蹴りを見舞う。
「おっと!」
が、ウィングロードはギンガより先行する形で展開されるため、背後に迫られていることは簡単に読めた。横によけ、最接近を試みる。
「させない!」
よけられることはギンガも想定の範囲内だ。着地と同時に回し蹴りで近づかせない。
(流石に、やるな)
元々かなりの素質のあるギンガ。ブリッツキャリバーの恩恵もあって、中々の動きを見せてくれる。
「兄さん、呆けていると怪我するよ!」
「ご忠告、どうも!」
肉薄すると同時に突かれる正拳。エターナルをモードリリースしてから、シールドでそれを受け止めきると同時に展開したシールドを解除し、ギンガの腹部に1発拳を叩き込む。
「ぐっ、あっ……!」
怯んだ所で、シールドで受け止めた拳を鷲掴みにすると、慌てて引き戻しと共に反対の拳で突こうとする。が、ヴィレイサーはギンガが引き戻した腕を掴んだままだった。彼女の引っ張る力を利用しながら跳躍し、後ろに回り込むとそのまま一回転して裏拳を繰り出す。
《Protection.》
当然、そう簡単に決まるはずもない。ブリッツキャリバーが展開したシールドによって阻まれると、両手をついて体勢を低くし、顎に目掛けて蹴りが迫った。
「…容赦ないな」
「ないのは手加減です」
子供らしく揚げ足を取る。10年前には見られなかった一面がまた増えた。
「…こちらも、やってみるか」
ロングコートを抛り、ギンガと同じ構えを取る。すると、リボルバーナックルに似たものが、ヴィレイサーの両手に嵌められた。クイントが彼のためにも作ってくれたそれは、ギンガとスバルとは違い、両利きとも作られている。
「兄さんも、肉弾戦……ブリッツキャリバー、さっきより早く、強くお願いできる?」
《Sure.》
今までに組手で何度か手合わせをしてきたものの、それまでに勝てた試しがない。ギンガはブリッツキャリバーに手強いことを伝え、ぐっと構えを取る。ヴィレイサーも、肉弾戦の構えをすると一歩一歩ギンガの右側へ動いていく。彼女の死角に回ろうと言うことだろう。それに合わせて、ギンガも彼が狙おうとする死角へ潜り込ませぬよう少しずつ移動していく。
「…ウィングロード!」
「チッ!」
即座に足場を作ってその場を駆けあがっていく。彼女を追わず、ヴィレイサーはウィングロードが描いていく軌跡の先端を見る。彼女は中々降りてくる気配はなく、しかし、直上に差し掛かったところで一気に急降下してきた。
「リボルバー……!」
《Load Cartridge.》
「…シュートっ!」
ヴィレイサー目掛けて放たれたかと思いきや、それは彼の足もとに着弾し粉塵を巻き上げる。その目くらましによって、ヴィレイサーは判断を遅らせてしまった。ここで脱すればいいか、それともこの場でギンガを迎え撃つか──咄嗟に決めきれなかった彼の瞳が、普段の紫色から“金色に変わる”。
「はぁっ!」
「…悪いが、そうはいかないよ!」
砂煙の向こうから、ギンガの回し蹴りが繰り出される。が、その蹴りを伏せて躱し、残った軸足を蹴って彼女の方の体勢を崩す。
「まだっ!」
しかし、ギンガもまだ諦めないようで、両手を付いてダメージを最小限に抑えると、追撃を逃れようと両足をぐっと伸ばして攻撃に転じてくる。
「…ッ! やるな、ギンガ」
ヴィレイサーの方が蹴られてしまい、ライフが減っていく。その時には既に、瞳の色は元の紫色に戻っていた。ギンガはその変化に気づいておらず、兄にダメージを与えられたことに内心で笑む。
「いつまでも兄さんの後を追いかけているだけじゃないよ」
「みたいだな」
次に仕掛けたのはヴィレイサー。両手とも後ろに構え、その拳の先に魔力弾を作り出す。
「ツイン……インパクト!」
時間差で右、左の順に拳を突き出す。黒の魔力弾がギンガ目掛けて駆け抜ける。ヴィレイサーはそれでも速度を緩めずに走っていき、しかしギンガが対処に出る前に強く踏み込んで跳躍する。
(回り込んでくる?)
背後に迫ると判断して、即座にトライシールドを展開して魔力弾をやり過ごそうとする。が、その瞬間、2つの魔力弾がシールドをよけるように左右へ動き出す。
(兄さんは……!?)
魔力弾がシールドに着弾しないとなると、ヴィレイサーが背後からくる可能性だけでなく、真正面から迫ってくる場合もある。
「はぁっ!」
上空で一回転して、踵落としが迫っていた。魔力刃を脚に備え、シールドを破壊しようと振り下ろされる。
「ぐっ…うぅっ!」
壊されてしまわないよう、魔力を集中させる。その間に、背後から件の魔力弾が迫る。
「あっ……!」
着弾するまで、ヴィレイサーが攻撃の手を緩めてくれるはずがない。ギンガはブリッツキャリバーの補助を受けて、魔力弾に対してシールドを展開して、なんとかダメージを減らす。
「やるな、ギンガ」
これ以上はシールドへの攻撃も無意味だと判断し、ヴィレイサーが退行する。その瞬間、ギンガは攻撃に転じて一気に肉薄してきた。
「リボルバー……!」
「そうはいかない!」
「しまっ……きゃっ!?」
ギンガが利き腕を後ろに引いた瞬間を、ヴィレイサーは待っていた。ギンガに向かって走り出し、防御用に構えられている右腕を掴むと、リボルバーシュートが繰り出される前に背負い投げして背中を打ち付ける。だが、掴んだ腕は離さないまま。
「終わりだ」
《Load Cartridge.》
「スペリオル……ブレイク!」
腹部に、鉄槌が撃ち込まれる。あっという間にライフは減っていき、ギンガは意識を朦朧とさせられる。
「驚いた。よく気絶しなかったな」
ヴィレイサーは掴んでいた腕を離し、仰向けになっているギンガが気絶していないことに驚きを隠せなかった。確かにライフが尽きて、ギンガの体躯に支障が出ないよう考慮したが、それでも意識を保っていられるとは思いもよらず、強くなった妹の姿に少し焦りを覚えた。
《はーい、模擬戦はヴィレイサーの勝利で終了》
「立てるか、ギンガ?」
「あ…うん、平気」
マリエルが模擬戦の終了を合図すると、ヴィレイサーはバリアジャケットを解除してギンガにそっと手を差し出す。だが、中々立ち上がろうとしない。
「疲れたのなら、俺が運んでいくぞ」
「う、ううん。本当に、大丈夫だから」
そうは言うが、疲労が溜まって身体が重たいのは隠せていないので、ヴィレイサーは頑なな彼女にこれみよがしに溜め息を吐いて、少しは聞き分けをよいものにさせる。
「無理するな。頼っても、誰も怒ったりしない。寧ろ、いつまでもここに留まる方が怒られる」
「そ、そうだね」
「どこか異常か?」
「あ、それは大丈夫。ブリッツキャリバーも頑張ってくれたし、兄さんだって私に問題がないように気を付けてくれたでしょ?」
「そりゃあ、当たり前だろ。相手への配慮ぐらいは弁えている。
それに、ギンガは俺にとって大事なんだから」
「に、兄さん……」
『大事』と言われて、ギンガの頬が赤く染まる。ヴィレイサーは「熱でもあるのか?」と聞いてきたが、誤魔化す。それが例え妹だから大事だとしても、嬉しいことに変わりはない。
「とりあえず、部屋まで辛抱しろよ」
「きゃっ!? ちょ、ちょっと、兄さん……!」
いきなり抱えられたかと思うと、それはお姫様抱っこだった。下してもらおうと躍起になるが、暴力までは振るえない。
「は、恥ずかしいよ……!」
「しょうがないだろ。抱っこするわけにもいかないんだ」
「じゃあ、せめておぶってくれれば……」
「あぁ、なるほど。悪い、この方が持ち上げやすいと思ったから、つい」
あくまで効率を優先しただけ。兄が自分に特別な感情を抱いていないことがよく分かった。
結局、また下すのも面倒と言うことで、ギンガはお姫様抱っこをされながら自室へと運ばれていった。その間、誰にも会わずに済んだのは本当に幸いと言えよう。
◆──────────◆
:あとがき
そんな訳で、ギンガはヴィレイサーにお姫様抱っこされて連行されましたw
戦闘シーン、もう少し長めに書ければよかったのですが、長引かせるとギンガが更にアクロバティックな技を披露しそうだったので(汗
次回では、そろそろ物語を進展させたいところです。
…あくまで物語ですからね? ギンガとヴィレイサーの仲を進展させる訳じゃないので。
とか言いながらなんか進展しちゃいそうで怖いです(ぉぃ
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