小説
祝福の風・月の光芒
:まえがき
※この作品を読む前に、以下の注意点に必ず目を通してください。
◆これは、【魔法少女リリカルなのは The MOVIE 2nd A's】の二次創作です。劇場版のネタバレを多分に含んでおりますので、それをご覧になっていない方は読まないでください。
◇作者の独自設定、並びに独自解釈によって成り立っています。
◆リインフォース×オリキャラの恋愛小説です。
上記の注意点がお嫌いな方は、読まないことをおすすめします。
なお、ここで注意喚起しましたので、読んだ方は【注意点に目を通した】と判断させていただきますので予めご了承ください。
◆──────────◆
【Another View.】
「また泣いているのか、お前は」
彼はそう言って、目の前にいる私の頭を優しく撫でてくれた。
「子供扱いはよしてくれ」
「お断りだ」
私は口ではそう言うが、彼の手を振り払えなかった。撫でる彼の手は温く、心地好い。
「ほら、笑えよ。─────」
あぁ、またこの夢か──幾度も見た、彼との思い出。私が唯一愛した、生涯にたった1人だけの彼。
その夢を見る度に、私は心が満たされ、同時に私を困らせる。
彼は私を、なんと呼んでくれていたのか……不甲斐ないな、私は。
大事なことを忘れた私に対し、彼は言うだろう。
『しょうがない奴だな、お前は』──と。
【Another View END.】
《守護騎士システムを抹消。その魔力をマスターに還元します》
「……すまないな、みな」
美しい銀雪の髪が舞う。だが、美しいはずの彼女が居るのは、最早焦土と化した黒焦げの大地。そんな大地から出でるのは、夥しい数の蔦や蛇を模した触手のようなものだった。
「この世界は程なくして消えうるだけ……ならば私の意思がある内に、将たちを……」
彼女は頬を伝う涙を拭うこともせず、古びた書物を開いた。
「……或いは、このまま将たちを戻さぬ方が、皆の幸せに繋がるのやもしれぬな」
開きかけた本が閉じられたその時───
「くっ、あっ……! うああああぁぁぁっ!!」
───左腕に施された呪いが、牙をむいた。
◆◇◆◇◆
「……なるほど」
厳かな雰囲気に包まれた王室の中で、髭をたくわえた男は小さく呟く。彼は、もう何代目かも分からない新たな闇の書の主。
「闇の書の管制融合騎よ」
「はい」
「貴様の言葉、確と聞き入れた」
「ありがとうございます、我が主」
これまで、数多の主の元に現れては、その力に見入られる者ばかりで、守護騎士に優しくしたり、ナハトヴァールの暴走に耳を傾けてくれたりはしなかった。だが彼は違う。管制融合騎である“彼女”が実体をもって現れ、話をしたいと訴えると快く聞いてくれた。
「だが、私が闇の書の制御を行えるかと言えば……答えは否であろう」
「…はい」
“彼女”は沈痛な面持ちで頷き、面を伏せる。
「管制融合騎よ。そのナハトヴァールの動きを抑制するプログラムを新たに組み込むことは可能か?」
「は、はい。恐らくは……」
「では、早速試みよう」
ナハトヴァールの抑制──それは本当に、僅かな時間しか稼げないかもしれない。それでも、“彼女”が存在している間に主の願を叶えられるのなら、それほど“彼女”にとって嬉しいことはないだろう。
「貴様が名付けるといい」
「御厚意、痛み入ります。我が主」
新たに造り出されたのは、盾の守護獣であるザフィーラよりも細身の男。しかし肉付きはしっかりとしており、頼りになりそうだ。
「そうだな……私と、我が主に光明をもたらすことを願い、リヒトと……名を授ける」
「了解。主が命により、この身を主と管制融合騎に捧ぐことをここに誓う」
夜の闇に染まったかのような漆黒の髪を微かに揺らし、リヒトは“彼女”に恭しく頭を下げた。
【Another View.】
これが、私とリヒトの出逢い。彼は守護騎士達と同様に常に表に出、蒐集を行う。そして闇の書が完成した暁には、ナハトの暴走を抑制すべく私と同化することとなった。
「もう、これで何度目なのだろうな?」
「さぁな」
私の問いかけに対して、リヒトは淡々と返すだけ。別段、不仲と言う訳ではない。彼と話す時はいつもこうだ。
私とリヒトが見ているのは、黒煙が幾つも立ち上る戦場。ここが幾度目かなんて分からない。分からなくなるほど、数えるのが億劫になるほどに幾度もの戦場を駆け、世界を壊し、転移する。
「だが、いつかは終わりを迎える。それが壊れた果てなのか、それとも最後の主が現れるのかは、分からんがな」
「最後の主……せめて、お優しい方であって欲しいものだな」
今まで何人もの主を見てきた。だがその大半が、己が力に慢心し、その強大さに呑まれていくばかりだった。守護騎士にだけは、優しくして欲しいと願う日々だ。
私はリヒトに向かって笑みながら言うが、少しぎこちなくなっているのが自分でも分かった。もう永いこと、笑うことがなかったのだと思う。
「あまり背負い込むなよ」
「リヒト……あぁ」
静かに置かれたリヒトの手。いつも心地好く、それが傍にあるだけで私はとても安心した。だから、少しの間でも離れていると、急に寂しくなってしまう。が、そんなこと、正直にリヒトに話すことはできなかった。
「それより、子供扱いはよしてくれないか?」
「俺がいつ、お前を子供扱いしたんだ?」
しれっと言うリヒトに、私は笑んだ。偽った笑みでも、儚げな笑みでもない。本当の笑みを。
「そういえば……お前、名前はないのか?」
「私の、名前……?」
問われて、私は戸惑う。リヒトが真正面から見てくるが、視線を合わせることすら忘れて思案する。
「ない……かも、しれない」
「永い時に置き去りにされたのか、はたまた……」
「何れにせよ、私に名前など不要だ」
「そうか? 俺はいい加減、お前を名前で呼びたいんだが……」
「ならば……ならば、リヒトが名付けてくれないか?」
「俺?」
「あぁ」
力強く頷き、私はリヒトの頬を両手で優しく包んだ。
「そうだなぁ……じゃあ、─────」
リヒトが口にした、私の名前。それが何だったのか……私は、永い時の中にそれを置いてきてしまった。
【Another View END.】
大地が。大気が。空が。世界が揺れる。
強い振動に耐えられなくなったのか、先程までの戦争で焦土と化した大地が隆起し、所々で砕ける。
「また泣いているのか、お前は」
「…リヒト」
“彼女”が振り返ると、そこには苦笑いしているリヒトがいた。慌てて無作法に涙を拭う。それでも、止めどなく溢れる雫。泣き続ける“彼女”を、リヒトが優しく抱き締める。
「大丈夫だ、─────。俺が、傍に居る」
いつからか、恋仲になった“彼女”とリヒト。互いが傍に居続けるだけで、凄く安心できた。
「また、後でな」
恋人になってから、初めての口付け。それは、最後の口付けでもあった。
リヒトはいつものように、“彼女”を暴走させる原因であるナハトヴァールを抑制するため、プログラムとなって“彼女”と1つとなった。
「ん? なんか、いつもと違うな」
今までは、眼前にナハトヴァールの姿を見つけることが出来るのだが、今回は違った。まったく光の届かない、真っ暗闇に彼はいた。手元を見ても、その闇は色濃く、深い。極力顔に近づけて、やっとぼんやりと輪郭を捉える。
「いったい……」
戸惑いながらも、周囲から幽かに伝わる殺気を感じて、リヒトは己の得物である剣の柄に触れた。と、次の瞬間───。
「うわっ!?」
足首に何かが絡み付き、どこかへと引っ張られた。かと思うと、逆さまに吊るされて止まった。
「ナハトヴァール!」
リヒトを捕らえたのは、ナハトヴァールだった。真っ暗闇の中でもはっきり見える、ナハトヴァールの光。次第に輝きを増していくそれは、不気味としか言えない。
(くそっ……! ナハトヴァールのやつ、俺に対しての抗体プログラムを勝手に作りやがったな)
抜刀し、足に絡んでいるナハトヴァールを断とうと試みるが、容易く弾かれてしまった。
「傍観なんてのは性に合わないんだが、な」
成す術は、1つもない。せめて抵抗を続けるぐらいだ。
「くっ……!」
逆さまのまま、迫り来るナハトヴァールを弾き続ける。時には体躯を捻り、或いは大きく動かしてかわす。
「かはっ!?」
だが、ナハトヴァールの柔軟な動きにいつまでもついて行けるはずもなく───
《ナハトヴァール専用抗体プログラム、リヒトを捕獲》
「テメェ……!」
───いつの間にか全身をナハトヴァールによって埋め尽くされてしまった。
《リヒトの消去を開始》
薄れゆく意識の中、リヒトは“彼女”の名前を呼んだ。
◆◇◆◇◆
「…眠れ」
“彼女”は、戦場にいた。主の願いである、勝利を手に入れるためだ。その願いは聞き入れられた。今や“彼女”の前に敵はない。
「また、リヒトに言われてしまうな」
そっと頬に手を当てると、一筋の涙が零れていた。
「ん?」
その時、“彼女”の中から甲冑に身を包んだリヒトが現れた。
「リヒト?」
不思議に思い、少し近づいた。だが、すぐに離れる。それから一拍ほどの間があり、先程まで“彼女”がいた場所を鋭い一閃が走った。
「リヒト、何を……ナハト!?」
リヒトの左腕。そこには、ナハトヴァールの姿があった。
「そんな……」
リヒトに対する抗体プログラムをナハトヴァールが生み出す可能性を考えなかった訳ではない。だが、主が頑として聞き入れてくれなかったのだ。
「ウアアァァァ!」
獣のような雄叫びを上げて、リヒトが迫る。“彼女”は苦悶の表情をして、すぐにブラッディダガーで応戦する。
(速い……!)
四方八方から飛来する、真紅の刃。リヒトはそれを、剣を一閃して放った衝撃波で少数なりとも破壊すると、一気に“彼女”に向かって走り出した。手足にダガーが当たろうと、まったく怯まない。それだけの鎧を纏っていることは、“彼女”とて理解している。
「アアァッ!」
間合いまで肉薄し、“彼女”に向かって躊躇いもなく刃を振り下ろす。その動作が、“彼女”を酷く動揺させた。
「リヒト……!」
僅かに斬られた銀雪の髪が、風に乗って宙を舞う。
「ナハト! 何故、私とリヒトを戦わせる!?」
“彼女”とリヒトが戦うと言うのは、無意味なことでしかないはずだ。
《敵対勢力の排除を願います》
「なんだと……? リヒトは敵ではない!」
《我々の機能を著しく低下させています》
「ナハト……」
永い年月の間に、ナハトヴァールは狂ってしまった。それが改善された試しはなく、ナハトヴァールがリヒトを敵と認識しても不思議ではない。
「私に、リヒトを殺せと言うか……」
《闇の書の管制融合騎たる貴女なら可能です》
ナハトヴァールは、“彼女”とリヒトの関係を知らない。システムでしかないナハトヴァールに愛だの恋だの言っても、無意味だ。
《排除を願います》
それで会話は終わった。再び吼号し、迫るリヒト。“彼女”は空へ飛翔してやり過ごし、どうやってリヒトを助け出すか思案する。
「…くっ!」
その時、“彼女”の足元から突如として火柱が上がった。
「直にこの世界も、潰えるのか……」
世界が消失する瞬間、“彼女”は闇の書に戻るようにプログラミングされており、そして次の主を求めて瞬時に転移する。だが、リヒトはそうはいかない。闇の書が完成した暁には、彼は闇の書の暴走を食い止めるためにナハトヴァールを抑制する役割がある。本来は、こうして闇の書の外部に存在するのは危険なのだ。今は、ナハトヴァールによって外部に弾き出されているため、世界が滅んだ際にはリヒトも巻き込まれて死んでしまう。
「どうすれば……うあぁっ!?」
長考していた“彼女”は、迫り来るリヒトに気付けなかった。
(戦いの最中、男に現を抜かすとはな……)
自嘲し、自分をこんな風に変えてしまったリヒトを見る。毒々しく、禍々しい光が彼を包んでいた。
「…リヒト」
「アアアァァッ!」
名前を呼ぶと、それに応えるようにリヒトは走り出す。“彼女”は、その場から逃げることも反撃をしようともせず、ただ静かに立ち尽くしていた。首が強い力で絞められる。
「かっ……ぐっ!」
彼を助けられないのなら、いっそ共に死んでしまえばいい── “彼女”は、涙を溢しながら笑んだ。
「───……──……!」
「え?」
その時、リヒトがくれた名を呼ばれた。苦しさが、少しだけ和らぐ。
「殺…せっ……」
「リヒト……?」
「俺、を……殺せ」
「バカを言うな! 私に……私に愛者を殺せと言うのか!」
「なら……お前、は……俺、に…愛者、を……殺、させる……気…か?」
「それは……」
「早く、しろ……!」
ふっと力が弱まり、“彼女”はリヒトから少し離れる。彼はナハトヴァールと戦いながら、訴えてきた。本来ならば、それに応える処置を取らなければならない。だが、“彼女”には出来なかった。
「アアアアアァァァッ!!」
抜刀。そして肉薄。振り下ろされようとしている刃は、一切の光を失っていた。
「リヒト……」
静かに、名を呼ぶ。“彼女”は自分とリヒトとの間にシールドを展開しており、刃はそれによって止められていた。
「私の中で……眠れ」
リヒトに闇の書を向ける。と、すぐに彼の体躯が微粒子となって次第に薄れていく。
「このような方法でしか、お前を救えない……無力な私を、赦してくれ」
涙を流す“彼女”に触れる者は、誰一人としていなかった。
「これではまた、リヒトに笑われてしまうな」
『また泣いているのか、お前は』──既に懐かしいと感じられる程、リヒトが恋しかった。
やがてその世界は滅び、闇の書は次の主を求めて転移した。
【Another View.】
それから、永い時を彷徨い続けた。新たな主の元に現れる度に、私はリヒトの救出を請う。しかし、私と会話が出来る機会は、闇の書が完全に起動した際だけ。しかも主がそれを憶えていることはなく、結局リヒトを救う手立てはなかった。
故に、いつからか私は目的を変えた。リヒトの救出ではなく、これ以上の犠牲を出さぬよう、将達に優しくして欲しいと願った。そしてそれは、唐突に叶えられる。
「名前をあげる」
私の目の前で、我が主──八神はやてが優しく微笑み、静かに、凛とした声で告げる。彼女こそが、守護騎士らに安寧をもたらしてくれた最上の主だった。
「もう、『闇の書』とか『呪われた魔導書』とか呼ばせへん」
我が主の温い手が、私の頬を包む。私はいつの間にか、泣いていた。
「祝福の風……リインフォース」
思い出した。彼が……リヒトが私に冠してくれた名を。
─────リインフォース……なんて、どうだ?
─────リイン、フォース?
─────あぁ。
─────綺麗な名だな。だが、私には過ぎた名ではないか?
─────そんなことはないさ。まぁ、気に入らないなら、いいけど。
─────そういう訳ではない。……リヒト、もう1度、私の名を呼んでくれないか?
─────あぁ。リインフォース。
我が主が冠してくださった名と、リヒトが私につけてくれた名。それがよもや、重なるとは思いもしなかった。
リヒト。お前がくれた名、思い出したぞ。
我が主が冠してくださった美しき名、リインフォース。それは、主が新たに手にするであろう融合騎に受け継がれる。そして私の想いも、きっとその子に……。いや、その子だけではないだろう。将達、守護騎士にも。そして、我が主にも、きっと───。
そこは、真っ白な空間だった。私は何気なく周囲を見回し、首を傾げる。闇の書の完全な破壊を願い出て、それが実行されたはずなのだが……。
「ここは……?」
ふと、背後に気配を感じて振り返る。そこに居たのは───。
「また泣いているのか、お前は」
懐かしい声。懐かしい見目。懐かしい温もり。
「本当に泣き虫だな、リインフォースは」
「リヒト……!」
私はリヒトに抱きつき、その胸に顔を埋める。彼がゆっくり手を回し、抱き締めてくれた。
「奇蹟ばかりで、気が狂いそうだ」
最上の主に出逢い、空を駆け、願いを成就させ、果てに彼との再開。これ以上ない至福に、私は頭がこんがらがる気さえした。
「案ずるな。これからは、永久に一緒だ」
次第に、意識が微睡んでいく。リヒトの言葉が幻聴だとしてもいい。彼を感じられたのなら、それで───。
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!